R6:瑠璃、遊園地へ
デート待ち合わせ、この前の遊園地だかテーマパークだかの門の前だ。
もちろん、約束の時間までには充分余裕を持って到着している。
「もう、来るのが遅い」
「紅蓮……なんであんたがここに」
待ち合わせ場所に身体をくねらせるいがぐりがいた。近くを歩いている坊やが紅蓮の真似をしてみたところ、母親に叱責されている姿を確認できた。
「ふざけにきたのか」
「悪いな、今日はいつもの冗談で来たわけじゃねぇんだ」
こいつ、真面目な表情をすると結構印象変わるな。普段のお茶らけた様子が一切ない。凛々しい顔だ。
「……どういうことだよ。さっきの言葉だけ見ると俺とデートするつもりに聞こえるんだが」
いつもの冗談で茶化しに来たのならいいが、俺と遊園地を楽しみたいという意味ならこの場で拳の語り合いをしなくてはなるまい。
「すまん。そういう意味じゃないぞ。誰が男に会いに遊園地にくるかよ」
来ているじゃないか。
そこに突っ込んでも話は始まらないので俺はため息をついた。
「それで、一体どういう理由でここに来たんだ」
「何だと思う?」
「早くしろよ。瑠璃が来ちゃうだろ」
「む、そうだな」
こほん、一度だけ咳をして紅蓮は言った。
「お前さんさ、青空先輩のこと好きか」
「……どうしてそういうこと聞くんだ」
「友達として、じゃなくて女として好きか……答えてくれ」
くそ、俺の質問スルーか。
「別に。普通だよ」
本当はちょっといいなって思っている。でも、その感情はあくまで年上の先輩に対しての憧れだろう。
「そうか、それならいい」
それだけ言って、紅蓮は歩き去ろうとしていた。
「……あんた何するためにここに来たんだよ」
「乙、俺は年下が好きだ」
何、カミングアウトしてんだよ。
「と、いってもお前さんが想像しているような内容じゃないぞ」
「え、年下についつい構ってやりたい、世話してやりたいって純粋な好意じゃなくて下心があるって意味か」
「……いいや、そうだよ。俺のこと、よく知ってるじゃないか」
「当たり前だろ。親友だからな」
「乙」
紅蓮が右手を上げて俺にタッチを求めてくる。
「紅蓮」
俺は当然、それに答えた。そのまま互いの右手を頭上で握り締め、その場でぐるぐる回っておいた。
「ままー、あれ何」
「あれは精神を高揚させる踊り、パラペナ。同姓同士がやると一定時間攻撃力アップになる……」
「あははー」
「うふふー」
ふぅ、二人で馬鹿をやるのも何だか久しぶりだ。
「あの、乙先輩」
「おっと、こりゃいかん。ふざけていたら波崎ちゃんが来ちまってたぜ」
紅蓮が申し訳ないといった調子で頭を掻いていた。
「……鬼瓦先輩、乙先輩を取らないで下さいよ」
「ごめんごめん。この埋め合わせは乙がするから安心して欲しい」
「え、俺」
「共犯者だから仕方ないだろ」
まぁ、そうだが。何だか納得がいかない。
「じゃあな、行ってこい」
「おうとも」
紅蓮は俺に手を振って人ごみに消えてしまった。
「あいつ、何がしたかったんだろうな」
「さぁ?」
まぁ、紅蓮のことはほうっておこう。あいつがおかしいのはいつものことさ。逆に、真面目で来られると何だか調子が狂う。
「瑠璃、行こうか」
「はい。まず、何から乗りますか」
「そだねぇ、と言っても俺、遊園地自体初めてだからねぇ」
そういうとものすごい顔で見られた。え、何でそんなに驚いてるの。
「あの、乙先輩。あっちのベンチで少し話をしませんか。私の事、乙先輩は少しぐらい知ってるでしょうけど……私は全然、乙先輩の事を知りません」
「わかった、いいよ」
遊園地に来て早速ベンチで休憩ってどうよ。
「それで、遊園地が初めてって言うのは?」
「……母ちゃんは俺を生んだときに死んで、父ちゃんは俺が三歳の時に事故って死んだってさ。それから祖父母に引き取られて、中学二年のときかな。二人も亡くなっちまった」
良く考えたらデートのときにする話じゃないな。
ただ、今の瑠璃に対してごまかしても結局根掘り葉掘り聞かれそうだ。
「エンキリの師匠が俺の身元引受人ってわけだよ。俺が小学生の頃は祖父母供に生涯現役って事で働いていたから遊びに行く時間がなくってな。それで、遊園地なんて行った事がないんだ」
俺も子どもの頃はもうちょっと擦れていたからな。つんつんして爺さんばあさんを困らせたものだ。俺が生きているうちは、謝ることも出来やしない。
「ごめんな、せっかくのデートでこんな夢のない話しちまってよ」
「……私のほうこそ、すみません」
やっぱり、テンションは下がってしまった。
「ま、凄く前のことだし祖父母の件ぐらいしかしんみりしないよ。何せ、父ちゃん母ちゃんの顔なんてきちんと覚えてるわけ、ないからな。遊園地初心者の俺に、今日は色々と教えてくれよ」
「はいっ、まず絶叫系がオススメです」
シェフのオススメって奴か。
それから数十分後、絶叫系は俺に合わない事が判明した。
シェフはあくまでシェフなのだ。食べる人間と感性が同じというわけじゃない。
「大丈夫ですか?」
「……わりぃ、こんな感覚初めてだわ」
徐々に坂を上っていく感覚。それが緊張ということに気づいたらすごい事になった。体験したことのない集中力で縁の糸が見えまくり。
複数本同時に見ると非常に疲れるのだが、ジェットコースターのみ……人が隠れるぐらいの縁が見えたのだ。
しかし、能力が原因で乗れませんって何だか逃げているだけの気がしてならない。
「俺は大丈夫だから次も絶叫系に乗ろう、瑠璃」
近くにいた縁の糸の塊に話しかける。
「はぁ? お前誰」
「乙先輩っ、私はこっちですっ」
おっと、糸まみれだったから誰かわからなかったぜ。
「もう、本当に大丈夫なんですか」
「……ごめん、全然大丈夫じゃない」
何せ、瑠璃ちゃんから伸びた一本の糸が、俺に繋がっているのだ。意外と太いな、おい。
「ん?」
あれ、俺って今、自分の縁が見えてるんじゃね。
「何だろ、不思議な糸が二本……ん?」
懐かしい感じのする二本だ。一体いつ、どこでこの糸を見たのだろうか……それに、数センチで断たれている。
「乙先輩?」
「あ、ああ、悪い。ぼーっとしちまって。大丈夫。もう縁は見えていないから」
「縁?」
「どうもジェットコースターで無駄な集中力が発揮しちまったらしいな。普段は見えないものも全部見えたんだよ。俺の縁も見えたよ」
「へぇ、相変わらず不思議な能力ですね」
「俺も本当にそう思うよ」
ちょっと早いが昼飯にすることにした。園内のしょぼいレストランのテラスに腰掛けて、ハンバーグを口に運ぶ。
「あの二人、エンキリの乙先輩から見てどうですか」
視線の先には仲が良さそうなカップルが腕を組んで歩いている。
「あ? ちょっと待ってな」
互いに繋がっている縁の糸はそう、太くない。
「……そう悪くないよ」
「そうですか。よかった」
「ああ」
「……私と、乙先輩ってどうですかね」
「エンキリの俺が言うのもなんだけど、あまり俺ってそういうの信じない性質なんだ。努力で少しは補える。そう思うよ」
人の言葉って時に凄い力を発揮する。相手を信用させたり、失意に落としたり様々だ。人が二人いるだけで、そこには縁が絶対に生まれる。そしてまた、言葉も生まれるものだ。
俺は、言葉の力を信じてる。
「……つまり、縁はあまり良くないと?」
獣相手に道理を説いても無駄……うん、言葉が相手に通じないときもあるのか。
「いや、太かったよ」
咄嗟に出た嘘。
「……そうですか」
おそらく、瑠璃ちゃんは俺が嘘をついたことに気づいている。
「じゃあ、乙先輩と私の縁は、どうですか」
「ああ、そっちはよかったよ」
これは嘘じゃない。
「それを聞いて安心できました」
「じゃないと、二人きりで遊園地なんて難しかったかも」
何かしらの邪魔が入っていたことだろう。
それから俺たち二人は夕方まで遊んだ。特別、何もなかったのが少しだけ、寂しかった。
「先輩、さっき私に嘘をつきましたよね」
瑠璃ちゃんの家の前で、そんな事を言われた。
「嘘?」
「糸の話です」
人の選択知って言うのは無限にあるように思えて、そう多くはない。
「カップルの奴ね」
「そうです。嘘、つきましたよね」
「……ああ」
「じゃあ、明日、学園の屋上に来てください。そうですね、お昼休みと同じ時間には……来てください」
そういって俺にさよならも言わずに瑠璃ちゃんは家の中に入ってしまった。




