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エンキリZ  作者: 雨月
37/44

S6:早百合、悪意無し

 室内に案内され、テーブルにつく。

「少々お待ちください」

 そういってあどけなさの残る少年は別室へと消えていった。

「ね、ねぇ、変じゃない?」

「何が?」

「さっきの子、あたし達と同じ学園の子よね……しかも、どこかで見たことあるんだけど」

 うなっている表情は狐に化かされた猟師のようだった。勘は良くても、記憶力は今一つらしい。

「おやまぁ、調査部の部長さんがわからないと?」

「あたしは千春と違って手当たり次第に調査なんてしないわよ」

 本当は分かっていっているのではないだろうか。脳が答えるのを必死で拒絶しているのかもしれない。

「お待たせ、二人とも」

「お姉ちゃんっ」

 別室から現れたのは美優先生だった。

「乙、騙したわね」

 すげぇ顔で睨まれた。

 その表情は真剣そのもの。やはり、師匠が言うとおり人は……。いや、違う。ここはふざけておこう。

「うわらばしまったぁ、騙されていたのか。まさかこの家が美優先生の家だったなんていっちょんしりませんでしたっばい。早百合、俺たち騙されたみたいだ」

「あんたねぇっ」

「いたっ、やめ、ちょ……」

 思いっきり蹴られた。

「これ、どういうことよ。説明して」

 そこに、冗談の色は当然ない。だけど、重たい空気にしちゃ駄目だ。この程度の問題を重いと感じちゃ駄目だ。

「説明しようっ……あ、嘘です。振り上げた拳を下ろして? ね、争いは肉染み(濃厚)しか生まな……いたぁっ」

「大切な場面でふざける人間、嫌いなんだから」

「俺は早百合のこと好きだけどね……とは口が裂けてもいえな……ぐはっ」

 さっきから蹴られたり殴られたりしてなんとなく嬉しいじゃないか。

「で、姉さん……何よ。あたしじゃなくて、エンキリに用事があるんでしょ」

「そうね。エンキリさん。私と両親との縁を切って欲しいの」

 たった一言で場が静かになった。

「え? ど、どうして?」

 早百合は途端、不安そうな顔になった。迷子のそれに似ている。

「……エンキリのアシスタントさん。私には妹がいてね、妹は私の事を妬んでいる。両親から可愛がられているってね」

「そ、それは……」

 早百合の顔が苦々しくなった。

 何か言ってやろうかと思ったけれど、まだ俺が出る幕ではない。単純にみぞおち蹴られたから痛いんだけどね。

「でも、私は両親よりも妹のほうが大切だから。縁を切れば、私と両親はもうあわなくなる。そうでしょ?」

「おっしゃるとおりです。準備は出来ていますので。あなたが後悔しなければ……俺はいつだって切りますよ」

 美優先生は早百合を一瞥した。

「お願い、切って欲しい」

「……待って」

 早百合が立ち上がった。

「どうせ、茶番なんでしょ」

「はい、切りました」

 俺はすっぱりと親との縁を断ち切った。

 両親との縁は太い。それに比べて、早百合との縁は細い。

「……え? 嘘、でしょ?」

「俺は嘘をつかないよ」

 途端、早百合に胸倉を掴まれた。相変わらず、アグレッシブだ。

「な、何で切ったのよ」

「何でって、言ったろ、俺はお客の意向に基本的に沿うってな」

「……自分の考えが間違っているかもしれないから、あたしがいるんでしょ」

「そうだな。だが、早百合は茶番だって言ったろ? それが意見だと思ったんだよ」

「乙……お前っ」

 まるで親の敵のような目を向けられる。これもまぁ、エンキリの宿命か。

「……悪い、それでも俺はエンキリなんだよ」

 早百合は……こんなに怖い表情もするのか。いつだったか、師匠が言っていた言葉を思い出す。まるで、獣のような目だった。少なからず、俺は恐怖を抱いた。腕力では完全に俺のほうが上なんだけどな。いつだって持つものは持たざるものに恐れを抱くものかもしれない。

 良かれと思って断ち切った縁が実は重要なものだった。そして、後で復縁しようとして出来ず……エンキリを恨むものもいる。

 ここで、おびえから俺は逃げてはならない。本当の話はこれからなのだ。

「エンキリさん、ありがとう」

「お姉ちゃん、正気?」

「アシスタントさん、私は正気よ」

 妹の視線を真っ向から受け止め、笑って見せた。

「あとね、エンキリさん。最後のお願い」

「はい」

「私の妹との縁を、断ち切って欲しいの」

「なんで?」

「早百合、意見を聞かせてくれ」

 美優先生の両親は、いわば試し切りだ。本来なら早百合が止めてくれればよかったんだがね。早々上手くは、いかないのだろう。

 何かを得るには何かを捨てなくてはならない……たまに聞く台詞だ。今回は得るものなんて何もない何を残して何を捨てるか、だ。

 何かを守るためにも、何かを捨てなくてはならないときがある。

「お姉ちゃん、どうしてこんなことするの?」

「早百合は大好きな人って居る?」

 俺は右手を上げようとして、やめた。さすがに空気を読めていないな。もうふざけられるほどの精神力は残ってないぜ。

「……いないわ」

 それはそれで寂しいものがある。ちょっといい雰囲気だったのは一時だけだ。今はもう、早百合にとって俺は許しがたい、敵なのだろう。

「そう、私はいるわ。早百合のことが大好き」

「じゃあ、何でっ……」

「でもね、早百合が私の事を嫌いなら私は諦めるわ。私を見て、心を揺らして苦しむのなら……もう会わないほうが幸せ」

「お姉ちゃんはそれでいいの?」

「早百合が決めて。さっきのエンキリの彼、見たでしょ? 本気よ。茶番じゃないから安心していいわ」

「……乙、やめて。お姉ちゃんに謝るから、お願い、やめて」

 苦々しげで、涙を浮かべていた。

 嫌われること前提で、俺はやらないといけないことがある。

「早百合、悪いな」

 俺はそういって小百合との縁を断ち切った。普段なら残すんだけどな、今回は断ち切らせてもらった。

「ほ、本当に……切ったの?」

「話しかけんな。今、忙しい」

 縁の糸を紡ぐ。それはとても繊細で、面倒な作業だ。断面図を上から見てばってんで切込みを入れ、それを異なる糸とくっつける。後は縛っておしまいだ。

 ただ、この作業がとても難しい。相性が悪ければ中々に時間が掛かるのだ。この理由は解明されていないが、俺は心の問題だと思ってる。お互いに相手のことを思っていれば、上手くいく。

「ふぅ……今回はまぁ、上手くいったほうかね」

 ほっと胸をなでおろした。

「後は当人の努力次第です。花見月美優さん、そして妹の花見月早百合さん。俺はエンキリですが、縁の糸も紡げます。今回は二人の縁を強くしました。それで駄目ならもうどうしようもありません」

「はい、ありがとうございます」

「ど、どういうこと?」

 早百合には理解できていないらしい。まぁ、裏で美優先生とやりとりしていたからな。茶番といえば、茶番か。早百合が二度目も茶番だと言い切っていたのなら、完全に縁は断ち切っていたが。

 糸を紡ぐのは俺の練習にもなるからな。おかげで、自身の縁も少し見えるようになった。

「えと……?」

「早百合、頑張れよ。あと、キスして悪かったな」

「う、うん。キスは、別に……気にしてない」

「そっか、あとさ、色々とこれまでありがとな」

 早百合は首を傾げていた。

「どういうこと?」

「偉いことを行ったけどさ、俺、あんたのことを怖いと思ったよ」

「うん?」

 理解できていないらしい。

「調査部、やめるわ」

「え?」

「じゃあな、姉さんとケンカするなよ」

 俺は早百合との縁を断ち切った。

 早百合のことを一瞬でも怖いと思ってしまった。

 まだまだ俺は修行不足だったのだろう。人の悪意を受け止めて、それでいて平然としていられる人間になりたい。


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