S5:早百合、一歩手前で
エンキリが縁を切るのに場所なんて必要じゃない。相手の望む場所で切っている。
これまで体験してきた中で変わった場所といえば、観覧車の中だろうか。
今回のお客さんは彼女の自室であった。
高そうなマンション……という印象は受けないが、入り口はなにやら住人でなければ入れないようだ。最近のセキュリティというのは大変で、雑な盗人さんは時代の流れをしみじみと感じて苦い顔をするに違いない。
俺の隣の人物も、苦い顔をしていた。
「何だかさ、嫌な予感がしてきたんだけど」
「え、何で?」
「学校関係者しか教えてもらってないし」
「そういうものだと思うよ。本名なんて教えてくれない人は結構居る」
「そういうものなの?」
「ええ、そういうものです」
三○一号室のボタンをプッシュしてエンキリですと告げた。
「……あ、エンキリの縁切乙さんですね。今開けます。どうぞ、入ってください」
若い男の声だった。あどけなさが残っている。
「何だ、違うんだ」
どこかほっとしたような早百合の声が聞こえてきている。
「何、どうしたの」
「……なんでもない」
早百合が複雑な顔をするときは決まって、姉が絡んでいる。
「てっきりお姉さんが出ると思った?」
「う、ま、まぁ。ほんのちょっとだけ。以前、何かで見た姉さんの住所がここら辺だったから」
やたら警戒している。まるで草食獣のようだ。
エレベーターで目的の階数にやってくる。チャイムを押すと少しだけまっていて欲しいといわれた。
「あのさ」
「何?」
「俺って肉食系と草食系、どっちに見える?」
「草食系」
「うっそだぁ」
自分的に肉食系だって思ってるんだよなぁ。
「全然女の子にがっついてないからね」
「む、何だか草食系って言われるとへたれのレッテル貼られたみたいで嫌だな。がっついているところを教えてやろう」
「……あったっけ?」
「まず一つ。部活が俺以外全員女子。優越感に浸ってます」
しかも見た目は、あくまで見た目は、全員平均より上と来た。
あくまで、見た目は。
「それ全然肉食系関係ないよね。自称するぐらいなら部の女子全員と交流ぐらいしないと駄目でしょ」
「してるよ。すげぇ、ハートフルな交流してるよ。見てくれ、俺のメールのやり取りを」
「ふむ?」
早百合の瞳が光った気がした。
「えぇと? 早百合宛。今日夕飯で食ったハンバーグが超おいしかった。すごくね? ああ、あったわねこんなメール」
「飯という実に入りやすい話題からのアプローチ。無難ながら切り口としては使いやすいだろ」
「確かこのときって……ああ、そうそう。だから何って返答したんだっけ」
「その後、俺は心が折れたのでもう返答してません」
「心折れるの早いね」
もう火は継げそうにないや。ごめんよ、バケツ紳士さん。
「次は瑠璃ね。ん? 波崎さんの好きな男性タイプを教えて? へぇ、積極的ね」
「だろ、肉食系男子だから」
臆することなく攻めるのが俺のスタイル。打たれ弱いのは仕様です。
「瑠璃の返答は……いいんですか、答えてしまっても。明日から色々と変わるかもしれませんよ……か。それに対して乙は……ごめん、さっきのやっぱりなしで。あんた、へたれね」
「臆することなく攻めるのが俺のスタイル。でも、大きな盾で心を守ってます。取り扱い注意だ。人の心は怖いからな、うん」
いつでも逃げられるようにへたってます。
少しだけ、早百合の視線が痛かった。
「次は千春か。青空先輩の下着の色を教えてください? 変態じゃないの!」
「肉食系だから」
変態といわれてもへこみません。逆に少し、罵られて嬉しいです。
「……これ、返答あったの?」
「あったよ。当たり前だろ」
本当かしらと首をかしげながらもディスプレイを見つめて操作する。
「今日も、風呂上りだから何もはいてないわよ? 写メ送ろうか? ですって?」
「いつもこうなんだ」
「あ、これまだメールが続いてる……青空先輩へ、至急下着と服を着てください。着用後、本当に着ているのかどうか写メを送るように……あんた、本当にへたれね。生まれたままの姿のメールを送ってくださいっていえないの?」
「何言ってんだ、そのままメールして風邪引いたら大変だろ」
「論点そこじゃないでしょ」
「……ええと、あれか。ここは青空先輩のボケを拾って、丸裸には興味ないのでちゃんと下着の色を教えてくださいの方がよかったのか」
「そうじゃないし……あ、これも返信が……しかも、画像付きで」
題名は着たわよ。写真にはちゃんと服を着て笑っている青空先輩が写っているのだ。
「すげぇ、可愛かったから画像、保存したんだよね」
「消去完了っと」
「え?」
「次は三枝か。何々? 可愛い女の子を紹介してくれ? やるわね、あんた」
「だろ」
「女の子相手にこんなメールは出さないでしょ、普通」
「え、何故に?」
そんな俺を早百合はため息混じりに見ていた。
「……そこのところを理解できていないのが本当に、駄目ね」
駄目駄目ばっかり言うなよ。駄目って言ったほうが、駄目なんだぞ。
「それでも律儀に返信してる三枝偉い。えーと……ノ? どういう意味?」
首を傾げる早百合に俺も首を傾げて見せた。
「俺も意味はわからなかった。だから聞いた」
「何それ……それで、三枝からはここにいますよって返信が来てる。ああ、ノってそういう意味ね」
「どういう意味だ?」
「これで分からないのね……最後に三枝の写メが添付されてる」
「それは保存してない」
「あ、そう」
三枝の顔なんてすぐに思い出せるからな。必要ない。
「あのさ」
「何だ? 紅蓮とのメールがないのは基本電話で話しているからな」
「そうじゃなくて、あたしとのやり取りがどうでもいいのはどうして?」
「どうでもよくはないだろ。お食事の話、大事。それに早百合とは基本的にメールする必要がないんだよ。クラス一緒だし、部活も一緒だ。気兼ねなく話せるからな」
「そ、そう。じゃあ、許す」
何をそこまで怒っているのだろうか。
「準備できました。どうぞ、入ってください」
「あ、はい。失礼します」
今日が平日でよかった。これが休日なら廊下で騒ぐなバカップルって罵られていたな。
いや、バカップルじゃないけどさ。




