H4:日和、挑む
誰だって頭の中には天使か悪魔が住んでいるもんさ。住んでいるのが、両者か、片方だけか知らんがね。創作物で白い翼や黒い羽を持ったその人物のデフォルメ存在を良く見ると思う。
「俺は天使紅蓮だ。乙の心の中にいる良心だ」
そして、俺の頭の中にもちゃんといた。しかして、それは俺ではなかった。
待てど暮らせど、悪魔は出てこない。
「悪魔の奴は俺が○害した。おっと、天使だから○ねとか○すって発言には制限がかけられるぜ。うんこって表現にもきっちり規制がかけられるから飯時のお前さんにも安心だな。まったく、上手くできていやがるぜ」
そんなことはどうでもいいんだ。
そんなことよりも、だ。
「問題は日和なんだよなぁ……」
夏休みも折り返し地点を迎えた。エンキリとしての正しい仕事を送りつつ、夏休みの友を休み消費半分までに全てを終わらせて過ごす。どちらも、日和によるバックアップが大きかった。
「そうだな、日和ちゃんは凄い。何が一番凄いって、いまだにお前さんへの好意がばれていないと思っているところだ」
そう、そうなのだ。
どうやら日和は俺への好意を隠しているつもりらしい。エンキリ中に知り合った女性(中には男性も含まれていたが)が俺に不用意に近づこうとすれば彼女だとアピールするのである。
そして、それは調査部にも摘要されていた。夏祭りや、海水浴、ついでに山登りもいったかな。それら全てで自分は、摩周乙の彼女であると存在感をあらわにしていた。
「何せ、乙の生活態度を知っているからな。それを部員の前でばらすのも拍車が掛かって恐ろしいな」
天使紅蓮が言うことは正しい。
「それもこれも、ちゃんとした想いを伝えたわけじゃないからだろうな。知っていて、これまでどおり生活している乙も乙だ。逃げないと決めたくせに、立ち止まっているもんな。もう、○ねよ」
逃げてはいないが、立ち止まっている。
つまりは現状維持。俺の部屋で生活していながら、二人のときはさして変わらない。逆の立場だったのなら、俺は好きな女の子にちょっかいを出さずにいられただろうか。
さらに言うのなら、俺が日和のことを好きならとっくに何かしているはずだと思う。
いまだに、日和のことを考えると好きという感情よりも困惑のほうが大きい。あれから、無駄に時間をかけすぎたのか。
適切な段階を踏んで好意を伝えられていたのなら……また違っていただろうか。きちんと悩んで、返事をしていたかもしれない。
偶発的だからと言い訳してよいわけでもない。問題はいつだって急にやってくるのだ。それに対応できてこそ、人の本質は……うんぬん。
一人悩んでいると、玄関のほうで音がした。
「ただいま、乙さん」
「おう、お帰り」
汗だくで戻ってきた日和は顔を拭いた後、笑った。そして、俺の胸へと額を預けてくる。
「今日も暑かったです」
いずれ、私達が彼女と彼氏じゃないと感づく輩もいるかもしれません。そのために、自然に振舞えるようたまにはお互いに甘えましょう。ええ、練習ですからそこのところ期待しないで下さいね。
そのため、俺達は恋人でもなんでもないのに甘えるという行為をしていたりする。何、やりすぎかなと思ってもこの程度だ。普段は挨拶する程度。いつもと何ら、違いはない。
「そうか、ご苦労様」
「愛する彼氏のためなら、何でも出来ますよ」
冗談の混じった声音に俺も笑う。ここで変な態度は取れない。勘ぐりは、してはいけないのだ。
「これは……まずいんじゃないのか、乙」
エンゼル紅蓮がぽつりとそんな事を言った。
日和は着替えて、晩御飯の準備をしている。キャミソールにホットパンツ、エプロン装着って所だ。その後姿は見慣れてしまったが……飽きることはない。何せ、前に回ったらエプロンだけに見えるからな、うん。
「おい、無視するな」
無視してないよ。絶対にお前、エロい事考えてそうじゃないか。
「俺がエロい事を考えるわけがない。何せ俺は真摯だからな」
大抵、そういう紳士は変態的って決まっているんだ。
「紳士ではない、真摯だ。まぁ、いい。話が進まないから」
話を進めるのに大切なのは諦めだ。話し合いには妥協や強行なんかも必要になってくるが、一方的に投げるだけなら相手を無視して言いたい事を告げるに限る。進めるのが目的で、相手が理解するのは二の次だから。
学生だと、馬鹿ばっかりのクラスに教師が良くやったりする。最初から諦められているということにも気づけないといけないからな。社会っていうのは本当に、厳しい。
「おーい、現実逃避するなよ」
してないよ。
「この前の日和ちゃんとの会話、覚えているか?」
いや、どれだよ。普段会話している相手は日和だからわかんないぞ。
日和の好きな食べ物がお寿司って話か?
「違う」
じゃあ、ティラミスの話だな。甘いものが好きだが、ティラミスを出されると何でもするって言ってたな。
「違うぞ」
「じゃあ、何だよ。はっきり言ってくれ」
「乙、さん? いきなり大きな声を出してどうかしましたか?」
いかん、エンジェル紅蓮は俺の頭の中の存在だった。
「悪い、寝ぼけていた」
「もう、休みだからといって遅くまで起きずに、早く寝てくださいね」
くすっと笑ってまた調理を再開する。
「すまん」
その背中に俺は頭を下げておいた。
「答えは、夏休みももう半分だなぁって奴だ」
そうかい。それが一体どうしたよ。
「それからだったろ、過剰なスキンシップを取りはじめたのは」
いや、だからどうしたよ。
「……これは勘だが、あの子は満足……いいや、ごまかそうとしているんじゃないのか」
ごまかすって意味が分からないぞ。
「一緒に住み始めても、乙は全く自分に興味を示さないのを見て諦め、甘えるだけ甘えて、諦めようって事じゃないかと思うんだ。だから、夏休みまでで当然今の生活は終わりだし、関係も夏休み前に戻る」
それを聞いて、少し焦った。
何故、焦ったのかはわからない。




