R4:瑠璃、リベンジ戦に向けて
さすがに怪我人を放っておく訳にもいかない。道中、何があるかわからない。
よって、俺が彼女に付き従うのにおかしな点は何もない。
「というわけでやってきました波崎さんの家」
「……あのぅ、タクシー代は」
「いいってば」
元をただせば悪いのは俺だから、タクシー代を出すぐらい屁でもない。
「その、すみません」
「気にしないで。その代わり、家の中にあがらせてもらうから」
玄関まで大して距離がなかったので、お姫様抱っこのまま行かせてもらった。タクシーの運ちゃんも結構な知りたがりで、俺達の関係を聞いていたっけ。面倒だったからこれでも学生じゃなくて既に働いており、夫婦なんですよと言ってやった。
「こ、ここまでくれば大丈夫ですから」
「遠慮しないでくれよ。ベッドまでこのまま行ってあげる」
「さすがに大丈夫です」
「……瑠璃?」
その時、玄関の扉が開いた。タクシー内でどうやら母親に連絡を入れていたようだ。
娘が心配になって、母親が出てきた……容易に想像がついた。
「あ、えーと、波崎、瑠璃さんのお母さんでしょうか」
「はい、そうですけど」
「すみません。俺の不注意で瑠璃さんの足を捻ってしまいました。あ、俺は縁切乙って言います。ちょっとあれな体勢ですけど、これは無理に俺がしてしまったんです」
「あらあらそうなの。その割には瑠璃、嬉しそうね。お姫様みたいよ」
「う、うぐ……これはその、さっきも先輩が言ったけど、無理やりしてるだけだもん」
声が小さくなってしまう。まぁ、充分に恥ずかしいな。俺も師匠にマッチョからお姫様抱っこされているところは見られたくない。
「こんなところで立ち話もなんだからあがってくださいな」
「はい、お邪魔します」
波崎を椅子に座らせて、俺もその隣に座る。すぐさま紅茶が準備された。お茶請けにはクッキーが置かれている。
おしゃれだ。師匠だったら絶対に和菓子と緑茶を出してくる。あの人、洋菓子は砂糖の塊だから食べたくないって拒否していたもんなぁ。その割には、洋菓子買ってきたら文句も言わずに食っているけどさ。
「改めまして……俺の名前は縁切乙です。エンキリをやっています」
懐から名刺を取り出して渡しておいた。
「エンキリ?」
「はい。人と人との縁を切る者です。信じていただけないかもしれませんが……そういうことが出来ます」
「エンキリね、久しぶりに聞いたわ」
「え、お母さん知ってるの?」
「知ってるわよ。以前、お世話になったからね」
意外とエンキリって頑張っているんじゃないだろうか。確か、早百合の祖父母も知っているみたいな話を聞いたな。もしかしたら、この土地にエンキリが別にいたのかもしれない。
「若い頃に借金して夜逃げするとき、お世話になったわ」
「……あ、ああ、なるほど」
出来れば聞きたくなかった情報だな。基本、やってはいけない類のエンキリ行為だったりするが、俺がやったわけではないから聞いていないことにしよう。
「それで、そっちは今日、どうしたの? お友達と遊園地だったでしょ」
「うん、そうなんだけど」
「俺が馬鹿言ったせいで足を捻らせちゃったんですよ」
「捻らせた? ふぅむ、乙君だったかな。うちの瑠璃を傷物にしたってことね」
傷物ってあなた……。
「事と場合と誠意によっては責任とってもらうから……それで、何で足を捻る流れになったの?」
「いや、瑠璃さんが凄く可愛くて、その場でちょっとターンしてもらおうとしたんですよ」
「そうしたらこけちゃって」
瑠璃母はあきれた表情で波崎を見ていた。
「相変わらず鈍くさいわね」
「うう、鈍くさくないもん」
「瑠璃、男はね、足で捕まえないと駄目よ。足が遅いと、逆に借金取りに捕まってしまうわ」
男は物理的に捕まえて、その健脚で借金取りから逃げ切ったのだろうか。
「走って走って、追い詰めて……男は落とすの」
「物理的に?」
「精神的にも。結婚届に名前と判を押させるまで、助けちゃ駄目よ」
「う、うん」
真面目な瑠璃ちゃんと違って、お母さんはとんでもないな。調査部でやっていけているのはこのお母さんのおかげかもしれない。
まぁ、適当に流した方が良さそうだ。瑠璃母がいなければゆっくりしたかもしれないが(波崎の部屋には行きたかったが)今日のところは大人しく帰っておこう。
「それで、二人は……」
ああ、恐らく付き合っているのかどうかの話だろうか? 厄介である。
「いつ結婚するの」
「話が飛びすぎて理由が分かりません」
「ちょっと、お母さん」
ああ、波崎がここまで声を荒げるなんて学園の姿からは想像つかないよ。
「え、駄目?」
「駄目だよ。こういうのは順序踏んでやらないと」
「瑠璃が考える順序って?」
さっきよりかは幾分マシな内容になった気がする。
波崎は俺を一瞥するといった。
「まず相手に想いを伝えて」
「うん」
「付き合ってくださいっていう」
「ふんふん」
「付き合い始めたら二人で一緒にいて絆を深めて……その、キスをして」
「別に告白からキスでもいいと思うけど?」
母親の言葉に対して娘はむすっとしている。
「私はそんなに手がはやいってわけじゃないもん」
「それは瑠璃の意見でしょ。それで、男の子の意見は?」
うわ、何だか答えづらいな。逃げようとするとどうせ面倒になるからある程度は真面目に切り込まないと。
「俺も絆を深めてからがいいですね」
「ふーん、そう」
意外と食いついてこなかったな。
「縁切君はほかにも女友達っているの?」
「いますよ。といっても、部の友達が大半ですけど」
クラスでも話す相手はそりゃいるよ。でも、遊びに行くってレベルじゃないからなぁ。
「なるほどね。縁切君、今度の日曜日暇?」
「ええ、まぁ」
「じゃあ、私とデートしましょ」
「は?」
ここで信じられない宣言された。最初からデートだと分かって女の人と出歩くのが……後輩の母親、だと? ハードルたけぇ。だが、お母様若いからセーフだ。
倫理的に考えてアウトか? いや、悪くはないのか? 下手すると、後輩の波崎が俺の娘になっちゃう可能性がないか、これって。
さすがにそこまではないか。
「ま、まってよ。今度の日曜日は乙先輩のこと、私が誘おうって思ってたのっ」
「あらそうなの。じゃあ、おばさんは引っ込もうかしら」
おばさんはあっさりと身を引いた。少し惜しい気もする。
「先輩っ。今度の日曜日デートに行きましょう」
「お、おう」
今日のリベンジ戦……になるのだろうか。




