第二話:乙、捕まる
どこの組織にも悪い輩は存在する。暴力的だが、人間の本質は悪だと俺は思う。悪、というよりも欲なのだろう。自分をよりより立場や状態にするのが人間。つまり、自己中心的な人間が本質なんじゃないかな。
まぁ、優秀すぎる人間も我侭も過ぎると徒党を組まれて劣った人間にやられるから人間はある程度社会性を保てているのだろう。
だから、俺の中で悪さする人間がいるのは仕方がない。もちろん、ルールに則って生きている以上……罰を受けるのは当然だと思うがね。
「欲を追求するのはいいけど、倫理的にはアウトだな」
花見月早百合からの依頼。体育教師が女子生徒にやらしいことを要求しているとか何とか。早百合から伝えられた全てだ。曖昧すぎて、難しい。
唯一つ分かること。
「けしからんな」
「ああ、そうだな」
そして正義の人である俺と紅蓮はばっちり現場を取り押さえるためそれぞれ自前のビデオカメラを手にしている。獲物を狙う山猫のごとく、体育教師を探しているわけだ。
決して何かを映像として残すつもりは無い。あれだ、証拠として提供するために必要なのだ。カブトムシってこんな風に交尾するんだぁと後々の知識のために頂戴するのである。
時刻は夕方、五時半。時間帯的にまだ部活が行われているので旧校舎側は人の気配がしている。体育館からも当然人の気配はしている。もしあれがお化けだったらどうしよう。
「体育教師の噂はもとからあったんだがなぁ」
「マジかよ」
紅蓮の言葉に俺はげんなりするしかない。何せ、以前通っていた学園の生徒が卒業後すぐに体育教師と結婚しちまった。学園のアイドルといわれていただけにショックは大きかったな。
「人の業は底が知れないな」
「全くだ」
体育教師が居るならやっぱり体育館近くだな。そんな単純な理由で、そちらへと向かう。
件の体育教師はどこであろうか。もし、合体中なら攻撃は仕掛けちゃいけない。ヒーロー物の鉄則だ。
「ふむ、どれもこれも違うようだ」
一人目は若い感じの爽やか系体育教師……縁の糸はどうやら六十台のマダムと太く結ばれている。
見たときこいつだと思った角刈りの中年男性教師はラグビー部と男の暑い友情でがっちり繋がっていた。これ以上説明すると俺の精神衛生上非常によろしくない。
三人目を見つけたとき、肩を叩かれた。
「何だよ紅蓮」
「……見つかったぞ」
見つかった? 恐らく、怪しい動きをしている奴に違いない。
「俺の目の前にいる」
そいつはナイスだ。
そう思って後ろを振り返ると竹刀を持った女性の体育教師が立っていた。怒っています。如実に語る怖い顔で俺のことを見ていた。
「何をしているの、こんなところで」
怖い顔、とはいったものの綺麗だった。妖艶な、といったほうがいいかもしれない。それに誰かに凄く似ている。
ぱっと頭にひらめいたのは、ハナカマキリ。知っているだろうか? 攻撃的な擬態をして寄ってきた蝶をおいしくいただきますしてしまうのだ。
「何って……犯罪を未然に防ぐためですよ」
きりっといい表情をして見せた。第一印象はとても大切だ。特に、美人相手にそれは譲れない。ほら、この後何がどうしてそうなるのか分からない展開もあるかもしれないじゃない。
「おい、おっちゃん」
「おっちゃん言うな。今忙しいんだ」
「お前さん、客観的に自分を見ることって出来るか?」
何を簡単なことを言うのだろうか。当然である。
俺は力強く頷いて見せた。
「じゃあ、今の状況は客観的に見て乙はどんな感じだ?」
「そんなもの、決まっている」
ニヒルに俺は笑ってみせる。ところでニヒルってどういう意味だっけ?
「悪い奴を捕まえる正義の使者だ」
「お前さん、頭が……」
ものすごく馬鹿を見るような目で紅蓮に見られた。
「そうか、それならあっちの生徒指導室で話を聞こうか」
「俺は何も悪いことはいだだだだっ」
意外と力が強いようであっさり腕を捻られお縄となった。言っておっけど、荒事は苦手だ。暴力は良くないことである。
「で、まずはそっちから撮った内容を見せてもらおうか」
完全に犯人を見るような目つきで俺たちのことを見ている。
「個人の持ち物なので守秘義務があります」
「おい、乙」
「じゃあまずは紅蓮から見せるといい。俺のは初っ端から流すほど生易しいものじゃないからな」
結構鋭い視線が飛んできた。お、俺がこの程度でびびると思ったら大間違いだからな。
「み、見せないってわけじゃないですよ。順番、そう順番ですって。俺はあとから見せます」
「……じゃあ、そっちの君から見せなさい」
「わかったよ。俺のも特に面白いものじゃないからな」
別に面白さを競っているわけでもない。
再生ボタンを押すと、人形が大量に置かれた部屋が映し出された。人形といっても日本人形から最近のアニメのぬいぐるみまで様々だ。
まるで部屋の半分は子ども部屋……というよりもマニア部屋か。遊ばれるようなことは無く、ただ、部屋の印象付けに存在している少しさびしい存在。
視界の隅が動き、見知った顔が画面内に現れる。
「あー、こほん。紅蓮です。座敷わらしさんが出ると噂の部屋に泊めてもらうことになりました。ついでに寝ているところをビデオで撮りたいと思います」
時刻は午後十時を指していた。まだ寝るには早い。しかし、紅蓮は床につくと寝息を立て始める。布団に入ってすぐ寝付けるのは特技の一種だな。俺は眠れないとき、羊を数えているぜ? おっと、羊じゃない。ちゃんとSheepって数えてるから安心して欲しい。
「……倍速で進めてもいいですかね?」
教師の許可をもらうよりも先に倍速を押した。
倍速にしても寝返りを紅蓮が打つだけで変化は見られないようだ。一体どうしてこんなつまらない動画を撮っているのだろうか。
「紅蓮、何でこんな動画を……」
「しっ、黙ってろ」
変化が見られたのは午前二時から。
画面右端に結構小さい光の玉のようなものがふよよんと浮いては消えた。
「オーブだっ」
「何だよ、オーブって……」
そして二時半、棚に飾られていた人形がいくつか落ちた。
「おい、見たかよ。絶対に座敷わらしの仕業だっ」
「痛いってば」
興奮した紅蓮が俺の肩を叩いていた。
「見たか、乙。間違いなく、座敷わらしだったろ?」
「わかんねぇよ」
しかし、映像もそれまで。体育教師が停止を押したのだ。
「あ、いいところで」
体育教師の顔はどこか青ざめている。どうやらこういう類のものが苦手らしい。
「……あなたのビデオカメラの中に変なものが無いのは分かったわ。次はそっちの子」
今の映像を出されて俺、超えられるだろうか。
「わかりました」
再生を押すと、薄暗い森が映し出された。
「今日は登山に来ていましたが……カメラの調子が悪いようで下山時に電源が着きました」
イエーイと画面外の友達が騒いでいる。
「イエティを探しに来ましたが、駄目でしたっ」
紅蓮が俺のことを馬鹿にした目で見ている。あんたの座敷わらしの方が下だと思うね。何せ、UMAは未確認の生物だ。
しかし、何と言うかこんな映像を撮っていただろうか? そもそも、今の今までイエティを探しに行っていたことを忘れていた。
「おい、何だあれ……イエティじゃね?」
「え、どこどこ?」
そういって数人が声のしたほうへと視線を向けて、ビデオカメラも視線を向けた。そこには後光のさしている人型が見えた。異様に頭のでかくて華奢な人だ。
みょうちくりんな人は素早く林に逃げ込み、行方をくらます。
「いまの、グレイじゃ……」
誰かがそういった瞬間、天井からライトが当てられたように明るくなった。そして、身体が浮いたところで……映像が途切れた。
「……なんだよ、これ」
「さ、さぁ?」
そのときの記憶は俺に全く無い。イエティを撮りに行ったのは覚えているがその先の記憶は無い。どうやって戻ってきたのかも覚えていなかった。一体これは、誰の映像だったのだろう。
結局、体育教師の望んでいた映像は入っていなかった。俺たちは注意された程度で、無罪放免となった。
「花見月に騙されたんだろうなぁ」
紅蓮の言葉に俺は首を振る。
「いや、早百合の言葉は正しいよ」
「そうなのか?」
「ああ、さっきの体育教師、女の子との縁が凄く強かった」
「……どういう意味だよ。わかんないぞ」
今一つ納得していない紅蓮に俺は苦笑いする。
「あの先生の名前って知っているか?」
「うんにゃ、覚えてないね……そんなことより、グレイか。宇宙人は浪漫だな」
こいつ、オカルトが好きなんだろうなぁ。
「グレイは置いておくとして、だ。まずはあの教師の名前を調べて見ようや」
職員室へと向かって教師のことを聞いた。
何の事は無い、すぐに名前は分かった。
花見月美優、それが体育教師の名前だったのだ。




