T3:千春、予定と計画
行動にはやはり、目標を決めて取り組むのが良い。
例えば今日という日……夏祭りという日は彼女を連れて、色々と楽しむ。そして、相手のことをもっと知ると同時に自分のことをもっと知ってもらうのだ。
本来なら事前に誘っておくべきだった。残念ながら色々と面倒ごとが重なって(師匠からの電話、エンキリとしての仕事等)そうもいかなかった。無計画とか言わないでくれ。
早速、誘うことにした。
「受験勉強があるから。無理」
恋に障害はつき物だと聞いたことがある。
しかし、勉強が付きまとった挙句、最大の壁になるとは思わなかった。千春は受験生だからしょうがないよな、ぐすん。
「……なーんて、嘘。準備しているから迎えに来たわ」
「え」
俺の戸惑いと同時に、チャイムが鳴った。
「こんにちは、乙」
玄関には紫の浴衣を着ている千春がいた。花火のような柄で、先輩のイメージをより良くしてくれてすごくよかった。
「どう?」
「……ぐ、グッドです」
髪型も普段は下ろしているが後ろでまとめてあげており、うなじが見えている。正直、うなじで興奮する野郎の考えなんざ、全然分からなかったが……今日、千春の姿を見て考えを改めよう。うん、いいね。
「まだ祭りには時間ありますからあがらせてもらうわよ」
「どうぞどうぞ」
俺にとって人生初めての彼女である。どうすりゃいいのかよく分からんが、そもそも、彼女以前に俺は千春のことをよく知らない。分かっていることは俺が千春のことを好きだということたったそれだけ。
とりあえず椅子に座ってもらい、緑茶を出すことにした。なぁに、ここから知っていけばいいのさ。簡単な会話のキャッチボールで相手を探る。
「千春は飲み物で何が一番好き?」
「特にないわね」
うっ、初っ端から調査難航。
「聞くタイミング、間違えてない? 既に緑茶出しているし」
「あ、違うんだ。俺、よく考えたら千春のことあまり知らないから。飲み物の話を取っ掛かりにして色々と千春のことを知ろうかなって」
「……可愛いことするのねぇ」
俺の顔をまじまじと眺めて、千春はため息をついた。な、何か駄目だったことがあるのだろうか。
「縁切乙。一月十一日生まれのAB型。好きな飲み物は特になし、好きな食べ物は肉じゃが。嫌いな食べ物はセロリ。好きな教科は国語、苦手な科目は家庭科と数学」
「え、いつの間に……」
「この程度のこと、私に掛かれば造作もないわ」
口元を歪める千春に俺はため息を漏らすしかない。一体、どこからそんな情報を仕入れてきたのだろうか。
「あと、乙の家族構成は……」
さらに続けて千春が何かを言おうとしたとき、チャイムがなった。さすがに無視するわけにもいかないので、そちらへ向かうと勝手に玄関が開いていた。
「やっほ」
「早百合……それに皆も」
狭い玄関に立っていたのは早百合、紅蓮、波崎、三枝だ。調査部全員が、俺の部屋にやってきたということになる。
「どうしたんだよ」
「今日、お祭りがあるからね。調査部全員で行こうかと」
誰も浴衣は着ていなかった。各々、黙っていれば可愛いだけに着れば似合うだろう。
「……悪いんだけど」
俺、今日千春と一緒にお祭り周るんだよね。だって、彼氏だし、ふふん。
「どうぞ、あがって」
返事は俺ではなく、千春がしていた。
「おじゃまー」
本当にお邪魔だよ。何か、千春が気になるようなことを言おうとしたときにこんなことがあるなんて信じられない。誰かの悪意を感じるよ。
「乙さん」
「ん、どうした三枝」
「……彼女の浴衣姿はどうですか」
「え? そりゃ可愛いけど」
「ぶわっ」
そういって涙を流して波崎の胸に飛び込んでしまった。
一体、どうしたというのだ。
「恋人との夏祭りを邪魔して悪いのですが」
早百合はそういって全員をぐるっと見渡した。ふむ、自覚はあるのだな。だからといって許しはしない。
「私達も思い出を作りたいのです」
「……俺と?」
俺、意外といい友達に巡りあえ……。
「あんたじゃないよ。千春とだよ」
もし、俺が二足歩行ロボットのパイロットをしていたらさっきの台詞後、コックピットを打ち抜かれて退場だったろうなぁ。最後の数分でさ、
「乙―っ」
ってな感じの絶叫でエンディングの歌が流れ出す、みたいな。
俺のことはともかく、早百合の言葉であることを思い出した。
「そっか、千春は……」
三年生で、学園最後の夏なのだ。
俺は彼氏だが、早百合は千春と仲が良い。早百合なりに、思うところがあるのだろう。
「……で、どうかな。調査部で周っちゃ駄目?」
他の部員もそういう考えて、今日は集まったのだろう。
恐らく俺が千春のことを夏祭りに誘うと踏んで、まだ早い時間帯に俺の家へ来たのだ。適当な推測だが、いい線行っていると思う。
「乙がいいのなら私はそれで」
「え、俺に丸投げ?」
「彼氏だもん。決めてよ」
いいんだろうか。決めちゃって。
「俺は今日、もっと千春のことを知ろうとしていたんだ」
「スリーサイズについて?」
「それはおいおい調査する」
男として言ってやりましたよ。どうですか、皆様。助平心は隠していません、立派だと誉めてください。
「おい、乙。何で鉄鍋被って震えているんだ?」
そうしないと千春の鉄拳が飛んでくるかもしれないからな。震えているんじゃないぞ、これは良くある武者震い。
「乙、どうぞ、続けて」
まだ、怒っちゃいないらしい。
「……彼氏として、千春のことは知りたい。でも、今日は調査部と周る千春の顔を見ておこうと思う」
来年、調査部と周れたとしてもそれはちょっと違う立場だ。
「これでいいかな、千春」
「ええ、乙がそういうのなら」
千春は俺に軽く笑うと立ち上がった。
「ちょっと早いけど、もう行きましょうか」
「ちょっと待って、その前に賭け金を回収しなくちゃ。ほら、瑠璃と紅蓮、お金を渡しなさい」
「ちぇー、乙なら二人で周りたいって言うと思ったのに」
「全くです。乙先輩には幻滅しました」
「んじゃ、このお金は私と日和で山分けね」
「乙さんは心の広いエンキリだから、二人だけで行くだなんて、絶対に言いませんよ」
こいつら、俺たちで賭け事を……。そして三枝、いつの間に戻ってきていたんだ。
「友達で賭け事はいかがなものか」
「友達じゃないわ。部員よ。あんた、あたしのことを友達だ何て思っていたら尻の毛まで抜いてやるわ」
「乙さんのお尻の毛……」
俺のことをばっさりと切り捨て、早百合は皆を先導する。三枝は目に危ない色をたたえている気がした。
「……ねぇ」
「ん?」
家を出て鍵をかけている間にもどんどん進む部員達。ちょっとは千春みたいに待っていようという気持ちはないのか。
「二人で周りたかった?」
虫の鳴き声が聞こえてきた。
「まぁ、ね」
俺の彼女は少しがっかりしたようだ。それが、嬉しかった。
「でも、さっき言ったことも本心だよ」
「そう、それならまた今度夏祭りがあるときは二人で周ろう?」
淡く微笑む千春に俺は力いっぱい、頷いた。
「うん」
今日は夏祭りだけだが、花火大会だってどこかであるはずだ。情緒溢れる雰囲気もいいけれど、俺はやっぱり千春の隣で彼女を見ていたい。
「ん、あれ? それって今も変わらない?」
「何してるのっ、置いていくよー」
「わかってるーっ……千春、行こう。あいつら本当においていきかねん」
千春の手を握って、少しだけ早歩き。夏だというのに、彼女の手はひんやりとしていた。
「……意外と乙の手は大きいのね」
「そりゃあ、ビックフットの末裔だから」
俺の適当な返しをどうとったのか、千春は笑っていた。
「そうだといいわね」
「言っておいてなんだけどさ、そこはもうちょっと格好いい奴がよかったな」
何があるだろうか。知っているものと言ったらモスマンしか知らない。




