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エンキリZ  作者: 雨月
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H2:日和、思惑通り

 アパートの一室で、男と女が向かい合っていた。

「以前、話をしておりました元彼の方との縁は切っております」

「そうですか。ありがとうございます」

 男のほうは若い。女のほうも二十台半ばといったところだろう。

「お支払いに関しては、縁が切れたと実感できてからで結構です」

「と、いいますと?」

「一週間ほど様子を見て、それで向こうから連絡がなければお願いします。まぁ、再度こちらから電話を致しますので」

 男は近所の羽津学園に通っている生徒だ。名前を、縁切乙という。縁切という人と人との縁を切る仕事をしているものの、他の縁切からしてみればやり口は甘いといわれる。

 縁を切って、はいそれまで。それが本来縁切の仕事である。中には乙のように縁が切れた後に様子を見るものもいるのだ。

「わかりました」

「今後、いい縁があるといいですね」

「はい、ありがとうございます。ところで、縁切さん」

「何でしょうか」

「今夜、ご一緒にお食事でも行きませんか」

 彼はたまに、相手に深く入り込むときがある。縁切の仕事において、彼は優秀ながら無駄に同情してしまうのだ。

 顔も悪くなければ(黙っていればだが)、誠実で、お金も持っている。年下が好みの女性なら、ちょっと遊ぶにはいい相手かもしれない。

「いいで……」

 肯定的な意見を出そうとしたところで、それまで乙の右後ろに控えていた三枝日和が一歩前に出た。

「すみませんが、そういったものは職業柄控えさせていただいているのです」

 少しむっとした表情で、相手を見る。

「あ、そうなんですね。それはすみませんでした」

 あっさり引き下がって女性は席を立つ。女性は日和の態度を見て瞬時に悟ったのだ。

「色々とありがとうございました」

「いえいえ」

「お幸せに」

「あ、はい」

 乙と日和は女性を見送るとクーラーの聞いた室内へと戻った。

「日和はきっちりしてるのな」

 乙は年上の女性との食事チャンスを逃したのであまり機嫌が良くなかった。

「乙さん。気持ちは分かりますが、抑えてくださいよ。彼氏の手前、彼女はやきもちを焼かないといけないのですから」

「むぅ、まぁ、日和が言うのならしょうがないか」

 夏休みに入り、出された宿題そっちのけで二人はエンキリの活動に専念していた。乙の師匠から回された仕事もあるので、スケジュール管理は日和に一任されている。無論、夏休みの宿題もそっちのけとはいえスケジュールを組まれている。

 忙しそうに手帳をめくる日和の横顔をちらりと見て、乙はため息をついた。

「……ごめんな、日和」

「どうかしましたか」

「いや、気にしないでくれ」

 エンキリとして充分活躍できるほどの能力を日和はもっている。夏休み中はばらけて仕事をするはずだった二人は乙の師匠の言葉によりメインを乙に据えてサブを日和が担当する事になったのだ。

 これが逆の立場だったのなら、面白くないと乙は感じていた。何せ、エンキリの仕事ではなくやっていることはマネージャーだ。さらには余計な厄介ごとを減らすために彼女焼くまでやらされている。

「たまにはコンビで仕事をするのも悪くありませんね」

「あ、ああ。そうだな」

 日和が気にしていないのなら、それはそれでいいのかな。そんな楽観的な考えが頭に浮かび、乙は考えるのをそこで止めておいた。元来、考えるのはあまり得意なほうではない。

 たとえ話であるが、どの道破滅の一途をたどるのであれば道中馬鹿のほうが幸せでいられる。

「今日はもう終わりですね。今晩、何が食べたいですか」

「ハンバーグが食べたいな」

「この前も作りましたけど?」

 日和が部屋に住むようになって既に数日が経っている。ついでだからと、部屋の掃除から洗濯、料理と乙は甘えっぱなしである。

 そのことに今更気づいたは頬をかいて考える。

「そうだったか。じゃあ、夏野菜のカレーかな」

「わかりました。買い物に行ってきますね」

 普段だったらいってらっしゃいと見送って適当なDVDを鑑賞したり、レトロなゲームをやって時間を潰している。

 今日は、日和の手伝いをすることにした。

「俺も行くよ。食材を選ぶ役には立たないかもしれないけれど、荷物もちにはなれるから」

 少しは悦んでくれるかなと思っての行動は日和の眉根をひそめる結果になった。

「何かたくらんでいますか?」

「最近世話になっているから、純粋に手伝いたいなと思っただけだよ」

「そう、ですか。私は乙さんのためなら何だって出来ますよ。何せ、今のわたしは彼女クラスですからね」

 微笑んで右手で力こぶを作る真似をしてみせていた。

「彼女クラスかぁ……ん、じゃあ奥さんクラスになったら何が出来るんだ?」

 既に彼女クラスで何でも出来るのならどうなるのだろう。

 乙は軽い気持ちで聞いてみたりする。

「……その、子どもが出来ます」

「オーケー、俺が悪かった」

 二人して外に出て、歩き出す。夕方ながら、暑さは遠慮してくれていない。それでも日中に比べれば格段に過ごしやすい。暑さで地球が爆発するのなら一度見てみたい気もする。

「子どもが出来たら乙さんはどんな名前を付けますか……言っておきますけど、単なる話の種ですよ」

 さっきのは気にしないでくれといわんばかりだ。乙はため息をついて少しだけ考えた。

「そうだなぁ……男の子なら宗平、女の子なら民子かな」

「理由は?」

「……まぁ、かっこいいかなって。民子は普通に名前の響きが可愛いからさ。って、何だか先の話しすぎだろ。もっと青春を感じるような話題がいいだろ」

 俺達はまだ若いのだ。せっかく、女の子と歩いているのだからもっと胸が高鳴るような話がしたい……乙は心中でそうぼやく。

「おろ、エンキリの二人じゃん」

 胸が高鳴るよりも先に、調査部部長に出会ってしまった。

「何? デートの帰り?」

「逆ですね。これから、スーパーでデートです」

 胸を張って答える日和に早百合はなにやら感心していた。

「いつもの日和っちとはどこか違う」

「ええ、今の私は彼女ですから」

 まぁ、彼女の後ろに(嘘)がつくわけだが。

「ほぉ、こりゃまた面白……素晴らしいことを聞いた。ちょっと用事が出来たからまたね」

 走り去った早百合を見送って、堂々としている日和に乙は尋ねた。

「よかったのか。あのまま行かせて」

「別に早百合先輩に用事はありませんから」

「そうじゃなくて、事情を説明しなくてさ」

「……あ」

 突如として、顔を真っ赤にする日和を見て、エンキリの少年はため息をついた。

「い、いいんですよ、別に」

 強がっちゃってまぁ、可愛いこと。夏休み限定だし、問題はないだろう。

 楽観的な考えを乙は浮かばせ、隣の少女と肩を並べて歩くのだった。


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