T2:千春、宇宙の呼び声を聞く
教室でぼけっとスマホを触っていたら、クラスメートと、その他色々の男子に囲まれた。
え、何これ、新手のモテ期? いや、ホモテ期?
「お前、新聞部元部長の青空千春と恋人になったって本当かよ」
「あ、ああ……」
クラスメートに話しかけられて俺は鷹揚に頷いた。だって、皆顔が怖いんだもん。これ、モテ期じゃなくて、リンチされるんじゃね。
最初は優しくしてくれないと、思わず縁を切っちゃうんだからね。本当よ。
「おい、縁切……」
「いやん。触らないで。私の身体はもう、青空千春のものなのよ」
「いきなりお前、どうしたんだ」
あれだけ俺を中心に渦巻いていた熱気は消え去っていた。
「何でもねぇ。ちょっとしたお茶目だ」
どういうお茶目だと誰かに突っ込まれた気がする。
「まぁ、いいさ。青空千春は……」
俺を囲む別の男子生徒がまた千春のことを呼び捨てにした。
ちょっとだけ、むっとしてしまう。
「おい、あの人は先輩だろ。呼び捨てにしないで、先輩ってつけろよ」
「……俺、三年生なんだけど」
学生証を提示され、三年であることを確認する。
「この度は、わたくしの勘違いにより、関係各位にご迷惑をお掛けいたしまして、大変申し訳ございません。かくなるうえはあそこでラノベ読んでいる眼鏡君に切腹してもらうしかない」
「俺が何したって言うんだ。しかも俺が読んでいるのはラノベじゃねぇよ。変身だ」
「そこまで畏まらなくてもいいけどさ」
あれ、おかしいな。いつものノリでやっていたら周囲からさらに引かれているよ。
「騙されているんだって。あいつのせいで何人学園を辞めたか……」
色々な意見を予鈴が鳴るまで俺に言い続けた。
やれ、性格が悪いだの、怒らせたら怖いだのと……非常に失礼な奴らだ。一部、当たっているだけに否定は出来ない。
「後悔するなよ」
最後にそういって、男子どもは行ってしまった。
「……なんだったんだろうな」
「ありゃあ、やっかみだな」
その時、掃除用具入れのロッカーが開いて紅蓮が出てきた。
「いたのか紅蓮」
「ああ」
どうしてそんなところに……。
「あいつらは全員、以前青空先輩に告白して振られた面子だ。お前さんが告白をして、受け入れられたことを、いまだに現実を受け入れられずにいるんだよ」
感想は一言。
「ふーん」
女々しいね。好きな人に好きな人ができたのならそれは祝福してやるべきだ。
逆の立場ならどうかって? おいおい、俺はエンキリだぜ。
そいつと千春先輩の縁を切るに決まってるだろ。
――――――
ちょっとした手違いで青空先輩に告白してしまった。
今更、やり直し効かないだろうし、あの場所で訂正しようにもすぐに青空先輩は学食から出て行ってしまったし、しょうがないな。
「……はぁ」
青空先輩にどんな顔をして会えばいいのだろうか。
というか、俺と青空先輩が彼氏と彼女の関係だって事だよな。うぅむ、それは素晴らしいことだ。しかし、今日からそうですといわれてもどう接していいかわからない。
「これも調査部に入ったおかげかな」
調査部がなければ、こんなことにならなかっただろう。調査部の面子は変な人が多いものの、基本的にいい奴らばかりだ。
「いつか感謝したいものだ」
部室のドアをスライドさせて、中に入る。
「ベントラーベントラー」
そこには、座って勉強をしている青空先輩を囲み、皆で輪になっている調査部を見つけた。嘘、ここまで変な人たちだとは思ってなかった。
「……何やってんだ」
「お、いいところに来たな乙。今、大宇宙の囁きを青空先輩に聞いてもらってるんだ」
「おいおい、何わけのわからないことを言ってるんだ。早百合、青空先輩の邪魔をするなよ」
「ほら、さ、千春は今年受験だけど私達来年じゃん?」
もう就職ではなく、進学だと決めているらしい。進路を早めに決めるのはいいことだと思うものの、時期尚早ではないだろうか。人間の可能性は無限ながら、選べる道は一つだけだ。
「来年、私も受験を乗り切れるのならやってもいいかなって」
「何で宇宙に自分の将来を託そうとしてるんだ」
「宇宙じゃありませんっ。大宇宙ですっ」
そして思わぬ波崎からの突っ込みが。
「……三枝。何か言ってやって」
「乙さん、知っていましたか。エンキリは銀河第Ⅶ星雲辺りから飛来した宇宙人と、人間の間に生まれたのが……うわぁぁぁん」
「え、三枝?」
泣きながら三枝は出て行ってしまった。追いかけようとしたら紅蓮に肩を掴まれる。
「乙女はそっとしておいてやれよ」
「は?」
「傷心中だから」
何か嫌なことがあったのだろうか。
これだけ騒いでいても尚、青空先輩は怒ったり、話しかけてきたりはしない。いや、黙っているというのは普通に怒っているのかもしれないぞ。
何せ、勉強中に自分を囲んで宇宙人を呼んでいるようなものだ。俺だったら怒るね。
「宇宙って言うのは置くが深い」
馬鹿はほうっておくとしよう。
「あの、青空先輩?」
「あら、乙。どうしたの?」
彼氏と彼女なんて、こんなものだろうか。照れくさいなと思う気持ちや、告白されたときのことを思い出してまともに見られない、なんてことはないのか? それとも、俺がただ幻想を抱いていただけなのだろうか。
「これから交尾が始まるんだろうな」
「鬼瓦先輩下品です」
「きっとあの告白をなかったことにしてほしいって千春が言うわよ」
やめて、傷つくから。
いつもなら一笑に付してそれまで。だがしかして、俺の中ではそうでもなかった。若干の不安要素がある以上はやっぱりそうなんじゃないかなぁと思う。
そもそも、逆の立場だったのならあれは冗談だったのではないかと考え直して、冷静になって相手を見極めようとする。
「ねぇ、乙」
「は、はいっ」
「今此処で私にキスって出来る?」
人差し指で自身の唇をつついた青空先輩は悪戯っ子のように笑っていた。
こ、これは……。男なら進むしかない。
「出来ます。でも、こんなところで……その、初めては二人きりがいいなぁ、なぁんて」
「乙女か」
紅蓮の要らぬ突っ込みが入った。いや、あれだよ。二人が出会うきっかけとなった部室は場所的にいいんだ。そういうんじゃない。問題は部員だ。
「どきどき」
「わくわく」
「てろてろ」
すげぇいい顔で俺たちのことを見ているもん。うう、見世物じゃないだろ、キスって。
そもそも、宣言してから次の日にキスって、おかしくないか。そういうのはムードが良くなってから自然とそうなるわけで……。
「ぼーっとしない……ちゅっ」
「わっ」
え、嘘、今何された?
「うおおおっ」
「きゃあああっ」
「カメラを、写真をっ」
「任せてくれ、俺がシャッターチャンスでコンボを決めて成仏させてやるぜ」
世界の中心で誰かに置いてけぼりを食らったような感じだった。
「感想はないの?」
ああ、あんなに乱暴だった青空先輩が何だか別の存在に見えるよ。
「ご、ご馳走さまっす」
「そう、よかった」
「ちっ、この男はもっといい言葉をいえないもんかね」
早百合ばあさんは手厳しい。
「本当だよ。アーサー」
紅蓮は早百合に続いていた。
誰だよ、アーサーって。
「はい、ここで瑠璃、行ってみましょうか」
「ええっ? えーと、君の唇は甘酸っぱいアセロラのようだったよ……アセロラって食べたことないですけど」
「一点」
何で、ですかぁ。波崎が傍で騒いでいる間、俺と青空先輩は見つめ合っていた。
「あの、青空先輩はこんなところで良かったんですか」
「乙と二人ならどこでもいいわ。場所は、選ばない」
「そ、そうですか」
「あとね、乙。わたしのことは青空と呼ばずに千春と呼びなさい」
年上の呼び捨てコースが来ました。
俺がそんな恐れ多いことを出来るわけもない。迷わず、さんをつけるぜ。
「え、えーと、千春……さん……いたぁっ」
さんづけしたら殴られましたよ。
「見て、奥様。早速お尻にしかれていますわ」
「本当ね、鬼瓦の奥様。あれを見てどう思われますか、波崎の奥様」
「紳士の風上にも置けませんね」
うるせぇ、紳士を舐めんじゃないよ。
「ち、千春」
「何、乙?」
「……よ、呼んでみただけだ」
きゃあきゃあ騒ぎ始めた早百合達を放っておいて、俺は一旦ジュースを買うために部室の外へと出るのであった。
「乙さぁ」
「ん?」
自動販売機でジュースを買っていると、早百合がやってきた。これはさらに追い込みでからかわれるのではないか。
危惧した俺とは対照的に、早百合の雰囲気は落ち着いていた。
「早百合?」
「千春のこと、よろしくね」
「おう」
「あの子、ああ見えて寂しがり屋だから」
ああ見えて、か。俺が見ている青空先輩……ではないな。俺が見ている千春と、早百合が知っている千春は違うのだろう。
何せ、千春と早百合は以前から親交があったようだし、千春のことをもっと知らなくてはいけない。




