R1:瑠璃、フラれる
夕暮れ時、比類優の背中を見送る波崎瑠璃は何を思っているのだろう。
「そんな……」
これまで、比類の彼女になるために、波崎は色々と努力をしてきたのだ。それが無駄か、無駄ではないかと聞かれたら俺は無駄だと答えるかもしれない。
考えのない努力は無駄になる……何もしなければ。
「波崎さん……その、大丈夫?」
「大丈夫、です」
そういって歩き出した。声をかけようか、このまま別れるべきか悩んで俺は話しかけることにした。放っておいて欲しいかもしれない。けど、俺にはそんなこと出来ない。
「波崎さんこれまで君に黙っていたことがあるんだ。俺自身のことだよ」
「乙先輩自身のこと?」
「そうさ。俺は馬鹿そうに見えて、実は孤高のエンキリなんだよ」
基本的にエンキリは一人単位で動いている。理由は簡単で個々の意見で縁の糸を切るのと、性格的に慢心しているから誰かと組んでも相違が多いのだ。あれだ、まさに字を呼んでごとく、慢心相違ってやつだ。
「エンキリ?」
「そう、エンキリって言うのは人と人との縁を断ち切る者だ。縁を切られたものは相当な努力をしなければ、またその人と話し合ったり出来ない。挨拶は出来るかもしれないけれど……未練なんかもなくなってしまう」
「何が言いたいんですか?」
「……君が望むのなら、比類優と彼女の縁を断ち切って、波崎瑠璃との縁の糸を紡ぐよ」
完全なお節介。そして、比類優にとってはいい迷惑の何者でもない。
相手の言動にイラついたガキが永遠と続く復讐をしようとしているだけだ。しかも相手は、傷つけたとも思っていない。
わがままを押し通せる人間は、人間としての体現者といっていい。
「そうすれば、君は晴れて比類優の彼女になれる」
「……」
波崎は黙ってうつむいた。
それから数分、いや、数十秒か? ずっと顔を伏せていた波崎が顔を上げる。
「私は……そんなことしなくても、大丈夫です」
「……そう。信じてもらえないのは分かるけれど、本当なんだよ」
「乙先輩のことを信じていないわけじゃないんです。あの、乙先輩。一つ聞いてもいいですか」
「何かな」
遠くからちゃるめらの音が聞こえてきた。ああ、一緒にラーメンを食べに行ってもいいかもしれない。
「どうして私の事を慰めてくれるんですか」
この質問の答えは決まっている。
「俺は君の努力を知っているから。練習とはいえ、波崎さんに告白されたときは不覚にもくらっときたよ。嬉しかった。もう、ね、俺の青春始まっちゃったんじゃないかと思っちまった」
あ、いかん。このままの調子で言ったら変な目で見られちまう。
「それに今度、デートの予行練習を早百合の奴が計画していたんだ。結構楽しみにしていたよ。何せ、俺には縁遠いものだからね。笑ってくれて構わない、君とデートっぽいことが出来るのが嬉しかった」
少しむずがゆそうな表情を浮かべる波崎に俺はもっと続けることにした。今この瞬間でも、悲しいという気持ちがなくなってくれればいい。
くさくてもいい、あきれられてもいいから背中を押してあげるんだ。日本人って言うのは弱いチームほど、応援したくなるもの。
本来なら早百合や紅蓮のほうがもっと上手く支えてあげられるだろう。だが、今この場所にいるのは俺だ。俺にしか、出来ないことだ。
「俺は君の笑顔を応援したい。君がどうしても食い下がるのなら……絶対に見捨てはしない。どんな手を使ってでも、比類優の彼女にしてやる」
「乙先輩、もういいです。比類先輩のことは諦めます」
「何簡単に諦めてるんだよ。諦めんなよっ」
くそ、俺がテニスラケットを持っていればもっと熱く語れるというのに。
「その代わり、お願いを聞いてもらえますか」
「……なんだ」
「比類優先輩と私の縁を、無くしてくれませんか」
どれだけ背中を押したとしても、本人に俺の想いが通じるわけでもない。
相手に共感してもらえるだけの台詞を、俺はいえなかったこと言うことだろうか。
「わかった、波崎さんがそれでいいのなら今すぐにやるよ」
鞄から小太刀を取り出す。いつ何が起きてもいいように、比類と波崎の縁は把握してある。
「後悔するなよ」
「はい」
縁を切るなんてあっという間だ。くしゃみをする間に切れちまう。
「切ったよ」
「ありがとうございます」
何も起きることなく、縁は断ち切られた。これで、波崎は今後比類優に出会うことすらないかもしれない。
「私はもう大丈夫です。でも、今日はもう一人にさせてくれませんか」
「……ああ」
「それじゃ、また学園で」
「さよなら」
走り去った波崎の目から涙のようなものが見えた。
「……ありゃ、涙なんかじゃないよな。大丈夫だって言ってたし」
涙じゃないよ、あれは。たぶん、よだれだ。
「さすがによだれはないな。くそ、我ながら酷い。きっと、鼻水だよな、うん」
次の日、紅蓮と早百合にそのことを伝えておいた。本来なら黙っておくべきだろうが……調査部としての立場もある。
「そっか」
「縁を切ったのか」
二人ともこれはこれで良かったのかもしれないと呟いていた。
「せっかく遊園地デートを準備していたのに」
「乙、せっかくデートできるチャンスだったのに残念だったな」
「全くだ。比類優に関わってこれだけは楽しみにしていたのに」
波崎には悪いが、俺はマジで楽しみにしていたりする。
「紅蓮は遊園地に行ったら何から楽しむ?」
「ばか、男は遊園地なんて行っても楽しくないんだよ」
「え、そうなのか。俺は好きだけどな」
「紅蓮君は高所恐怖症だから乗れないものが多いのよ」
「あ、ちょ、花見月。やめろ、乙に言うな」
なるほど、そりゃご愁傷様だ。
「もし将来、タワーの主になったらどうするんだよ。そんなんじゃ手下のモンスターに馬鹿にされるぞ」
「そのときは一階にボス部屋をこさえる。やってきた奴らにはシンプルでいいだろうって自慢してやるさ」
果てしなく空へと伸びるタワーに入り、歩いて数秒、ボスがいたらこの無駄に高いタワーはなんだろうと首を傾げるに違いない。権威の象徴か、裏ダンジョンだと思うかな。
「瑠璃は大丈夫かしら」
早百合も本来お節介なのだろうか。顎に手を当ててなにやら考え込んでいる。
「乙、何かフォローしてやったんだろうな?」
あまり、余計なことは言わないほうがいいかな。
「フォロー? 俺がするわけないだろ。波崎さんだってガキじゃないんだ。ちょっとの間は苦しむかもしれないけど……」
「どのくらい苦しむと思う?」
「……一ヶ月ぐらい?」
「それ、かなり酷い状態じゃない」
まぁ、そうだよな。一ヶ月間部屋に引きこもるだけで世界は変わってしまう。
「今度、慰めるわよ」
「同情は要らないってつっぱねられたらどうするんだ」
「同情してやっているこっちの身にもなれ、このクソガキっていう。相手の気持ちを汲んで大丈夫だよって笑顔を見せないと人間としてやっていけないわ」
すげぇ、手厳しいのね。
「そうだな、俺も花見月の意見に賛成だ」
「まぁ、慰めること自体は……俺も異論はないよ」
じゃあ、どこでしようか。
早百合がそういったところで部室の扉があいた。
「こんにちは」
「あ、瑠璃。ちょうど今あなたの話を……」
「早百合部長、これ、入部届けです」
「え?」
きょとんとした早百合に書類を押し付け、波崎は俺のほうを向いた。
「今度からよろしくお願いします、乙先輩」
全然、落ち込んでいないぞ? どういうことだろうか。
ははぁ、これはあれだ。一見すると元気で実は落ち込んでるって奴だな。うん、気をつけてみてやらないと。波崎は相手のことを気遣える大人な人間なんだな。
話的に、五話目ぐらいの後でしょうか。未確認なので、そこのところ、微妙ですが。




