第十五話:乙、一学期の終わりに
期末テストの結果、一位はまさかの紅蓮だった。
「く、くくくく……あはははははっ」
片手で顔を覆い、高らかに笑っている。ここが調査部の部室で良かったな。教室で笑っていたらその日から緊急警戒ラインが引かれるところだった。
「どうだ、乙。これがお前さんと俺の差だよ。やってやるぜといっていたわりにはその程度か。笑わせてくれるっ」
そして両手を広げてなにやらポーズをとっていた。
「何あれ、若気の至り?」
ファッション雑誌をめくる早百合の表情はどこか苦いものがある。紅蓮に負けたのが結構悔しいらしい。
「誰しも高笑いの一つぐらい、やったことあるでしょ」
腕力では紅蓮に勝るものの今回及ばなかった青空先輩。大人の余裕で高笑いを肯定した。
「鬼瓦先輩に負けるなんて……屈辱です」
完全に下に見ていた相手(年上相手でも容赦ないな)に負けて、波崎さんのプライドは粉々。
「今回は体調が悪かっただけですね」
「だな」
たかだかテスト勝負ということで俺も三枝も対してダメージを負っちゃいない。まぁ、勝てないかなと思っていたから諦めていたのだ。
「約束どおり、一つだけ願いを叶えてもらうぞ」
願いを叶えるって……エンキリはそんな一族じゃない。
お願い事って結構叶えるのは難しいのだ。それ相応の、努力をしなくてはならない。
「金輪際、妹と会うんじゃない」
「つまり、縁を切ればいい?」
「思わぬところでエンキリとしての能力を使えますね」
しょうがないな、こうなったらやるしかない。
「紅蓮、最後に妹さんに会わせてくれよ。そうしないと切れるものも切れなくなる」
「はぁ? さっきもう会わないって俺に約束しただろ」
一言もいってねぇよ。
「妹と会って落とす気だな」
「俺の言うことが信じられないのなら、三枝に聞けばいい」
「なるほど。三枝ちゃん、どうなの?」
話を振られた本人はあくびをしていた。
「ふぁっ……こほん、はい、見ないとちょっと難しいですね」
「むぅ。そういうのなら、仕方ないな。ついてこい」
紅蓮を最初として、俺、波崎さん、早百合、青空先輩、そして三枝がついてきている。
「こんなに大人数で行かなくてもいいんじゃないのか」
調査部全員だし、一列で歩いているから何事かと見られているし。
「もしかしたら乙が不正をするかもしれないから皆で見届けないとね」
「ははは、部長は手厳しい。しかし、縁が見えないだろ」
「そこはほら、日和っちがいるから」
「分かりました。見ておきます」
じゃあ、やっぱり俺と三枝と紅蓮以外、要らないじゃん。
「わたしたちは賑やかしだと思ってくれればそれでいいから」
青空先輩、英単語を覚えるのなら落ち着ける場所でやったほうがいいですよ。
「さ、着いたぞ」
そういって紅蓮が指差す。場所は旧校舎の端っこ、数年前なのか、数十年前なのかは知らないが一年生が使っていた教室だ。
「一番端ですね」
「静かだと思ったら意外と人の声が通ります」
波崎さんと三枝がそういって辺りをきょろきょろしている。時折聞こえてくるのは何かの台詞。そして、部員達の楽しそうな声だ。
この学園の部活で笑い声というのは中々に珍しい。結構ストイックなところが多いからな。休憩中もどうかすると瞑想している部活があると聞いた。
「一番端っこなのは何故でしょう」
首をかしげて三枝が呟いた。
「まだほかにも教室は空いているのに」
「演劇部だからな。あまり他の部活に迷惑をかけたくないんだろ」
数度ノックして紅蓮は中へと入る。
「よぉ、歴」
「お兄ちゃん? それに縁切先輩も?」
そこで早百合が手をあげた。
「調査部部長の私もいるわよ」
「あ、えーと?」
名前が出なかったらしい。早百合、ちょっとかわいそう。
「やぁ、歴ちゃん。邪魔してごめんね」
早百合がへこんでいるうちに話を進めておこう。もしかしたら横槍を入れられるかもしれないからな。
「何ですか、あの爽やかな表情。乙先輩、普段はあんな顔、絶対にしませんよね」
「薄っぺらい表情。わたしは素の乙のほうが好きだな」
「千春も? 馬鹿には馬鹿がお似合いだと思う」
「乙さんは馬鹿ではありません。ちょっと頭の調子が悪いだけです」
酷い言われようである。人が新しい土地でしがらみから解放されたいと思う気持ちも分かるぜ。
「お芝居の練習するところ、見せて欲しいんだ。駄目かな?
「えっと、私は構いませんよ。でも、どうしてですか?」
まさかあなたと私の縁を断ち切るためにやってきましたとはいえない。
「第二演劇部の調査のためにね。あ、別に変な意味じゃないから安心して欲しいんだ。厳しいだけが部活じゃないからね、和気藹々としたい人だっている。第一から第二へ動きたくても動けない人たちの背中を押してあげたいんだ。ね、小百合部長」
「ん、そうね」
話はよく分からないだろうが乗ってくれた。
「それに、新聞部の元部長さんだって連れてきているよ」
青空先輩なら俺のフォローを間違いなくしてくれる。
「……どうも。もしかしたら学園新聞に出来るかもしれないわ」
少しざわつき始めた部室に波崎がうんうん頷いている。
「久しぶりに調査部として活動していますね」
思えば波崎さんが入ってから特に何もなかったからな。しかしこれ、調査といえるかね。
「だね、波崎さんはメモの準備をしておいて」
「ああ、乙先輩が普段からこんなに爽やかだったら良かったのに」
いつも俺は爽やかさ。ただちょっと、馬鹿に走りたいだけで。シリアス顔や劇画タッチも出来るんですよ、ええ。
「三枝も悪いけれど協力して欲しいな」
「乙さんが言うのなら……手伝いますけど」
ビデオカメラを渡して撮ってもらうことにする。まだ許可をもらっていないのでカメラは回していない。
「で、歴ちゃん、返事はどうかな?」
「は、はい。やらせていただきます」
頑張りましょう部長、そんな声が演劇部から上がった。
「……紅蓮さんや」
「なんだいばあさん」
「歴ちゃん、部長さんなのな」
「ま、歴なら当然だ」
てきぱきと指示が出せているわけではない。それでも、周りの部員達に支えられて上手くやっているようだ。
「良く考えてみたら二つ目の演劇部が発足した際の部長はどうしたんだろ」
「そこはおにいちゃんパワーで何とかした。奴はもう、再起不能だ」
「我慢しろよ」
「歴に色目を使ったのが気に食わなかった」
こいつ、歴ちゃんが関わると猪みたいになるのな。
「ほら、お前さんもさっさと歴との縁を切ってくれよ」
「ああ。わかった」
俺は見えない小太刀で縁を切った……つもりだ。何せ、自身の縁の糸が関係しているのだから見えていない。
「どう、三枝ちゃん」
「ん、まぁ、多分切れています。でも、エンキリの縁を見るのは難しいのでおそらく、といったところでしょうか」
まぁ、三枝がいたところで本当に切れているのかどうかは分からない。それこそ、ランカー……しかも、上から二番目、三番目ぐらいじゃないと厳しいかも。
「俺も三枝と同意見だ。たぶん、大丈夫」
ランカーでもなんでもない俺も、縁が果たして切れたのかさっぱり分からない。結局、どの程度まで切れたのかもわかっちゃいないからな。
「たぶん、大丈夫が一番不安な返答だ」
頭を振った紅蓮に俺はため息をついた。
「ま、そう気を落とすなよ。今は演劇部の実力を見させてもらおうぜ」
「だな。妹の成長は俺の楽しみだ」
期末テストも終わったし、後は夏休みを残すだけか。エンキリとしてほとんど仕事できていないな。
「ま、二学期からまたがんばればいいか」
こっちに来てから過ぎ行く日々が早かった。エンキリとしての活動よりも、学生としての活動を優先してきたからだろう。
元は早百合しかいなかった調査部に、気づけば人が集まっているのだ。
俺は調査部の面々を見渡して、ため息をついた。
「自分がエンキリだったことに感謝だな」
エンキリでなかったなら、この面子と出会えていなかったことだろう。




