第十二話:乙、DATの如く
夏休みが近い。
この事実に対して、もろ手を挙げる奴は半分いる。残り? 決まっている。驚愕だ。
お利口さんなら気づくだろう……そう、夏休みが近いということは期末テストも近いのだ。
「ピンチのときにチャンスはあるんだ」
たまに聞く言葉である。つまり、チャンスの中にはピンチもある。
「えーと、何々……期末テストで赤い点数を取った人は夏休み中に補習を受けてもらいます……か」
馬鹿って大変だねぇ。こんな風に教師側から夏休みを人質に頑張ることを強要されるのだ。馬鹿は毎年この繰り返しだというのに恐らく気づいていないんだろうな。
ああ、だから馬鹿なのか。
「……まだ期末テストまで二週間あるし、一週間前から勉強でいいな」
さーて、今日は何して遊ぼうか。
そして一週間後、遊び呆けていた俺は頭を抱えていた。当然、期末テストに関してだ。
「何てこった、ろくに勉強していないから……このままだとテストの成績が非常にまずいぞ」
馬鹿な俺でもよく分かる。このペースだと非常にまずい。分かりやすい例えをあげるなら、早めに並べば当日買えるだろうと思っていたゲームの発売日に数時間早く来たら長蛇の列が出来ていたって奴だ。
まず、することはあれだ。仲間探しだ。いつだって辛いときは仲間とつるんでいれば人は安心感をもてるのである。
その道が、破滅へ続くものだとしても。
「まずは馬鹿っぽい奴から仲間集めだな」
当然、紅蓮だ。あいつなら、あいつならば俺を裏切らないと信じている。
次の日、教室で話しても良かったが部室で話をすることにした(部活動はテスト前で中止だが自習室として使用中)。
「勉強? 今、しているだろう? それにな、前回俺はお前さんに負けた。だがな、負けを認めた俺は生まれ変わったんだ。真面目に勉強をしている」
「なん、だと……」
「さらに、ママンに頭を下げて家庭教師もつけてもらったぜ」
か、家庭教師だと……こいつ、マジで勝ちに来るつもりだ。いや、勝ちにじゃない。こいつは俺に勝とうとしているんじゃあない。テストだ。これまでの自分と袂を別ち、明日の自分を帰る為に頑張っているんだっ。
「エンキリ一族の縁切乙。その首、俺が貰い受ける」
「うぐ……き、期待しているよ、紅蓮君。最も君が僕を倒せるなんて思ってもいないけれどね」
とりあえず悪役は弱気になってはいけないのである。堂々としていなければならない。
「は、波崎さんはどんな感じ?」
「ん、まぁまぁです」
出たよ、まぁまぁ。中間テストのときは勉強苦手って言っていたけれど、テストの成績は良かった。それは、動かしようのない事実。
可愛い顔をして油断ならない相手だ。
「平均八十はいけそうです」
「……そ、そっか」
八十か。小学生……いいや、中学一年までは余裕綽々だったっけ。それ以降は取った覚えがありませんな。
「さ、早百合は順調?」
一応、聞いてみようかな。どうせ、頭がいいこいつのことだから変な手を使わなければいい点数なのだろう。
「テスト勉強? もちろんよ。任せなさいな、この部の平均点はあたしががんがんあげるわ」
あ、ちょっと、それ止めて。平均点あげられても平均点数取ったやつが居ないって事、一回経験したから。一桁台か、九十台って経験したから。
一桁だった俺を見る目がまるで悪い奴見るような感じだったもん。
「青空先輩は……」
「三年は形だけのテストだからね」
頭に楽勝の鉢巻が。
「ですよね」
「もしかして乙、あなた勉強してないとか……」
それまで和気藹々としていた調査部の面子、俺を冷たい目で見ている。
「え、ええ、お察しの通り馬鹿ですよ。馬鹿で悪いんですか?」
馬鹿は大変だねぇと紅蓮が笑っていやがる。くそ、いつからインテリ気取り始めやがったんだ。
困ったもんだと皆が悩める中、青空先輩だけは俺を軽蔑する眼差しで見ていた。あれ、自分で言っておいてあれだけど、軽蔑の眼差しは酷すぎませんか。
「乙が馬鹿なのはそれは知っていたけどね、努力が出来ない子なのかなと。テストは教科書の問題が解ければ赤点、とらないでしょ。そのくらいも出来ないの? 大切なのは勉強じゃなくて、努力よ」
テストの点数が悪い、そんなことよりも青空先輩に馬鹿にされる。そっちのほうが辛いかもしれない。
「乙、いいわけ言いなさいよ。あたしが聞いてあげるから」
「早百合……」
部長だし、ちょうど休憩に入るから暇つぶしで……ああ、余計なこと言わなければ早百合はもてるのになぁ。
「いいわけね、なるほど」
エンキリの修行が関わっていたから……うん、話しておこうかな。
「どうしてそんな残念な子に育ったんですかね?」
「元が駄目だからだよ、波崎ちゃん。乙は性根が腐っているんだ」
紅蓮め、ここぞとばかりにたわごとを吹き込んでやがる。
「さて、どこから話したらいいか」
そうだな、今の俺があるのはあの行事からか。
―――――
エンキリと呼ばれる一族が居る。
人と、人との縁を断ち切る一族だ。
本家筋と、分家筋が存在しており……本家筋は見えない刃を出して縁を切ることが出来る。分家筋は何かしら道具を必要とする(切れそうなものなら何でも可)らしい。
俺は分家筋の人間で、十二年に一度行われるある行事に呼ばれることになった。
「これが見えるのか」
まだ小学生の頃だったろうか。祖父母に連れられて、親戚の会合に顔を出したのだ。たくさんの親戚がいたことを覚えている。子どもと、それ以外に仕切りはないが、分けられていた。
今でも、畳の匂いと共に、しゃがれた爺さんの声を思い出す。まるで、他人を悪の道に落とすのが上手い魔法使いのようだった。
「お前は選ばれた人間なのだ」
あんな爺さんの甘言に耳を貸したために、今の俺がいるのだ。あれからずっと、修行をしていた。
「縁切という姓を名乗れ」
そういえばあの行事のとき、結構な人数がいたっけな。
俺を笑っていた奴、羨ましげに見ていた奴、救えないなって顔をしていた奴もいた。
誰も俺に話しかけてくれることはなかった。俺はその視線を自分が特別だからだと変に受け止めちまってなぁ……鼻高々だったぜ。
「この刀も持っていくが良い」
「ちょっと、待ってください」
そういえば一人、俺に話しかけてくれた子がいたっけ。
――――――
俺の話が終わると、調査部は静まり返っていた。
「感想をどうぞ」
「今の、勉強と関係なくない?」
全員が首を縦に動かした。
「俺は悪くないよ、エンキリになる俺の運命が悪いんだよ」
「……つまり、中学の頃はずっとエンキリの修行をしていたから勉強が出来ないと?」
「そうだ、だからエンキリが悪いんだ。俺の責任じゃない」
馬鹿を見る目で周りから見られた。
「基礎って大事だな。中学の頃もっと勉強しておけばよかったって今思ったわ」
紅蓮が遠い日を思い出しているかのようだ。
「ああ、中学の頃は楽しかったなぁ。あの頃に戻りたい」
「鬼瓦先輩、過去を顧みるのは勝手ですけど、乙先輩が生きているのは現在ですよ。何か対策を考えてあげないと」
「ん、だな」
「乙、何が原因か分かっているわよね」
青空先輩に睨まれた。右手をごきごき言わせたときは最後通告だと最近身を持って知った。
「すみません、単なる俺の努力不足と持続力の無さが原因です、はい」
「よろしい、乙は紅蓮と違って過去には生きてないのね」
ええ、そりゃ、あまり良い過去はお持ちでないので。
「そもそも、この学園に編入してきたんだからある程度の点数だったはずだろ?」
「ああ、超勉強したからな」
「んじゃ頑張れよ」
「なかなかねぇ、中学の頃や編入試験前はエンキリの師匠がお目付け役も兼ねていたから良かったんだけどね」
今は自由だから、そんな人は居ないのである。
一人暮らしっていいね。寂しいけれど、何しても怒られないよ? 寂しいけどさ……。
「叩かれないと何かしないだなんて家畜もいいところだな。やっぱり、青空先輩と一緒に住んでもらったほうがいいんじゃないのか」
「そうね、どうする?」
「いえだいじょうぶです。ぼくこうみえてもがんばれますから」
身体がいくつあっても足りないぜ。エンキリ能力じゃなくて、瞬時に体力とやる気が回復する特殊能力が欲しかった。
「私が勉強、教えましょうか」
「波崎さんの申し出は嬉しいけれど、俺二年生だからね」
「あ、そうでした。でもこのままだと同級生になるかもしれませんね。私、嬉しいです」
酷いな、波崎さんは。
「あたしが教えようか?」
「その必要はありません」
引き戸がスライドされ、一人の少女が現れる。
「……誰?」
俺の隣で波崎が首をかしげている。うん、なかなか可愛い仕草じゃないか。
「お久しぶりですね、摩周乙さん」
波崎よりも小さい身長に、勝気そうな瞳、四角く細い眼鏡がきらりと光った。体型はあれだ、上からすとーんと下までいける感じ。
お久しぶりですねって、この子言ったもんなぁ。俺の知り合いだろうか。知らないけどな。でも、相手から知らないよって言ったらこの子、大恥かきそうだな。一対一ならともかく、調査部のメンバーいるし。話したら思い出すかも。
「……ああ、久しぶりだな」
「覚えていてくれて何よりです」
誰、だっけ。
向こうは俺の事知っている感じで話してくれているし、あたし、知らないおいたんだぁれと言ったらかわいそうである。
「乙、知り合いなのか?」
「多分」
紅蓮の視線に目で答える。
「多分って……本当は知らないんでしょ?」
「知らんよ」
早百合の視線にも目で応える。
「知ったかぶりはまずくないですか?」
「このままごまかせるはず」
波崎さんとも目で会話できるようになった。
「スクープ? 隠し子?」
「違いますってば」
青空先輩との距離も近く感じる。
調査部との絆を実感した俺を、相手は睨みつけていた。
「名前」
「え?」
「わたしの事を知っているというのなら私の名前を言ってください」
なだらかな自身の胸を指していた。
「えーと、確か名前は……マイケル・ミシェルミケェレさんだったかな」
つづりだとMichel・Michelmichelである。
「誰ですかそれはっ」
「あれ、違った?」
こうなったら適当に言っていこう。絶対に、当たるはずだ。
「桜、千波、紅葉、六花、陽、藍、鈴、深弥美、雫、葉奈、真登、紗枝、実乃里、初、未奈美、龍美、葵、香苗、紗生、孝乃、空、鈴蘭、奏、波恵、千鶴、百々、小春、志枝、椎子、由乃、恵理奈、ユウカ、椿、葛ノ葉、アリス、ハルカ、ナツキ、アキホ、マシロ、コルク、椎名……」
「どれも違うっ」
「どうしてそんなに乙先輩は女の子の名前がすらすら出てくるんですかね」
「波崎さん目が怖いよ」
「そうね、どうして?」
「あはは、やだな、青空先輩まで。俺じゃなくて、どっかの誰かさんの女友達の名前ですよ」
「ともかくっ、わたしの事を覚えていないって事ですねっ」
小さいのに凄いパワーである。耳がキンキンするぜ。
「わたしの名前はっ」
そこで帰りを促すチャイムがなった。
「また明日、ね」
「そうですね。んじゃ、解散ってことで」
「乙、勉強しろよ」
「へいへい」
「あ、ちょ、待ちなさいよ」
伸ばされた手をするりと避けて俺は脱兎のごとく逃げ出すのであった。
「DATのごとく……か」
Dual Assault Team……きっと歴戦の兵士が所属しているチームなんだろうな。でも、逃げ出しちゃってるからDATが逃げ出すぐらいの相手だ。きっと、神様レベルの相手なんだろう。




