プロローグ
エンキリと呼ばれる一族が居る。
人の縁を切るのが仕事で、人が人であるときから存在している。もっと分かりやすく言うのであれば、人が他人と関わり始めたときから。
人が他人と関わり始めたときから? だったら、確実に原始人の頃から他者と関わりあったはずだ。伝えられている言葉を信じるのなら、エンキリは我々が棍棒振り回してマンモス追いかけていた頃から居たのだろう。無駄に長い歴史だ。
そのくせ、あまり、というよりも全く知られていないのは数が非常に少ないからか。
エンキリの一族であっても誰もが皆、縁を切る能力があるわけでもない。さらに言うのなら一族の血は引いているものの、自分がそう言った能力を持っていることに気づかないことがある。そしてそのまま非常に優秀なエンキリがのほほん凡人として過ごすのだ。
それはさすがにまずいし、勿体無いだろう。血にしたがって生きるべきだとエンキリのお偉いさんは言ったもんだ。
「十二年に一度、子を集めて見極める」
というわけで、十二年に一度エンキリの一族を集めて表向きは宴会をやる。結構な数が居るからそれなりに能力を持ったものは居るわけだ。
まぁ、エンキリの安定供給方法を手に入れた一族、特に本家筋は喜んだそうで、これで安泰だと思ったことだろう。
俺もその儀式に呼ばれた一人だった。
「特別なお前にこれを授けよう」
「納得できません、何故彼なんですか!」
「……それ、もらいます」
断片的にあの頃を思い出す。特別だと肯定されるのは嬉しいものだ。
子どもを騙すのなんてちょろいもので、君はこれこれこういう能力を持っているから一度やってみないかと誘われるのだ。お前は、特別といった言葉や君だけ、その他自分が選ばれた存在だと吹聴されればほとんどの子どもが落ちる。知らないおじさんではなく、親戚のおじさんから言われるのだからさらに落ちやすい。
選民思想は危険な気がしてならないものの、エンキリをやっている人は結構上から目線が多かったりする。
俺も、一時期その一人だったから馬鹿だったんだろう。
――――
基本的に現地調達。
それがエンキリに与えられた使命……かどうかはさておき、俺のお師匠様の言葉だった。
お師匠様とのやり取りを思い出す。
「友達も、恋人も、奥さんも現場で集めることっ。一つ目二つ目、三つ目までオーケー」
「いや、二番目、三番目はまずいのでは」
そもそも、結婚できる年齢じゃない。
「いいか乙、おい、聴いているのか縁切乙」
「聞いてますってば」
多少面倒なのが俺のお師匠様だ。歯向かったら最後、三番目の実力が火を噴くのである。
「でも何で現地調達なんですかね」
結構徹底していて持っていっていいものは財布とかさ張らない物のみである。
俺の意見から言わせてもらえば持ち越せたほうが何かと便利である。電話番号とか、一周目のセーブデータとか。来世に今の記憶も持っていけたら楽しいかもしれない。
「それらは全て、しがらみだからな。エンキリっていうのは難しい職業だ。逆恨みされて襲われるなんてこともたまにある。いつでも逃げられる準備は怠らないこと、過去のことをいつまでも引っ張らないことが大切だ」
分かったような分からなかったような気がするのは師匠の例えや説明が下手だから。ああして、こうして、こうやれっていってんだろバッキャローならまだいい。こんな感じにしておいて、手段は問わないから。それが師匠のスタイルである。終わりよければ何とやら。ヒーローが町を壊滅させても怪獣一匹倒せればそれでいいのだ。
「他人の縁を切るなんざ、運命を変える不届き者の行いだ。神様からは愛してもらえないだろうな」
神様なんて居ないと普段からのたまう人間だから今一つ信用できない言葉である。
「乙、お前は選ばれたんじゃないぞ。選ぶ立場にある人間だ。毎回正しいことと間違ったことじゃなくて両者の言い分が正しいこともままある。ちゃんと選べよ」
「は、はぁ」
「親御さんに胸張れるエンキリになれよ」
そういってお師匠様は俺の門出を祝ってくれた。
引越の餞別で渡されたのは蕎麦だった。これは俺が周りの人に配るものではないのだろうか?
季節は五月。新しい土地、知らない町並み……というよりも育った土地に戻ってきた。約三年間の修行で得たものはサバイバル能力と、元から持っていたエンキリ能力の拡張等だ。
「むむっ」
見ようと思えば道行く人の赤い糸やら何やらを見ることが出来、お膳立てなんかをすると縁は強くなる。同姓なら親友に、異性ならくっつけることだって可能だ。
残念なことに自分の縁は見えないので(上級者になれば認識できるらしい)、運命の人は確認できない。
「面白い縁が無いな」
往々の人を見るのにも飽きて、学園へ向かうことにした。今日は書類関係の提出だけで住むから楽だ。朝の通学時間ということもあって、学生が多い。きちんと制服を着ておいて正解だったな。
「しかし、でかいな」
俺が通うことになるのは羽津学園だ。日々成長を繰り返しているなんてまるで生物みたいな売り文句だった。校舎が生物かどうかは置いておくとして、敷地を広げているのは確かだし、校舎がでかくなって宿泊施設やら商業施設が二軒入っていると聞いた。
職員室に書類を渡して、ちょっと学園内をうろつくことにする。
「まずは気が弱そうで信心深そうな人を探さないとな」
基本的に生徒で、エンキリとしての本格始動はまだ先の話だ。しかして、やはり基盤というものは必要だと思うので(お師匠様は基盤なんて必要ないというが)、無料体験サービスをやってもらうべきだろう。
「お、いたいた」
そして中庭に大人しそうで、困っていそうな女子生徒を見つけた。早速アタックするチャンスが出てきたようだ。
「あの、すみません」
「……はい?」
少しぎょっとした感じで見られてしまった。もっと気さくに声をかけるべきだった。
「何か悩み事でもあるんですか?」
「はい?」
今度は胡散臭い目で見られてしまった。
「ああ、不躾にすみません。私この学園でボランティア部を設立する予定のものでして、困っている方のお話だけでも聞いて周っているのです」
「は、はぁ、ボランティア部ですが」
ちょっと驚いているようだが、納得してくれた目をして居る。意外と荒んでいないようだ。ちなみに俺はこんな輩が来たら即、逃げるね。獲物だと思われたら最後、仲間を呼ばれてファミレスに案内され、見たくも無い書類に名前の練習をされるのである。
「そうです。全て解決に、というわけではないですけれど誰かに話を聞いてもらうだけでもすっとしますよ」
「……そう、ですか?」
「ええ、なまじ知らない相手のほうがしがらみもなくて気兼ねなく話せます」
「それなら……」
女子生徒が困っていることは部活になじめないことだった。巨大な学園に成長した羽津学園には様々な人物が集い、ゆるい部活と厳しい部活に別れているものが多い。最近では厳しい部活から離反し、第二の部活動を作っているそうだ。
彼女が所属している部活もまさにその波に飲み込まれていた。
「演劇部です。私は、自身の能力を上げるというよりも、皆に楽しんでもらうための演劇部が良かったので……中学の頃は施設や幼稚園でボランティア講演をやっていました」
「あ、そうなんですね」
なるほどね、ボランティアをやっている人間だから俺のことを信じてくれたんだろうか。
「第二の部活に入りたいのですが、先輩がそれを許してくれなくて」
後で知ったことだが、その女子生徒は非常に優秀だったそうな。
「……このままだと演劇が嫌いにならないか、不安で」
それならまぁ、止めるのを手伝うべきだろう。厳しくするのも当然必要だ。しかしそれでつぶれてしまうようでは意味が無い。
自己中心的な言い方を言わせてもらえば、エンキリにアフターサービスは存在しない。縁を切っておしまいだ。後はどうなろうと知ったことではないのである。もちろん、中にはアフターサービスばっちりやるエンキリもやる。俺の場合は気分によるけどさ。
「……わかりました。私が動いてみましょう」
「え?」
「貴女の演劇に対する何というか、姿勢を垣間見た気がします」
ここで決めての爽やかスタイル。
「は、はい。お願い……します」
放課後、会う約束をして俺は一旦学園を離れた。家に必要なものをとりに行くためだ。
「よし」
まぁ、取りに帰っても時間はあるんだが。
約束の時間まで適当なことをして過ごし、指定された場所までやってくる。
「あの人です」
「美人さんですねぇ」
ただし、きつい感じの美人さんだ。クールビューティーってやつだ。
「仕込みはやっていただけましたか」
「え、あ、はい。校舎裏に来て欲しいと手紙を入れています」
しかしまぁ、手馴れた様子で校舎裏に向かうもんだ。
「よく、告白なんかもされるみたいです」
「なるほど」
じっと見てみると他者との縁が強い類の人間だった。同年代と年下との縁が特に強い。恋愛だけというわけではないものの、それらの対象から告白されやすいのだ。あくまで、告白されやすいだけで上手くいくとは限らないが……まぁ、大抵上手くいく。
本来なら、こちらはこれこれこういう主張でそちらと一緒に居ることは出来ないと心を伝えるのがベストだ。
しかし、エンキリは違う。無理やり縁を断ち切るのだ。完璧に切ってしまうと二度と近寄れないことになるので、まぁ、ある程度の縁は残さなくてはならない。そこが腕の見せ所って奴である。
縁を断ち切るためにエンキリの本家筋以外は自身の名前を冠する刀を所持している。どれもこれも、常人にはぼやけて見えたり完全に見えなかったりする。俺の刀は完全に常人に認識されない。
刀と言っても、俺のは小太刀程度の長さだ。
「んじゃ早速」
クールビューティーさんとの縁の糸に、刀を入れる。すっと入っていってある程度のところで止める。
「あの、何をしているんですか」
傍から見ると妙なことをしている人にしか見えない。イモリの裏側、カブトガニの裏側ってやつだ。
「おまじないです。後は、俺が直接言って来ます」
「でも……」
「大丈夫です。あの人は許してくれますよ」
そして俺は部活を止めさせて欲しいこと、子どもたちに演劇を見せたい事等を伝えた。
「……そう、わかったわ」
どこか興味を失ったようにクールビューティーさんはその場を立ち去った。俺は後ろの少女にブイサインを見せる。
どこかホッとしたような表情だ。
これが学園での初めての仕事となった。今後もこんな感じで適当に活動していきたいと……思わなかったりする。正直、面倒っちいので適当に学園生活満喫してやろう。
どうも作者の雨月です。知っている方は今日は、知らない人ははじめまして。あとがきはプロローグと最終話のみ予定しております。後は活動報告なんかで色々と吐いているかもしれません。どのぐらいのお付き合いになるかは分かりませんが、よろしくお願いします。




