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サムライ・ドロップ  作者: 深川 明智
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初仕事

 俺は雅睦に連れられて、彼女の職場忍屋に来ていた。二階建てになっていて、一階はお食事処お徳があり、二階が忍屋らしい。

 俺は階段を上がり、玄関を開けてもらい雅睦とともに入る。

「ただいまー」

「お邪魔します」

 俺がよそよそしく入ろうとすると、彼女は俺にこう言った。

「今日からはここがお前の家だ。だからお邪魔しますじゃなくて、ただいま。だろ?」

「た……ただいま」

 俺たちが入ると、奥の間から一人の若い女性が歩いて来た。赤い着物にエプロン姿、なんとも斬新なファッションでショートカットの笑顔が素敵な人が出迎えてくれた。俺ではなく、雅睦をだがな。

「おう、時生。帰ったぞ」

「お帰りなさい雅睦さん。あの其方の殿方は?」

 彼女は頭をぺこりと下げ、挨拶をする。俺もそれに連れられ頭を少しだけ下げる。社会人としては彼女方が一枚上手だった。

「こいつは新しい居候の真だ。仲良くやってくれよ」

「初めまして、真壁真です。不束者ですがよろしくお願いします」

「あっ! ご丁寧どうも。私の名前は早鞘(はやさや)(とき)()です。よろしくお願いしますね真さん」

 挨拶が終わり、忍屋の中に入るとオフィスらしき場所にテーブルを挟み、相対に置かれたソファーといくつかの資料が乱雑に置かれていた。

 奥に進むと茶の間があった。そこそこの大きさの卓袱台とテレビと白いワンピースらしき服を着た赤髪の少女。


「えっと、時生ちゃんこの子は?」

 俺が時生ちゃんにそう尋ねると部屋の端で体育座りをしている少女の自己紹介を始めた。

「この子は(いち)ちゃんです。あまり話したがりません、喋るのが苦手みたいで、月に一回喋るかどうか。頷きますし、一応会話は出来ます」

 ざっくりとした説明だが、大体のことは掴めた。一言でまとめるなら彼女は極度の人見知りなんだろ。まずは警戒されないように挨拶をしよう。

「こんにちわ市ちゃん。俺は今日からここで居候することになった真壁真。よろしくね」

 俺は彼女の目の前で挨拶をすると、市ちゃんは顔だけではなく身体ごと俺から逸らした。

「あー、嫌われましたね。大丈夫です、私も初めて会った時もこんな感じでしたから。五年かけて仲良くなしました」

 五年って、かかり過ぎじゃんかよ。正直に言うとめちゃくちゃ傷ついた、どうやって仲良くなんればいいんだ? いきなり居候生活ぎくしゃくしそうな予感がする。

「おい、真。これに着替えな、私のお古だが男物の袴だ」

 これなら剣道と馴染み深い分、この世界とも馴染み易いだろう。俺は一人で袴に着替え、時生ちゃんや雅睦に見せる。

「似合いますね」

「意外と様になるな」

 と褒める言葉が飛び交う中、市ちゃんだけがそっぽを向いていた。うーん、仲良くなるのに時間がかかりそうだ。

「ごめんくださいー」

 玄関から若い男の人の声がする。この世界の男の声を聴くと、あの武士たちが脳裏に浮かぶ。みな血気盛んなのだろうか?

「あれ? 知らない人がまた増えてる。こんにちわ、俺、下で働いてる己草(おのくさ)(けい)()です」

 手には鍋を持っていて、爽やかで優しそうな笑みを浮かべる彼はとても好印象だった。やっと、まともな男の人に出会えた。俺は何とも言えぬ気持ちで溢れていた。

「俺は真壁真です。今日からここで厄介になります、よろしくお願いします」

「あ、よろしく」

 ――で、慶次くんは本題に入る。

「肉じゃが作り過ぎたからどうぞ。ってお徳さんが、四人分あるかどうか心配だけど、多分大丈夫かな」

「毎回毎回すまんな慶次。お徳さんに礼を言っておいてくれ」

「あいよ。たまには店にも顔を出してくれよ、お徳さんが喜ぶから。そっちの真さんも」 

 そう言って彼は忍屋を後にした。意外とこの世界の住人も現実世界と変わらず、色々な人がいるみたいだ。当たり前か。少し気が動転していたのかもな、みんな敵みたいに思えていたが、今はみんな普通の人間に見える。

 正しい判断が下せている。

「夕食でも食べましょうか。席についててくださいね、今漬物も持ってきますから」

 俺たちは席に着き、ご飯を待っていた。すると端で座っていた市ちゃんが立ち上がり、俺の横でずっと立っている。

 どうしたんだろう?

「あっ! 真さん、そこ市ちゃんのお気に入りの席なんですよ。一番テレビが見えるから」

「そうなの!? ごめん市ちゃん」

 俺はそそくさと席を譲り、違う席に座る。

「どうぞ、ご飯と肉じゃがです」

 初めてこの世界で見るほかほかの湯気が出てる白いご飯は、いつも以上に美味しそうに見えて涎が止まらなかった。

 時生ちゃんが座り、頂きますの合図で一斉に食べ出す。


 うまい! うまい! 口の中で甘くご飯だけでいくらでも食えそうだ。肉じゃがも甘く、汁がじゃがいもによく染みてご飯が進む。

 生きてきた中でこれほどうまく、安心できるご飯を食べたことはない。俺はご飯を知らぬ間にかき込んでいた。

「うふふ、そんなに急がなくても肉じゃがもご飯もまだたくさんありますよ。そうだ! お味噌汁もご飯のおかわりも持って来ますね」

「ありがとう」

 時生ちゃんは席を立ち、ご飯のおかわりとお味噌汁を持ってきてくれた。

「どうぞ」

「そんなに元気そうなら仕事に連れて行っても大丈夫そうだな」 

「仕事……?」

 そう言うと市ちゃんはテレビのリモコンを取り、テレビをつけた。なんかもうテレビだけじゃあ驚きもしなくなった。

「おっ! 丁度ニュースでやってるな」

「ニュース?」

 俺はテレビを見ると、そこにはアナウンサーらしき女性とその後ろには立派な城が佇んでいる。

『昨晩も、世紀の大泥棒。(しの)()(とう)()(ろう)はこの(たたみ)(じょう)に侵入し、宝物庫から宝を盗み、現在も逃亡中です。そして刀次郎から犯行予告が送られて来たので今夜また畳城で軍警察との対決が見られそうです! 以上、現場の雪野でした』

「これが、今夜の仕事。この世紀の大泥棒、刀次郎を捕まえることだ!」

「え!? いきなり? なんで俺が? 時生ちゃんとか市ちゃんとかでもいいんじゃないのか?」

「だって、市は外に出たがらないし、時生は家事だってあるし。お前は男で見たところ剣道やってるみたいだしな。腕っぷしもそこそこなんだろ?」

「いや……まぁ」 

 断れなかった。ここで居候をさせてもらっているのに、贅沢なんて言ってられるか。全国大会経験者を実力を見せてやる。

「それじゃあ、決まりだな。これが食い終わったら行くぞ」

「じゃあ私はお二人の支度をしますね」

 時生ちゃんは席を立ち、俺たちの物を用意してくれた。なんて面倒見のいい子だろう。俺と雅睦は食べ終わると、忍屋の裏に来ていた。

「これに乗って行くんだ。お前が居た世界にはあったよな?」

「あぁ、ばりばりみんな使ってるよ。俺だって免許持ってるし」

 そこには高級そうな白いオープンカーが止まっていた。さすがに笑えてくる。俺は異世界とは森があって、魔物がいて原始的な文明だとばかり思っていたが、こうも文明的だと元いた世界となんら変わらない。

 彼女は車に乗り、エンジンをかける。轟音とともに車が目を覚ます。俺は急いで助手席に乗り発進した。


 そして夜。正確な時間が分からないが、月が俺の頭のてっぺんにある。零時ぐらいか? 透世も都会から離れると徐々にビルなどは成りを潜め、平屋が目立ち始めた。有名な大名の城、畳城の城下町も江戸時代のような景色が広まっている。

「もう少しで来るな。真、気を引き締めろよ」

「来るってどこから?」

 彼女は空を指差す。

「来たぞぉぉぉ!!」

 軍警官の一人が大声で叫ぶ。俺は雅睦に言われた通り、空を見上げる。すると、空から男が降ってきて平屋に着地している。風呂敷には大量の小判や大判が詰めて、着地の衝撃で少し落ちる。髪は後ろに流していてオールバックのような髪型。しかもゴーグルをしている。そしてこの包囲網を見て嘲笑う。

「ありゃ、もう侵入されてら。真、私はあいつを追う。それに素手であいつを殴るのは至難の業だぜ? 竹刀でも持っとけ」

 そう言い残すと、彼女は駆け出す。刀次郎は屋根から屋根へ平屋を飛び回り、追手から逃れているが逃げた先には雅睦がいた。

 俺はそれを見て、彼女に言われた通りに支給用の竹刀を持って駆け付けた。

「ここから先に行かせるわけには行かないんでな。ここで通せんぼだ、大人しく捕まれ」

「厄介な奴が警備についてるな。忍屋の仕事が俺を捕まえることなら、俺の仕事はここから見事に逃げ切ることだぜ」

 暫くの沈黙の後、仕掛けたのは刀次郎。左手で手裏剣を三つ、右手でクナイを一本交互に投げる。先に到達した手裏剣の全てを身を少しズラすだけで躱し、最後のクナイを左手の人差し指と中指で止める。

「化け物かよ……! なら、こいつはどうかな?」

 刀次郎は走り出し、雅睦の目の前で飛ぶ。完全に攻撃が来ると思い腕で顔面を守っていたが、完全にその腕が死角となった。

 彼は彼女の後ろに着地し、再び走り出す。

「化け物とはまともに殺り合わないのが得策ってね、悪いが逃げるぜ!」

「鬼ごっこか? なら負けないぜ」

 ――ごく一瞬。

 俺がまばたきをする間に、雅睦は逃げようとしている刀次郎の目の前に参上した。

「!?」

「言ったろ? 鬼ごっこは負けないって」

 彼女は彼を右足で蹴り飛ばす。辛うじて右手で防いでいた刀次郎は受け身を取り、すぐさま立ち上がる。


「しょうがねぇ、鬼ごっこの禁じ手でも使うかな」

 袖に隠していたクナイと手裏剣を取り出してそのまま投げる。その全てを彼女は抜刀し、全て弾き切った。

「なんだよ、その刀……?」 

「これか、黒刀蕾。私の相棒だ」

 その刀は異形だった。月夜の月下のもとに抜かれた刀はこの空のように深く、美しい黒色。通常、刀には刃と峰があるのだがこの刀は言うならば、峰しかない。

「私しか使えない一点物だ。これを使えば人は殺せない、人の気持ちを落ち着かせてくれる不思議な刀なんだ」

「んなこと聞いてねぇよ」

 今度も刀次郎が走り出し、クナイを二本左右に持ち交互に突く。だが、彼女の見事なほどの体捌きと勢いのいなしかた。

 埒が明かないと判断した刀次郎は後方に飛び上がり、回転しながら小袋を投げつける。その小袋に持っていたクナイを投げ、刺さると爆発。白い煙が雅睦を包む。

(とお)()

 煙の中から稲光と思えるほどの閃光。雷が彼に向かって一直線に駆け抜けた。本物の雷とは速さがかなり劣るみたいだが、破壊力は抜群だ。平屋の屋根が全て剥げている。

「妖術使いかよ。めんどくせぇなおい」

 刀次郎は当たる直前に屋根から降りることであの雷撃を躱していたらしい。

「よっと、今のはよく避けたな」

 雅睦も屋根から降り、そう言った。

「これでも世紀の大泥棒なんでね。あんなのに当たってたんじゃ、鉛玉にも当たっちまうよ」

 彼は地面に手を着く。

「蛇波」

 彼の手が蛇に変わり、小さな蛇が大量に出現する。小さな蛇がいずれ大きな波になり雅睦に襲いかかる。

「真、ちょっと隠れてな。この技は危なっかしくてね」

 説明がないが混乱した頭で必死に命令し物陰に隠れる。わけが分からないが、一体今から何が起きるんだ?

 彼女の周りには風が集まる。風が渦を巻き、押し寄せる蛇の波に向かってその風を放つ。猛烈な風で平屋までもが激しく揺れた。確かに隠れていなければ飛ばされている。

 蛇が舞い上がり、波を押し返す。

「うげ、マジかよ」

「一足」

 まただ。また彼女は俺の視界から消え、やっと見つけると刀次郎の後ろに回っていた。そして刀を振り下ろす。

「……逃げられたか」

 刀で捉えていたのは大判小判が詰まった風呂敷のみ。今の今までそこにいた刀次郎が見る影もない。跡形もなく消えている。

「お前ら、これは取り返したぜ」

 そう言った雅睦は左右に切り払って納刀する。近寄ってきた軍警官の一人に重たい風呂敷を手渡す。その風呂敷は予想以上に重く、男一人でも持ち上がれそうにない。

「どうだ、真。これが私たち忍屋の仕事だ。簡単だろ?」

「簡単? ハハッ、そうだな簡単だな」

 ついて行くしかないこの世界の基準に。

 こうして俺の初仕事は終わりを告げる。

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