異世界トリップ現象
楽しんでいってください!
この世界では、『異世界トリップ現象』が多発していた。ある者はコンビニ帰りに、ある者はネットゲームで知り合った女性アバターにたぶらかされて。
俺の名前は真壁真。ここで手短く自己紹介をしよう、身長は一八一センチ、体重は七二キロ、二十五歳。小学から大学まで剣道に励んでいた。イケメンとはあまり言われたことはないが、そこそこだと自分は思っている。
俺は大学を卒業して夢だった記者になり、日夜記事を作るためネタを追っている。だけど現実はうまくいかない。入社して三年になるが俺が書いた記事はあまりいい記事とは言えず、上司からも頼むからいい記事を書いてくれと何度も言われたことがある。
俺はどこも取り上げていない『異世界トリップ現象』について記事を書くことにした。ネットで異世界に行ったと言い張っている男性に話を聞くことになった。
今はその向かう途中で原付バイクで移動していた。空から照らす赤い三日月が薄気味悪さを演出しながら、ショルダーバックを背負いアクセルを回しバイクを走らせる。
ふと思い出す。ネットのとあるまとめサイトの記事を、異世界トリップ現象をしたものは必ず赤い月を見たと言う。
物思い耽っていると目の前にはトラック。
「!?」
俺はすぐにバイクで避けようとするが、ガードレールに激突しこの身一つで投げ出された。
――あっ、死んだ。
死を覚悟した。体の頑丈さには多少自信があるが、ましてヘルメットをしているからと言って頭から冷たいコンクリートの地面に叩きつけられたら、さすがにただでは済まない。
死ぬ前は走馬灯を見ると言われているが、俺は見る暇もなく地面に文字通り、何も間違う余地もなく頭から激突した。
ように、思えた。
俺は見たこともないような雲一つない青い空を見上げている。と言うより、落ちている。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
俺は叫びながら木造の建物の屋根を突き破り、テーブルの上に背中から残念な着地をした。
「いててて……」
背中が熱い。俺の横にあるのは割れた湯呑み、それと蜜団子。そして刀を持った武士らしき男が三人、俺を睨みつけていた。
「てめぇ、なんの料簡でわしの密団子を台無しにしたぁ?」
三人が順番に喋り出す。
「いきなり落ちてきてどこの阿呆だぁ?」
「羽なんてついてねぇぞこの阿呆が、蜜団子弁償しろや!」
「空を飛ぶ阿保はこの町に一人で十分だぁ!」
俺の頭の中はパニック状態。理解が出来ないまま事が進んでいく。
「すいません、弁償します」
俺は起き上がろうとした時にその一人に胸倉を掴まれ、強制的に地面に叩きつけられる。
「いって、何すんだよ! 弁償するって言ってんだろ!?」
三人がこそこそと話している。「殺そうぜ」「そうだな。気がすまねぇ」「四肢をもぎ取ってから犬の餌にしてやる」
俺を殺そうとしている。あれは人を殺す、狂気の目だ。俺の身体はたちまち自由を奪われ、まるで蛇に睨まれた蛙だった。
汗が止まらない。息も荒くなる、動悸が激しい。ダメだ死ね。
男の一人が刀を抜き、うっとりとした表情でその刀を舐めまわすように見て、俺を見る。店内には女性に悲鳴、厄介事だと思われ、誰も関わりたくないがために助けてくれるどころか目を合わせてくれない。
「死ねやぁ!!」
――誰か助けてくれ。
俺は当然、刀は振り下ろされたものだと思っていたが。
「お前たち、少し五月蝿いぞ」
黒色の髪、黒いマフラーに青い上着を羽織った刀を持っている女性が、男の刀の峰の部分を親指と人差し指でつまんでいる。
助けてくれたのか?
「んだこの女!」
刀をつままれた男が叫ぶ。すると彼女は片方の手で耳を塞いだ。
「だから、五月蝿いって言ってんだろ? 店にも迷惑だ。さっさと帰んな田舎もん」
「てめぇ……! ぶっ殺す!!」
男たちは激昂し、他の二人も抜刀する。
「はぁ、物騒だな。おいあんた、いつまで寝てる気だ? 立って避けないと怪我するぜ」
俺は急いで立ち上がり、物陰に隠れる。
まず、男はつままれた刀を引き抜こうとして引っ張るが、微動だにしない。それを見たもう二人が一斉に切りかかる。
彼女はつまんだ刀を離さない男を一回転させ、転ばせた。そしてかがみ斬撃を躱す。勢いでそのままテーブルや壁に激突し、額や鼻が赤くなっている。
もう一度二人で切りかかるが、またしても避けられた。転んだ男が立ち上がり、刀を振り上げたが彼女は湯呑みに入っている熱いお茶をその男にかけた。
「うがぁぁぁ!? あちぃ!?」
もがき、その場で倒れ込む。
「ゆるさねぇ!!」
先程のことで学んだのか、今度は男一人で切りかかるが振り下ろした刀を躱され、彼女に刀は踏みつけられる。
全く動くこともない刀を懸命に引っ張り、何とかしようとしているがその甲斐も虚しく彼女に頭を掴まれて足を払われて後頭部から叩きつけられ、男は泡を吹いてダウンしていた。
「さて、どうする? お前には選択肢をやろう。ここで大人しく金を払って帰るか、今のしたこいつらみたいに私にやられるか」
男は残りの男どもを連れて店から敗走した。
「正しい判断だ。んで、そっちのあんたは何者?」
彼女は手でほこりを払いながら俺に話しかけてきた。
「俺は東京都出身、真壁真です」
「トウキョウト……? はて、そんなところこの透世にあったけか?」
透世? それこそどこなんだよ。他の人の身なりと見ると着物を着ている。映画撮影てわけでもなさそうだし、そもそも俺は地面にぶつかったんじゃないのか?
どうなってる?
俺は思い出した、『異世界トリップ現象』を。そうだ、赤い月を見て俺は異世界に来たんだ。
「俺は……馬鹿げてるって。有り得ないって」
確かめずにはいられない。だけどどうやって?
「すいません、俺を殴ってしてくれませんか?」
「ん? いいのか?」
立って、目を瞑る。多少の痛みは我慢する。しかし彼女は俺の頬を掌ではなく拳で殴った。俺は宙を舞った。
「ごめんごめん。お前が殴ってて言うから」
俺は店を出て、彼女と一緒に街を歩いていた。ビルや、平屋が混在している。ましてや空には飛行機、戦闘機やヘリコプターが飛んでいる。
どういう世界なんだここは?
「あの、世界地図なんてありますか?」
彼女はポケットからスマートフォンを取り出す。こんな世界にも携帯電話があるなんて……
「ほれ、これが世界地図」
映し出された画面にはそこには俺が知っている日本はあった。アメリカも、中国も、ロシアもだが大陸が全て繋がっている。
「あぁ、まだ自己紹介がまだだったな。私の名前は相楽雅睦。えっと、確か真だったか? お前、私のところに来ないか? いろんな奴が厄介になっているから一人増えても変わらないよ」
「え、でも……」
見知らぬ人の家に居候するわけにはいかないし。
「三食、寝床はくれてやる。それに加えてこの世界のことも教えてやる。対価は労働力、私は忍屋っていう荒事専門にしてる仕事だ」
「荒事!?」
「気にしなくてもいいぞ、大体はパトロールとか泥棒を捕まえることだから。人は滅多に死んだりはしないよ」
俺は悩みながら、こう答えた。
「分かりました。厄介になります」
「敬語なんて使わなくていい。見たところ私と同じくらいの歳っぽいからな、気軽に雅睦って呼んでくれ」
「分かったよ、雅睦」
この世界のことは分からない。どうしてもこの世界からもとの世界に戻る術を探さないと。
俺は見慣れない透世という場所で現実世界に帰るまで、このわけのわからない世界で生きていくと決めた。
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