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4.傲慢な卑屈さと卑屈な傲慢さ

「安楽死の街の遺体たちが羨ましいよ」という台詞は、首切りにとってはもうほとんど口癖のようなものでした。

 また、折にふれて彼は次のようにこぼすこともありました。

「やつらが妬ましい。僕は、やつらのことを憎いとさえ思うよ」

 こうしたとき、首締めはまず沈黙をもって恋人の言葉を受け止めました。言葉と、そこに込められた感情が勢いを失うまでじっくりと待って、そしてそれらが完全に死にきってしまうよりも前に正確な相槌を打つのです。首切りが気付くことはついにありませんでしたが、首締めはそうした時宜の取り方が本当に上手だったのです。

「私もあの人たち、好きじゃないわ」と、あるとき首締めは言いました。そして注意深く首切りの様子を窺いながら――また、そうしていることを首切りに気取られぬよう努めて――、「でも、憎悪を覚えるほど強烈に嫌っていたりもしないわ」と続けました。

「君は僕よりも心が広いんだ」と首切りは言いました。「君のそういうところ、僕は好きだよ」

「だけど、それでもあなたはあの人たちを憎みつづけるのね」と首締めは言いました。「どうして?」

「先に嫌ったのは向こうだよ」と、首切りは即座にして答えました。「ことのはじめは街の連中のほうさ。やつらはただ僕たちが死体だからって理由だけで、僕たちが思い出を持っていないっていうたったそれだけの違いで、不当に差別して、不当に迫害したんだ」

 首締めは相槌を打ちました。それは文章にして残すことなど不可能な、およそ完璧な相槌でした。それから、彼女は少女のように尋ねました。

「だからあなたはあの人たちを憎むの?」

 首切りは少しだけ言い淀みました。そしてややあってから、首締めの目は見ないまま、吐き捨てるように言いました。

「そうだよ。だって嫌われたら、嫌いかえさなきゃならないだろ。憎まれたのに憎み返さなかったら、おかしなことになるじゃないか」

 それだけいうと、首切りは床に視線を落として、それっきり黙り込んでしまいました。

 首締めは何も言わず、相槌も打ちませんでした。冬のような沈黙が二人のあいだに流れこみ、そしてそのまま出口を見つけられずに淀みはじめました。

 しばらくして、首締めが椅子に座ったまま姿勢を正しました。衣服が擦れ合うしなやかな音が部屋に揺れて、ほんのわずかに沈黙の角をとりました。

「それでも私、やっぱりそれほどにはあの人たちを憎いと思わないわ」と首締めは言いました。

「そう」と首切りは気の抜けた返事をしました。落胆とささやかな後悔と、過ぎゆくことを前提とした一時的な自己嫌悪をその声音に滲ませて。

 うなだれて肩を落とす恋人を見つめていた首締めは、やがてゆっくりと立ち上がると、唐突に首切りをその胸に抱きしめました。

「私自身はなんとも思っていないけれど」と首締めは言いました。「でも、あなたがあの人たちを嫌っているなら、私も嫌いになってあげる。一緒にあの人たちを憎んであげるよ」

 死体の身体いっぱいに力をこめて、首切りは首締めを抱きしめかえしました。

 この素晴らしい恋人を永久に放すまい。彼女のすることはなんでも許そう。

 かたいかたい抱擁を交わしながら、首切りはそう心に誓いました。


  ※

 

 首締めがなんの約束もなしに首切りの家を訪問したのは、新月の晩。月はないのに、しかし奇妙なほど明るい夜のことでした。

次で終わります。

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