昼休みの屋上
朝のHRで昨日の引ったくりのことを言っていた。
勿論、私がそんな目に遭ったとは、公表されなかった。
ただ、気をつけましょう、と。
「ホント最近物騒だよねぇ」
数学の教科書を出しながら、しみじみと夏海が言った。
「確かに。まさか、引ったくりなんて」
「でも、犯人もすぐ捕まったっていうじゃない?」
あんなに偶然助けてくれる人が現れるとは思わなかった。
「一発で引ったくり犯気絶だったし…」
と言いかけたところで、授業開始のチャイムが鳴った。
しばらくして、夏海から紙切れが回ってきた。
『もしかして沙織が引ったくりに遭ったの?』
すぐに『イエス』と涙の絵文字をつけて後ろに手をやった。
『大丈夫だったの?』
『こけただけだったし、大丈夫!』
あぶない、今、先生がこちらを睨んでいた。
黒板を写す振りをして、なんとかやり過ごす。
「まぁ、沙織気をつけなよ」
授業が終わって夏海が苦笑いをする。
「気を付けろって言ってもねぇ」
「で、助けてくれた人ってどんな人だったの?」
紙パックのオレンジジュースを飲みながら、夏海は言った。
夏海の目が嬉々としているのは、たぶん気のせいじゃないと思う。
「男の人」
あえて短く答えた。
「え、そんだけ?喋らなかったの?恋への発展は?」
夏海はキョトンとしている。
「いや、夏海さん、貴方恋愛ドラマの見すぎですよ。そうなる訳ないでしょ」
呆れた。もう、さすが恋愛ドラマっ子。
「身体的特徴とか、もっと女子高生らしい返答を期待したんだけど」
「金髪で、関西弁。あとたぶん一発で引ったくり犯伸したあたりからすると、喧嘩は強いかも…」
また夏海の目が輝いている。
「良いねぇ!金髪で関西弁とか何か漫画のキャラだね!」
「まぁ、そうなるねぇ。暗かったからよく分かんないけど美形だったし」
「コラ、何故美形だということを一番最初に言わないの!」
「こうやって、夏海が必要以上に食いつくから」
オレンジジュースをズルズルと音を立てて抗議を表されても困るよ、夏海さん。
昼休みになって、夏海とお弁当を食べようと席を立った。
いつも屋上で食べるのがお約束。流石に冬は教室だけど。いや、夏も暑すぎて教室で食べたりする。
屋上への階段を上がってドアを開けた。
まず目に飛び込んだのが、人。
珍しい。
屋上は昼寝やサボりスポットとして人気だけど、何故か昼ご飯の時は人気が無い。
だから、夏海と屋上を貸切で、昼ご飯を食べるんだけど。
「珍しいね、先客とか」
夏海が私の後ろからひょっこり顔を出す。
先客は三人居た。女子三人。上の学年だろうか。
何やら揉めているようだ。
いや、二対一になっている。もしかしたら、イジメかもしれない。
「ちょっと場所変えようか」と夏海に小声で言う。
夏海がこくんと頷いたので、そっとドアを閉めようとした。
高音が響く。
それが悲鳴だと気づいた時には、ドアを再び開けていた。
状況が掴めない。
さっき二対一だったのに、一だったはずの女生徒が立っている。
二人の方は、一人が泣いて、一人が倒れている。
イジメられていた方が、立っているということは、きっと仕返したのかもしれない。
「ちょ、沙織、逃げなきゃ…!」
夏海が私の腕を引っ張る。
「先生に知らせないと…」
目の前の光景が、飲み込めないせいで、ぼんやりして答える。
「ちがう!カッター持ってる!」
夏海のその言葉と同時に、私たちは転がり落ちるようにして、一階の職員室に向かった。
もう、夏海も私も慌てて言うもんだから、先生が若干理解してくれなかったものの、何とか数人の先生が屋上に行ってくれた。
二人の女生徒は、救急車で病院へ行った。
カッターを持っていた女生徒は、先生に取り押さえられて、警察へ行った。
そして、夏海と私は保健室で午後の授業を休んだ。
下校時に、夏海と深い溜め息を吐いた。
「ついてないね…」
「昨日からついてない、私」
明日も学校へ行かなければならないと考えると嫌だ、とつい思ってしまう。
学校の最寄り駅で夏海と二人でジュースを買った。
いつも、二人で帰りに飲んでしまう炭酸飲料。
また溜め息を吐いてしまいそうになって、溜め息を飲み込んだ。
「溜め息吐いたら、幸せ逃げるで!」
関西弁と同時に背中に痛み。危うく、炭酸飲料をこぼしそうになった。
吃驚して振り返る。夏海も同じく振り返った。
「…昨日の!」
やはり真っ先に金髪に目がいってしまう。
「昨日の子やろ?家帰ったら風呂に塩入れて入りい」
なんて柄の悪い…、いや、でも昨日はあまり思わなかったが、間違いなく美形だ。
「はい?塩?」
「そ。とりあえず、おともだちも風呂に塩入れるんやで。あ、天然の塩な!」
と言って、去って行った。
去って行った先には、芸能人かとツッコミたくなるほどの美人さんが待っていた。
「確かに美形だけど、これは恋愛ドラマ始まらないかも」
ぽかんとしていた夏海が、呟いた。
「ま、あんだけ美人の彼女居たら、私も恋愛ドラマでも無理だと思うわ」
ひとまず、炭酸飲料を飲みきって、私たちは電車に乗った。
電車で夏海と話した結果、塩を入れてお風呂に入ってみることにした。
別に何も変わらない気がする。
メールで夏海に確認したら、すっきりしたけど思い込みかもって笑う絵文字がついていた。
明日こそは、良い一日であるようにと、お願いして寝た。