97列車 訳
そのすぐ後、
「潮ノ谷。これ動かないほうにおいといて。」
「ああ。はい。」
すぐに活動モードに切り替える。
(永島先輩って落差がすごいなぁ・・・。)
「永島さん。787系って動きましたっけ。」
「787系。どうだったかなぁ・・・。」
僕は語尾を濁らせた。家にあるものとごっちゃになっているからだ。家にある787系は動く。しかし、ここのはどうだかわからない。まず、走っているところを見たことがないのだ。
「とりあえず、テストしといてチョ。」
空河にそう言う。
「了解です。」
空河がそう言ってすぐ後学習室のほうに近づいてくる足音が聞こえた。厳密にいうとスリッパが床とすれる音だが・・・。
「オース。」
木ノ本だった。
「榛名。遅かったじゃん。また「さくら」でも撮ってたのか。」
「「さくら」は8時08分。ふつうに間に合ってるって。」
「じゃあ、何してたのよ。」
「決まってるでしょ。寝てたの。」
「・・・。」
「まぁ。それで木ノ本。お前走るやつと走らないやつの区別つけといてくれないかなぁ。」
「えっ。いいけど。ていうか、これ客車と貨車はもう分けちゃっていいんじゃないか。どうせ走るんだし。」
「もうそれはしてある。」
「・・・。そう。」
木ノ本はそう言ってから持っていたバッグを床におろし、留萌のほうへ歩いて行った。
「永島さん。これはどうでしたっけ。」
朝風がKATOの箱を僕に見せる。だが、僕の位置からではその細かい文字が見えない。ちょっと近づいてみてみると「223系2000番台 8両セット」と書いてあるのが見えた。
「・・・。どうだったかなぁ。」
またどうなのかわからない。
(・・・。でもこれナヨロン先輩が・・・。)
ああいっていたのを思い出して、
「確か走らないと思ったけど、一応テストしといて。」
「はーい。」
留萌のほうは・・・。
「昨日ようやっとやったよ。寝台特急編全クリ。」
「へぇ。やったじゃん。」
「ようやっと「カシオペア」もできたから。それで精神力を使い切った。」
「おいおい。それで精神力使い切っててどうするんだよ。」
木ノ本は出してある車両ケースを見て。
「アド先生もよく集めたよなぁ。こんなに。私なんかまだ本当にひよこじゃん。」
「何。榛名も模型持ってるの。」
「うん。EF510の500番台。グレードアップは永島にやってもらったんだけどねぇ。」
「へぇ・・・。」
(自分のものぐらい自分でやれよ。そういうの・・・。)
そんな声が聞こえていた。
「そう言えば、EF510ってさぁ貨物機もあるけど、それとどう違うわけ。」
木ノ本がいきなり質問を振る。
「えっ。確かあれは貨物機と基本仕様は同じだけど、500番台のほうは推進運転ができる特殊な機能がついてたはずだよ。」
という回答をした。
「ふぅん。やっぱり物知りだね。」
「あのさぁ、榛名お母さんからこういう話聞いたことないの。」
「お母さんあんまりこういうことはなさないから。でも、留萌の父さんはよくこういう話するのね。」
「いや、私の知識も独学。結構ポンポンポンポン頭に入ってくるのよねぇ・・・。」
「・・・。」
留萌は天井を見た。別に何かあるわけではない。
その話がすむと木ノ本は席を立ち、車両ケースのほうに歩いて行った。それからひと箱ケースを取ってきて、
「さくら。ここからはさくらの仕事だよ。」
と言ってケースを渡す。渡されたのは後ろに一般客車と書かれているケースだった。
(これは・・・。さっきのオハ35が入ってる・・・。)
「どうしたの。」
「いや、これは調べる必要無いって。これには順番がないから。」
「そうなの。」
木ノ本はその箱を開けて、中を見てみた。すると納得。
「本当だ。順番なんて気にする必要がないね。」
「だろ。これには順番があって順番がない。国鉄の基本だよ。」
「・・・。」
「全部に順番がないっていうのもどうかと思いますがねぇ。」
潮ノ谷が不満そうに言った。
「別に全部って言ってるわけじゃないって。キハ82とかは別にしても他のキハ20とかキハ58は混結が可能なんだぞ。そんなのに順番なんてあると思うか。」
「えっ。キハ58ってあの急行型の。」
「そうだよ。」
「キハ20ってどんな奴ですか。」
潮ノ谷にはこれは分からないようだ。ちょうど僕が持っていた箱がキハ20だったので、それを潮ノ谷に見せた。
「・・・。なるほどこれですか。」
形を見れば納得したようだ。
「それでも、キハ58とでしょ。なんか考えづらいですねぇ・・・。」
「まぁ、国鉄ですから。面白い話だったらいくらでもありますね。」
空河が口を開く。
「面白い話って。」
全員が興味を示す。
「えっ。そんな急に言われても。」
すぐには触れないという感じだった。
「よし。私が面白い話してあげよう。」
そのバトンは今度は留萌にわたる。
「ちょっと問題です。貨物機のEF510には他のにあって、これにはないものが一つあります。何だかわかる。」
振ったのは問題だった。いったいどういう意味だろうか。
「一つないもの。」
「そう。」
「・・・。EF510は交直両用だし、そこは関係ないかなぁ・・・。」
朝風も首をかしげている。
「・・・。」
しばらく考えて、
「ダメだ。何。」
ギブアップした。
「答えは量産先行車。EF510はEF210をそのままの性能で交直両用機にしただけだから。量産先行車っていうものを作らずに即1号機を作ってその1号機を先行量産車っていう形を取ったから。」
「へぇ。そうなのか。」
「それじゃあこの調子でいくね。EF200は狭軌最大出力6000kwのマンモス機関車だけど、彼にとっては宝の持ち腐れでしかありません。なんででしょう。」
「・・・。」
これの意味を分からない。いったい答えはなんなのかと聞くと、
「答えは今の電気供給力だと発電所がパンクするから。EF200はもともと1600t級の貨物列車をけん引するために作られたんだけど、その出力をすべて出し切ると電圧低下が起こって、電車を運行できなくなるから。だからEF210に量産がうつったんだよ。」
「へぇ・・・。」
「ねぇ、ねぇ、他にもそんなバカ話ある。」
「えっ。バカ話ってわけで話してたわけじゃないんだけど・・・。永島。なんかいい雑学ない。」
「・・・。いい雑学かどうか知らないけど、大阪のほうに六甲道って駅があるの知ってる。」
全員知らないという表情をした。
「これプロジェクトXでやってたんだけど、六甲道が阪神大震災の時に2階が1階になったんだけど、それが完全復旧するまでにかかった日数が73日なんだよ。」
「・・・確かに。どうでもいいな。」
「プロジェクトXなら僕も一つ知ってます。」
朝風が手を挙げた。
「「急行きたぐに」ってあるじゃないですか。あれ北陸トンネル内で止まって乗客全員が一酸化炭素中毒とかになってそのうち30人ぐらいが死亡したって事故あります。」
「ああ。それあれだろ。食堂車が火災になって。」
僕もこの話は知っている。だが、話しているとどうしても背中が寒くなるのだ。今も鳥肌になっているのも見なくても感じる。
「確かそれって、当時の規約が火災になったらどんな場所でもいいからすぐに止めろって言うことだったよね。」
留萌がつぶやく。
「なんですか。そのすっごくいい加減な規約。」
潮ノ谷がツッコむ。
「まぁ、今じゃあ考えられないな。それでその運転手はその通りに従ったわけだけど、結果的に凶と出たわけだ。」
「・・・。」
「そういうネタだったら僕もあります。」
今度は空河だ。
「ちょっと聞きますけど、ディーゼルカーの石油って何日持つと思います。」
「2日か。」
留萌が聞いた。
「いいえ。3日持つんですけど、台風とかで立ち往生したときにガス欠になって乗務員が近くのガソリンスタンドまで買いに行ったりとか。」
「空河。それってマジ話か。」
潮ノ谷にはとても信じられないようだ。
「はい。マジ話です。」
(おいおい・・・。)
それからというもの少し作業が停滞して、こういう話になる。
「今度はふつうの話な。JR北海道はキハ281系とかキハ283系とか振り子式の車両量産してきたけど、このごろキハ261系っていう車体のばねで車体を傾けるっていう車両を作ってるんだけど。なんでかわかる。」
こういう問題を振るのは留萌だ。
「それの理由だったら知ってます。確か振り子式の車両はメンテナンスが容易でなかったりするから、どうしても高価になるんですよねぇ。」
空河が答える。留萌はさらにそのあとに続けて、
「それもあるけど、軌道のほうも強化しないといけないから。軌道を強化する分だけお金がかかるじゃない。だから、あえて車体を傾けちゃうことができればそれだけ安くすむって考え方。」
「・・・。」
「結構電車って理由があって生まれてるっていうもの多いんですね。」
「ぎゃくに理由がなくて生まれるものがないって。」
確かにそうなのかもしれない。
「ここら辺で例にとれば313系かなぁ。その2500番台が生まれた理由はここら辺走ってた113系とかを置き換えるために製作されたんだよ。」
「へぇ。でも、その割には結構多く量産されてますよねぇ。113系の置き換えが理由ならもう作る必要も・・・。」
「さらにいうと静岡を拠点で動いてる211系にトイレがついてないから、編成にトイレを組み込むことも目的で製作されてたの。」
潮ノ谷の言葉を遮るように留萌が続けた。
「なんか聞くとすごい嫌な理由でというのもあるんですね。」
「でも、無い方としては不便だろ。」
(確かに・・・。)
「なんか面白い話してるじゃないか。」
その声がする方向を見てみるとアド先生が立っている。
「どうですか。進み具合は。」
「・・・。」
ここは正直に答えた。
「話に花が咲くのもいいですけど、ちゃんと進めてくださいよ。」
と注意されてしまった。
「それでは時間ですから、お昼にしてください。また1時から作業を再開します。」
アド先生はそういうと部屋から出ていった。
坂口家の人々。
坂口拓真。萌の父。42歳(2008年当時)。
萌が小学生の時によく萌から鉄道の話を聞かされていたが、鉄道については無知。
坂口紗代。萌の母。43歳(2008年当時)。
萌のよき理解者。