9列車 基本事項
4月24日。部活決定の日から4日。クラスの人ともなじんで、次はという段階。これからは部活の先輩やその仲間、高校生活になじむ番である。それの一環と言っていいのかはわからないが、鉄研部員1年生は5組に集合して昼食をとっている。
日も浅いことだし、全員自分たちの話になるのは当然のことだろうか。みんなのことは少しでもわかっておく必要がある。
「永島は何で電車が好きになったわけ。」
僕の右隣に座っている木ノ本が話しかけてきた。
「うーん・・・。なんで、好きになったか。」
「そうそう。だってここにいるみんなは電車のことが好きだから入部したようなもんでしょ。だったら知りたいじゃん。その理由。」
「それだったら、木ノ本が電車好きな理由のほうが聞きたいなぁ。」
これには全員興味を示した。木ノ本はちょっと話しづらいという顔をしたが、
「お母さんに憧れたから。」
と答えた。
「へぇ。木ノ本の母さんって運転手みたいなことやってるの。」
「うん。JRの在来線の運転手やってる。よくそれ見にお父さんが連れてってくれたんだ。その時から電車のこと好きになった。」
「へぇ。」
「で、永島。質問には答えたんだし、私の質問にも答えてよ。」
「ああ。・・・自分でもよくわかんないんだよなぁ。それ。」
「えっ、何かきっかけあるでしょ。それとも物心ついた時から好きなわけ。」
「いや、そうじゃないんだけど・・・。いつ、どのタイミングで好きになったかわからないんだよなぁ。「パノラマスーパー」見たときからか、100系を見たときからか。」
「「パノラマスーパー」はいつ見たんだよ。」
「多分、幼稚園の時。よく兄ちゃんに連れられて100系見に行った時も幼稚園の時だったから。」
「なるほどねぇ。子供の記憶だし、あいまいになるよなぁ。佐久間は何で好きなの。」
「んなことしらねぇよ。いつの間にか好きだったんだから。」
「箕島は。」
「俺は、こういう部活もいいなぁって思って入っただけだから。」
「醒ヶ井は。」
「モジュールとか作れるって言ってたじゃん。だから楽しそうだなって。」
全員に目的はあるそうだ。
「おーい、ナガシィ。」
ドアのほうから大きな声が聞こえた。一様にその方向を見てみると善知鳥先輩が立っていた。
「なんですか。」
「今日、アド先生が集合って言ってたから、それ伝えに来た。」
「あの、それもう全員知ってますけど。」
「・・・。ならいいや。全員こいよ。」
とだけ言って、自分の教室のほうへ走っていった。
1年生も交えた今季最初の部活動。今までと同じように部室に集う。今日は何をするのだろうか。
「よーす。諸君。さぁみんな運べ。」
善知鳥先輩がみんなに指令を出す。その指令を聞くとすぐに先輩達は嘆いた。それも裏声である。嘆く必要はあるのか。そして、裏声である必要もあるのか。おそらくないだろう。
「じゃあ、1年生は全員外に出て、階段のところに並んで。」
名寄先輩が外に並ぶように促す。今日はどうやら荷物運びらしい。
部室前の階段に醒ヶ井、箕島、木ノ本、僕の順に並ぶ。すると、上からまず白いケースが大量に運び出されてきた。次はどこに置いてあるかも分からない謎の物体の山。最後はいたるところに指の跡が付いている荷物。ぶっちゃけていうと金属の山。電車のおもちゃやそのレールなど。鉄道研究部に関連するものも含まれている。だが、中には・・・。
「なぁ、なんで卓球ラケットがあるんだ。」
木ノ本が回ってきた荷物の中にある卓球ラケットを発見する。
「ホントだ。なんに使うんだよ。」
荷物を渡されて、中を見てみる。すぐに見つかったラケットは1つ。だが、よく見てみると1つだけではない。3つある。他に卓球ボールも入っている。本当に何に使うのか分からない。すると上から、
「おーい。そっちにラケットいってない。」
北斎院先輩の声である。
「あっ、来てますけど。」
「ちょっとそれ、必要だから上にまわして。」
「サヤ先輩がラケットの入った箱上にまわしてだって。」
「なんに使うの、これ。」
「さぁ。」
用途不明のままラケットの入った箱を上に戻した。
しばらくの間部室から下ろされる荷物を床に置き続ける。安曇川先生(アド先生)がその荷物をステージ裏にある狭い通路に置いて行く。狭い通路がさらに狭くなる。上からは「ゴミ」とか「あーっ」とかいう声に混じって、掃除機の音や、何か物を動かす音が響いてくる。一方階段のところからは上から運ばれてくる荷物にあだ名をつけて伝言ゲーム状態。もちろん前者の声も後者の声も何の意味もないと思う。
なんだかんだもう18時。その頃にもこの作業は終わりが見えない。醒ヶ井が用事で帰ってからもしばらくはこの状態のままだった。
体育館で練習しているバスケット部がランニングするころになると、上から先輩達が大量のゴミ袋を抱えて降りてきた。僕達1年生はそれと入れ替わりに自分の荷物を持って下に下りる。
「そんじゃあ。今日はこれで終わりだから、みんなオツ。」
サヤ先輩が簡単に締めくくる。
「で、誰がゴミ袋を捨てに行くか決めたいんだけど・・・。」
と言った瞬間に6つあるうちのゴミ袋を2つもって駆けだす人が一人。
「あっ、ハクタカフライング。」
鷹倉先輩を追って善知鳥先輩が。続いて、サヤ先輩がまた2つゴミ袋を持って走りだそうとすると、
「ちょっと待てよ。それは俺の獲物だ。」
「離せアヤケン。獲物だったらまだそっちにあるだろ。」
「あっちのはゴミだから。」
「お前ゴミ袋にゴミって言ってどうすんだよ。ゴミ袋の立場がないだろ。」
「知るか。」
その頃僕の傍らにいる名寄、楠先輩は・・・。
「ナヨ先輩。プレゼントです。」
「んじゃあいってくるか。」
「あっ先越された。いい加減離せ。」
「獲物くれるまではなさねぇよ。」
「おい、ホモケン離せ。」
「サヤが渡してくれれば離すよ。」
「誰がこれやるか。」
「あのう。楠先輩、サヤ先輩達は何やってるんですか。」
「毎回恒例のゴミ袋争奪レース。詳しいことは後で説明するからちょっと待っててね。」
すると楠先輩はサヤ先輩が左手で掴んでいるゴミ袋の一つを取って、さっさと走っていった。それを追うようにしてサヤ先輩がアヤケン先輩を振り切り、アヤケン先輩はそれを追っていった。僕達はというとただ唖然とした顔で見ていただけである。しばらくすると、毎回恒例ゴミ袋争奪レースに参加してきた先輩達が全員戻ってくる。
「んじゃあ、お約束が終わったところで全員解散。」
サヤ先輩が息を切らしながら解散命令を出す。解散命令が出された後楠先輩がこう教えてくれた。
「モジュールとか作ってると、そのゴミが出るから毎回ゴミ袋に固めて、サヤ先輩の前に置いとくじゃん。それでサヤ先輩がゴミ袋に話しに入ったところでスタートよ。体育館を出て、あっちの2・3年生のチャリ置場のあるところにダストシュートがあるから、そこまでダッシュするの。取られないようにね。それで、取られずにダストシュートにいれたら、その人の勝ち。取られたら取った人の勝ち。」
「うーん。よく解んないけど、ゴミ袋持ってダストシュートまで逃げろってことですよね。」
「そういうこと。面白いから次からやってみれば。じゃあね。」
「なぁ、永島。鉄研って本当に個性的だな。」
「ハハ、個性的すぎて少しついていけないかもな。」
4月25日。今日もまた部活。9時30分から開始ではあるが、先輩たちは全員パワフルである。北斎院先輩以外は全員集合済みだ。
「善知鳥先輩たち早いですねぇ。」
「そうかぁ。そんなことより、授業担当誰だか知りたい。」
なんでパワフルという話からこんな話になるのだろう。善知鳥先輩の話方は全く読めない。とはいっても聞かれたことだ。話すのが鉄則だろう。
「えーと、生物の担当が橋本先生で、・・・」
「サッカーボールじゃん。サッカーボールって最悪じゃない。授業の教え方とかくそ下手だよ。要点言うだけだし。それだったら教師いらないっていうくらいだから。」
「えっ、サッカーボールって。」
「だって、あのメタボ体系。完全にサッカーボールじゃん。人にけられながらダイエットすることをお勧めするよ。」
「善知鳥違うって。サッカーボールは袋井。」
「袋井。あれは、ラグビーボール体系。腹が出てて、縦に長い。で、ごめん他は。」
「英語は小林先生で、数学は青梅先生、情報が東中野先生。」
「数学青梅とか最強じゃん。」
「おめぇらいいな。青梅先生は指導力あるから。後の小林と東中野はどちらでもない区分。最悪でもないし、最高でもないってところかなぁ。」
理数系コースのアヤケン先輩はどうしても青梅先生にあやかりたいそうだ。
「あとは、国語アド先。社会は四ツ谷だろ。」
「何かとすごいな。でも、四ツ谷って嫌だろ。毎日ノート3ページ出されるんだから。」
「あっ、確かにそれはちょっと。僕なんか出してませんから。」
「早いなぁ。でも、テストとかでいい成績とると特進行けとかってうるさくなるぞ。」
「えっ、ナヨロン先輩も言われたんじゃないんですか。」
「ああ、言われた。でも、そんなことしたら遊べなくなるからなぁ。」
「どうせ遊び相手いないじゃないか。」
「うっさい。これからできるんだよ。これから。」
するとドアが開いた。見ると木ノ本だった。善知鳥先輩はいまぼくにしたのと同じ質問をして、ナヨロン先輩とアヤケン先輩はそれを聞いて楽しんでいる。そうしている間に9時30分になった。
「はい、みなさんお集まりですね。」
ドアを開けてアド先生が部室の中を覗き込んだ。
「あれ、北斎院君はどうした。」
「サヤだったら、まだ来てませんけど。」
「部長不在じゃあなあ、困ったもんだな。」
と言っているとサヤ先輩が息を切らして、部室に飛び込んできた。
「北斎院君。おはよう。」
というとアド先生はサヤ先輩の首を後ろからつかむような体制をとった。
「アド先生。それダメ。やっちゃダメ。」
「はいはい。これからは部長が遅れるということはないようにしてください。」
すると僕のほうを見て、
「永島君。木ノ本君。ちょっとそこの木の板とってくれないかなぁ。」
と頼んだ。いち早く木ノ本が反応し、白いケースの隣に無理やり押し込んで歩きの板を1枚取った。木の板は薄いベニヤ版。長方形の形になっている。木ノ本がそのベニヤ板をアド先生に渡す。
「あと綾瀬君。直線レールの入った箱持ってきてくれないかなぁ。」
「へーい。じゃあ、このゴミに植林終わったら行くから少し待っててちょ。」
その返事を聞くとアド先生は下に来て、と手招きをした。僕たちはそれに促されて、部室から出る。部室から出るとすれ違いに中学生の諫早と空河にあった。アド先生はその二人にも声をかけて、ステージに降りた。ステージに降りると、僕たちがいつも利用している奥の通路から折りたたみ椅子を取り出してきて、一人勝手に座る。僕たちはその前に思い思いに腰を下ろす。諫早と空河が合流して、数秒経つとアヤケン先輩が緑色の横30cmくらいある箱を持って下りてきた。アヤケン先輩はその箱を渡してすぐに部室へと戻っていく。それを確認してから、
「これがKATOというところから出ているレールです。」
と説明を開始した。アド先生が取り出したものには、当然だが、レールが2本規則正しく並んでいる。そのレールの下にある黒くレールと直角に並んでいるものが枕木。そういえば、今はコンクリートの枕木が主流だということがあったが、その中で「木じゃないじゃないですか。」とツッコミを飛ばしていたことをふと思い出した。木でなければ、名称は「枕コンクリート」にでもなるのだろうか。
「これはKATOから出ている最も標準的なレールです。これの長さが124mです。KATOのほうはこれを基本にレールの長さが決まっています。例えば、これの2分の1のレールは62m。これの2倍のレールは248m。その248mのレールに62m足すと310mという風になってます。さらに長さを調整するために64mとかっていう端数レールも出てますし、このような伸びるレールなどもあります。」
アド先生はまだ箱から出されていない伸びるレールを僕たちに掲示した。このレールには他と違って真中は枕木ではなくコンクリートをモチーフにした板が取り付けられている。そのレールの上には「78-108」と書いてあった。元の長さは78m。最大は108mになるということだろう。
「ただ、このレールはほかのレールより壊れやすいので、慎重に扱ってください。」
直線レールの説明は大体終わった。今度はカーブレールについての説明。
「これの裏側を見てください。」
アド先生はカーブレールをひっくり返すとその真ん中のあたりを指差した。そこには「R282-15°」と文字が浮き上がっている。
「これの「R」というのはこのカーブのきつさを表しています。そしてこちらの「15°」というのはこのレールで曲がれる角度を表しています。そして、カーブとカーブの間は33ミリが基本になってます。だから、282mの次は315m、その次は348mという風になってます。それで、この中に216mのやつがありますが、それは製作には使わないでください。」
説明が終わると今度は箱に入っているレールと2本ずつ僕たちに渡した。
「つなげてください。」
そう指示があった。2本のレールを床に置いて、連結する。中には空中のまま連結したりする人もいる。連結が完了すると、しばらくそのままでいた。
「それじゃあ、今度はこれを外してください。」
そう指示が出る。両方のレールに手をかけて引っこ抜こうとする。だが抜けない。
「このレールは両方に引っ張っても抜けないようになってます。だから、この継ぎ目をどちらかに折り曲げるようにして引き抜いてください。Nゲージのレールは両方に引っ張って抜けるやつやこれみたいにどちらかに折り曲げて抜けるタイプもあります。」
説明を受けた後はその通りにぬいていくだけ。これが完了すると後ろに置いてあったベニヤ板を取り出した。ベニヤ板を床に置いて、レールを3本つなげる。そして、板の上に置き、左右を合わせた。
「この板は248mのレールを3本つなげた長さになってます。248mを3本つなげると何ミリだ。計算せい。」
「248×3で、744mです。」
後ろからナヨロン先輩が覗き込んでいた。
「はい。今名寄君が言ってくれた744mというのがこの部活のモジュールの基本です。この中にレールが収まるようにしてください。」
その後レールのさらに詳しい説明を受けた後、自分たちで何を作りたいかということを聞かれた。僕としては家にいっぱいある分、何を作りたいかなんて言う欲望はない。だが、ほかの人は駅を作りたいとか山のある風景作りたいとか、川がある風景を作りたいなど意見は様々。その中でも採用されるのはごく一部。今回は山と川の融合と山と駅の融合。後は留置線のある風景を作ることとなった。
だんだん鉄道研究部らしくなってきました。