75列車 ここだけの話
時計が3時59分58秒を指す。ふと目が覚めた。体を起こし、寝台の中で少しの間もそもそと体を動かした。自分のはめている腕時計に目をやると4時00分10秒を過ぎたところだった。4時代。こんな時間に起きている人はふつういない。寝台列車にでもなればなおさらである。だが、どこからともなく聞こえてくる声がするのが分かった。カーテンを開けて寝台を抜け出す。声のする方にゆっくりと歩いて行った。声のする寝台の区画をのぞいてみた。話をしていたのは柊木と隼であった。柊木がのぞいている顔に気付いて、
「木ノ本先輩。」
と声をかけた。隼も気づいたようで、
「お・・・起こしてしまいましたか。」
と遠慮がちに言っている。
木ノ本はすかさず首を横に振り、
「ううん、自分で起きただけ。」
といった。
二人の顔はどうも疲れている。「ずっと徹夜していたんだな」ということを察した。
「あっ、座りますか。」
「んっ。いいよ。そこに座らなくても座る場所はあるから。」
通路の壁に取り付けられている補助いすを引き出し、そこに座る。
腰かけるとあることに気付いた。すぐに隼も気づいたようだ。窓枠に手をかけ、顔を壁につけた状態で柊木が寝入っていた。もう眠気には耐えられそうになかったようだ。
起きているのが女の子同士になったため、隼がいきなりこんな話をした。
「そう言えば、榛名先輩って好きな人いるんですか。」
「えっ。」
顔が赤くなった。確かに好きな人はいる。だが、その人には好きな人が別にいる。そうなると何か言いづらい。
「い・・・いるにはいるよ。」
「誰ですか。」
隼が目を光らせている。
「・・・。」
やはり言いづらい。そう思っていると、
「もしかして、ナガシィ先輩ですか。」
と言われた。あたっていただけに動揺を隠せなくなった。
「な・・・何で分かったの・・・。」
「あっ、そうなんですね。」
隼はどうも勘で言ったらしい。少し間をおいて、
「いつもふつうに話せてますし、告ルチャンスはいくらでもあると思うんですけどね。」
「ゆ・・・結香。」
次に続く隼の言葉をさえぎるように言った。
「確かに永島のことは好きだよ。気持ちの・・・本物を開いてくれた・・・。」
「なら、なおさら・・・。」
「だけど、その人には好きな人がいるの。小学校の時から思っている好きな人が・・・。それに、もう約束してるんだって。お互い夢がかなうまでは全力で夢に打ち込むんだって。それもただの純愛じゃないんだって。彼女の方も永島と一緒になりたいって思ってて、私のメアドを聞いてまで永島と同じ進路に行きたいって思ってるんだよ。だから、私がそんな仲に飛び込む隙間なんてないよ・・・。」
肩が落ちてくるのが自分でも分かった。
「怖い愛ですねぇ・・・。」
「てか、なんでそんなこと聞くわけ。」
「えっ、ちょっと気になったから・・・。」
「ふうん。じゃあ聞くけど、結香の好きな人って誰。」
同じような反応を隼もした。
「翼・・・かな。」
と冗談半分で言ってみる。
「あ・・・当たり・・・です。」
「あたるとは思わなかったわ。」
予想外だった。
この話が終わった後、木ノ本と隼は昨日調達した朝御飯のパンにかじりついた。そうこうしている間に時間は4時50分をまわった。またカーテンの開く音がする。13番席から人影が通路に出てきた。
「おそくない。」
木ノ本が声をかける。
「木ノ本が早すぎるだけじゃん。いつ起きたんだよ。」」
起きたての永島が目をこすりながら言う。
「4時。」
「確かに。その時間から見ればおそいかもな。」
寝台側からすれ違った列車の音がかすかに聞こえてきた。すれ違う時の揺れで目が覚めたのか、柊木が目を開ける。
「おはよう。翼。」
隼が柊木の顔を覗き込んだ。
「あれ。俺寝ちゃったのか・・・。」
ため息をついた。柊木は起きている顔ぶれが一つ増えていることに気付き、
「あっ。ナガシィ先輩おはようございます。」
と挨拶をした。
6時過ぎ。この時間になるまでにほとんどの人が起きた。まだ寝ているのは楠、佐久間、醒ヶ井、諫早、新発田の5人だけである。全員朝に強いのかただ眠ることができなかったのか・・・。しばらく経つと車内に今日最初のアナウンス、おはようアナウンスが流れ、しばらくすると一戸に到着することが告げられた。
おはようアナウンスが終了すると柊木が何か思い出したように言った。
「ナガシィ先輩。今日「スーパー白鳥」に乗るじゃないですか。その時に、もし寝てしまっていたら、起こしてもらえませんか。」
頼みづらいようではあった。
「うん、いいよ。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ、ナガシィ先輩。私もお願いできますか。」
隼が便乗したように言う。
「分かったよ。起こすから。」
と返事をした。
7時00分。「寝台特急はくつる」八戸発車。ここから青森までは1時間15分の道のりである。もうすぐ終点の青森に到着する。1時間以上ある行程は寝台を椅子代わりにして外を眺めていた。ほんの数本、上り普通が隣を通過していき、多数の貨物列車がEH500型電気機関車(金太郎)にひかれ走り去っていった。
8時15分。「寝台特急はくつる」青森到着。青森についてまずやりたいことは、「はくつる」の前に上野を発った「寝台特急あけぼの」と「はくつる」よりも37分遅れて発車する「寝台特急ゆうづる」の撮影である。「あけぼの」は前紹介したので、今回は「ゆうづる」を紹介しよう。「寝台特急ゆうづる」は「はくつる」「あけぼの」と同様上野~青森間を結ぶ寝台特急である。ただしこの3本の列車はお互い走る区間が違うため、それぞれがその役割を分担している。「ゆうづる」は上野から常磐線に入り太平洋に躍り出る。「はくつる」は東北本線をひたすら北に走る。「あけぼの」は高崎線に入り日本海側に針路をとる。分業しているので、お互いを潰さずに済んでいるのだ。
8時20分。アド先生から解散命令が出て解放される。すぐにも先頭が緑の車両をとるためにそのホームに向かう。
先頭は黄緑色をした高運転台の車両。運転台の横付近にHEAT789のロゴが入っている。「スーパー白鳥」に充当されている789系だ。この列車は盛岡~青森・函館を結んでいた「特急はつかり」の運転区間変更により登場した列車。「白鳥」の元の名前は大阪~青森間を走っていた特急列車の名前で、2002年この列車は廃止されている。使われる車両が変わったこと以外は、この名前がただ北に移っただけなのだ。そしてこの列車は世界一長い海底トンネル。青函トンネルを時速140km/hで駆け抜ける。僕達も北海道に渡るためにはこの列車に乗るしかないのだ。
8時57分にこの列車を見送ってから「ゆうづる」まではまだ53分ある。青森駅の外に出ても仕方ないが、まずはここまで来た切符を自分のものにしたい。後、「スーパー白鳥」「白鳥」の割引切符も確保しなければならない。シナ先生に促されて改札を出る。改札を出るときに、乗車記念のスタンプを押してもらった。次は、特急列車の割引切符である。1人5500円の青函往復割引切符。シナ先生が一人一人から5500円を徴収して緑の窓口に買いに行く。僕たちはその間青森駅の待合室で待った。待合室の大きなモニターには去年街に繰り出したねぶたの写真がスライドショーみたいに流れていた。だが、僕には何の興味もわかなかった。ただ、すごいと思っただけにすぎなかった。東北の三大祭りが見れると臨地研修の前から騒いでいたのは佐久間だけ。木ノ本も留萌も、お祭りは関係ないらしく、青森で泊まるホテルがとれなかったことに腹を立てていた。高校1年生はというとこちらもそのことで腹を立てている。中学生の方はというとどうも分かりづらい。ただ、新発田だけはねぶた祭りが見れることが嬉しいらしい。そして僕はというと、根っからの祭り嫌いの少年である。
9時50分。「寝台特急ゆうづる」がEF81-90号機にひかれ入ってきた。この8分後には上野を先発した「寝台特急あけぼの」が入ってくる。青森に到着した「ゆうづる」はすぐにEF81-90号機が24系寝台客車から外され、カニ24形の顔とその真ん中に掲出する、2羽の鶴と「ゆうづる」の文字が入ったトレインマークがその姿を現した。
9時58分。「寝台特急あけぼの」が青森に到着した。上野~青森間の寝台特急では一番長い旅路の終了である。長岡~青森まで「あけぼの」を引っ張ってきたのはEF81-139号機。先頭にある、双頭連結器とごちゃごちゃした連結器部分がなんとも勇ましい。こちらもEF81-139号機はすぐに「あけぼの」から外され、カニ24形(電源車)の前にDE10型ディーゼル機関車が連結され、青森の車両区へと回送されていった。
そうこうしている間に10時01分発の「スーパー白鳥95号」が出ていってしまったため、次の「スーパー白鳥1号」を待つことになった。青森出発は11時19分。函館到着は13時14分だ。
タイトル関係するの最初だけですね。