74列車 「カシオペア」 「北斗星」 「なごみ」
15時20分。「寝台特急カシオペア」の出発まであと1時間になろうとしていた。上野の13番線にカシオペアがやってくるのはたぶん30分前ぐらいだということで上野の集合は15時50分となっていた。
「そろそろ、行こうか。でないと集合時間に遅れちゃう。」
と言って、柊木達を鉄道博物館から引きずりだして、上野に向かった。
15時35分。上野駅13番線に「寝台特急カシオペア」が入線してくる。
「アオカマかぁ。」
「カシオペア」の牽引する機関車を見て、留萌が言う。
「アオカマ。」
木ノ本は「アオカマ」という呼び方が少し気になった。
「えっ。榛名知らないんだ。撮り鉄だから知ってると思ったのになぁ。」
留萌が意外そうに答えた。
「「アオカマ」って、この「北斗星色」の呼び方だよ。他にEF81のカシオペア色なら「カシカマ」っていう呼び方があるんだけど・・・。」
留萌の説明を聞いていた木ノ本が留萌の右肩に手をあてた。
「ごめん。私「ホシカマ」しか分かんない。」
「なんでそれだけ。」
留萌のツッコミが飛んだ。
高崎線の電車に乗り上野駅まで戻ってくる。尾久を発車した直後にドアの前にスタンバイした。早く「カシオペア」が見たいのである。もちろん、推進運転で「カシオペア」が13番線に入線してくるところからだ。上野着15時43分。ピンポーン、ピンポーン、ピンポーンという音がするとドアが開く。開くと同時に4人全員で走り出した。5・6番線にあふれ出た人の間をかいくぐり、ただひたすら13番線に向けて走っていく。
階段を登りきると、右にカーブを切り、上の案内板を頼りに足をひたすら動かす。大連絡橋通路を13番線のある方向へ・・・。つきあたりが近くなり左にカーブを切る。左カーブの後すぐの右カーブ。階段とエスカレーターを駆け下り、ついに13番線のある上野駅の地上ホームに到達した。
自分たちの降りたところが今どこなのかはすぐには分からなかった。だが、一つだけ分かったことがあった。今自分たちがいるのは13番線とは正反対の位置だということだ。なぜこのことが分かったのかと言うと、エスカレーターを降り切り、ふと顔を上げた時に入ってきたからだ。地上ホームの一番むこうに横たわる輝かんばかりのシルバーの車体。「寝台特急カシオペア」だ。
「もう来てるし・・・。」
柊木と隼がエスカレーターを降り切ると同時に声を上げ、13番線に向けて全力疾走する。僕も後輩に先を行かれたのではしょうがない。大嵐が上から走ってくるのを確認して、僕も柊木達の後を追った。
13番線の付け根にやってくる。「寝台特急カシオペア」の1号車「スロネフE26」のカシオペアスイートの顔が目に飛び込んでくる。とっさに携帯電話とデジカメを取り出し、シャッターを切る。今の僕にとっては後ろなんて関係ない。一枚を収めたきりでまた走り出す。少し走って足を止め側面の行き先表示にカメラに収め、また走る。5号車、6号車、7号車、8号車、9号車・・・。10号車の位置まで来ると前にいる柊木達が見えた。しかし、僕が今一番知りたいのは柊木達がいることを確認することではない。E26系「寝台特急カシオペア」を引っ張るEF510の色だ。
11号車。ついに、見えた。
シルバーの車体。12号車「カハフE26」の前にいるのは青。|青い電気機関車(EF510北斗星色)が「カハフE26」の前にいる。
嬉しさが体中に広がった。
たくさんの鉄道ファンがいるのを横目に、EF510の横に駆けよった。
「EF510-513号機・・・。」
心の中でつぶやいたつもりだったが、声になって漏れた。
513号機の前にまわってその顔を見る。真ん中にあるヘッドマーク。オレンジ色の帯が三日月を半分に切ったような形をしている。ヘッドマークの中心から外れた位置にある輝く星。そしてヘッドマークのふちにあるCASSIOPEIAの文字。思わず目を細めてしまうほど明るいヘッドライト。そして、何よりもその風格に満ち満ちている機関車。何をとっても眩しかった。
「よかったな。自分が嬉しいって思った方で。」
後ろから声がした。木ノ本だ。首から一眼レフを提げ、シャッターをいつでも切れるように指を置いている。
「ああ、マジ嬉しい。死にそうなくらいに・・・。」
それを聞いた木ノ本の脳裏に坂口のことが浮かんだ。
(萌に「カシオペア」撮ってきてって言われてるんだろうなぁ・・・。)
後になって佐久間や、醒ヶ井、ハクタカ先輩、ナヨロン先輩達やシナ先生も集まってきた。その時になって僕はもう一人旅人が加わっていることに気付いた。サヤ先輩だ(いつから加わっていたのかは知らないが)。
発車間際まで僕たちは「カシオペア」の写真を撮り続けた。電気機関車だけでも10枚は撮った。ヘッドマークのアップとかも含めれば15枚くらいになるだろうか。
16時19分。「寝台特急カシオペア」発車1分前。13番線出発信号機が青になり寝台特急カシオペア発車が告げられる。上野駅の駅員がファンに対し黄色い線の内側に下がるように促す。
16時20分。「寝台特急カシオペア」発車。
13番線の突端にEF510-513号機の長声がこだまする。耳をふさぎたくなるほどうるさかったが、耳を塞いだら負けだと思った。長声がこだまし終わる頃にはEF510-513号機の引く「カシオペア」はゆっくりと僕達の方へ近づいてきて、自分たちの横をゴゴゴゴゴという音とそれに混じる高い音を響かせ通過していった。その後ろに続くE26系はカンカン、コンコンと軽快にジョイント音を立てて上野を後にする。
「スロネフE26」が横を通り過ぎ、鉄道ファン全員の顔が一斉に通り過ぎていった方向に向く。そしてその姿が見えなくなるまで見送った。
次の標的は19時03分発「寝台特急北斗星」、札幌行きだ。その前にキオスクに行き、ここから22時まで動くためのエネルギーを充電するつもりだったのだが、佐久間が大宮にあるスーパーに買い出しに行こうと提案してきた。結果大宮まで行くことになったのだが・・・。
大宮には「カシオペア」がいってから40分くらいたった時間に到着した。それから近くのスーパーまで足を運び、夜と明日の朝の食料を調達する。だが、佐久間が打ち上げをやろうみたいなことを言いだして、さぁ大変だ。
「おい、永島。「北斗星」まであと何分ある。」
木ノ本が僕に聞いた。
「えーと、あと・・・。」
時計を見るといいたくないような時間しか残っていない。
「あと16分。」
「これが上野に着くの何時だっけ。」
「んなこと知るか。もう尾久は出たんだし、全員扉の前行け。開いたら13番線までダッシュするぞ。」
18時50分。13番線に「寝台特急北斗星」が推進運転で入線する。
そんな中ぼくたちが乗った列車が上野に到着したのは18時53分。発車10分前。
列車のドアが開くとすかさず飛び出した。誰よりも早く・・・。途中4号車(グリーン車)から降りてきた佐久間を確認したら、あとはもうかまっている暇ではない。木ノ本、留萌、柊木、隼、大嵐はすでに先行している。僕もそのあとを追った。
さっきの「カシオペア」の時と同様上野駅の通路を駆け抜ける。さっきと同じ通路しか早くいく方法を知らない。地上ホームまで来たら当然のことだが、「北斗星」がいるのは一番遠いホームだ。ここまで来たらではない。休んでいる暇はないのだ。さっきからもうすでに2分が経過している。駅の中には僕たち以外の人も大勢いる。全力疾走できるわけではないからだ。すぐに走って「北斗星」が止まっている13番線まで急ぐ。「カニ24」の写真をとってすぐ走る。行先をとってすぐ走る。機関車まで来てようやっと走る必要がなくなる。だが、休むことは絶対に許されない。
(EF510-504号機。)
顔を上げると数字が目に入ってくる。牽引の担当は504号機。さっきの513号機と同様「北斗星色」だ。
後ろを見ると続々と集まってくる。途中で大嵐を抜いたので、大嵐はあとからやってきた。自分の班の人がいることを確認して、504号機の写真を撮る。息を整えながら、
(間に合った。)
さっきまでの焦りはどこかに消えていた。
19時03分。「寝台特急北斗星」発車。513号機とは違って504号機は汽笛を聞かせてくれなかった。愛想がよくない・・・。
「北斗星」をとってからはお風呂で疲れをいやす。今回の臨地研修では一度もホテルに泊らない。風呂はこういうときにしか入れないのだ。
風呂から上がり、着替えて、コーヒー牛乳を一気飲みした。全員が銭湯から出て、上野駅に向かう。もちろん「はくつる」まではまだ十分すぎるほど時間がある。ゆっくり、ゆっくり歩いて帰りたいところだ。だが、そんな気はあるメールで一気に吹っ飛んだ。
上野駅の近くまで来たところで、シナ先生が朗報を発表した。「珍しい車両が13番線に来ています。」アド先生からのメールにはそう書かれていたらしい。
「珍しい車両か・・・。榛名、珍しい車両ってなんだかわか・・・あれ。」
留萌の言葉が途中で途切れる。木ノ本の姿がないのだ。
シナ先生もそのことに気づいたようだ。
「おい、柊木もいないぞ。」
みんなもそのことに気付いた。
「あの二人は何してるんだか。」
と言った時携帯が震えた。メールだ。From:木ノ本榛名。内容は「なごみが来てる!!!」となっていた。
(「なごみ」。「なごみ」ってなんだろう。)
と思った。
この部活の部員は何回走れば気が済むのだろう。また13番線ホームへ向けての全力疾走だ。13番線に行くと、「なごみ」の正体が分かった。茶色の車体が13番線にある。イメージはJR北海道の車両によく似ていた。僕にはよくは分からないが、留萌が言うには、
「天皇を乗せるための皇室車両。」
ということだそうだ。
「上野に「なごみ」が来てるってことは団体列車だろうな。「なごみ」ってこれまでの157系と違って、皇室車を外せば団体列車の運用にも就くってインターネット書いてあったし・・・。」
これに対する留萌の予想はこういうことになるそうだ。
「なごみ」を見送ってから一番早く13番線にやってくるのは21時15分発「寝台特急あけぼの」である。「あけぼの」は「はくつる」と同じく上野~青森間を結んでいる寝台特急で、元は奥羽本線という路線を経由していた。それが山形新幹線の開業のために運行路線が変更され、一つはそのまま「あけぼの」の名前を、もう一つは「鳥海」と名前を改名した。今走っている「あけぼの」は「鳥海」が再び改名した列車なのだ。
この「あけぼの」を見送って、1時間近く後の「はくつる」を待つ。これであとは「はくつる」に乗るだけである。
「「はくつる」に乗ったらどうする。」
隼がそんなことを柊木達に聞いている。
「当然寝るよ。」
そう答えたのは北石と潮ノ谷だ。
「えっ、徹夜しないの。」
「しねぇよ。だいたい徹夜してたら寝台特急の意味がないじゃんか。」
北石がそう答えると、
「分かってないな・・・。」
といってため息をついた。
「何が分かってないっていうんだよ。」
「まあまあ、落ち着けって。」
気がたつ北石を潮ノ谷が抑えようとする。
「隼は寝台特急だから徹夜したいだけなんだからさぁ。」
といってこの仲を仲裁する。
同じことを話しているのは善知鳥先輩達OB・OGとはくたか先輩と楠先輩だ。
「寝台特急なんですから、寝かせてください。」
と楠先輩が言っているのは聞きとれた。
22時00分。「寝台特急はくつる」発車23分前。15番線にブルーの車体が横たえられた。9両編成の「はくつる」。この一番最後に控えているのが最近仕事場をEF510に奪われているEF81型電気機関車。自分達の位置から見て一番前の客車が「ゴロンとシート」という素泊まり寝台である。この23分の間にEF81を写真に収めに行く。8月2日「寝台特急はくつる」に充当されたEF81は57号機だった。
「はくつる」の車内に入り、アド先生から貰った寝台券が指定する寝台に行った。2段の開放式寝台が窓をはさむようにして配置されている。窓は通路側が大きく、寝台側は小さい。オハネフ25形100番台、オハネ25形100番台、オハネフ25形200番台はすべてこうなっている。車番号を見ると「オハネフ25-201」となっていた。
発車3分前。22時20分。外で撮影をしていた木ノ本と柊木、隼が車内に乗り込み、自分の寝台に荷物を置いた後すぐにデッキに引き返していく。「デッキにこもりドアが閉まる瞬間を見ていたいんだな」ということを直感した。
22時23分。「寝台特急はくつる」発車が15番線に告げられる。車掌が吹く笛と、遠くで聞こえる淡い57号機の長声とともに寝台車の折り戸式のドアが閉まる。そして、カクンとも揺れずに窓の外を景色が流れ始めた。さすが。寝台列車の運転手。客車を引っ張る機関士の腕は昼走っている車両の運転手よりもはるかに技量が高い。運転手の腕の見せ所である。
僕はすぐに寝台に潜ったが、なかなか眠ることができない。久しぶりの寝台特急だから気が高ぶっているのだろうか。大きな子供であるというのは自覚しているもののこういうときになるとこのことが一番迷惑になる。しばし周りの音に聞き耳を立てていた。カタン、カタンというつなぎ目を軽快にたたく車輪の音と、木ノ本、留萌、柊木、隼、善知鳥先輩、楠先輩、ハクタカ先輩、サヤ先輩・・・いろんな人の声が聞こえてきた。
寝付けないまま何時間経っただろうか。だんだんと聞こえて来る声の数も減っていった。だが、まだ聞こえてくる声もあった。柊木と隼の声だ。「どんな話をしているのか。」ということを少し気にしながら、しばらくそのままでいたが、ある時を境にしてその声も聞こえなくなった。
僕が行った当日「カシオペア」の牽引担当はEF510-510号機(カシオペア色機)。「北斗星」担当はEF510-504号機でした(本編参照)。なお、「なごみ」(E655系)は行った日「あけぼの」が入線する前に13番線にお目見えしました(本編参照)。