67列車 彼はあの時彼じゃなかった
「何したの・・・。ナガシィに何したの。」
木ノ本に問う。
「えっ。別に何もしてないよ。しいてあったとすれば、永島の声がうるさいって・・・。」
(なっ。)
自分の頭の中はいまあのことしか考えられていない・・・。
坂口と永島があったのは小学校1年生の時。その時彼は小学生ではなかった。この意味は分かるだろう。
彼は小学生らしくなかった。というのは・・・。ふつうの小学生。それも1年生となれば、休み時間になれば外にはしゃぎ、走り回り、先生に怒られるようなことをふつうにしたりするなど結構やんちゃなところが多いものである。彼はこれとは正反対だったのだ。休み時間は外をぼーっと眺めており、外で遊ぶということもせず、どこかに何の当てもなく歩き回ったりもせず、怒られるようなこともしていなかったと思う。まったくやんちゃではなかった。そんな永島と坂口が話すようになったこともまず話していこう。
小学校1年生の冬。1月・・・、
「・・・。」
このとき坂口は永島の後ろの席であった。彼をずっと眺めていると何かと面白いことがある。それは彼の行動なのだ。授業中の間彼はある時間が来ると必ず外を見るという一種の癖があった。何に反応して外を見ているのかはわからない。教室の左隣。永島の見ている方向には体育館がある。決していい眺めとは言えない。その方向を授業中に4回から7回外を見る。いったい何を見ているのだろうか・・・。後ろの席になると嫌でもそれが気になった。
「もえ。そといこう。」
話しかけてきたのは小学校時代の端岡。端岡と磯部とはこのときからの仲。それから今高校まで一緒である。
「うん。」
返事をして、端岡たちについて行こうとする。教室のドアのところまで来ると、さっきからちょっとだけ姿勢を変えた永島の姿が目に入ってくる。
(いつもなにしてるんだろう・・・。)
それを察したようで磯部が、
「ながしまくんはいっつもあんなかんじだよ。なにかんがえてるかわかんないよねぇ。」
確かにそうなのだが・・・。
「はやくそといこう。」
磯部が促して、端岡と一緒にその後ろをついていく。遊んでいても、授業を受けていても、家でふつうに遊んでいるときも。なぜか気になるのだ。そのなぜを最も増幅されているのが授業中に外を見る行動。永島に会ってからもう1年が過ぎようとしているころだが、彼は友達らしい友達がいない。休み時間誰かと話しているなんてこともない。それに心配して先生が話しかけているが、永島は口をつぐんだままで話そうともしない。もちろん、このクラスで一番の心配性の人が話しかけても結果は同じなのだ。
そんなことを思いながら数日。自分はあることに気付いた。
(またそとみてる・・・。)
最初はこれしか思わなかった。もしこのとき耳にあの音が入ってこなかったら、自分は永遠に永島とは話さなかっただろう。
「ガタン。ガタン。ゴトン。ゴトン。」
すごく小さい音だ。その音はすぐ先生の声にかき消される。だが、はっきり聞こえた。
(なんのおと。)
それから数分後。また同じ音がする。そしてまた。そしてまた。このとき時計なんて見る余裕がない。ある一定にサイクルで永島が外を見ていることは知っていたが、それの正体が初めて分かったのだ。
その授業が終わった後の休み時間・・・、
「ながしまくん。」
と話しかけてみた。もちろん最初は口をつぐんだまま。自分のほうをちょっと見たら、またもとの姿勢に戻った。
「ながしまくんって、じゅぎょうちゅうにでんしゃのおときいてるの。」
と聞いてみた。
「ああ。」
彼から初めて言葉が返ってくる。もちろん、これは小学校で見せている顔で家ではこんなではないというのはあとあと知ることになる。
これが坂口と永島が話すようになるきっかけになる。この時自分はよく電車のことは分からない。ただふつうに地元で見る「赤電」というのを知っていたくらいだ。この世の中にどういうものがあるかなんて全くわからない。ちょっと電車のことを話しただけで、このときはすぐに終わってしまった。だが、だれも開くことのできなかった口を坂口が初めて開かせたのだ。これにはクラス中が驚いたくらいであった。
それから3か月。永島は次第に言葉の数を多くしていき、自分は永島から多くの知識を得ていくようになっていった。彼はよく電車のことを知っており、休み時間中その話で持ちきりにするのが得意でもあった。ひとたび100系新幹線の話をするだけで止まらなくなる。それぐらいそのことが好きなのだろうとしか思えない。
「そうだ。もえ。うちにこのきょうしつじゃあおさまらないくらいのでっかいもけいっていうのがあるんだけど、みにこない。」
そう誘われた。このころ自分は永島に萌と呼ばれ、自分は永島をナガシィと呼ぶまでに至っていた。この時自分はどういうものかわからない模型というものに非常に興味を持った。すぐにうんと答えを返したくらいだ。
翌日。土曜日だったので永島の家に向かった。彼のことが気になっていたから家までつけていったこともあった。彼の家は自分の家からそんなに離れていないところにある豪邸だった。それは1年生の2学期の中ごろに知ったことで、そこには迎え無しに行った。
「まさか。もえがぼくのいえわかってるとはおもわなかったよ。」
永島は意外そうに答えていた。彼は自分の部屋に案内してから、すぐに自分の部屋を出る。そして、豪邸の中を歩いて、大きな屋敷を出る。そして、そのちょっと離れたところにある小さな家に向かっていった。
「こいよ。」
促されて、そこに行ってみた。永島はドアを開けて中を見せる。中には一人人がいた。
「どうした。智。女の子なんか連れてきて。珍しいな。」
その中の人はそう言っていた。
「しょうかいするね。しゅんにいちゃんだよ。」
駿と紹介された人の顔が一気に果てた顔になる。
「おいおい。そんなんじゃ伝わらないだろ。もっと伝わるように紹介してやれよ。」
と言っていた。彼はすぐに机の下から這い出てきて、手を差し出した。
「智の従兄の南駿だ。よろしくな。」
と改めて自己紹介をする。
「しゅんにいちゃん。100系はしらせてよ。」
「しょうがねぇなぁ。まぁ、好きだもんな。」
と言って駿さんは一人どこかに消えて行こうとした。その姿を追って自分たちもケースがたくさん置かれている部屋に入ろうとする。すると駿さんは入るなよと言って自分たちの行く手を遮った。数十秒くらいたつとその人が中から出てくる。
「ちょっと待っててね。」
と言って机の下をくぐる。自分たちも入ろうとするとまたしても、入って来るなと言われてしまった。
「小さい子たちは外で見てるほうが楽しいだろ。」
独り言を言いながら車両を並べていこうとする。
「しゅんにいちゃん。これ100系じゃない。」
「あっ。ばれたか。」
永島がよく話す100系とこれの違いはこのときの自分ではわからなかった。
「これ200系じゃん。」
さらに続ける。
「なにがどうちがうの。」
と問う時間すらない感じで二人が言い合い始める。言い合っているというよりはただ言葉を並べただけのような感じだが・・・。このときの永島はよくしゃべるのだ。そして、よく笑うのだ。学校で見せている顔をとは大違いだった。
駿兄ちゃんは自分の面倒もよく見てくれた。駿兄ちゃんからしてみれば自分は赤の他人。関係のない人なのだが、駿兄ちゃんは自分の子供みたいに自分たちと接してくれる。言っちゃえば親より優しい。こんなのがいてくれたらと思うほどの理想のお兄さんだった。このとき彼は高校1年生。ずっとこの部屋にいるということもなく、駿兄ちゃんはいない時は変わりに永島のおじいちゃんがこれの運転をやってくれた。全員時間を忘れて楽しんでいたため、永島のお母さんが5時だよということを言ってきてくれなかったら全員そのまま遊び倒してしまいそうなくらいだった。
そんなことを繰り返しながら小学校2年生の中ごろまでを過ごした。このときは自分は100系と200系の区別だったらつくようになっていた。このときの知識量から言えば、100系は窓周りの色が青。200系で100系によく似ている顔をしているのは窓周りの色が緑。色だけで見分けられることだから、詳しいものを見分けるよりは簡単だった。
その日も同じようなことを話していた。
「しゅん兄ちゃんったら。100系走らせてって言ってるのにいつも200系走らせるんだよ。」
「しゅん兄ちゃんもいじわるだねぇ。」
「本当だよ。」
笑いながら教室に歩いて行っている時だった。
「おい。おめぇらうるさいんだよ。もっと静かにしてくれ。」
そう言ってきたのはクラスの人だった。
「分かったよ。」
自分は降参したようにその人に言った。
「なんでだよ。」
逆に永島は食って掛かる。
「なんでって。めいわくなんだよ。大きな声でしゃべられると。よそでしゃべれよ。」
こういうのは永島の声の大きさだ。基本しゅんにいちゃんたちと話しているときの声で自分とも話している。声のトーンなんてこの日になるまで気にしたこともなかった。
「めいわく。大きな声のどこがめいわくなんだよ。ぎゃくに元気っていうしょうこじゃん。」
「そんなにはなす元気があるなら外であそんでこいよ。」
「外であそんで何がたのしい。」
「あのなぁ・・・。」
これには相手も困ったようだ。ぎゃくになぜ外であそぶのが楽しくないという話になる。それの返答は外であそぶよりも話していたほうが楽しいから。
「なら、外で話してこいよ。じゃまなんだよ。中ではなし・・・。」
「何がわるい。」
その人の言葉を永島が遮る。
「どこではなそうがかってだろう。」
今まで見たことのない顔だった。彼は普段の物静かな人ではなくなった。その人に対して思いっきり牙を向いたのだ。だが、彼はそう言っただけでどっかに走って行ってしまった。もともとケンカが好きじゃないからだ。
そのあと永島を探した。行きそうな場所5か所探したけど永島は見つからなかった。教室に戻ってみると彼は教室にいた。最初のころと同じような体勢で。
その帰り。ついに我慢できなくなって、永島に話しかける。話さない永島はどこをどう考えても不気味だった。
「ナガシィ。また、電車の話してよ。」
この声を聴くと永島は歩みを止めた。
「ヤダ。」
不気味以上の言葉が返ってきた。今まで乗って話していたことすら話さないと言い出した。永島の前に回って、
「なんで。なんではなしてくれないの。」
しばらくお互いを見つめるようになる。すると永島は目をそらした。これにはもう耐えられなくなった。
「どうしてそんなに気にしてるの。でんしゃのことはなさないナガシィなんて、ナガシィじゃない。そんなに気にすることないのに。バカー。」
これを言ったら自分の家のほうに走っていった。傘をそこに忘れていったことなんて知らずに。気が付けば自分は布団の上でうつぶせに寝ていた。
「萌。入るわよ。」
その声でお母さんが部屋に入ってくる。このあと永島が置いてきてしまった傘を届けてきてくれたことを聞いた。
「あと、智暉君こういってたよ。萌に悪いことしちゃってごめんなさいって。喧嘩でもしたの。」
「・・・。」
このとき永島は少しでも変わろうとしていることが何となく伝わってきた。翌日。ふつうに永島と会って学校で話そうとしていたが、なかなか言い出せなかった。そのまま放課後にまでなって、その帰り道で永島に話しかけた。
「ナガシィ。きのうバカなんて言っちゃってごめん。」
「・・・。」
永島は相変わらず口をきこうとしなかった。
「こっちもごめん。もえに変な思いさせちゃって。」
彼はそう言ったがそのあと電車の話を持ちかけてもなかなか話そうとはしてくれなかった。そんな状態が4か月近く続いたのである。完全に立ち直ったのはその年の彼の誕生日だった。
「それ一番やっちゃダメ。」
木ノ本にその一言を言う。
「ナガシィってああいうやつだけど、閉じこもったらこじ開けるのが難しいの。だから50%(パー)くらいは大目に見てあげてよ。そうでない限りあのままになる。それに、木ノ本たちとも話さなくなっちゃう。」
それは坂口との約束を破ることも意味している。
「・・・。分かった。出来る限り頑張ってみるよ。」
と返答した。坂口は何も言わずに帰っていった。その後ろ姿を見届けて、
(永島のほうはどうすればいいかわかった。でも、箕島が・・・。)
鉄研の中で一番の問題を抱えた。そう思った。
小学生はほとんど漢字を知らないということで小学生支店の時はセリフをすべてひらがなにした結果どうでしたか。
こういう些細なことでもコメントがあれば・・・。