63列車 サウンド
呼び止められた人はこちらを向いた。身長は昨日きた柊木ぐらいの身長しかない。相手は何も答えようとしていない。
「話してくれなきゃ分かんないよ。」
この人の親ではないがそう言ってみた。
「・・・。け・・・見学に。」
小さい声だったが聞き取れた。
「もっと大きな声で話してよ。ここだったらバスケ部まで聞こえるなんてこともないし。それに私も女子なんだし、思い切って・・・。」
と言いかけたところで、
「はい。」
相手の声が遮った。
それからはなにか話そうかと思ったが、何か言いだしずらい。二人とも黙ったままでいた。
「先輩。名前なんて言うんですか。」
相手が聞いてきた。
「木ノ本榛名。私のことは榛名先輩でもいいから。」
と答えた。そういえば名前をまだ聞いていない。相手に同じ質問を返してみた。
「隼結香です。今日はよろしくお願いします。」
(隼・・・。「はやぶさ」。)
「電車のことで何か知ってることでもあるの。」
「「ハイスケンのセレナーデ」とか。」
(何それ。)
「あっ。難しい言い方しちゃってごめんなさい。」
隼はちょっと考えて言い方を変えてきた。
「寝台特急の発車直後のアナウンスが流れる前に流れる「チャ、ラ、ラ、ラ、ラ、ラ、ラン。ラ、ラ、ラ、ラ、ラン。ラン。」っていうあれですよ。」
隼はちゃんと音程も表現してきた。
「へぇ、あれかぁ。」
(何度も聞いたことあるけど、あれ「ハイスケンのセレナーデ」って言うんだ。)
「他にもインバーター聞いただけで車両が分かるとか。・・・。自慢話みたいになってごめんなさい。」
「いや。いいよ。この鉄研に入ると半分は自慢話みたいになるから。」
先輩と同じ学年の人に心当たりがある。
「・・・。あたしが持ってるネタって自慢になんないんですよねぇ。」
独り言が聞こえた。確かに。自分が持っている持ちネタは何の自慢にもならない。相手が知らないという段階で初めて自慢になるようなところもあるからだ。そして、知らな過ぎても自慢にならない。共感してくれる人がいないのだ。
下から話し声が聞こえた。聞き覚えのある声は・・・。下からその人が顔をのぞかせる。大嵐だ。
「まだ開いてないんですか。」
「うん。大嵐。鍵取ってきてくんない。」
「そこ違うでしょ。ここは公平にジャンケンで決めるべきですよ。」
「その必要はないよ。大嵐。」
今度は楠先輩の声だ。
「榛名。」
そのあとも言葉をつづけようかと思ったが、木ノ本の隣にいる人が見えた。恐らくこの人と話していて鍵をとりに行くことを忘れたのだろう。後で注意することにした。まずは部室を解放する。それに続いて柊木がやってきた。
(同じ学年の人・・・。)
学年ごとにスリッパの色が違う。3年生は赤。2年生は青。1年生は緑だ。それで判断した。
「君も鉄研に入るのか。」
話しかけてみる。
「えっ。まぁ・・・。」
相手からはこう返ってきた。
「何。翼。高校入ってそうそう彼女でもできたのか。」
ちょうど木ノ本に見られていた。
「そんなんじゃないですよ。」
「・・・。二人とも早く入りなよ。部室は狭いけど、いつもここで活動してるから。」
と言って木ノ本が部室の中に消えていく。
「確かに部室は狭いけど、鉄道好きにはたまらない部屋ってことは保証しとくよ。」
「えっ。」
(なんで。翼って言う子クラスも違うのに。やっぱ感覚かなぁ・・・。)
階段に置いていた荷物を持って部室入りした。
僕が部室に入る。
「あれ。人ひとり増えた。」
僕が気付いて誰かに振った。
「うん。隼結香ちゃん。高校生は4年連続で女子の入部だね。」
「うーん。まぁそうだな。」
僕は荷物を置いて、思い思いの席に腰掛ける。その頃には留萌も部室に入ってきた。留萌も同じことを言ってから何に詳しいと聞いた。
「音ですかねぇ。」
「・・・。」
留萌はそう聞くと自分の持っているPFPを取り出した。
「これ何だかわかる。」
と言ってある音声テープを流しだした。
「ヒィィィィィィィィィィィ、ゴォォォォォォォォォォォォン。」
音は最初は低く。一気にその太さを増す。
「これ300系のVVVFですよね。」
(当たった・・・。やっぱり本物だ。)
「じゃあ、次。これはどう。」
「フュフュフュフュフュ、コォーン。」
最初は控えめ。すぐに音が変わる。
「これは313系ですよね。」
「・・・。」
「これだけでここまでわかるのか。」
「じゃあ。これ。」
「ヒィィィィィィィィィーン、ヒュヒュヒュヒュヒュ。」
最初下がって。一気に上がる。
「これはE231系ですよね。最初に音程が下がって一気に上がるって言うのが特徴的ですから。」
「・・・。じゃあ。これは。」
「ヒィー、ヒュン、ヒュー。」
最初は低く。だんだん上がる。
「223系ですよね。」
「トゥン、ティン、トゥン、ティン、トゥン、ティン、トゥーン。」
高い音と少々高さを抑えた音が連続する。
「これは・・・全部答えたほうがいいですか。」
「・・・。なんでもいいよ。」
「207系と321系と223系と225系です。このミュージックホーンも特徴的ですから。」
(一番特徴的な883系のミュージックホーンなんてすぐにあてるよな。恐らく名鉄も分かるよねぇ。うーん。他にあたしが持っているのは・・・。)
「じゃあ、これ。」
「シャ、ラーラ、ラーラ、ラァァァァァァァー。フゥゥゥゥン。」
だんだん音程が上がる。
「京浜急行2100系ですよね。ネタでも尽きたんですか。」
「ウザいぞ。貴様。」
「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴー。」
最初からどすがある。
「あっ。吊りかけってずるいです。」
(VVVFしか分かんないのか・・・。)
「さくら。本当にネタ尽きたみたいだね。」
「隼最強すぎるもん。まぁまだ序の口なんだろうけど・・・。」
「ああ。でも私少しぐらいしか分かんないんです。世の中にはもっと知っている人がいますから。」
(確かに・・・。)
これを聞いたら楠先輩と醒ヶ井の開いた口がふさがらなくなっていた。確かに。僕たちが知っていることは本当に知っている人にとってしてみれば基礎中の基礎でしかない。そう世の中にはそういうレベルの人もいるのだ。
「隼は音としては何が一番好き。」
留萌のこの質問には少し考えていたが、
「やっぱり京浜急行の2100系です。あれのVVVFってなんか踊りたくなるような感じしませんか。」
(VVVFでそう感じたことはないが・・・。)
「うーん。まぁ人それぞれってことだな。」
「そうだね・・・。」
その頃・・・、
「ティン、トゥ、トゥ、トゥ、トゥ、トゥン。間もなく、上り、下り、両方面行きが参ります。」
(1002遅れてないか。2002(後輩)を待たせるなつうの。)
しばらくして反対側のホームに列車が到着する。
「ファァァァァァァァァ。キィィィィィィ。」
(なんで・・・。なんで2004・・・。ひどくないか。24分待てば2004(こいつ)が来るって・・・。)
すぐにそう思ったがそうでもないことを実感した。
(てことは。明日また1005。いい加減にしろよな。この頃1005にしか乗ってないじゃん。いい加減変われっつうの。)
「あー。もう腹立つー。」
「萌。どうかしたの。」
隣に座っていた黒崎が聞いた。さすがに隣に座っている人がわけもなく暴言を吐くとどうしても気になったりするだろう。
「えっ。また明日のるやつ1005だなって思っただけ。」
「うーん。その1005とかってどういう意味。いまいちよく分かんないんだけど。」
「うーん。梓にはなんて説明したらいいかなぁ。」
しばらく考えた。
「あっ・・・簡単に言うと・・・奴隷の番号と同じだよ。」
(いやな例えだな。)
「はぁ。最悪―。これで10日連続1005じゃん。もう飽きたよ。2002(こいつ)に乗るのも。」
「なんで。乗るのに飽きたら学校に行けないだろ。」
「違うって。もう1005と2002には当たりたくないから別のやつにしろってこと。当然2000形で。」
「・・・。」
(よく萌と電車乗るけどよく分からないんだよなぁ。萌って音だけで電車の形式区別したりするからなぁ。どこがどう違うんだろう。・・・。後見かけでも区別するかぁ。何がどう違うのかわからない人にはどういう基準で選んでるんだかわからないよねぇ。)
というのは今乗っているところの話である。今は新浜松に一番近い席。基本萌はこの席以外に座ろうとしない。しかし、時折座る場所は決まって西鹿島に一番近い席。絶対にそれ以外の席に座ろうとしないのだ。萌が言うのはほかの席は足が疲れたときにしか座らない席。そして、真ん中は揺れないし、音も届きにくいから楽しくないという。
(ここに座る意味がどこにあるんだよ。)
「次は、自動車学校前。自動車学校前です。」
アナウンスは次の停車駅を案内している。
「うーん。駅を飛ばす快感がほしい。」
「今度はどうしたの。」
「えっ。電車に乗ってて駅通過するときってなんかテンションあがらない。」
(ふつう上がらないだろ・・・。)
「って言っても梓にはわかんないか。」
頭に来るような言い方をされたが、分からないというのは事実だ。自分はただため息をつく以外やることがなかったようにも思えた。
翌日。6時52分。
(はぁ。本当に1005だ。これで11日連続・・・。私は1005(あんた)のことなんか好きじゃないわ。)
止まりかけようとしている電車に心の声でそう言う。
ドアが開いて車内に乗り込む。
「梓。安希。」
発車間際に乗ってきたのは黒崎と薗田だった。
「またこの列車。」
「だって。あっちには間に合いそうになかったもん。」
「・・・。」
黒崎は息を整えながら萌のほうを見た。すると視界にある文字が目に入ってきた。「1505」。車両形式を表しているものだが黒崎にはもちろんこれが何を意味しているかなんてわからない。
(そういえば。昨日もう1005には乗りたくないって言ってたなぁ。番号一つ違うけど、これのことなのか。)
車掌が歩いて行った新浜松側を見てみるが、何か様子が違うということもない。いったい何が違うのだろうか。
「萌。昨日座席のところのポールのあるやつに乗ったんだけど・・・。」
そのあと何を言いたかったのかは知らないが・・・。それを聞いた萌の目が明らかに変わっている。両肩に手を置いて、
「安希。100回死んで。」
と言っていた。
「なんで。」
恐らくその理由は・・・。やっぱりわからない。
もちろん理由はそれが2004だからだ。
今回からの登場人物
隼結香 誕生日 1994年7月20日 血液型 A型 身長 149cm
音に詳しいというのはこれだけではないことは承知です。
しかし、自分が知っているサウンド領域が狭いのが原因です。すみません。
どちらかというと僕は車両鉄なので。書いているキャラの中では留萌と永島が一番書きやすいです。