59列車 別れる前は
その日からというもの僕は離れにこもって模型をいじっていることが多くなった。12月に入ってもそれは変わらず。学校のある平日と奇数週の土曜日とオープンキャンパスの無い休日はほぼその状態が続いて、年を越しても変わらなかった。
1月もほぼその調子。2月もその調子のままだった。これが僕の11月からの習慣になった。
2月12日。
「・・・。」
(永島のやつ今度は何で元気がないんだよ。)
机にもたれかかっている永島に話しかけた。
「どうした。この頃いつもそんな調子だな。」
「なんで部活がないのかなぁって。」
(お前部活ないと生きてけないのか・・・。)
「なんていうかなぁ。このごろ部活ないしなんかテンションあがらないし・・・。うーん。なんかいい方法とはないかなぁ。」
(知るか。)
1年4組では・・・、
(あいつはとうの昔に・・・。それにこいつもあと見れるのはわずかかぁ・・・。本当にいっちゃうんだな。)
手に持っているのは「鉄道ファン」という鉄道雑誌。
「さくら。何見てるの。」
木ノ本にその本を見せる。
(2007年の4月って。結構前の見てるな。)
「どうしたの。それ。」
「家から持ってきたの。」
「・・・。」
「あっ。そうだ。明日500系でもとりがてらどっか行かない。」
(500系かぁ。もうすぐさよならだったよなぁ。)
「うん行こう。」
木ノ本もすぐにこの提案にのった。
放課後・・・、
「へぇ。名古屋とかにでも行ってくるのか。」
「うん。だから永島も一緒に行かないかなぁと思って。」
「・・・。」
ちょっと考えた。確かに500系はこのままだと乗らずじまいで終わってしまう。でもここはしょうがない。今から乗ろうとしてもチケットが取れるほうがすごいというレベルに達していることは間違いない。だが・・・。
「いいよ。」
(そういえば500系ならうちにも模型がある。それに本物は・・・。)
「そうか。永島だったらのってくれると思ったけど。」
「女だけの旅行に男子がついてくると思う。ここは私たちだけで行くことにしようか。」
留萌はそう言った。
その帰り僕の頭の中には500系を見たときのビデオが再生されていた・・・。
「智。もうちょっとゆっくり行けよ。」
「しゅんにいちゃん、はやくはやく。」
僕はその時広げれる中で一番大きく手を広げて駿兄ちゃんを呼んだ。
「そんなに急がなくても500系は行っちゃわないって。」
「えっ。なんで。」
「なんでっ・・・まだ時間じゃないから。」
「どういうこと。」
「・・・。」
駿兄ちゃんは少し考えたみたいだった。僕から目線をそらしてホームの何かを見たのだと思う。
「智。抱いてやるからこっちおいで。」
僕は駿兄ちゃんが差し出した手に導かれるように駿兄ちゃんに近づく。新幹線がよく見えるように駿兄ちゃんはいつも抱き上げてくれるのだ。その時は決まって新幹線が浜松駅を通過するときと決まっている。
抱き上げられてしばらくすると「キーン」という音に包まれてくる。東京方面から黄色っぽいライトをつけた新幹線が猛スピードで近づいてくる。普段から見慣れている僕はライトの位置でおおよその新幹線の区別ができた。真ん中らへんにあるのはおそらく700系だという見当をつけた。このときの僕が嫌いな「カモノハシ」である。
だがその予想は大きく外れた。車体は白ではない。紫色をしている。ということは・・・。
「500系。」
駿兄ちゃんが僕の耳元でささやく。その声を聞いたら動かずにはいられない。抱かれた状態から抜け出そうとする。駿兄ちゃんは抜けだそうとする僕をしっかりと抱いてくれている。
あたりが轟音に包まれる。このときしゃべっても声は届きづらい。その時発した声は轟音にかき消される。声をかき消しながら丸い車体の新幹線が通過していった。
16号車が僕たちの隣を通過すると同時に顔を新大阪方面に向ける。そして、浜松駅の陰になって見えなくなるまで見送った。
駿兄ちゃんが僕をホームにおろす。
「新幹線をご利用いただきましてありがとうございます。間もなく・番線に・・時・・分発。「こだま、・・・号」東京行きが到着いたします。」
反対側のホームと思われる。アナウンスが聞こえてきた。このアナウンスを聞くと駿兄ちゃんのズボンのすそをつかんで引っ張る。
「なんかくるみたいだよ。」
駿兄ちゃんは振り返るとちょっと笑った。もちろん僕にはこれから来るのが100系新幹線だとは思っていない。さらに気づいてもいなかった。駿兄ちゃんはわざと100系や500系を見に来ているのだ。このときの僕にはそれが分からないので駿兄ちゃんは神様のように見えた。
ベルが鳴って新大阪方面からとがった鼻の新幹線が入ってきた。その好きな顔を見て思わず叫ぶ。
「100系だ。」
「よし。智、おいで。」
また駿兄ちゃんが両手を差し出す。また抱いてくれるそうだ。駿兄ちゃんは僕を抱いて100系が止まっているホームまで急いだ。階段を上って100系がいるホームに来る。そのまま走って先頭車まで来た。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ。」
目を輝かせている僕の傍らで駿兄ちゃんは息切れしていた。
僕は運転室の中を見た。どこかで見たことのある顔だと思った。確か花巻という人だ。
「・番線。「こだま・・・号」。東京行きが発車します。ドアが閉まります。ご注意ください。」
ドアを閉めるブザーが鳴ってゆっくりと100系のドアが閉まる。
「ファーン。」
100系がいきなり声を発した。
100系が合図に答えてくれた。
僕は飛び跳ねたくて仕方がなかった。その気持ちを抑えてくれるように駿兄ちゃんが僕の肩に手を置いている。100系はゆっくりと走りだして、どんどんスピードを上げていく。16号車(本当は1号車)が過ぎていくと、僕と駿兄ちゃんの顔は同時に東京方面を向いた。
「バイバーイ。」
走り去っていく100系に手を振る。これが浜松駅に行った時の日課だった。
(あいつともお別れかぁ。)
3月と10月は鉄道ファンにとって決してうれしい月ではない。たとえて言うなら刃でもあるのだ。
翌日2月13日。浜松駅。
「結局寝台特急撮ってたのかよ。」
「いやあ。徹夜ってやっぱりしていいもんだね。」
「・・・。」
と話す木ノ本と一緒に今日は気まぐれにどこかまで行ってくることにした。豊橋までの切符を買って、電車を待つ。最初に乗ったのは311系。ここら辺で活躍する普通に乗ってまずは豊橋まで。次に一度改札を出て「青空フリーパス」という切符を買って再び構内に戻る。ここから先は新快速にお世話になる。名古屋まで行くと新快速を降りる。降りたら一度改札を出て入場券を買う。これで新幹線のホームに入り500系が来るのを待つ。
ここに来る500系は10時30分発「のぞみ6号」東京行きだ。名古屋には1分の停車。停車したらすぐに発車する。
問題の10時29分。新幹線ホーム14番線に500系が姿を現す。今自分たちがいる16号車付近にはたくさんカメラを提げた人がいる。目的はもちろん同じ。500系の撮影。撮影は停車の前から始まる。停車してからは撮影場所の取り合い状態。いいところをとらないと失敗作を生む。もちろん他の人と譲り合うのは当たり前。自分に回ってくる少ないチャンスをものにする。
10時30分。500系のドアが閉まって名古屋駅を後にしていった。
「行っちゃったね。」
木ノ本が隣でつぶやいた。
「・・・。」
今は言葉を発することができない。
(俺はまだ走りたいのに・・・か。かわいそうだよなぁ。)
走り去っていく音がどうしてもそう聞こえてしまう。
(あいつもこの時どういう気持ちだったのかなぁ。)
もし自分がその時から注意していれば、あいつの声も聞けたかもしれない。今ふと思った自分を悔やんだ。もうあいつはここには帰ってこないのだ。
そのあと新幹線ホームから出て、在来線のほうに回る。次に来る500系は折り返し「のぞみ29号」博多行き。この列車が京都に着くのは14時50分。米原の通過はその20分くらい前の14時30分ごろ。このときに新幹線ホームにいればまたチャンスがある。木ノ本にそう提案されて、米原に向かうことにした。
米原までは普通でゆっくりと行った。岐阜で米原まで直通する特別快速を待って米原に着いたのは11時20分だった。
到着した2番線の反対側には223系が止まっていた。新快速姫路行きだ。
「留萌の好きな223系だっけ。」
木ノ本が話しかけた。留萌はその223系をちらっと見た。
(側面にビードがない・・・。)
「あれは違う。2000番台。少なくとも私のタイプじゃないわね。」
「・・・。」
313系を降りて、前のほうに回ってみる。木ノ本でも223系の違い位は分かる。ヘッドライトの形状が留萌の好きなやつとでは違うということを認識した。
「しかし、雨とはなぁ。関ヶ原のあたりは一面雪で覆われてたのに。」
「これじゃスプリンクラーもなしだね。」
「・・・。天気のバカ野郎―。」
叫んでもどうしようもないことだ。
まずはホームにある立ち食いソバ屋を見つけて食事。さっさと終わらせて、6番線の来る列車を撮影。と言ってもきたのはさっきと同じ2000番台だった。
(仕方ないんだよなぁ。V編成だけでも53編成、W編成だけでも30編成あるからなぁ。)
「さっきと同じじゃん。」
傍らで木ノ本がつぶやいた。
「留萌の好きなやつっていつになったら・・・。」
「バカか。あれは大阪から和歌山にかけてでしか動いてない。」
「怒んなくたっていいじゃん。」
「あっ。ごめん・・・。」
(米原に0番台かぁ・・・。)
ちょっとその姿を想像してみる。
(あわん。うん。やっぱりここに来るのは1000番台か2000番台のほうがあってる。)
ベンチに座って雑談。時間はまだ12時を少し過ぎたところ。500系が折り返してくるまでまだ2時間以上ある。その間にネタが尽きてしまうだろう。
「間もなく、3番乗り場に、新快速、姫路、行きが、8両で、参ります。黄色い線まで、下がって、お待ちください。・・・。」
「また223系だ。いっぱいいすぎて見飽きるよ。」
「・・・。今度は223系も空気を読んでくれたみたいだな。」
最初この意味は分からなかった。
近づいてくる223系はこれまで見てきた223系とはなんか違うというのはヘッドライトの光方で読み取った。ヘッドライトすぐ下にある空間がないように見えるのだ。
「1000番台。」
下についているテールライトの位置がはっきりする。
「ホントだ。よく分かるねぇ。」
「感覚で番台見分けるっていうのも結構難しいんだよ。特に共通運用は。」
「へぇ。」
留萌が言うこういうことには感心するしかない。自分は運用についてはまるで知らない。分かっていることというと名古屋圏で運行されている快速列車はすべて313系ということぐらいだ。
しばらく3番線にして新快速を見送る。時間はまだあってまた雑談。その間にまた1000番台が来たのでそれも撮りに行った。そうしている間に時間は14時20分になった。
新幹線ホームに言って500系の通過を待つ。通過した後は東京寄りまで歩いて行った。そこまで歩いていくとさっきの名古屋と同じようにカメラを提げている人が一人いた。
「何か待ってるのかなぁ。」
その姿を見て留萌が話しかけた。
「何か待ってるって。何を待ってるのよ。もう500系は行っちゃったし待つものもないんじゃない。」
「それはそうだけどさぁ。まだ珍しいものが来るとか。」
「それはないだろ。団体列車じゃあるまいし。」
二人でゆっくり歩いてきたため時間は40分ちょっと前を指している。この間に通過していった新幹線は1本。N700系だった。
しばらく東京方面を向いたままでいる。
「フュウィィィン。」
どこからか警笛が聞こえた。
「えっ。」
普段聞いている警笛とは感じが違う。
(何。今の。なんか自分もまだ走れるのに。って言っていたような。)
「まだ俺も走れるのに。そう聞こえるとでも言いたいんだろ。」
ずっと黙って東京方面を見ていた人が口を開いた。
前後書きに「テキストではなくピクチャ0でとらえるほうが情報量が多い」というようなことを書きました。
そこでこの小説をテキスト(文字)ではなくピクチャー(絵)を想像してこれから読んでみてください。
しかし、絵を想像するには説明文が足りませんので、読者それぞれが考えた個性的なキャラクターを想像してください。
とここでこのことに触れるのもなんですが、
女子のスカート丈。もし想像するなら大体膝あたりまでとしてください(制服の時など)。