47列車 持久走
後期に入って最初の金曜。10月2日。
「今日は持久走かぁ。」
隣に座っている宿毛がため息をついた。今は遠江急行1000系第4編成の中。
「そうだな。お前制服の下に体操服着てるのか。」
「着てねぇよ。その代りっていう感じでシャツは着てるけど。」
「それって駄目だよなぁ。校則的に。」
「・・・。かたいこと言うなって。ていうより俺は持久走よりも四ツ谷が今日もノート出せって言わないかっていうほうが心配。今日はやってきてないから。」
「あっ。まだそれやってたんだ。」
「我ながらよく続いてると思うよ。」
「・・・。」
今日はまず学校ではなく持久走を行う。岸川学園では新体力テスト持久走は学校ではなく別な場所で行っている。浜松球状の近くにそのグラウンドがあるらしいが。
その場所は江急上島が一番の最寄り駅。その数百メートル東に遠州鉄道の上島がある。上島で1004から降りて、改札を出て、駅の外に出る。駅を出るとすぐに道にぶち当たる。その道は幹線道路から外れているので車の数も少し少ない。
「そういえば、今日ふつうに金曜日だったな。」
その光景を見た宿毛が自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
グラウンドのある方向に歩いていくとすぐに坂がある。その坂を上ると片側2車線の道路が現れる。確か名前は飛龍街道だったはずだ。僕は道には全く詳しくない。覚えている道といえば家から駅まで行く道と学校まで通う道だけである。
数分すると目的地であるグラウンドが見えた。そこにはまだだれも来ていない。来ていたのは陸上部の人だけ。クラスの陸上部員希望君も来ていた。すると希望は僕たちのことが目に入ったみたいでこちらに歩いてきた。
「よーす。お前ら早いなぁ。」
誰もが言ってくる第一声がこれなっている気がするが・・・。
「ああ。電車混むしな。」
「学校もいつもこれくらいに来てるのか。」
「うん。そのあとの混むから。4号車でも。」
「・・・。なるほどな。さすが鉄研だ。」
そういうと希望は後ろの観覧席らしきところを指して、
「あっちの席のところに俺たちの座る場所があるからそこ行っときな。」
と言った。
希望が言ったところに行ってみると1組から順番に紙が貼ってあった。ここに座れという意味である。全席指定であるというのはちょっと気に食わないが・・・。
8時30分になるまでの間に1年生が集合しきったと思う。でも、自分がそう思っているだけに過ぎない。ふつうに遅刻してくる連中はまだいる。その人たちの集合が終わってようやっと本題である持久走に入った。
最初は当然のことだが準備運動。準備運動をしたら一周走る。もちろんアップなので飛ばす必要はない。それが終わると観覧席に戻って人休憩。その頃には最初に走る特進コースの男子が準備していた。
「はぁ。走るのダルい。」
「だるいとも言ってられないんじゃないか。これクリアしないと体力テストいい結果なんかでないぜ。」
「結果なんてどうでもいいよ。だって走れば問題ないんだもん。途中で歩いたりしなければいいだけじゃん。」
「・・・。根本はそこかもしれないけど。」
「1年5組と1年6組男子の前半。移動しなさい。」
アナウンスが入って僕の周りにいる男子が席を立ち始める。
「俺たちも行くか。」
宿毛が促した。
観覧席からフィールドに降りて、今走っている1組男子・2組男子・3組男子の前半の邪魔にならないようにトラックの真ん中に入る。
「1位は間違いなく希望だよなぁ。」
独り言を言った。
「希望かぁ。そうだろうな。早そうだもん。」
そう言っていた会話は希望には聞こえていたらしい。
「そうとも限らないってことはこの世の中多いんじゃないか。俺の予想じゃ1位は新城だな。」
「なんで。」
「俺どちらかというと短距離だから。長距離苦手なんだ。だから1位は新城。」
なんか意外だった。
3組男子の後半と4組男子が走り出したところで次が僕たちの番。それまでの間僕は宿毛と話していた。その中身は何のたわいのない話。その話の間にこのグループのトップがゴール。記録は5分を切ったらしい。しきりにそういうのが聞こえた。
次は僕たちの番だ。スタートラインに並ぶように促される。
「これってビリっていうのとトップっていうの嫌だよなぁ。」
「お前はクラストップなんだからこれでもクラストップ取りに行けよ。そうすれば女子にモテモテだぜ。」
「そんなことしたくねぇよ。目立つから。」
(いや。今でも十分目立ってると思うけど・・・。)
その会話を交わした直後。スタートの号砲が鳴った。
それと同時に全員が走り出す。この中では比較的前のほうにつけた。そのあとは前の人を見据えてただ引っ張られていくだけ。どこまでついていけるかは持久戦だ。
1周で400メートル。2周で800メートル。1500メートルある持久走はこれを3周と4分の3周する。ゴールは観覧席の一番南寄り。ここまで走って順位表をもらい先生に提出する。それが僕たちのタイムとなる。
1周目は少々速いペース。2週目からペースがだんだん落ちてきて、3周目ではへとへとの状態。これは自分の配分が悪いだけだ。そう自分に言い聞かせた。何とか走り切ってゴール。タイムはゴールする前にチラッと見た。5分58秒。
ゴールすると態勢が崩れた。ももに手を置いて息を整えようとするが、こんなすぐに息が整うわけない。足を動かそうとすると思うように動かない。とても足が重いのだ。そんな足で何とか記録員のところまで行って9と書かれたカードを提出。そのあとは周回遅れの邪魔にならないように観覧席側に戻る。
戻っている間に宿毛が話しかけてきた。
「はぁ。永島。お前何位。」
「9位。」
「そうか。7位。」
「そもそも体力テストで勝負って無理じゃん。俺よりお前のほうが成績いいんだから。」
「そうでもないだろ。数十秒くらい差があるんだったら別だけどこんな僅差で得点が違うってことはありえないんじゃないのか。」
「ありえねぇけどさぁ。ボール投げとか俺致命傷なのが多いしそういうところで逆転とか無理ってこと。」
「ハハハ。」
ところどころ途切れながら肺の中に酸素を送り込む。僕は靴のつま先をずりながら観覧席のところまで行った。
「はぁ。疲れたー。」
自分の荷物が置かれている席に座ると大きな声を出した。
「他がびっくりするだろ。ちょっと抑えろって。」
「はぁ。」
宿毛がそう言ってもとうの自分にはその気はさらさらない。吐く息のついでに声も出した。
「ああ。この後授業だろ。」
「そうだな。」
「ああー。だるーい。なんで持久走走った後に授業あるんだよ。なくていいじゃん。帰らせろ。」
「・・・。今日部活とかないのか。」
「ないよ。」
だが、すぐにあることに気付いた。
「あっ。て。明日だった。なんで今日ないんだよ。」
すぐにだれた。
11時ごろ。ようやっと持久走が終了。ここから帰れると思うのは大間違い。何度も言っているが午後は授業があるのだ。
「永島。学校までどうやってく。やっぱりバスか。」
宿毛が提案してきた。路線バスはこれまで出雲工業のオープンキャンパスに行って以来使ったことがない。実に1年以上路線バスに乗っていないのだ。観光バスはというと臨地研修の時に乗った。そんな話はどうでもいいか。
「なんでバスなんか使うんだよ。混むじゃん。」
「そういう理由でバス使いたくないって落ち。」
「うん。」
「・・・。あっ、そう。じゃあ学校まで歩いてくのか。」
「まぁ歩いてくけど・・・。」
(そう言えば上島から涼ノ宮って3分かかったなぁ。そんなに距離があるようには見えないけど結構あるのかなぁ。だったら上島まで戻って電車で行くっていうのも手かぁ。・・・。まてまて。確か今日は1000系に乗ってきたんだよなぁ。もしここでまた1000系が来たら。それに当たらないためにはこのまま歩いていくほうが賢いかぁ。)
「まぁ、どうした。」
「なんでもない。よし歩いて行こう。」
(これ絶対何か考えてたよなぁ。)
いつものこと。そう思った。
1組から順番に会場を出ていく。会場の西側はちょっとした坂になっている。その坂を上りきると道が西へ延びている。それを曲がらずにまっすぐ行くと学校に通じている道に突き当たる。その交差点を左に曲がる。近くには欅町西のバス停がある。そこにはさっき出て行った人たちの姿もあった。バス停には帰りの岸川高校前みたいに人があふれていた。
「あすこまでしてバスに乗る気が起きるのが信じられないな。」
(おいおい。)
「バスは二酸化炭素を吐き出して地球温暖化に貢献してるんだぞ。そんなのに乗るなぁ。」
(そこまで言うか。)
「・・・。地球温暖化に貢献してるって。確かに二酸化炭素を排出してるならそういうことになるかもしれないけど貢献って。俺が思うにその貢献度数が一番高いのは車とかバスじゃなくて飛行機だと思うが。」
「よし。じゃあ、飛行機を核爆弾で・・・。」
「お前の破壊論は核爆弾以外ないのか。」
「えっ。他にもあるよ。ロケットランチャーとか対戦車ライフルとか火炎放射器とかマシンガンとかレーザーキャノンとか。」
(こいつにまともなんて言葉はないかぁ。俺がバカだった。)
ずっとこんな話をしていたわけではないが、話をしながら学校を目指す。学校へ歩いている間に数回バスに追い抜かれていったがそのバスはほとんど岸川の生徒で込んでいた。そのたびに僕は「地球温暖化に貢献している。」という話をした。
そんなことで30分ほど。岸川学園に到着した。1年5組のクラスにすぐに向かった。クラスには自転車で先に着いている佐久間の姿もあった。
「永島。お疲れ。」
「ああ。疲れたよ。」
「そうだ。お前何位だった。」
「えっ。9位だけど。ていうか佐久間もともと陸上部だったんだし、お前のほうが速いんじゃないのか。」
「そんなことないって俺は21位。」
「ウソ。俺より遅いんだ。」
「お前気づいてなかったのか。俺たちがゴールした後に佐久間が走ってたこと。」
その時を思い出してみる。
「あっ。そういえばそうでした。」
「・・・。」
「俺時々わからなくなるんだよなぁ。こいつ本当は天才なのか。それともバカなのかって。」
「ハハハ。」
「だからそれはバカって・・・。」
「まぁ、そうなんだろけど。」
僕の言葉を遮るように宿毛が言った。
「ハハハ。早いところ弁当くったらどうだ。」
「ああ。そうするよ。」
「あっ。」
その声に反応して佐久間と宿毛が僕のほうを見る。
「弁当持ってくるの忘れてた。」
「・・・。」
「それヤバいじゃん。」
「まぁいいや。昼くらい一度抜いたって死にはしないからなぁ。ハハハ。」
「・・・。」
(どういう考えで生きてるんだ。こいつは。)
これで新体力テストも終了。次は明日ある部活どうだ。
今回からの登場人物
希望
ある教科担当の人は言いました。
「テキスト(文字)としてとらえるよりピクチャー(絵)としてとらえたほうが覚えやすい。」
最もですね。この中に登場する車両・列車はすべて実在した。または実在しているものです。今はインターネットで簡単に調べられますから、本作のテキスト(説明文)をピクチャー(写真)としてとらえてください。写真を見たりすれば、少しはどこを説明しているのかつかめるのではないんでしょうか。