40列車 終了
臨地研修終了から数日。
「へぇ、行って来たのかぁ。榛名達ってホントに楽しそうだな。」
「さくらも来ればいいのに。」
「いや、私は練習あるし・・・。」
「そうか。そうだね。練習頑張ってこいよ。」
かるくさよならを言って別れる。
(榛名・・・。私ソフト部辞めて、鉄研いくことにしたから。友紀も榛名も分かってくれるよね。)
木ノ本の後姿を見送りながら、遠くで聞こえる足音を聞いた。
そして、僕は何をしているかと言うと、離れにある模型部屋に来ていた。
「智って本当にここ好きだな。」
「いいじゃん。駿兄ちゃんだってここが好きなんでしょ。」
「まあ、人のことは言えないか・・・。」
しばらくの間、自分の前を走る鉄道模型に目をやり、その迫力に惚れる。
「そいや、行って来たんだろ。どうだった。」
「夜行バスは寝れるようなもんじゃない。」
「それだけかよ。」
「先輩が言ってましたけど、夜行バスは眠り薬を持って乗るもんだって。なんかそれが分かった気がした。」
「ハハハ。それ鷹倉の言い分だろ。」
持ってきた383系「しなの」の模型をレールに置きながら笑う。
「まあ、いいじゃねぇか。楽しかったんだから。萌にもそのこと言ってやったらどうだ。」
「もう言ったよ。」
「だと思った。」
その後は持っている模型を走らせることだけにひたった。
ずっと離れにこもっていた生活が終わる9月1日。40日。多分それくらい。久しぶりに岸川学園に向かった。
自転車をひたすら西にこいて遠州鉄道の芝本踏切を通過。また少し自転車をこいで行くと高架橋になっている遠江急行が見える。駅舎の下は程よい大きさのスペースがある。ここは駐輪場として活用されている。よっぽど東風が強くない限り雨は降りこまない。高架橋が大きな傘の役割をしている。ちょうど真ん中あたりに自転車を置いて、鍵をかける。鍵をポロシャツの胸ポケットに入れて、カードタッチ式の改札を通り抜け、階段を上がる。
「よーす、永島。」
階段を上がったところにいたのは宿毛だった。
「おーす。」
「ちゃんと来たな。お前のことだから、家でずっと模型いじってて学校に来ないかもなぁって思ったよ。」
「人をひきこもりみたいに・・・。俺そこまでひどくないからな。あくまで暇なときに遊んでるだけ。」
「暇な時って。毎日遊んでるようなもんだろ。毎日同じ遊びしてて飽きないのか。」
「飽きないんだからいいじゃん。楽しければそれでよし。」
「永島らしいなぁ。そういうのは・・・。」
しばらくホームから目の前にある線路を見下ろして、
「なぁ宿毛。今日って授業あったっけ。」
「あるわけねぇだろ。お前バカか・・・。バカかじゃないか。バカだったな。」
「ないか。よかった一瞬忘れたかと思った。・・・。話変わるけどさぁ、ここから乗るのやめない。」
「どうしてだよ。」
「いやあ。浜松行った時混むから。ずっと乗ってて分かったんだけど、鹿島側に乗るのが一番賢いかもって思った。」
「あっちだったら混まないのか。」
「大体ね。」
言い始めたか言い始めなかったぐらいの時に列車が接近してくるというアナウンスが入った。40秒ほどたって西鹿島のほうから列車がやってきた。10日ぶりに見た車両はなんかどこかで見たことのある車両に思えた。
(311系・・・。改めてみると似てるなぁ。兄弟。)
高架橋の線路の継ぎ目を「チャチャ、チャチャ」っと軽快にたたく音に混じってだんだん低くなっていく音が入る。
(2000系。第6編成。)
入ってきた車両の浜松側1枚目と真ん中2枚目のドアの間を見る。そこに書かれていた数字は「2106」。遠江急行が所有する2000系という車両グループ。第6編成の制御車。この数字だけでここまで読み取ることができる。もちろん、ここまで読み取れるようになったのは岸川高校に通い始めてからだが。他にどんな付番をしてあるかというとこの第6編成の場合浜松側から2106+2206+2306+2406と付番されている。それぞれの車両の意味は制御車+電動車+付随車+制御電動車。それぞれの数字でそのことを示している。
さて、少し話がそれた。2000系は小さくキーという音を立てて停車。僕たちの前には2406の一番鹿島寄りのドアが前に来た。ドアが開くと同時に視覚障害のある人のためになる音が出る。車内に乗りこんで僕から見て左手に体を持っていく。こっち側には4人ほどが座れるロングシートがある。一方反対側はというとこちらも同じロングシートがある。違うのは長さだけである。
「宿毛。宿題片付けた。」
一番乗務員室に近いところに座る。
「ああ、生物の宿題ははっきりどうでもいいって思ってほんの数ページしか片づけてないけど、他のはちゃんと全部やった。」
「真面目なんだな。」
「・・・。何。永島は全部終わってないのかよ。」
「読書感想文以外全部終わってる。」
「・・・。お前。読書感想文一度も出したことないよなぁ。」
「だって面倒だし。それに四ツ谷のあれ見ると読む気にもなれないって。」
「だな。あれ見て読む気になる人がおかしいと思うよ。俺だってあれほとんど読んでないし、落ちて当たり前って思ってるけどなぁ。」
「・・・。」
「永島・・・。」
反応のない永島のほうを見てみると、永島は乗務員室のほうを向いていた。どこに目をやっているのか多少気になる。その視線の先をおってみるとメーターがいくつもあった。その中で真ん中にあるメーターがアナログとデジタルで82km/hと示していた。
(ああ。これ見てるのか。)
心の中でつぶやいた。
しばらくはしって芝本の次駅南高島に停車。数十秒の停車後発車。そして次駅美薗に停車。しばらく停車して、また発車。ちょっと走って小楠に停車した。
「永島。乗り換えないのか。」
宿毛が席を立ちながら言う。
「いいよ。たまにはゆっくり行こうぜ。急行混むし。」
「本当に人ごみ嫌いだな。」
「それもあるけど・・・電車に乗ってきてドア付近に固まる人も好きじゃないんだよねぇ。特に朝のラッシュの時とか。ドア付近メチャクチャ混んでるのにシートのところはすいてる。これある意味のいじめじゃない。」
「いじめって。誰対象に何をやってるんだよ。」
「えっ。降りる人対象に降ろすまいとしてる。」
「・・・。」
「でも、東京とか大阪とかそういうことないんだよなぁ。ここだけだよ。ドアに固まってそこから動かないの。」
「だから、東京と大阪とここを比べられても・・・。」
「ああ、あと時折クソKYなやつもいるよなぁ。電車の番号が見えないつうの。前通るんじゃねぇって。」
「だから・・・。」
そんな話をしていた。
その頃・・・、
(ヤバい。今日も間に合いそうにないや。また遠鉄かよ。でもまぁいいか。帰りはふつうに分かるんだし。)
小ぢんまりとしたスーパーの駐車場を横切って西側にある搬入口らしきところを自転車で通過。すると線路が自分の右隣にくる。ちょっと走ったところに駐輪場がある。そこに自転車を置いて、駅に向かった。
(今7時02分。よかった30系じゃなくて。)
内心そう思った。
ホームにはすでに友達がいた。端岡という人である。
「夏紀。よーす。」
「あっ、萌。」
「ああ。新学期そうそう遅刻かと思ったよ。」
(今この時間で遅刻を心配するのもどうかと思うけど。)
「遅刻って。まだたっぷり時間はあるじゃない。」
「いや、たっぷりあるように見えてたっぷりないんだよ。7時04分の電車が行っちゃったら次は7時16分。12分待つのもつらいし、その列車の車両30系だよ。」
「だから何。」
「だから何って。4両編成中にドアが8枚しかない車両に乗りたいと思う。この朝メチャクチャ混む時間に。」
「・・・。」
(ほんと。萌と永島君って同類だわ・・・。)
今日9月1日はこんな感じでスタートした。まだ、2学期の鉄道研究部は指導しないが、そのうち指導する。僕は授業が始まる次の日より、その日のほうが待ち遠しい。もちろん。このときにはそれしか考えてない。
9月中旬。9月11日。お昼休み。
「今日部活あるって。さっきアド先生がそう言ってた。」
「へぇ。2学期も今日からスタートか。」
「永島。今日は塾でいけないって言っといて。」
「ああ、今日は髪切りに行かないと。」
「ごめん、今日はいけそうにないから。」
木ノ本、醒ヶ井、佐久間、箕島の順に回答を得た。
「バカたれ。それ伝えるの全部俺だぞ。」
「いいよ。私もいるし。醒ヶ井は女の子と遊んで、佐久間が床屋に行って箕島は・・・。」
「とても話せる内容じゃないから・・・。」
「なら家庭の事情と。」
「おい。ちょっと待て。俺が休む理由女の子と遊ぶってどういうことだよ。」
「だって、醒ヶ井って彼女募集中だろ。彼女募集するために自分から行くんじゃないのか。」
「誰がそんなことするか。」
「分かった、分かった。」
僕がその中を仲裁する。
「理由は「じゅくじょ」と遊ぶな。」
「おい、余計ひどくなってる。」
「大丈夫。響きは悪いけど漢字は塾に女だから。つまり同じ塾に行っている女の子。」
「・・・。」
「じゃあ、そう伝えておくから心配しないで。」
「心配だわ。ボケ。」
そんなこんなで放課後。
「さてと、私も早くいこうかなぁ。」
独り言を言って、カバンを腕に通した。さっさと立って教室から出ていく。
「・・・。」
「留萌。私たちも行こうか。」
「えっ。うん。」
(榛名。この頃とっても楽しそうだよなぁ。私もああいう風になりたい。なら・・・。)
心ではそう思っていても、体が言うことを聞かなかった。
いつものようにグラウンドに出て、練習をした。
(はぁ。なんで言えないんだよ。私のバカバカバカ。ただ友紀にそうしたいって言えばいいだけの話じゃない。なのに。なんで。こんなに言いづらくなってるのよ。)
「留萌。そっちに行ったぞ。」
そう言われた時にはもう遅かった。ボールは自分の足の間を通り抜けて行ってしまっていた。
「おい、今のボール取れないんじゃだめだぞ。どうしたんだ。」
「・・・。すみません。」
(留萌・・・。まさか、これって木ノ本の影響。だったら・・・。)
普段と様子が違う。このことはソフト部の誰もが気付いていることだろう。しかし、ここまで思っているのはおそらく自分ひとりのはずだ。
(久しぶりの部室だなぁ。)
そう思いながら、体育館の外側にあるドアに手をかけた。
「ちょっと。木ノ本さん。」
誰かが自分の名前を呼んだ。その方向を見てみると誰かが息を切らして、こちらに向かってきている。
「永島いる。」
その人はそばまで来るとそう言った。
「永島。あいつだったら部室にいると思うけど・・・。」
「ちょっとそこまで連れてって。」
彼はそう言った。
部室のドアを開けてみると先輩たちがいた。相変わらず集合だけは早いのである。
「おーす。ナガシィ。よく来た。夏休みに間死んでなかったか。」
「死んでませんよ。楽しいですから。夏休みの間は家の模型いじり放題。」
「・・・。」
そう言い切ったか言い切れなかったぐらいの時だった。部室のドアが開いた。振り向いてみるとそこにいたのは木ノ本と宿毛だった。
「宿毛。どうしたの。」
「永島。教室集合。」
「えっ、何で。」
「いいから。理由は後で話す。」
宿毛はそういうと僕のバッグを持ってすたすたと走っていった。僕はそれを取り返そうと宿毛の後を追った。
「永島連れて行かれちゃったよ。」
「ついに四ツ谷が本気を出したか。」
「嫌すぎるなぁ。」
体育館から出て、駐車場を横切り、北校舎と南校舎の間を通り抜け、昇降口を通る。宿毛はそのまま教室のほうに行ったらしい。昇降口から右にかじを切って突き当ったら左にかじを切る。教室のドアに手をかけようとした時、クラスの人が全員何かやっているのが目に入った。
「永島。いくらできるからって抜け駆けはダメだぞ。」
そう言ったのはクラス担任の四ツ谷先生だ。四ツ谷は何かプリントらしきものを僕に手渡した。
「それにひたすら書け。200ページになるまで。」
「・・・。」
(四ツ谷の夏休みノート200ページと補修は本当だった。)
そう思いながら、自分の席に行ってシャープペンを走らせる。これはとてもきつい。今までノートを出した回数実に0回。クラスの中には宿毛以外に今でもこの死の学習ノートを出している人はいるらしいがその数は多い日で5冊。少ない日は2冊。もう出さなくてもいいのではないかという提出率だ。
何を書いていいのかわからない。だから、自分の持ちネタを書くことにした。これで少しはその痛みが和らぐ。書いているとだんだん右手と右腕が痛くなってくる。少し手を休めながら、自分にしか聞こえない程度の声で歌を歌いながら、乗ってやる。でもこの行数は多い。ためしにその行数を数えてみた。
「1、2、3、4、・・・56、57、58、59、60・・・。」
(数えるんじゃなかった。)
書く気が一気に失せた。しばらくシャープを置いてそのままでいる。ドアを開ける音がして、四ツ谷先生が教室から出て行った。すると、これまでシーンとしていた教室は少しにぎやかになった。先生という重圧がなくなったからだろう。
「永島。お前バカだろ。」
隣の宿毛が話しかけてきた。
「の前に教室に集合ってこのことだったのか。」
「ああ。四ツ谷返ったやつ全員連れ戻して来いって言ってな。俺が同じ中学だからっていう理由で連れ戻しに行けって言われたわけ。」
「なるほどなぁ。でも、やっててこんなにダルイもんってないだろ。」
「あるわけねぇだろ。俺も夏休み分50ページくらいは片づけたけど、それだけでも死んだ。」
「やる量がハンパじゃないんだよ。ノート一日5ページやってくるそんな勉強バカいるかつうの。」
「いるかもしれないぜ。一番やったやつは佐久間で185ページって言ってたからなぁ。」
「佐久間。何気にすごいなぁ。」
「うん。俺もそれには感心した。」
「宿毛。これどこどうやったらごまかせるかなぁ。」
「ごまかすって。どうやってごまかす気だよ。」
「えっ。宿毛が今までやってきたノートを自分がやりましたって言って提出する。」
「お前。セコイ。」
お互いシャープを走らせながら、文字を書いた。
「そういやあ、お前さっきから何書いてるんだ。」
「電車の駅とか名前とか。」
「そんなの覚えて何になるんだよ。」
「電車の勉強。」
「学校の勉強しろよ。」
「だってしたくないもん。あんなのやったって使うっていうのはほんの少ししかないんだからさぁ。だったら自分の趣味覚えたほうが100倍楽しい。」
「ある意味うらやましいなぁ。そう考えれる頭が。」
「どういう人間でもそういうこと考えるよねぇ。ふつう。」
「考えるけどさぁ。」
「ああ。部活いきてぇ。家帰って模型いじりてぇ。誰だよ。夏休みノート200ページとか言ったやつ。」
「それ。四ツ谷の前で言ったら殺されるぞ。」
「あ、そうか。殺されたら元も子もないから、じゃあ、ボイコットして帰るか。」
「ボイコットねぇ。実際帰ってる人もいるけど、それやったらつけが怖いだろ。」
「ですねぇ。俺はそこまで度胸ある人じゃないし。」
話しながらでも、数行は埋まっていく。
「今まで何行書いたのかなぁ。」
「数えるなって。また書く気失せるだけだぞ。」
「・・・。13。まだ13行しか書いてないの・・・。もういいや。やーめた。」
「だからやめろって言ったのに。」
「でも・・・。とりあえず出されたものはやるかぁ。」
「・・・。永島。」
「何。」
「時折お前のことが天才なのかバカなのかどっちなんだって思うときがいっぱいあるんだけど。」
「じゃあ、そこは俺イコールバカって思っててください。」
どこかで聞いたことのあるような声を出した。
「・・・。」
18時。
「はい。それじゃあ、終わってください。」
ようやっとこのノート地獄から解放される。
「あれ、200ページ終わるまでやるんだって。」
「無理じゃん。あの60行のやつが200ページ。・・・。12000行。今日終わったのが60行。単純にあと200日かかる計算じゃん。ああ、気が狂う。そこまで持たせるための鉄道ネタないし。」
嘆きながら門まで歩いて行った。
「あれ、永島。部活にはいかないのか。」
「四ツ谷のおかげで行く気失せました。」
「ある意味究極の兵器だな。」
「兵器かぁ。その兵器を核爆弾で破壊すれば・・・。あ、でも核爆弾だけじゃまだ手ぬるいか。戦艦大和と武蔵からの艦砲射撃とB-29からの爆弾攻撃。これでこの学校は壊滅する。ハハハハ。」
(残虐化した。)
「あ。ついでに要らない車も処分するか。」
「・・・。」
昨日でユニーク数「成田エクスプレス」(253)になりました。なんかうれしいです。ちょっと前は223でした。このままいったら485で止まったりして・・・。
補足します。タイトルが終了となっていてもまだ終わりませんよ。