37列車 大阪にて
時計を見てみる。指していたのは2時56分。
(あと4時間くらいどうすればいいの・・・。)
今この時間まで起きていたことは初めてだ。どっかで記憶が飛んでくれればいいのだか、なかなか思っているようにならない。僕はいつになったら眠れるのだろうか。下手をすると電車の中で寝てしまうことになる。どうしてもそれだけは避けたい。
後ろを見てみる。僕は夜行バスの真ん中くらいの通路側の席に座っている。後ろは真っ暗だった。霧に包まれているわけではないのだが、何だか怖く感じた。そんなに臆病なつもりではないのだが・・・。
それから何分経っただろうか。夜行バスはどこかのサービスエリアに入った。車内灯がつけられたが、起きたのは僕だけだった。
バスの外に出て伸びをする。ずっとバスという監獄の中にいたのだ。エコノミー症候群になる人の気持ちが分かる気がする。
「ああ、眠い。」
ふと声が漏れた。
(こんなんで耐えられるのか。)
自問自答した。
5時00分。今いるところがどこかは分からない。バスの進行方向に夏の太陽が昇り、バスの中を少し明るくした。
(早く着いてくんないかなぁ。)
今がとても暇な僕に5時という時間は牙をむいていた。
6時34分。大阪の中心部に到着する。本当はこんなに早く着かないのに・・・。
「皆さん。ここに14時30分に集合してください。」
バスを降りて少し歩いたビルの下で集合場所の説明がある。この集合の説明を受けたら、また自由行動だ。
「永島。「きたぐに」でも撮りに行くか。」
木ノ本が誘ってくれた。
「うん。早く行こうぜ。」
「あのう、「銀河」も見れるんじゃないんですか。」
「ああ、「銀河」もあったか。」
説明しよう。今話しに出てきた「銀河」とは、東京~大阪間を走っている夜行列車の名前である。24系客車という「寝台特急」に使われている車両が充当されている。また、日本に数少なくなってしまった急行列車の一員でもある。
もう一つの「きたぐに」とは、大阪~新潟間を走っている夜行列車の名前である。この列車も「銀河」と並ぶ急行列車で、今も定期運行をしている貴重な存在である。この「きたぐに」に充当されている車両は583系。日本ではもうこれでしか味わうことのできない3段寝台も備えている。なので、この意味でも貴重な存在なのだ。
「何言ってるんですか。「銀河」撮れるわけないでしょ。大阪着7時19分なんですから。」
朝風が入れ知恵する。
「あれ、「銀河」ってそんなに到着する(くる)の遅かったっけ。」
「ええ。それに7時19分に大阪にいたら「彗星」をゆっくり見ることができませんよ。」
「うーん。「銀河」か、「彗星」か・・・。」
考え込む。
「僕だったら断然「彗星」ですね。「銀河」だったら浜松でも見れますから。」
朝風が言う。
「夜遅いけどな。・・・。やっぱ「彗星」かな。「彗星」は大阪でないと撮れないからなぁ・・・。」
「て、お前らがそんなことより、まず「きたぐに」だろ。」
やれやれ。僕がこの仲を仲裁していなかったら「きたぐに」も見れなくなってしまう。
大阪駅4番線に到着すると、
「「銀河」、撮れないのかぁ。」
木ノ本は不機嫌な顔をしてぼやいている。
「まったく。「銀河」も「彗星」もKYなんだよ。」
(いや、「銀河」や「彗星」に「空気読め」っていう方が無理なんじゃ・・・。)
「そんなこといいじゃないですか。「きたぐに」が見れるんですから。」
ちょっと考えてから、
「それもそうだな。」
「銀河」のことは吹っ切れてくれたのだろう。笑いながら、カメラを取り出していた。
6時49分。4番線に「急行きたぐに」が入線する。入線してくる間、「きたぐに」をずっと見ていれなかった。黄色く光るヘッドライトがとても眩しかったからだろう。「きたぐに」はゆっくりと入線し、僕達の少し手前でブレーキをきしませ、停車した。
「583系かぁ。一度は乗ってみたいですね。」
朝風は目を細めて、583系の体を触っていた。
「朝風、ちょっとどいて。」
その声を聞くと朝風が583系から離れた。朝風の姿がカメラに映らないことを確認して、シャッターをきった。
「よく撮れたか。」
シャッターをきり終わると木ノ本が話しかけた。
「まぁ。」
「へぇ。」
木ノ本は携帯を覗き込むと、
「彼女か誰かに送ってやれよ。」
彼女という言葉に面喰った。
「バッ、送んねぇよ。つうか、送ったところで分かんねぇよ。」
「それもそうか。」
冷やかしだろう。木ノ本は少し笑っていた。
「あっ、そうだ永島。「きたぐに」に使われてるあの車両。なんていうんだ。」
木ノ本のその言動にはよろめいた。知らないはずはないんだけど・・・。
「さっき朝風が言ってただろ。583系って。」
「へぇ583系っていうんだ。私はてっきり「雷鳥」とかの485系だと思ったよ。」
「まあ、無理もないよな485系と583系ってよく似てるもんな。」
「よく似てる恰好してて、中身がすごく違うんだろ。ああ覚えづらい。」
その後独り言のように、
「ダメだ。結構長い間電車と離れてたから、記憶が何かと混ざっちゃってる。」
と言っていた。こういうわけは、自分の趣味を長い間隠していたからである。4月の時に言っていたが、僕ら以外で木ノ本の電車好きを知っているのは親と親友だけらしい。そして、その数は10人もいないと言っていた。
「まあ、そのうちまた覚えるって。国鉄ほど覚えやすいもんのないから。」
「ナヨロン先輩からの受け売りか。」
「まあ、そんなとこ・・・。」
その後は「きたぐに」も車庫に回送されるまで写真を撮り続けた。そして、回送される時は全員でその後ろ姿を見送った。
JR西日本色の583系が隣を通り過ぎていく。
「行っちゃいましたね。」
朝風が名残惜しそうに言った。
「できれば、国鉄色の方がよかったなぁ、俺あれの方が好きなんだけど・・・。」
その国鉄色という色は窓周りが青でそれ以外のところがクリーム色になっている塗装だ。
(こいつ、彼女いるのに「好き」とか「嫌い」とかふつうに言ってるよな。絶対、彼女に勘違いされるぞ。)
「どれくらい。やっぱ彼女くらいか。」
「そんなの比べられないよ。」
腕組をして目を閉じた。
「一つ言えるのは、100系以下だってことだな。」
「100系好きだな。」
「うるさいな。好きなんだからしょうがないだろ。」
(・・・。)
勘違いされるかどうかは別として話を進めよう。
「永島さん。今度は何車撮するんですか。」
「うーん、ちょっと待ってね。」
ポケットから臨地研修のために持ってきたカンニングペーパーを取りだした。このペーパーには電車の発車時刻だけが記されている。
「えーと次は・・・、「彗星」だ。」
「「彗星」来たー。」
朝風のテンションがハイになる。僕にも分からないわけではない。
読者の皆様に説明しよう。「彗星」とは、新大阪と九州の南宮崎を結んでいる寝台特急の名前である。使用客車は24系寝台客車で、さっき見た583系が充当されていた時代もある。
「「彗星」かぁ。名前的にはカッコいいよな。」
「それどういう意味だよ。」
「まあ、そりゃおいといて・・・、新大阪まで移動しないといけないのか。」
「でる方法だったら、いくらでもありますけどねぇ・・・。」
「「サンダーバード(とっきゅう)」使わない。」
「はっ。佐久間バカだろ。」
ここにいる全員の声がそろう。
「そんな一区間だけ「サンダーバード」使うって。新快速や快速、ましてや、普通でも所要時間変わらないのに・・・。」
空河が文句を言ってると、
「分かってる、分かってる。使わねぇよ。」
「んじゃあ、7番か8番線に行くか。」
木ノ本が全体を促してくれる。こういうときは撮り鉄として頼りになるのだろうか。それとも・・・。
「ちょうどいい列車がないのか。」
来てみるとこのありさまであった。ほんのちょっとではあるが、発車する列車を待つことになった。
「早くしないと、「彗星」来ちゃうじゃん。もう電光掲示板にも出てるし・・・。」
「まだ、大丈夫だって。」
7番線を諫早が指差した。
「すぐに発車する列車あるじゃないですか。一区間だけだし、我慢して乗りますか。」
諫早の指の先にはステンレスの通勤電車が止まっていた。207系という車両だ。
「そうだな。ここは207系に我慢して乗るか。」
「はぁ。しょうがないかぁ。」
「7番のりばから、普通・・・。」
「ヤベ。もう発車しちゃうじゃん。」
「早く乗るぞ。飛び乗ろうが、滑り込もうがなんでもいいから。」
4枚あるドアに流れ込んだ。さすが、この時間帯(通勤ラッシュ)だと思った。車内は人でいっぱいだ。関西の人も多さをあからさまに見せつけられた。
この物語には自分の理想も含まれてます。特にこんなにたくさんのあれがあったらなぁ・・・。
自分でも創作で鉄道会社を作ったりしていますが、そこに必ずあるのはあれなんですよ。寝台特急という響きだけで夢を感じます。