35列車 トラブル
それから何分経っただろうか。
「永島さん。あすこに787系いますけど。」
「どうせ、「有明」か「つばめ」だろ。」
「いや、そうじゃなくて・・・。」
僕の肩を叩いて、こっちに来てという動作をする。
「ホームに入らずに止まったままなんです。」
「ホントだ。何やってんだろ。」
「ちょっと。大事な放送が聞きとれないだろ。静かにして。」
木ノ本は耳に手を当て、構内放送に聞き耳を立てた。しばらくすると、耳にあてた手を下した。
「なんて言ってたんですか。」
「よくは聞きとれなかったけど、人身事故だって。」
満面の笑みを浮かべていった。
「へぇ、人身事故かぁ。」
「なんだ。人身事故か。」
「人身事故ねぇ。」
しばらく沈黙があった。
「・・・はっ。人身事故。」
「事故ってやばくないですか。」
「列車遅れてるんじゃないんですか。」
「いや、電光掲示板見てみたけど遅れてないよ。」
「そんなにって何分くらい。」
「7分って書いてあるけど。」
「上りが7分ってことは事故があったのは下り線ですね。」
「なーんだ。下りなら、関係ないじゃん。」
事故が下り線であったということを知ると全員安心した。本当は安心してはいけないのかもしれないが・・・。
結局僕達がのる列車は10分くらい遅れて熊本に入線してきた。
「行きは「赤いようで赤くない子」。帰りは「黒い子」かぁ。」
入線してきた817系に部活内でのあだ名をつけた。
「今度は「赤電」が黒になったバージョンかぁ。」
「永島さん。早く来てくださいよ。席とっておきましたから。」
空河の呼び掛けに応じて、僕達も817系に乗り込んだ。
そのころ名寄、箕島班はというと、
「名寄先輩どうするんですか。」
「ああ、ハマっちゃったな。」
「ハマっちゃったじゃなくて・・・。」
「なんでこう俺たちの行くところは何かあるんだ。」
名寄の口調はいつになく荒かった。
(そんな文句言ってる場合ですか・・・。)
綾瀬、醒ヶ井班はというと、
「アヤケン先輩どうするんですか。」
「まあ落ち着けって。」
「おちついてられますか。事故にハマったうえ、列車遅れてるんですよ。」
「そんなことより、この景色いいと思わないか。これをモジュールにしたらどうだ。」
アヤケン先輩は窓の外を流れる景色を見て手を右から左に動かした。
「アヤケン先輩。」
「何。」
「僕の話まともに聞く気ないでしょ。」
「ないよ。」
(こら。)
鷹倉、楠班は、
「なんであたし達の行くところはこうやって何かあるのかなぁ。」
「嫌われてるんじゃないの。」
「そうかもしれないけどさぁ。」
「そんなことより寝とけって。まだ先長いんだぞ。」
「ハクタカに寝とけって言われても、安心できなよ。」
「なんでだよ。線路のポイントが変な方向向いてない限り、死にはしないんだから安心して寝ろって。夜行バスの中で寝れなくても、知らないからな。」
「いや・・・。そうじゃなくてね・・・。つうか、それハクタカの方だろ。」
北斎院、善知鳥班はというと、
「サヤ、熊本の方で人身事故あったんだって。」
「はっ、ザマア。」
「いや、帰りの心配・・・。」
「いいよ。いざとなったら新幹線使うから。20分でワープできるぜ。」
(あんたねぇ。)
佐久間、諫早班はというと、
「おい、あすこにN700系がいるぞ。」
「それ、浜松でも見れるじゃないですか。」
「あっ、それもそうだな。」
会話を聞いていて分かるだろう。一番平和なのは佐久間の班である。
13時57分発の普通鳥栖行きに乗り込んで植木までやってきた。
「うわ。下り最悪だな。」
「「つばめ」停まってし。」
「佐久間さんも熊本きてますよねぇ。」
「ああ、事故のことかぁ。「つばめ」が遅れてるもんなぁ。」
「大丈夫ですかねぇ。」
「大丈夫だろ。心配しなくていいよ。」
その後はこの「817系」に揺られて鳥栖駅まで向かった。
その間に木ノ本達は寝入ってしまった。僕はというととりあえずこの班の班長として責任を全うしなければいけないと思い、眠いのを我慢して起きていた。
817系に乗って何時間経っただろうか。次がようやっと大牟田である。さすが鹿児島本線の普通列車。13時57分に熊本を発車して、終点鳥栖の到着は16時09分。さらに、ここに人身事故による遅れが拍車をかけた。
途中、久留米だか、なんとかという駅に長時間停車した。本当なら、「つばめ」が追い越していく模様で、電光掲示板にはその案内が出ていた。しかし今になってはそんな表示何の役にも立たない。
結局あの時の停車もかさんで、終点鳥栖に着いたのは、定刻より30分近く遅れていた。
「こっから快速かぁ。長かったなぁ。」
「寝てたのに、そんなに長く感じてないだろ。」
「うん。そうかもね。今度は永島が寝れば。」
「バッ、バカ。電車に乗って寝れるかよ。」
「まあ、そういうと思ったけどな。」
817系から降りて、対面のホームにいる811系に乗り込む。
「最後は「白い子」なんだな。」
「これで九州の通勤電車、ほとんど乗車しちゃったな。」
「へぇ。九州って思ったより電車少ないですね。やっぱ大半はディーゼルなんですね。」
「これが最後ですか。」
一言ずつ言って、車内に入った。
車内は思っていたより空いていた。4人掛けることができる転換クロスシートに座って発車を待った。
発車すると、全列車お約束の車内放送である。
「鳥栖駅からご乗車のお客様、快速小倉行きです。この先、基山、原田、二日市、大野城、南福岡、・・・。」
「なお、この列車は途中春日に臨時停車をいたします。」
「はっ。」
全員の声がそろった。
「あれ。朝、春日に停まりましたっけ。」
「んっ。停まらなかったと思うけど。」
「思うんじゃなくて、停まってない。」
「なんで停まるんだよ。朝通過してったんだから通過してけよ。」
「まったくだ。」
「あんな駅停まる必要ないじゃん。」
「何のために停まるんだろうなぁ。」
朝風の言った何のためにというのが引っ掛かった。とりあえず今日一日のことを整理してみる。すると・・・。
「もしかして・・・。」
皆の目線が僕に集中する。
「お祭りのために停まるのかも。」
「祭りのため。」
「うん。車内見てみても分かるけど、浴衣着てる人がいる。浴衣着てる人がいるってことは、どっかでお祭りがあって、それに行く途中だっていうこと。そして、朝春日を通過した時にお祭りかもしれない準備してた。」
「はい、その祭り死ね。」
「そのためだけに停まるんですか。」
「たぶん・・・。いや、絶対。」
「マジすか。ただでさえ遅れてるのに、そんな駅に停車してる場合かよ。」
当然、どんな文句を言おうが春日に停車することは確定なのである。文句も言うのはやめにしてと言いたいところだが、その春日駅が近づいてくると、また文句の嵐になった。しかし、過ぎてしまえば文句の嵐も治まった。
春日の次は南福岡に停車する。ここに停車すれば、戻ってきたという感覚が持てる。
「やっと南福岡か。戻って来たなぁ。」
「ああ。」
南福岡停車。ドアが開いた。
すると、またここでもアクシデントがあった。
「あの男の子どうしたんだろう。」
木ノ本がそうつぶやいた。一人で泣いている男の子が気になったらしい。
「んっ。ただ親とはぐれただけだろ。」
「永島、お前頭ちゃんとある。」
あきれられてしまった。
「どうかしたんですか。」
「ちょっと黙ってくれない。聞きとれないんだけど。」
こういうことがあると何でも聞き耳を立てたくなるというのは一種の癖なのだろうか。僕も同じように聞き耳を立てた。
「Tシャツの・・・が・・・刺さってるねぇ。」
「これ取り替えて・・・。」
「・・・わかりました。」
車掌と駆けつけてきた駅員が話している。
このやり取りが終わると、そこから目線をそらした。
「なんて言ってたんですか。」
「んっ。Tシャツのなんかがどうとかって言ってたけど・・・、よくは聞きとれなかったよ。」
「そうですか。」
「はあ、終わったんだったらさっさと発車しろって。」
「まあまあ。」
「お待たせいたしました。」
「待たせ過ぎだよ。」
「快速小倉行き発車します。ドアが閉まります。ご注意ください。」
ドアが閉まるとため息をついた。
「どうした。色々ありすぎたからため息でも出ちゃったか。」
「ああ。それもあるけど、善知鳥先輩が朝言ってたことがようやっと分かった気がした。」
「なんて言ってたの。」
「んっ。何もないことを祈っとけってね。」
「ああ、納得。」
博多に到着すると、改札を出た。
事故は実際ありました。
今になってこのときあったことをちゃんと書きためておくべきだったなぁと後悔しています。