33列車 聞けない
ふと目が覚めた。体を起こし、猫のように体を伸ばす。
(今何時だ。)
と思って携帯の端末を開いた。
(5時48分かぁ。)
もう少しで6時だ。もう寝てしまうのは二度寝の原因になると思って、少しの間部屋の中でゆっくりした。その間にメールが一通来た。確認してみると、木ノ本からだった。それともう一通来ていることに気付いた。誰なのかと思って確認してみる。
(んっ。)
迷惑メールとかいう奴でもチェーンメールとかいう奴でもなかった。だが、すぐに閉じてしまった。
6時55分。そろそろ朝御飯を食べに行こうと思って下の階に行った。今日は前に考えた自由行動を実行する日である。
「オッハー。ナガシィ。」
途中エレベーターで下に行こうとしている時善知鳥先輩とばったり会った。
「おはようございます。」
「そんな堅苦しくなるなって。」
肩を叩いて気持ちをほぐそうとする。
「そいえば、ナガシィ達どこに行くんだっけ。」
「熊本です。」
「そっか。熊本かぁ。何もないこと祈っといた方がいいよ。」
僕にはこういった意味が分からなかった。
7時41分。僕達の班はいつでも出発できる状態になった。といっても乗る列車まではまだ31分ある。その間ホテルのロビーで暇をつぶし、7時50分ごろ。ホテルを発った。
5分くらい歩いて、博多駅に来た。在来線の改札口を通り、僕達がのる快速荒尾行きを待った。8時07分。快速荒尾行きが博多駅の5番線に入線した。すぐに車内に乗り込み自分達の席を確保した。席を確保すると、みんなで入線した車両を取りに行った。この快速に充当されている車両は813系。JR九州のベーシック通勤電車だ。
「「赤い子」だったな。」
木ノ本が車両を取りに行ってきた僕達に向かってそういった。
「「赤い子」。」
「だってそうだろ。前面赤いじゃん。」
「ああ、納得。」
納得していいのかどうかは分からない。でも、一つ言えることがある。僕と木ノ本が考えていたことはさほど変わらないということだ。
その後、この列車が発車する8時11分まで「特急ソニック」、「特急かもめ」に充当されている885系、813系と並ぶ通勤電車811系などを見た。ひっきりなしに電車が来るというのは、博多という九州の中枢だからだろう。そう思った。
この快速列車は南福岡まで各駅に停まる。そして、南福岡を過ぎると快速運転になり、鹿児島本線の主要駅にしか停車しなくなる。
雑談をしている間にも、813系は南福岡までコマを進めてきていた。ここ南福岡ではちょっと長い間停車していた。昔はこんなことも気にも留めなかったのに。今となってはこの小さな停車にも意味があるというのを理解できる。
「あっ、「つばめ」だ。」
ずっと外を眺めていた朝風がつぶやいた。僕もその方向へ目線を移す。すると視界にシルバーの車体が特徴の787系が通過していくのが見えた。
「佐久間、あれに乗ってったのかなぁ。」
ふとそんなことを思った。
その後は「つばめ」が通って行った方向とは逆の方向に目を向けていた。ずっと景色を眺めていたのである。今でも流れていく景色を見ることは楽しいと思っている。しかし、なぜこれが楽しいのかと聞かれると答えられなくなる。たぶん、理由にできない楽しさがあるのだろう。南福岡の次。春日を通過すると春日の前に広がる広場が目に入ってきた。たくさんの人が何かの準備をしていた。たぶん、お祭りか何かだろう。準備中の屋台と上に架けられた提灯を見て直感した。
春日を通り過ぎると見るものが何もないわけではないが、ボーっとしている以外することがなくなった。ゲームとかはしないのと思っているだろう。ゲームなんて電車に乗ってするものではない。僕は電車に乗ってすることは景色を楽しむことだけでいいと思っている。暇ではないかと思っているかもしれないが、案外暇ではない。
9時16分。快速列車に揺られるのはここまでである。ここは終点の荒尾ではなく一つ手前の大牟田。ここで列車を乗り換え、目的地の熊本まで行く。
「まずはここまで来たな。」
大牟田のホームに降り立って体を伸ばす。
「なんで、荒尾まで行かないんですか。」
空河はこの途中下車について疑問に思っているようだった。
「荒尾まで行っても、ここで降りても同じだからさ。」
僕はそう説明した。
「永島さん。次の「特急つばめ5号」がやってきますよ。」
電光掲示板に目をやっていた朝風が教えてくれた。
「おお、787系が見れるじゃん。写真撮ってこう。」
「まあ、熊本に行ってからでも見れるんだけど・・・。」
見れるんだけど。いずれ見る列車である。いつ見ようが関係ないか。そうは思ったが携帯は撮りださなかった。もっとしっかりと収めるためである。
9時27分。1番線に「特急つばめ5号」西鹿児島行きが入線してきた。綺麗なシルバーの車体。これが9両連なっている。到着するとホームにアナウンスが流れる。
「大牟田ー、大牟田です。」
「クドイー。」
空河がこのアナウンスを聞いてこういった。さっきも聞いたのであるが、何か言い方がクドイ。
「ああ、確かにクドイなぁ。」
「まあ、お客さんに分かりやすいようにしてあるだけだからしょうがないだろ。」
「いや、それは分かるんだけどね・・・。」
9時27分。「特急つばめ5号」西鹿児島行き発車。787系の後姿を見送って、僕達はまた自分達がのる列車を待った。
何分か経つと1番線に僕達の乗る9時40分発。普通熊本行きが入線した。
「今度はどんな子かなぁ。」
入線してくる車両を凝視する。
「うーん・・・。「赤いようで赤くない子」かなぁ。」
「どういう奴だよ。」
「だってそうじゃない。」
「確かにそうだけどさぁ。」
「「赤いようで赤くない子」。」
中学生の方にはすぐにこの呼び方が浸透した。
今「赤いようで赤くない子」と僕が命名した車両は815系。813系や811系と同じ通勤電車ではあるが、編成は3両、4両編成ではなく2両編成。僕は地元を走っている遠州鉄道、通称「赤電」のでっかいバージョンを見ている気になった。
ドアが開き、車内に入った。815系の車内はこれまで乗ってきた813系とは違い横1列に座席が並んでいた。こういうシート配置のことを「ロングシート」と呼ぶ。いくら鉄道に興味がないとはいえこれくらいのことは覚えてほしいものである。
「変わったロングシートだな。」
木ノ本が「ロングシート」に目をやった。
「確かに変わってるな。」
そういうのはこれが今までに見たことのある「ロングシート」ではないからだ。僕達が思っている「ロングシート」はベンチが並んでいるようになっているもの。しかし815系の「ロングシート」は椅子が横1列に礼儀正しく並んでいる状態だった。「こんなことを考えているとすぐに席が埋まってしまう。」と思い腰をかけた。
9時40分。普通熊本行きが大牟田を発車した。どのくらい席が埋まるか分からなかったが発車するとその答えが出た。席は埋まるどころか空いているのが目立つくらいだった。
「次は、荒尾ー、荒尾。」
大牟田を発車するとお約束のアナウンスである。
「荒尾では、ホーム側の全てのドアが開きます。」
「何今の・・・。」
「ふつう言うか。あんなこと。」
浜松の方では聞いたことのないアナウンスを聞いた。
荒尾駅に近づいた。
「間もなく、荒尾ー、荒尾です。荒尾ではホーム側の全てのドアが開きます。」
「さっきのあれといい、これもクドイですねぇ。」
「全部開くんだったら、言わなくていいじゃん。開かない駅だけ言えばいいのに。」
「これって、現実にそういう駅があるってことだよなぁ。」
「じゃあ、乗ってる間に全部開かない駅があるっていうの。」
「たぶんあるんじゃない。」
「それだったら面白いなぁ。」
ドアが開かない駅がある。そのことだけに期待した。
「次は南荒尾ー、南荒尾。南荒尾ではホーム側の全てのドアが開きます。」
次は違った。
「次は長洲ー、長洲。長洲ではホーム側の全てのドアが開きます。」
次も違った。
その後も全部開かない駅があるかと思っていたが、「一番前のドアのみ開きます。」の様なアナウンスは僕の記憶では来なかった。
10時15分ごろ。
「間もなく植木ー、植木。植木ではホーム側の全てのドアが開きます。」
「いい加減にしてくれませんかねぇこのアナウンス。」
「何言っても無駄だろうなぁ。この列車ワンマンだからアナウンスは全部コンピューターがやってる。コンピューターぶっ壊さないと黙らないね。」
「もういいでしょう。」
「うん、どうでもいいよ。つうか、「ホーム側の全てのドアが開きます」って完全にウケ狙ってるだろ。」
(いや、ウケ狙ってるはないと思うけど・・・。)
「1枚目と3枚目のドアが閉まります。ご注意ください。」
「んっ。どうかしたのかなぁ。」
「何か通過する(おいぬく)んじゃないんですか。ほら、本線の出発信号機が青になってますし。」
朝風が本線の信号を指した。
数分経つとさっき大牟田で見た787系が放たれた矢のごとく通過していった。僕達のいる進行方向右側の席からは西鹿児島へと急いで行く787系が見えた。その姿を見えなくなるまで僕達はその姿をおった。
787系が通過してから1分くらいがたった。僕達の815系も植木を発車する。ここ植木を出ると終点熊本までは4駅である。
さっきと同じくすることがないのは変わらない。僕はボーっと外を見ていた。
(萌もつれてきたかったなぁ。・・・。)
「えっ。」
なぜか木ノ本が反応した。心の声ではなく、本当の声になっていたようだ。
「なっ・・・何か言ってた。」
(顔が赤い・・・。)
「別に、何も言ってなかったけど。」
「そっ・・・そう。ならいいや・・・。」
(知ってるよ・・・。私よりも好きな人いるって・・・。でも、すごいもんだよなぁ。学校離れちゃったらふつう終わるって。永島と坂口さんの間は一言じゃ語れない恋だよなぁ・・・。そう言えば、坂口さんから永島の進路聞きだしてって言われてるけど、まだ考えてないよなぁ。いや、考えてるはずがないかぁ・・・。)
10時32分。熊本に到着した。
エクセルの書いてある設定表を見てみたら、アヤケン先輩と永島は眼鏡をかけていました。文中にその描写がなくてすみません。
なお、今回みたいに場所が変わるとこういうこともあるんだということはよくある話だと思います。この話みたいに「すべてのドアが開かない時にそう言えよ。」とも言いたくなることがたまにありませんか・・・。