31列車 裏切りと「トワイライト」と死亡
9時48分。米原に到着。2番線に入線すると反対側3番線にはすでにシルバーの車体が構えていた。構えていたといってもドアが開いているわけではなかった。
(発車時刻でもないのに、なんでドアが閉まっているのだろうか。)
と思いながら、313系から降りた。隣に行くと、なるほどと納得できた。隣にいる223系に乗り込む人は一様にドアの横にあるボタンを押して乗車していった。ここでは半自動でドア開閉を行っているらしい。
9時49分。僕の班が全員いることを確認した。
9時50分。ティントゥーン、ティントゥーン。開いたままだったドアが一斉に閉まった。ドアが閉まると甲高い息抜きのような音がした。ブレーキが解除される音だ。この音が頭の遠くで聞こえるようになると、床下のモーター音を発し始めた。音階が少し変わろうとしているころには既に米原のホームを後にしていた。
傍らに「300X」「WIN350」「STAR21」が見えてくるころ、大阪までの途中停車駅が告げられた。この案内の途中に新快速は右にかじを切り、新幹線の高架橋をくぐって、次駅彦根へと急いでいた。
「ナヨロン先輩。さっきのこと聞いとけばよかったと思いました。」
足の裏が少し痛かった。
「だから言っただろ。新快速は結構需要があるって。大阪までこのままだって思っといた方がいいぞ。」
ナヨロン先輩にはそう怒られた。
この先、この新快速に揺られること83分。11時13分に大阪駅に滑り込んだ。この列車にはそんなに長い間乗っていたという感覚がなかった。むしろ、新快速の方が新幹線よりも速いのではないかと錯覚したくらいだった。
ホームに降り立つと衝撃的な事実が目に飛び込んできた。
(ウッ・・・ウソだろ・・・。)
後ろに連結されていたのは僕の好きな223系。1000番台。
(そんな・・・。1両後ろだったら、こいつに乗れていたのか・・・。)
何も言うことができなかった。
11時15分。1000番台の後姿を見送って、全員が集合しているところに行った。
「聞け諸君。12時発の新幹線に乗るからな。みんなここに集合しろよ。」
善知鳥先輩が右手を上げてみんなに教えている。
(新幹線・・・。新快速じゃなくて・・・。)
「それでは、皆さんお昼にしてください。ええ、ここには11時55分ごろに集合してください。」
アド先生の説明を受けて解散した。
「なあ、善知鳥。今お前新快速じゃなくて、新幹線って言ってただろ。」
「まあいいんじゃないか。俺達には間違えられても通じるし、どんなバカでもここから乗る列車は新幹線じゃないってわかるから。」
耳の遠くで聞こえている。
「永島、「トワイライトエクスプレス」見に行かないか。」
誰かにそう話しかけられる。
「永島。」
木ノ本が僕を覗き込んだ。その時になって今話しかけてきたのが木ノ本だと分かった。
「なっ・・・何。」
「何じゃないよ。「トワイライト」見に行かないかってこと。」
「ああ、「トワイライト」かぁ。うん、見に行こう。」
僕はすぐに賛成した。
11時30分ごろだっただろうか。大阪駅の10番線に「寝台特急トワイライトエクスプレス」が入線してきた。編成はEF81-113号機を先頭に10両の24系寝台客車が続く。この列車も寝台特急と呼ばれているため、ブルートレインの仲間である。しかし、その車体はブルーではなく深緑で、ブルートレインと呼ばれた時の面影は車内で寝ることができる以外残っていない。
「永島。これ乗りたいって思わない。」
「ああ・・・。」
(できれば萌と一緒に・・・。)
いつか乗りたいと思いながら、先頭のEF81を携帯に収めた。
「木ノ本達も来てたのか。」
その声が「トワイライトエクスプレス」の方からした。ナヨロン先輩とアヤケン先輩だった。
「はい。」
「「トワイライトエクスプレス」。いつか乗りたいよなぁ。」
「やっぱり乗るんだったら、一番後ろですか。」
「そうだな。乗るんだったら一番後ろだな。」
一番後ろの車両はスイートルームと言って「トワイライトエクスプレス」に二つしかない部屋の一つがある。
「まあ、その前に名寄は彼女ができるかどうかだけどなぁ。」
「うっさい。」
「木ノ本、俺たちは行こうか。」
「あっ、うん。ナヨロン先輩達も早く戻ってきてくださいね。もう集合まで5分くらいしかありませんよ。」
木ノ本がそう言っているのが聞こえた。
4番線に足を運んでいると向こうから走ってくる人影があった。サヤ先輩と善知鳥先輩だった。
「あっ、ナガシィ・・・「トワイライト」今停まってる・・・。」
「はい、停まってますよ。」
「そう、ありがと。行くぞ。」
「サヤ待ってよ。」
そんな後姿を見送った。
「サヤ先輩達って何してたんだろう。」
「さぁ。お昼でも食べに行こうとして、それで失敗したみたいな感じだよなぁ。」
そう話しながら、4番線に通じる階段を上った。
12時00分。大阪を発った。ここからはまた223系新快速にお世話になる。この新快速は播州赤穂行き。途中で乗り換えをしなくても相生まで行くことができる。
この列車に乗り込んで見ると、座れる席が全くなかった。僕たちはアド先生の誘導で空いているごくわずかな席に座った。僕が席に掛けるときにはドアが閉まり大阪を発車していた。この新快速に乗って30分くらいがたった。兵庫を通過したくらいだっただろうか。ふとした拍子に意識が飛んでしまった。
目が覚めた。今走っているところがどこなのか。それが気になった。外に目を向けてみる。当然のことだが、僕の知っている建物は一つもなかった。次に、車内に目をやった。僕の位置から見て左斜め後ろ。佐久間、諫早、空河、醒ヶ井が固まって座っていた。だが、全員寝てしまっている。
(他の人はどこにいるんだろう。)
と思って車内を見回す前に次の停車駅が目に入った。
(かっ・・・加古川っ。)
「ご乗車ありがとうございました。加古川ー、加古川です。・・・。」
(イカン。神戸発車してから寝ちゃった。)
そう寝てしまった自分を悔やんだ。
僕の座っている2号車の座席には夏の太陽がギラギラと入ってきている。まだ瞼が重い。こういう状況だとまたいつ寝てしまうか分からない。そのため、ドア付近の椅子の背もたれに取り付けてある、補助椅子に掛けようかと思った時、加古川に到着した。
加古川では何人もの客が降りていった。そのうちの一人が荷物を忘れて取りに来ていたが、取りに来た直後にドアが閉まってしまうという災難に遭っていた。
加古川を発車すると僕は補助椅子の方に移った。
補助椅子を前に引き倒して座る。
「なんじゃこりゃ。」
つい声が出てしまった。この補助椅子には何か空洞の様なものを感じた。座るとそこにクッションがないかのように沈みこんだ。そして、そこには金網の様なものしかないという感覚しか生まれなかった。
13時01分。姫路に到着。ここから新快速は堂々(どうどう)の12両編成から8両編成になる。僕達の乗っている基本編成がそのまま播州赤穂まで行き、おいていかれる付属編成は新快速か普通として大阪方面に折り返していくのであろう。13時06分。新快速播州赤穂行きが姫路を発車した。
途中の相生に着いたのは13時24分だった。降りて見ると何とも小さな駅である。とても新幹線の停車駅とは思えないくらい小さかった。相生のホームに降り立つとまた乗り換える。13時30分発。普通三原行きに身を任せて途中の糸崎まで揺られる。車両は113系だった。
「体質改善車かぁ。」
停まっていた113系を見てナヨロン先輩が言っていた。
「ダイエットって。」
「だってこの車両は延命手術を受けてダイエットに成功したんだよ。」
「あのナヨロン先輩。それダイエットじゃなくてリニューアルって言うんじゃないんですか。」
「体質を改善したら、全部ダイエットしたんだよ。」
読者の皆様にとってはこんなことどうでもいいだろう。しかし、僕達にはどうでもいい問題ではない。これから2時間以上普通に揺られるのである。いくら電車好きといっても2時間以上普通に乗っているというのは抵抗がある。これが新快速とかだったら話は変わるのだが・・・。
13時30分。相生を発車する。この列車で前述したとおり2時間以上揺られるのだ。
何分だっただろうか。岡山に着いた。
(まだ岡山かよ。)
心の中でそれを嘆いた。いくらなんでも長過ぎる。これなら、サヤ先輩が言っていた博多まで行って、病院に行くという意味が分かった気がした。
さらに1時間がたった。今いる駅は大門。まだ1時間以上乗車していなければならない。ふと周りを見回してみた。ほとんどの人が眠りに就いていた。
(できることなら、俺も眠りたい・・。)
そこから41分が経過した。ようやっと乗り換え駅、糸崎に到着する。
(やっとここまで来たのかぁ。)
降りると同時にため息をついた。ここからは少しは楽になるのだろうか。16時14分発の「快速シティーライナー」に期待することにした。
だが、その期待もすぐに打ち砕かれてしまった。「快速シティーライナー」に充当されている車両はさっきまで乗っていた113系。好きでも嫌いでもないが、また同じ車両というのには抵抗がある。
16時14分。「快速シティーライナー」糸崎発車。
そこから何分経っただろうか。瀬野まで来た。ふと外に目をやると見たことのないオレンジ色の電気機関車が止まっていた。
「なんだ。これ。」
誰かに問いかけたわけではないが、ナヨロン先輩が反応してくれた。
「EF67。瀬野峠用の後押機関車だよ。「セノハチ」って聞いたことないか。それがここのことだよ。」
「「セノハチ」。」
首をかしげた。
「ああ、知らないんだ。永島なら知ってると思ったんだけどなぁ。そうか。永島でも知らないことがあるのか。」
自分に言い聞かせるように言った。
「山陽本線を敷設した山陽鉄道が、ここだけは経済性を優先しましょうって作っちゃったんだよ。そしたら、22.6‰(パーミル)の急勾配になっちゃってね。この勾配は山陽本線を走ってる貨物列車は上ることができない。だからああいうのが走るのを手伝ってくれてるってこと。」
そう教えてくれた。
この列車が途中の広島に着いたのは17時28分であった。
まだまだ。この先は飛ばせたからいいですけど・・・。