3列車 夏 冬
今は夏休みの真っただ中。公立のオープンキャンパスはいやいや行って、そこで聞いたことはすぐに頭の中から拭い去った。8月の第3週。岸川のオープンキャンパスがある。そこに行って体験授業を聞き流して、自由に見学できるときにまた鉄道研究部の展示に行ってみた。
展示を行っていたところは昇降口のある2階。昇降口から右にかじをきってつきあたる部屋だった。ドアを開けて中に入ってみると、文化祭より小ぶりのモジュールが展示してある。中にいたのは文化祭の時に見た人たちと同じように岸川を見に来た中学生。部員の数は文化祭見たときよりも少ないと思った。今走っている車両は内回りは何か分からないが、外回りは253系「特急成田エクスプレス」であることはすぐに解った。
「「253系」だ。」
声を上げたくなくても上がってしまう。電車を見ると出る癖。しょうがない。声を上げたのが影響したのか、目線が自分のほうに向いているがお構いなし。「253系」に近づいて、間近で「253系」が走り去るのを見た。
その子の姿と反応の仕方を見て、鉄研部員は声をひそめて、
「おい、善知鳥。あの子なのか。善知鳥が言ってた絶対に鉄研に入るっていう中学生は。」
「よく覚えてないんだよ。顔つきとか。」
「おい、ふつう覚えてるだろ。物忘れひどすぎ。」
「あの子ですよ。見かけなかったのって11時ぐらいから30分くらいの間でしたから。」
「アヤノンはよく覚えてるね。」
「外回りだったし、気付きやすかったっていうのもありますから。」
「へぇ。」
「善知鳥先輩。へぇじゃなくて・・・。」
また、
「あの子電車に詳しいんだな。まるで木ノ本や留萌みたい。」
「友紀はまだ分かってないなぁ。別に詳しくないよ。「253系」くらい解ってふつう。」
「そうそう。「253系」分かったって何の自慢にもならないよ。」
「そうか。あたしは分かるとしたら「ドクターイエロー」くらいしかないのに・・・。2人もあそこまで詳しければ入るんだよね。あの子も鉄研に入るのかなぁ。」
「蘭。まだ鉄研に入るって決めたわけじゃないって。さくら行こう。」
「えっ。ちょっと木ノ本、留萌。待って。」
しばらく253系に見入っていたら内回りは681系「特急はくたか」に変わり、やがて外回りはEF81が牽引する貨物列車に変わった。それに目線をあわせてみていると誰かが僕に話しかけた。
「将来鉄研に入ろうって思ってる。」
おそらく文化祭の時に見ているのかもしれないけど、僕のほうはそれがだれかなんて覚えていない。誰だかわからないけど、
「はい。」
とだけ返事をした。
「おーい。この子将来の鉄研部員だって。」
「マジ。こんなマニア部入ってくれる人いるの。」
「よかったな。今年は2人だったから来年はどうなるかと思ったけど。」
「よし。まずこれで1名は確保したわけだ。1人と言わずに来年は5人くらいドンと入部があった方がいいけどな。」
「5人なんて。そんなたくさん入部するわけないだろ。3人くらいで十分だよ。」
「多いほうが楽しいじゃん。ねぇ君。」
すると何かをかぶせられた。手を当ててみると帽子だ。それもただの帽子ではない。運転手や車掌のかぶる制帽だ。
「似合うって。これかぶりたかったら鉄研こいよなぁ。」
「それだけで来るかっていうの。ていうか最終的に決めるのは本人なんだから、本人に選ばせないと。」
「でもそそることはできるのよね。」
「確かにそうだけど・・・。」
「もう決めてますから。」
と言ってかぶせられた帽子を取った。
「もうここしか来るところはありません。絶対にここに来ます。」
帽子をかぶせた人に渡して、教室を出た。もうしばらくいればと止められたが、もう帰りたいと言って断った。だが、一つ次の心配がやってきた。もし僕一人の入部だけだったらどうしよう。でも、そんな心配は後か。
それから月日が流れて2月。岸川高校の受験日は2月9日。その日までにやれることをやっていった。
「永島。お前って岸川志望だったんだな。」
宿毛が話しかけてきた。
「何。その言い方。知らなかったの。」
「いや、多分そうじゃないかなぁとは思ってたんだけど、本当に同じ進路とは思ってなかっただけ。」
「同じ進路。」
「ああ、俺も北星落ちたら行くところ岸川なんだ。あすこだったらものすごく適当にやらない限り留年はないからな。」
「北星併願かよ。落差ひどくない。」
「そんなのどうでもいいって。俺北星は受かるかどうか知らないけど、岸川だったらどんなバカでも受かるからな。」
その声は周りにも聞こえていた。隣にいたクラスメイトが意外そうに話しかけてきた。
「永島も宿毛も岸川狙ってるのか。」
「ああ。」
「ウソ。永島も宿毛も成績いいよねぇ。」
「ああ。高校のほうに送られる1学期の成績永島が34で、俺が36。」
「そんなに成績よくて岸川行くの。」
「俺はまだ北星狙ってるけどな。永島は岸川単願で狙ってる。」
「えっ。もったな。それで親なんか言わないの。」
「言わないよ。進路は全部任されてるから。だからどこ行こうが自由。」
「自由でも岸川以外行く気ないだろ。鉄研やりに行くんだから」
「えっ。鉄研やるためだけに岸川に行くの。もっと上の学校とか狙わないわけ。」
「いや、さっき言ったじゃん。岸川以外行く気ないって。」
「二人とも俺より成績いいのにレベル低いなぁ。」
「俺が思うに成績いい奴って全員レベル低い高校言って自分の好きなように高校生活送るもんだと思うけど。」
「いや。それは永島と宿毛だけだと思う。」
この話が終了すると、
「もう願書は出したんだしあとは受けに行くだけ。宿毛テスト1時間前になったらよろしく。」
「おいおい。永島受験会場違うってこと考えとけよな。」
「あっ・・・。考えもしなかった。」
「おい。ふつうに考えろよ。俺は併願。お前は単願。受験会場が違うって考えてふつうじゃないか。」
「ナガシィはふつうじゃないからそういうこと考えないの。」
クラスメイトと入れ替わりに話に入ってきたのは萌だった。
「言われてるぞ。ふつうじゃないって。」
「結構前からふつうじゃないのは自覚してるけど。」
「・・・。」
「ハハ。ねぇ、ナガシィ。勉強してる。」
「してると思う。」
「ううん。家で模型と遊んでると思う。」
「うん。その考え方正しい。なんか勉強すると体が拒絶反応を起こすというか。」
「それはウソでしょ。ただ勉強したくない言い訳じゃん。」
「・・・。はい。そうですね。」
そんなこんなで2月9日。岸川高校を単願で受験。その数日後には・・・、
「あー、受かったかどうか心配だー。」
「ナガシィ心配しすぎ。内申34あって、岸川単願。受かんないわけないじゃん。」
「それでも受かってるかどうかは気になるだろ。」
「それは・・・。」
(なんでだろう。ナガシィにここまで受かってほしくないって思ったことなんて・・・。いや、そう思ってちゃだめだ。ナガシィは岸川で鉄研やる。それを止めちゃいけないんだ。そうしなきゃいけない・・・。でも・・・。んっ・・・。)
(高校からは萌とは一緒じゃないのかぁ・・・。えっ。俺何考えてんだよ。宗谷に行きたいって言ったのは萌の意思じゃないか。それを止めるなんておかしい。二人とも自由に生きて、もしまた・・・。その時。その時そうすればいい。)
そう思いを巡らせている間に自分たちの順番がやってきた。僕は岸川に萌は宗谷に合格。
(これで本当に・・・。)
(・・・。今は・・・。でも、いつか言わなきゃ。私が目指してるのはこんなのじゃない。今からでも間に合う・・・。)
そして、合格通知をもらった日の放課後。
「ナガシィはやっぱり岸川合格おめでとう。あすこなら毎日楽しそうだね。」
「ああ、だろうね。萌は宗谷。お互い夢に前進だな。」
「そうね。これからお互い夢に向かって歩いてくんだよね。」
「うん。俺は電車の運転手。萌は幼稚園の先生。この二つをかなえるためにはそこに行くのが一番の近道になるのは間違いないんだからな。」
「・・・。そうだね。」
何かかわす言葉がなくなったみたいに黙り込む。
「ナガシィ。鉄道研究部って何するんだろうね。」
「よくわかんないけど、どっか行ったり文化祭とかで展示やったりするんだって。」
「よくわかんないって・・・。それでも入る部活。」
「入る部活だよ。俺岸川行かなかったら行く学校ないんだから。他の学校はただのトゲだよ。」
「内申34あってそういう人も珍しいと思うけどね。」
「そうかぁ。俺には全部トゲみたいに見えるけど。」
「違うでしょ。ナガシィには岸川はとげを覆うクッションがあるけど、ほかの学校にはそのクッションがないからおりたくないだけじゃない。」
その描写を想像してみる。ヘリコプターに乗っている僕はいま下を見下ろしている。下にはたくさんのトゲ。それもとても鋭い。ちょうど中心ぐらいにはとげが突き出ていないところがある。そこに飛び降りようとしている。
「うーん。当たってるかも。」
「かもじゃなくて当たってると思うよ。」
それから1か月と数日。今執り行われているのは伊奈中学校卒業式。中学3年生全員の名前が順番に点呼されて、卒業証書を授与されていく。僕も卒業証書を受け取って、自分の席に戻った。
(ここで、萌と話すのも今日が最後か。)
心の中で分かりきっていることを思った。
(ナガシィと毎日話せるのも今日が最後かぁ。)
萌も分かりきっていることを思った。
卒業式が終わると3年生は保護者と2・1年生に見送られて、体育館を後にする。体育館の次は学校の外へ。あるところまで歩いて全員水入らずになる。
「ナガシィ。帰ろ。」
「お前友達とは話してかなくていいのか。」
「綾たちとか学校同じだし、また会えるし。」
「そう。じゃあ、行くか。」
自分には友達はそんなにいない。別に悲しくもないし、何の未練もない。ただ一つだけ僕を悲しませるのは萌とは違う学校になるということだけだった。
「これから違う高校だな。」
「嫌なの。」
「いや、そういうわけじゃないけど・・・。今までずっと話してたのに、これからは話せなくなるんだなぁって思っただけ。」
「・・・。それはそうだけどさぁ。でも、県外の高校とか行くわけじゃないし、会おうと思えばいつでも会えるわけだし。」
「それもそうだな。ごめん。なんか暗くなるようなこと言って。」
「気にしないで。ナガシィのことよく分かってる人だから。」
「そうだったね・・・。」
しばらく黙って数歩。今日はいつもの帰り道がどうしても長く感じてしまう。
「なぁ、萌。文化祭とか見に来いよ。待ってるから・・・。」
「暇だったら行くね。」
「いつも暇なくせに。」
ちょっとの間お互い黙っていた。
「ナガシィ。・・・創るなよ。あと頑張れよ。」
何をつくるなということなのだろう。でもだいたい想像はつく。
「分かったよ。そっちこそな。」
「・・・うん。じゃあね。私こっちだから。」
「おう。じゃあな。」
手を振って僕は萌と別れた。その後ろ姿を見送っているとため息が出た。
(結局言えなかったなぁ。でも、いつか言わなきゃいけないことか・・・。これ、本当にナガシィ許してくれるのかなぁ。やっぱりウソついてきたから許しちゃくれないのかなぁ。)
永島の歩いて行った方向を見て、考えを巡らせていた。
その時僕は・・・、
(結局えいなかったなぁ。好きって・・・。・・・。大丈夫。萌はほかの男子には・・・。)
家のところまで来てそれを思う。ちょっと萌の家のある方向を向いてしばらくそのままでいる。
(言えるチャンスはいくらでもある。また、その時が来たときに・・・。)
二度と訪れることがないだろうと思う二度目を心の中で思う。だが、この先に待っていた展開は少なくとも僕には想像できなかった。
気まぐれ投稿みたいになってすみません。
これからもこのような不定期投稿ですが、読んでくれる人には感謝。