28列車 進路の密勅
頭をぶつけた彼女は坂口だった。先日行われた文化祭でもう顔は知っているが、こうして会うのは初めてだ。
「ごめんね。ちゃんと前見て歩いてなかったから。」
坂口がまず謝った。
「いや。分かるよ。ここに来たら絶対あっち向いて歩くのがふつうだからなぁ。」
ここは遠鉄百貨店と浜松駅前のMAY ONEの間。遠鉄百貨店側から見て左手側に遠鉄バス浜松駅前。右手側には浜松駅の1番線が顔をのぞかせている。坂口も木ノ本もここを通る時は必ず浜松駅側を見たまま歩き、何か列車が来るというアナウンスが聞こえたら足を止めてくるまで待つ。それが4月からの日課になったのだ。
「あっ、やっぱり木ノ本さんもやるんだ。」
「ここを通るときにタダで通るなんてことできるかよ。」
するとホームからアナウンスが聞こえてきた。しばらくそのアナウンスに耳を傾ける。その声はこういっている。
「間もなく、1番線を、貨物列車が、通過します。黄色い線の内側までお下がりください。」
「貨物かぁ。どうせEF210(桃太郎)だろうなぁ。」
「そうとも限らないんじゃない。EF66とかEF200が貨物列車引くことだってあるし。それにEF65だってゼロじゃないよね。」
(ほんと。前会った時もそうだったけど、坂口さん進路間違えたんじゃないのか。このレベルだったらふつうに岸川に来ていいレベル。今鉄研やっても十分通用する。)
「じゃあ訂正。高い確率でEF210(桃太郎)だ。」
1・2分その場で貨物列車の通過を待つ。すると豊橋側から甲高いホイッスルの音が聞こえ、前面が青で、パンタグラフの形がV字形になっている機関車を先頭に貨物列車が通過していった。
「EF210(桃太郎)。」
「違うよ。EF200だよ。今のは。パンタグラフがV字形になってたでしょ。EF210のシングルパンタはああいう風になってないよ。」
(パンタグラフだけで機関車の違いが分かるってどういう人・・・。)
いつか自分もそうなるんだと薄々感じながら、いま隣にいる同じ女子鉄を見つめる。
「どうかした。私の顔に何かついてる。」
「いや。そんなことないけど・・・。ていうか、どっか座って話さない。ずっと立ってるってつらいでしょ。」
「そうだね。どこ行こうか。」
「そこら辺のベンチでいいだろ。」
これは坂口のほうは嫌だったらしい。
「だってお腹すいたもん。それとも、家にごちそうが待ってるの。」
「それない。ちょっと待って家に電話する。」
坂口に断わって家に電話し、夕食をどっかで食べていくという確約を取り付ける。その後坂口と一緒に近くのマックスに入った。
テーブルに座ると対岸に座ろうとしている坂口の姿が目に入る。そして、文化祭で言った言葉が再生された。
(私・・・。将来は運転手になりたいと思ってるんだ・・・。)
その時彼女はこういった。永島も将来は運転手になることを見据えているのだろう。そして彼女もそうなりたいと思っている。こういう状況なら同じ岸川に通学するのがふつうのはず。なのに、なぜ彼女は岸川ではなく宗谷に通学しているのか。そのことがどうしても気になった。
「なぁ、何で永島と同じ岸川じゃなくて、宗谷に通ってるんだ。」
いつの間にかその口が勝手に開いていた。
「ナガシィがさ、私の夢をかなえるためには宗谷に行くのが一番だって言われたから。」
(理由はそれだけ・・・。)
「なんで。坂口さんが成りたいのは電車の運転手でしょ。今それに一番近いことができるのは岸川じゃない。なのに。なんで宗谷なんだよ。」
「・・・。」
坂口からの回答はなかった。また言葉をつづけようとすると、
「あのさぁ。木ノ本さんならいえることかもしれないけど、将来自分が電車の運転手になりたいって言える。」
「・・・。そ・・・それは。」
ほんの少し前の自分が思い浮かぶ。少なくともその時の自分にはこんなことは言えなかった。
「私には・・・ナガシィには口が裂けても言えるようなことじゃない。ただ・・・。ストレートに言えばいいだけなんだけど、どうしてもこれはなんか言っちゃいけないような感じがする。」
「なんでだよ。」
(永島が見てたのは坂口さんの表面だけなんだ。だったら早くその気持ちに気付かせてあげなきゃ。永島は・・・私が入部を決めたときこういった。何に趣味持とうがそんなの関係ない。なら、何に成ろうがそんなの男女関係ない。そうもとれる。)
「あんたの彼氏はこういってたぞ。何に趣味持とうがそんなの男女関係ないって。同じことだろ。何に成ろうがそんなの関係ない。何ためらってるわけ。本当になりたいって思ってることなら話すべきだろ。」
「・・・。」
また坂口からの回答はない。しばらく黙り続けて、
「本当のことだから、いつか話さなきゃいけないとは思ってる。でも・・・、ナガシィにはずっと嘘ついてきたことになる。普段そう見えなくてもナガシィ嘘とか嫌いなの。ずっとナガシィをだまし続けた、私を簡単に許してくれると思う。」
(あいつならそんなこと気にしないと思うのに。やっぱり古い付き合いだから。それならこういう状況でどういう答えが返ってくるかはわかるはず・・・。なるほど。返ってくる答えが怖いから言えないんだ。)
「怖いんだな。」
「うん・・・。」
坂口の声は一段と小さくなった。
「分かるよ。」
同じような境遇にずっと立たされていた自分を語りたくなる。
「私もずっとそう思ってた。私は成っていいのかって。周りの大人はさぁ、みんなその考えに拍車をかける感じでそんなのになるなとか、もっと女の子らしいことしなさいとかって言ってくる。どんどん周りに道を崩されて、ついにはそんなのになっちゃいけないって思えてもきた。でも、ちゃんと見方もいるんだってわかった。私の母さんもそうだけど、ちゃんと自分が好きなように導いてくれる人もいる。今の私はあいつのおかげでいるようなもの。」
「・・・。」
坂口は黙ったままでいる。木ノ本がさらに続けようとすると、
「もういいよ。」
坂口がその先の言葉を遮った。
「ナガシィが言ったこと半分は本当だった。閉じこもってなければ私と同じって。でも私も同じだったんだなぁ。ずっとその重圧に押しつぶされて言えなかった。」
萌は自分に言い聞かせるように独り言を言った。言い終わると瞬きをして、
「木ノ本さんのおかげで私も迷いが晴れたと思う。ナガシィの言うことは当たってる。これからはもう迷わない。自分が思ったように進む。」
「・・・。」
「でも・・・。思ったように進むって言っても私はどこに進んでいいのかわかない。浜松にある国際観光とか大原とかに行ってもろくなものにはなれない。だから、木ノ本さんにナガシィの進路のことを詮索してもらいたいんだよねぇ。」
ずっこけそうになる回答だった。
「なんで。すぐに永島に話すとかじゃないの。」
「今話して何がどう変わるのよ。私がただその進路に行きたいって言っても変わるのは3年後。だったらそこまでにやること、知っておきたいことがあるの。」
(確かに。坂口さんには鉄道関連の進路でどんなものがあるかなんてわからない。そのために永島の詮索・・・。)
「調べてほしいのはナガシィの進路のこと。進路がわかれば後は私が何とかする。もちろん、その時に言わなくちゃいけないことも話す。それに、もしそれまでの間に話すきっかけができたらその時いう。」
「でも永島の進路がわかっても、行きたいって思ってる学校がいくつもあったらどうするの。」
「そこは、大丈夫。ナガシィは行く学校は必ず一つだけに絞る。そこ以外行く気ないから。」
これも疑わしい情報だ。でも、永島が岸川を単願で受験したということは・・・。なら坂口がこういうことも分かる。
「だから、答えが出るのは少なくとも3年生の春。その時までに進路が決まってなかったらその段階でそれは言う。」
「でも、そこまでは永島には話さないってことだよなぁ。」
「それはそうだけど・・・。でも、進路のことなんて今から考えてる人なんて私以外いないと思うし。」
(そういう問題じゃなくて・・・。)
「それに、私を本気にしてくれたのは木ノ本さん。私、今までこんなに本気でこの進路のことなんて考えたことなかった。でも今は違う。夢を実現させるためならなんだってする。でも、そこまで行く工程を知らなかったら何にもならない。協力してほしいの。」
「・・・。」
ため息が出た。心のどこかで、押されきった感覚があるからだ。
「分かった。同じ進路を志す仲間として協力する。」
「決まり。じゃあ、メアド交換しよう。」
坂口はポケットから携帯電話を取り出した。形は何かどこかで見たことがある。・・・。永島の携帯電話と同じなのだ。
「あれ、同じ携帯。」
「あっ、そうなんだ。ナガシィの場合性能とかそういうので携帯選ばないからなぁ。多分形だけで見ればこれかなぁって思ったんだけど、マジで同じとは思わなかった。」
「・・・。」
(坂口さんには永島の思考回路全部がコピーされてるのか。)
「て、そんなことどうでもいい。」
自分が言いだした言葉に歯止めをかけて、赤外線受信の機能を起動させる。
「ああ、あと。私のことは萌って呼んでいいからね。」
自分も携帯を出そうとしているときにそう言われた。
「木ノ本さんって何て呼ばれたい。部活の中じゃハルナンだったよねぇ。でもハルナンは嫌だよねぇ・・・。じゃあ、榛名ちゃんでいい。」
「・・・。なんでもいいよ。つうか、いまその話関係ないでしょ。」
この後二人はアドレスを交換し、進路が確定するまで永島には秘密で計画を推し進めていくことを正式に決めたのだ。
翌日。宗谷学園では・・・、
「うーん。確か今日浜北で入れ替えた編成が1001で、上島で入れ替えたやつが2003で、八幡で入れ替えた編成が1007と1005で、乗ってきた編成が2004と2002。今日は1001と1005と2002が車庫に入って、2003と1007と2004がふつうに走る・・・。」
今日はなぜか独り言を言っている。それが気になって黒崎が話しかけた。
「今日はどうしたの。なんかさっきから1001がどうの言ってるけど。」
「えっ。ああ。帰りに乗る電車何かなぁって思って。」
(やっぱりそれなんだ。)
「帰るときに乗る電車なんてわかるの。」
「そんなの簡単だよ。たくさん乗ったらどういう運用してるか一発で分かるし。」
(それが一発で分かるって。相当イッテルよなぁ。)
「でも、遠江急行だけはわかんないなぁ。あれ先頭の右側のところに小さく編成番号が書いてあるだけだから。あれさえわかればどういう運用してるかわかるのに。」
「・・・。」
話には到底ついていけないと思いその場を離れた。
「15時42分に来るのが2003で、54分に来るのが1007。16時06分に来るのが2004。部活もやってないからそこまで待つのはちょっとなぁ。」
「・・・。」
席がちょっと離れている萌の友達。端岡に今のことを振ってみた。
「ねぇ、夏紀。萌どうしちゃったのよ。」
「何。何か変なことでも言ってるの。」
「変なことって言えば、少し変かなぁ。さっきから1001がどうのこうなとか一人で喋り捲ってるし。」
「・・・。」
「ねぇ、早くどうにかしたほうが・・・。」
「いいよ。あのままで。」
端岡から返ってきたのはまずそれだった。
「多分、何かに目覚めたんだと思うなぁ。元気がないってちょっと心配してたけど、あれだったらすぐに立ち直るね。」
「・・・。なんだよそれ。萌が独り言多い時は元気っていう一種のバロメーターか。」
「そんな感じかなぁ。」
「何に目覚めたんだろうなぁ。」
黒崎が端岡に聞いた質問の回答は薗田から返ってきた。
「きっと電車の運転手だよ。」
「えっ。まさか。あれって男の子が成るもんだろ。ふつう女の子が就くような・・・。」
「確かに。女の子が就くとしたら新幹線の乗務員とかだろうな。」
「でも、今ならそんなの関係ないんじゃない。ていうかそこで差別とかしてたら絶対問題になる。それに私たちに偏見があるかもしれないじゃん。」
「・・・。そうだな。」
「ああ、もういいや。2003で。」
「・・・。」
ちょっと強引過ぎたかなぁ・・・。
でも、アマチュアの小説ですし、アマチュアみたいなまわし方っていうのもアリなんですよねぇ・・・。
本編中で結構バカにしてることが多いですが、現実でも同じということは全くありません。