182列車 頭の体操
1月6日。萌の宗谷のほうは今日から学校。僕の岸川のほうは10日から学校。連休になった日萌はいつものように僕の離れに来た。
「ナガシィうらやましいなぁ。10日から学校なんでしょ。」
「ああ。でも、すぐにテストだからうらやましいとも言ってられないんじゃないの。」
「それはそうだけどねぇ・・・。」
「萌って自動車学校通ってるように見えないんだけど・・・。」
僕は話題を変えた。
「えっ。ああ。学校終ったら行くよ。多分2月ぐらいからだと思う。」
「ふぅん・・・。」
僕も免許を取れといわれているのは変わらない。ちょっと前に確認の電話があって僕が自動車学校に行き始めるのは25日以降ということになる。
「でも、ナガシィの場合見え見えのことが一つあるよねぇ。」
「なんだよ。その見え見えのことって。」
「えっ。電車運転するときはどんな速度でも怖くないのに、車に変わったとたんチキル。」
「あっ・・・。それ言えてる。」
素直に肯定した。電車の場合だったらどんな速度でも怖くないというのは本当。シミュレーターならなおさらだけど、実物でも怖いと思ったことは一度もない。だが、車だとチキンになるというのはいまの自分でもわかる気がする。正直言ったら車は運転したくない。
(いやぁ。同じ車でも電気の車と地球温暖化に貢献する車じゃあ違うなぁ・・・。)
「・・・。」
萌は僕がそう思っている間何も言わなかった。何を考えているかなんて、大体見当がついていると小3の時に言われた。そのためだ。
「まぁ、ナガシィが車運転するときは私はその車に乗せないでよ。」
「えっ。どうして。」
「逆に危ない。」
「・・・どういう意味だよ。」
それ以上のことは聞かなかった。
1月10日。今日からこっちもスタートする。萌のほうと違ってすぐに授業だからこっちの方が大変だ。トップバッターは古典かぁ・・・。
「さて、どっちが来るか賭けてみるかぁ。私は1003。」
「1003なら、1002なんてね。2004なんてね・・・。2001だろ。」
来た車両のモーター音で普段と違うということをお互いに見抜いた。現れた車両は湘南型によく似た顔の51号と湘南型の25号だった。
(新年早々これが来るとはなぁ・・・。でも、こいつに乗るのもあと数日かぁ・・・。)
そう言い聞かせて乗り込んだ。
翌日11日。それがそうでもなくなってきた。来た車両はまたも51と25。12日。来た車両は51と25。ここまで来たら明日来るのも見えている。13日。来た車両はやっぱり51と25だった。
「ナガシィ。ナガシィって51号が単体で動いてるとこ見たことある。」
萌は25号の85から降りるとそう振った。
「えっ。あるけど。なんで。」
(あるんだ・・・。)
「えっ。そういうこともあるのかなぁって思っただけ。」
「でも、俺がそれ見たのは幼稚園とかその位の時の話だぞ。記憶があいまいってことも・・・。」
そう言った後すぐに記憶の引き出しを開けてみた。
(そういえば・・・。)
「駿兄ちゃん。今日も100系見れるかなぁ。」
「ああ。見れるんじゃないか・・・。」
駿兄ちゃんはそう言っても確実に見れるのだ。そういうときにしか僕を外に連れ出していないからだ。駿兄ちゃんはすぐに両手を僕のほうに差し出して、
「ほら。こっちに来ないと兄ちゃんが智の席を取っちゃうぜ。」
そうだ。そう言った時に現れたのが、普段乗っている電車と違った。あの時はなんか変わったのが来たなぁ程度だったが、今になってその記憶が正しいということが分かる。
「乗ったことあるかも・・・。」
「やっぱ、ナガシィずるい。」
「なんでだよ。その時萌いなかったというか、俺萌のことなんて知らなかったし。」
それからすぐに西鹿島行きの列車が来て、その数分後に僕たちは分かれた。
学校に着くといつものメンバーがそろっている。宿毛は勉強。センター試験を受験する人はきょう午前中で帰る。ウケない人はそのまま。6時間目まで付き合わされる。4時間目が終わるとセンターを受ける人はさっさと帰っていった。そのどさくさに紛れて、数名帰っていった結果教室の中は15人。半分ぐらいに減った。5時間目は現代文。担当の意向で授業は進めないといっている。
担当の栗東先生が来て、僕たちにプリントを渡した。すぐに終わる内容だったから、すぐに暇になった。ちょっと先生が答えられるか試したくなった。
「先生。これなんて読むかわかりますか。」
僕はプリントに「放出」と書いた。もちろんこれを「ほうしゅつ」と読むなら問題にはしない。栗東先生はしばらく考えてから、ここにいる全員に同じ問題を出した。
「はなしゅつ。」
「・・・ほうで。」
「今ので、「はな」の読み方はあった。後下二文字。」
「えっ・・・。」
この後もなかなか答えにたどり着かない。村山が携帯で調べて、
「はぁ・・・。絶対でねぇよ。これ。」
村山には答えが分かったらしい。これ以上引き伸ばしてもしょうがないから、ネタばらしした。「はなてん」が正解だ。
この後「膳所」、「青木」、「雄信内」、「原田」、「幌延」、「発寒」、「和邇」と問題を出してみた。中にはこれって難読かと思ったものも入っていたけど、意外と読めないものなんだなぁと思った。
翌日。それを萌に話してみた。
「へぇ。「幌延」なんて考えれば出てくるように思えるけど、意外と出てこないもんなんだねぇ。」
「俺もあれには意外だった。たださぁ、俺の国語の担当「膳所」を一発で読んじゃったからそれにも驚いた。勘でもあれはすごかったよ。」
16日。萌も同じことを学校でやってみようと思った。こっちの現代文もテスト範囲は2学期の内にほとんど終わらせてしまって、あとは自主勉状態。もってこいの頭の体操だと思ってやってみた。
「これ3つの読み方でしょ。「かしわら」と「かしわばら」と・・・。」
「答えは「かいばら」。」
「あっ。意外と簡単だった。」
「よし、次行ってみよう。ヒントは「女の子の名前」だよ。」
そう言って黒板に「倶知安」と書いた。
「えっ。女の子の名前でしょ・・・。」
そう言って全員考え込んでしまった。時折校ではないかという答えが出てくるのだが、かすったものが出てくる。
「うーん。さっき「くちあん」が惜しいなら・・・「くっちゃん」とか。」
「ああ。安希答えちゃったら面白くないじゃん。」
「えっ。そうなの。」
「そうだよ。「倶知安」が正解。ね、女の子の名前でしょ。」
(というかあだ名だよねぇ・・・。)
他にギャグったものも織り交ぜてやった。「呉羽」、「銚子」、「松任」、「興津」、「醒ヶ井」、「膳所」、「大嵐」、「発寒」。この中で一番回答が速かったのは言うまでもなく「呉羽」だった。
翌日。17日。朝から雪が降っていた。僕も萌も送ってもらい駅まで来た。
「昨日現文の時間にやってみたよ。いろんな珍解答出てくるから笑えた。」
そう言って振り向いてみるとナガシィの姿がなかった。いた場所は踏切の向こうだった。それから電車が来て、僕が乗り込むと、
「何してたの。」
「お楽しみ。」
こちらに向かってきた車掌に切符を売ってくださいと言って、切符を売ってもらった。僕がやりたかったのはこれだった。
「やっぱりナガシィずるい。そういうことするんだったら私も誘ってよ。」
「これでよし。後は出るときにナイスパスで出れば、これは俺のもの。」
「・・・。」
僕はちょうどこの車内で発行される切符が欲しかったのだ。時折車掌がやっていることだから、どういうことをしているのかは分かる。だが、こうしてみるとまたよく分かるのだ。穴が開いているのは芝本と300と50のところ。350円は運賃。芝本はどこから乗ったかかぁ・・・。そして、第一通りの第の字が旧字体になっていることにも気が付いた。こういう切符をもらってここまで注目する人はいないかぁ・・・。だが、マニアの端くれとして、これぐらいは注目しておきたい。
助信に近づくにつれて、雪は次第に雨になっていた。助信に着いた時には雪ではなく9割がた雨だった。
「去年の17日覚えてる。あの時くらい積もってほしかったね。」
萌がそうつぶやいた。
「そうだな。あの時は遠江急行のほうもさぁ、床下機器に雪がこびりついてたからなぁ。進行方向のほうだけ。」
「それはこっちも同じだった。」
「遠州鉄道のほうは雪煙あげて走ってた。遠江急行のほうはそうなってたけど。」
「うん。ちょっとだけだったけどねぇ。」
「・・・。」
「大阪いけばそういうこともあるかもよ。あっち積もるみたいだから。」
「えっ。前もそんなこと言ってなかったっけ。」
「そうだっけ・・・。どうでもいいよ。そんなこと。」
少し笑って学校のほうに歩いていった。学校に着いたら、今度は授業。午後には雨もやんでいた。帰りも遠州鉄道で帰って、家までの道のりを萌と一緒に歩いて帰った。
翌日。18日。
「さて、昨日まで2003だったから、今日は1000形ってところかなぁ・・・。」
僕はそうつぶやいた。萌の考えも同じらしい。
「じゃあ俺は1006。」
「ナガシィが1006なら、私は1007かなぁ・・・。」
しばらくすると今日乗る列車がやってきた。モーター音を聞いた時、まさかと思った。
(やっぱり・・・。)
お互いの心の中でハモったと思う。51号と25号だ。どうしてこれが来るのかというところにすぐに疑問を持ったが、分からないから問いても仕方ない。それからというものまた金曜日まで51号と25号が動かず、この先上島で入れ替えてた2004も動かなかった。
ようやく終盤まで来た。予定残り2話。
88万6357文字。原稿用紙2215枚分。読了1772分(毎分500文字目安)。一話平均4870文字。