146列車 自由行動
7月4日。今日から定期テストだ。
「今回は負けないからな。」
宿毛からは一番最初に宣戦布告された。
「おー。」
まともにやる気があるのか・・・。そういう返事をしておいた。
7月7日。テストが終了する。この日から一番近い活動日は7月12日。この日に今回の臨地研修でかかる費用を集金する。そして、1日目と2日目の自由行動について行動を決定し、それをアド先生に提出する。それがこの日からの作業だ。
「翼、朝風。今年はどうしようか・・・。」
今年も柊木と一緒に組むことになった。朝風と組むのは博多に行って以来である。他の班がどうなったのかというとこうなった。木ノ本、留萌、隼班。箕島、空河班。潮ノ谷、新発田、牟岐班。醒ヶ井、汐留、夢前班。北石、朝熊、大嵐班。そして、己斐、諫早班となった。
「そうですねぇ・・・。1日目は「精神的に病む」でいいでしょ。」
「いや、それはそれでいいけど・・・。」
朝風の様子をうかがってみた。
「僕はいいですよ。「精神的に病む」のはこの3年間で慣れましたから。」
「あっ・・・、そう。」
「んじゃあ、1日目は「みんなで精神的に病む」でいいな。」
説明しよう。この部活での「精神的に病む」とは、ほとんどの時間をホームで、もしくは電車内で過ごすことである。木ノ本と柊木はこれを月に何回も経験している。そのため、苦には思っていないらしい。むしろ万々歳のである。
「はい。」
強く返事をしたのは柊木だ。
「「スノーラビット」のためですから。」
(「スノーラビット」のためかぁ・・・。「スノーラビット」に、「スノーラビット」に会えるんだなぁ・・・。)
子供の感情が起きた。
「それじゃあ一つ言っとくけど、」
瞼を閉じて、腕組をする。
「今から立てる計画通りには絶対ならないと思っとけ。」
目を開け、二人の顔を見た。
「それはよくわかってます。」
柊木は去年が去年だったためにあっさりと言った。
「まぁ、そういう部活ですからね。」
朝風の方も経験はしていたのでそう言っていた。
「まあ、そこが分かってるならいいや・・・。」
バックからいらない紙を取り出し、シャープペンを持った。
「いいか、まず見る「はくたか」を決める。」
「隼、時刻表くれ。」
木ノ本達と計画を立てている隼に柊木が声をかける。
「はい。翼。」
「どうせ考えてることは私達と同じだろ。」
時刻表を持ってきた隼が計画を書いている紙を覗き込んだ。
「考えてることは同じって・・・。まあ、そうだろうな。隼の班は木ノ本と留萌がいるんだもんなぁ。」
「どうせなら、また一緒に行動すればいいじゃないですか。」
「計画書出せばわかるって。」
そうは言っても、結果は知れているだろう。
「そうですか。たぶん1日目はそんなに変わらないと思いますけどねぇ・・・。」
隼はそう言って木ノ本達に合流していった。
「まずは見る「はくたか」ですね。」
柊木が時刻表のブルーのページを開く。ここには各新幹線と特急の時刻、新幹線と特急の接続状態がのっている。ということは、ここを見れば一発で見ることのできる「はくたか」を知ることができるのだ。
「12時45分福井発の列車が金沢に到着するのが14時09分。これなら下りの「はくたか」は「17号」「19号」「21号」「23号」・・・で、上りの「はくたか」は「8号」「10号」「12号」「14号」・・・を見ることができます。」
柊木が自分の指で追いながら、見れる「はくたか」の番号を告げた。
「それは、12時45分発で行った場合だろ。」
「はい。だから13時42分発の列車で行くと・・・「17号」と「8号」、「19号」と・・・。ああ、「10号」も微妙ですねぇ。その列車が金沢に着くのが15時16分。「10号」の金沢到着が15時16分。見ることはできても、入線してくるところは見れませんね。」
「数十秒差でも無理かぁ。」
「いくらなんでもきつすぎますって。まず、「はくたか」が何番線にくるのか分からないし、きて何分金沢に停まっているかもわからない。それに乗る列車が何番線にいくのかもわからない・・・。離れてたら最悪ですよ。」
時刻表を足の上に広げたまま柊木が頭を抱え込んだ。
「離れてたら最悪かぁ・・・。」
すると己斐が話しかけてきた。
「たぶんその列車でしたら、15時25分発の福井行きで折り返すと思いますから、1・2・3・5番線のどれかに停まるんじゃないんですか。」
「えっ。」
いきなりディープな話をされたので面喰った。
「あっ、あまり本気に聞かないでください。曖昧なところもありますから・・・。」
己斐はそう言ってから、遠慮がちになってこう教えてくれた。
「金沢駅の1・2・3・5番線は北陸本線の福井方面に行く列車がよく発車するホームなんです。だから13時42分発の列車が金沢に着いて折り返す時に一番最初に折り返せる列車が、15時25分発の福井行きなんです。だから停まるなららそのホームのどれかだと思います。」
「それで「はくたか」が止まるホームは。」
「近いと思います。まあ、何番線に停まるかまでは行ったことないんで分かりませんけど・・・。」
「そっか。ありがと。」
「い・・・今言ったのは、上りの「はくたか」のホームですからね。」
「それだけ分かればいいよ。後は電光掲示板と自分の眼を頼るよ。」
己斐に礼を言って自分達の計画に戻る。
「で、どうします。どれから見るんですか。」
朝風が疑問をぶつけた。
「とりあえず、12時45分発の普通で金沢に行くってことにしといて・・・。」
「それじゃあ、お昼はどうするんですか。」
「お昼なんて、キオスクでいいだろ。」
「いや、敦賀で調達することにしよう。」
「えっ。」
「いや、もしそうなったらの場合だよ。もし、ほかの「はくたか」に北越急行の「スノーラビット」が連結されてるなら、13時42分発のやつでのんびり行っていい。だけど「8号」、「17号」、「19号」に連結されてて、ほかの「はくたか」に連結されてなかったら、敦賀のコンビニだかどっかで昼御飯を調達しとく。それで車内で食べる。それで金沢に着いたら、すぐ撮影態勢に入ればいい。」
「そうですね。その方がいいかもしれません。」
「少なくとも、敦賀の構内に売店はなかった。だから、改札を出る必要があるけど、こんなに時間もあるし、大丈夫だろう。」
「もし遠くにあったらどうするんですか。」
「そんときは昼抜きでいいだろ。」
「ええ、それでいいです。」
昼ごはんのことはこれで終わった。
「昼飯のことは終わった。」
木ノ本に聞かれる。
「ああ、終わり。」
「なあ、永島。1日目は一緒に行動しないか。さっき結香が言った通り考えてることは同じみたいだし。」
「また、一緒に行動すんのか。」
「別に、嫌じゃないだろ。」
しばらく沈黙する。
「で、私達の方は「はくたか」を見ることプラス「雷鳥」も見たいって思ってるんだよ。」
「ああ、「雷鳥」か。」
「「雷鳥」のパノラマグリーンですよね。待ってください。今調べ・・・。」
「それくらい調べなくても分かりますよ。」
己斐の声が柊木を止めた。
「何時の列車で行くってことで考えますか。」
「じゃあ、12時45分発の列車で考えてくれる。」
「12時45分。福井発ですね。」
復唱してから、
「下りは16時04分金沢着の「雷鳥23号」で、上りは14時13分金沢発の「雷鳥30号」と17時13分発の「雷鳥42号」です。」
(時刻表を見ないで言える己斐は神だ・・・。)
「そんなに少ないのか。もっとあるだろ。」
「他にも「雷鳥」はありますけど、パノラマグリーンじゃないんですよ。パノラマグリーンじゃないのでもいいなら他のも教えますけど・・・。」
「ならいいや。己斐、ありがと。」
「いえ、これくらいふつうですから。」
(いや、それはふつうじゃない。)
「まあ、これで「雷鳥」も決まったな。」
「「雷鳥23号」が16時04分ってことは、13時42分発の普通で行っても十分間に合いますね。」
留萌の後ろで隼がつぶやく。
「お前、バカかよ。すべては「はくたか」にかかってんだぞ。「雷鳥」だけで判断すんなよ。」
「翼、私よりバカなくせに・・・。」
「翼も結香もやめなよ。」
「まあ、全部は7月の25日ぐらいになれば分かるよ。」
そうすべてはその頃決まる。
「永島君。」
「なーに。」
アド先生に呼ばれる。その受け答えはとても馴れ馴れしいだろう。
「北陸でまだ「食パン」って走ってるかねぇ。」
「「食パン」。」
僕はこの「食パン」と言うのをはじめて聞いた。なんだか解らないので聞き返す。
「あの、583系を改造したね。」
ここまで言われてその「食パン」の意味が解った。今「食パン」と呼ばれていたのは419系という車両の先頭車化改造が行われた車両のことである。言われてみれば、鋼鉄の食べれない食パンだ。
「あれだったら運用終了ってなってましたけど・・・。」
「あっ、引退しちゃったの。そうか・・・。引退しちゃったのかぁ・・・。」
いかにも乗りたかったという感じである。
「あのう、419系ってどんな車両ですか。」
「んっ。419系っていうのは・・・。」
チョークを握って419系の概略を描く。真ん中よりちょっと上に細長い窓を描きいれ、左右対称に近い位置になるようにヘッドライトとテールライトを縦に描きこむ。
「で、これの本が・・・。」
今度はその隣に419系と同じ輪郭を描き、その真ん中に長方形を縦に描きこんだ。そして、最初に書いた方の下に「after」、次に書いた方に「before」と書いた。
「大改造。劇的、ビフォアフター。」
僕の知っている番組の名前とともにチョークで指した。
「えー。これがこうなったんですか。」
「そう。これがこうなったんだよ。」
「改造前からじゃ想像できませんね。」
「つうか、「食パン」って。」
「解らなくはないな。」
「あれ「食パン」っていうんだ。初知り。」
ずいぶん話が脱線いたが、まだ線路に戻すつもりはない。
「なあ、醒ヶ井。お前食パン好きか。」
「えっ。別に好きも嫌いもないけど。」
「じゃあ、北陸行ったら「食パン」食いにいっか。」
「うーん、いいかも。」
「でも食ったら億単位で金がとんでくけどね。」
「はっ。なんで。」
醒ヶ井の目が点になっている。それはそうだろう。僕だってそんな食パンは見たことがない。
「んっ。鉄分たっぷりの「食パン」だからさ。」
「・・・。」
さて、
「で、2日目どうする。どっか行きたいところある。」
柊木と朝風に聞いた。
「僕は「ライトレール」とかに乗りたいですね。」
まず朝風から回答がある。
「柊木は。」
「僕はどこでもいいですけど・・・」
足に置いている時刻表のページを少しめくって、
「8時01分に富山に来る上りの「トワイライトエクスプレス」を拝んどきたいですね。」
「「トワイライトエクスプレス」かぁ。」
「「トワイライト」見るのはいいけど、それで18切符で入っちゃうなら、「ライトレール」には乗らずに、どこかに行った方がいいんじゃないかな。」
「ですよねぇ。」
「あっ、18切符でどこかに行くも別にいいですよ。」
朝風が手を広げて、「ライトレール」案に「待った」を言う。
「行くっていうのはいいけど、どっか行きたいところあるの。」
肝心なところを衝かれて、答えられなくなる。僕達はしばらく考え込んだ。
「あっ、これどうかな。」
考案の女神が降臨する。
「北陸本線の旧線跡見に行くっていうの。」
「旧線跡ですか。」
ちょっとびっくりした。また、己斐が話に割り込んでくる。
「北陸本線の旧線はサイクリングロードになっていますから、レンタルして走ってくるっていうのも手じゃないんですか。」
「己斐さん。あんたはそっちの班じゃないでしょ。」
「あっ、まだ説明してる途中なのに。」
諫早とのやり取りを見てから、本題に戻る。
「じゃあ、糸魚川より東に出ればいいですね。」
時刻表を1ページめくる。
「あっ。こりゃゴミだ。」
ゴミという単語が漏れる。時刻表をのぞきこむと、柊木の言う通り。これはゴミだ。
「ないんですね。ちょうど・・・。」
なら北陸本線の旧線探訪はナシである。他を考えなければならない。
「そいやあ、糸魚川からのびてるのって何線。」
「ちょっと待ってください。・・・大糸線です。」
「じゃあ、それに乗って回ってくるっていうのは。」
「回ってくるって・・・。糸魚川まで行って、大糸線で松本まで行って、篠ノ井線で長野まで行って、信越線で直江津まで行ってきて、富山に戻って来るんですか。」
発想を読んだのか、柊木が指で地図上の線路をなぞった。すると、ページをつぶやいて北陸本線の乗っているページを出す。
「8時23分で行くと9時36分。」
次は大糸線。時間をつぶやきながら、指で列車の時間を追う。開いた大糸線のページに指をはさみこみ篠ノ井線のページを出す。同じ動作を何回か繰り返して、顔を上げた。
「回ってこれます。8時01分の「トワイライトエクスプレス」を見た後、8時23分の列車で糸魚川まで行く。あいた時間を利用して、「はくたか5号」と「はくたか4号」を車撮する。この間に昼ごはんも調達しておいて、10時43分に糸魚川を出る列車に乗る。終点の南小谷に到着するのが11時44分。その2分前に到着する「あずさ3号」を車撮。12時04分の松本行きで、松本に到着するのが14時19分。乗り換えをして、14時26分に松本を発車する列車で長野まで行く。それで長野に15時41分。そして、またこの間に時間があるから、晩御飯の調達と「しなの13号」車撮する。それで、16時11分に長野を発車して、終点直江津に到着するのが17時46分。17時57分発の富山行きに乗って、富山到着が19時59分です。」
柊木の強い声が頭の中に響く。
「よし、それでいい。これで、自由行動は完璧だ。」
強く机をたたいた。
北陸本線の普通は1時間に1本ぐらいですが、世の中には2時間経たないと列車が来ないとかっていうところもありますよ。他に、普通列車なのに駅を通過するものもあります。