144列車 打ち明け
6月27日。この日はテスト1週間前。当然部活動もなくなる。こうなると、放課後が待ち遠しくなくなる。そして、この気持ちに授業が拍車をかけるのだ。そんな気持ちであっても流れていくのは早かった。昼休みになると鉄道研究部員が部室に集った。
「おい、永島。どういうこと。」
行くなり、佐久間が言葉をぶつけた。
「どういうことって。」
理由が分からないわけではない。こう言ってくる答えは一つしかないからだ。
「臨地研修。あれのどこに華があるっていうんだよ。」
(わがままだなぁ。)
「華ねぇ。華だったら「はくたか」があるじゃん。」
「それのどこが華なんだよ。」
カチンと来た。佐久間にしてみれば華でも何でもないだろう。佐久間は同じようなことを僕以外にもぶつけていた。当然、四国を支持していた人たちにもだ。
「俺、今年の臨地行かないからな。」
そんなことまでぬかしていた。
13時10分。昼休み終了。僕たちはというと昼休みが終わる前に教室に戻ってきた。
「あいつ何なんだよ。」
留萌が言う。
「朝熊のこともひどいと思ったけど、あのプランをあそこまで言うとはな。」
醒ヶ井にも今回のひどさは分かるらしい。
「俺、佐久間がああいう奴だとは思わなかった・・・。」
ふと、北石の言っていたことが脳裏によぎった。北石の言う我慢できないことというのはこういうことだったに違いない。今回のことにはさすがに我慢できなかった。
「前、アド先生が佐久間を部員として認めないって言ってたよなぁ。」
「そういや、言ってたなぁ。」
「俺、今ほどあいつとはやっていけないって思ったことない・・・。俺たちとあいつじゃ釣り合わないんだ。今まで、なんとか我慢して来たけど、もう我慢できない。あいつは後輩にも認められない先輩に落ちていったんだ。」
「今分かったことかよ。」
「そうだな。」
「もう引っ張り上げる必要もないんじゃないか。」
「いや、最初からなかったのかもな。」
こうなると最初に意気投合した自分がバカバカしく思えてきた。こういう風になるなら最初から・・・。
その日、学校が終わるとすぐに教室を飛び出した。部活がなくなると、早く帰りたいという気持ちでいっぱいになる。もちろん、そこにはそれしかない。しかし、歩き始めると話は別である。
(そういや、萌どこに進学するんだろう・・・。)
ちょっとそれが気になった。
遠江急行涼ノ宮駅。ここから自分の家に一番近い芝本までいく。ここから芝本までの所要時間は今の時間なら普通で31分だ。
涼ノ宮のホームに上がった。対向式ホームの上り線には15時33分発、普通浜松行きが停車していた。すぐに発車ベルが鳴り、普通列車はVVVFインバーターの出す高い音とともに走り去っていった。
15時42分。下り線に普通鹿島行きが到着する。この列車のモーターは界磁チョッパ制御だったため、見送った。次の列車の方が乗り心地がいいからだ。
15時43分。上りの普通列車を見送り、その3分後上りの急行列車が通過していった。そして15時52分。僕がのる列車がやってきた。
この列車は、席はほんの少しではあるが開いていた。しかし、僕はこの席には目もくれなかった。車内灯の消された車両の一番前。4号車に向かって車内を少し急ぐように歩いた。4号車の浜松側まで来ると進行方向鹿島側に歩いて行く。もちろん、この車両にも空いている席はある。しかし、あんな席には座りたくない。電車に乗っていて、車両の真ん中にある席ほどつまらない席はないからだ。だから、乗務員室のすぐ後ろの席まで足を運んだ。
そこまでいってみると残念なことがあった。すでに先客がいる。さすがに、先客をおしやってまでこの席に座るつもりはない。僕は立って、ここが空くまで耐えることにした。
「ナガシィ。」
誰かに呼ばれた。聞き覚えのあるこの声は萌の声である。どこにいるのかと思い、その姿を探してみた。今走っている方向に向いている顔を自分の身体が向いている方向に向ける。すると、目に入った。
「萌、久しぶりだな。」
久しぶりと言っても文化祭以来。最後に会ってからそんなに日は経っていない。
「久しぶりって・・・。文化祭であっただろ。」
そう言われてしまった。
「あっ、ナガシィ。朝歩いてきた。」
「えっ。今日は朝雨降ってたし、送ってもらったから・・・。」
「そう。じゃあ、久しぶりに歩いて帰らない。」
「まだ、家に電話とかしてないし。いいよ。」
僕はすぐにこれに乗った。萌を一緒に帰るのは中学校以来である。
16時23分。芝本到着。ここまで運んできてくれた遠江急行の2000系にありがとうを言って、見送る。これは絶対に欠かすことのできない風習である。2000系の姿が見えなくなるまでホームに残る。この間萌は何をしているかというと、同じようにホームにいた。
列車が発車して30秒くらい経っただろうか。萌と合流して階段を下りた。
「変わってないね。」
軽快に段をたたく萌が言った。
「うるさいなぁ。」
「そんな風に言ってないよ。いつも電車見てる目と変わってないなぁって事。」
「ほんとかよ。」
別に疑いを持って言ったわけではなかった。よく言われていたことだからだ。萌が言うには僕が電車のことを話している時はどんな時でも目が子供だそうだ。だが、僕としてはそんなこと思ったこともなかった。
改札を抜けて、右にかじをきった。方角で言うと東である。
「そういえばさぁ、ナガシィ進路決まった。」
芝本の駅舎を出て聞かれた。
「まだ決まってないよ。学校は決めたけどさぁ。」
「そ・・・そうだよね。まだ6月なんだし・・・。」
駐輪場の隣を歩いていく。この間だけお互い黙っていた。
「ちなみに、どこの学校に進学する気。」
「笹子観光外国語専門学校。大阪にあるやつだよ。」
「へぇ。」
反応が薄かった。
「萌の方は。」
前から疑問に思ってたことだ。聞いてみた。
「・・・・専門学校。」
「えっ。何。」
前が聞きとれなかった。
(専門学校。萌は大学じゃなかったっけ・・・。まあいっか)
「笹子観光・・・。」
目を見開いた。萌の声が頭の中でこだまする。
「・・・えっ・・・。」
信じたくない気持ちと信じたい気持ちが入り混じった。足を止め、萌を見た。萌の方はというとそんなことお構いなしにさっさと歩いていこうとした。
「ちょっと待てよ。」
今までこんなことしたことがあっただろうか。去っていく萌の右肩を掴んだ。
「言った通りだよ・・・。」
「なんで・・・。なんでだよ。萌は幼稚園の先生になりたかったんじゃなかったのか。なのに、なんで俺と同じところに来るんだ。」
「・・・。」
黙ったままでいる萌に質問を浴びせる。
「その前に、なんで俺の進路知ってるんだ。俺、今日の今日までお前に行く学校のことなんか話したことないぞ・・・。」
これ以外浴びせるものがなくなった。しばらくそこに突っ立ったままでいた。この沈黙を破ったのはどのくらい時間がたった後だっただろうか。
「ナガシィが追ってる夢を・・・私も追いたかったから・・・。」
(えっ・・・。)
「ナガシィいっつも、将来は運転手になるんだって、すっごく嬉しそうな顔で言ってたじゃん・・・。私、そんなナガシィ見てたら、私にもなれるのかなぁっていつも思ってた。それで、調べたりしてみれば女性の運転手もいるってことに気付いて、ナガシィには悪いけど、ずっとそうなりたいって思ってた・・・。」
「・・・。」
「そしたら、ナガシィと一緒にいろんなところに行けるんだってずっと思ってた・・・。」
萌の声は時折小さくなりながら、僕の頭の中に入ってきた。
「だから、ナガシィと同じ進路に行きたいって思った。ナガシィと一緒の学校に行けば、将来入る会社も同じにできるかもしれないって。そう思ったから・・・。」
(萌。)
嬉しかった。だけど信じられなかった。話しているのはすべて小学校時代の僕・・・。そのころからずっと思っていたことなのだろう。そうなれば、木ノ本や留萌以上に強くこの進路を考えていたことになる。それなら・・・。
「それなら、なんで俺にそのこと言ってくれなかったんだ。」
それまでうつむいていた萌が顔を上げた。
「言ってたら俺、あんなバカなことしなかったよ。高校だって岸川に行こうって言ってたはずだよ。それで、もしよかったら鉄研やろうって言ってたはずだよ・・・。」
「ナガシィ。」
萌が言葉を遮る。
「私、女の子なんだよ。そんなこと言ったら・・・。」
「女の子だからなんだよ。どんな趣味持とうが、どんな職業に就こうが、そんなの男女関係ない。一番いけないのはそれを押し殺したままでいることじゃないのか・・・。」
「・・・。」
「そんなこと言われたら、俺はバカでしょうがなくなる・・・。ただ言うだけでも・・・よかったのに・・・。」
「ナガシィ・・・。」
今度は僕が顔を上げる。
「ありがとう・・・。私、ナガシィがこう言ってくれるとは思わなかった・・・。本当なら、ナガシィは私がこっちに来ることなんて許してくれない。いくなら、なんで来るんだよって怒ると思った・・・。」
萌の眼があつくなっていたのが分かった。
「バーカ。そんなことで怒んねぇよ。バカバカしい。」
「・・・。」
「確かに、来る理由は聞くけど、それ以上のこと聞くと思うか・・・。」
目をこすった。
「今思ってみればそうかも・・・。私、まだナガシィのこと分かんないみたい・・・。」
「そんなことねぇよ。」
ふと眼を上げると高架駅に入っていく列車が姿を見た。菱形のパンタグラフはさっき乗ってきた列車のものではない。少なくとも10分は同じ場所にいたようだった。
「列車・・・来たの。」
自分の目の違いを見抜いて萌が声をかける。
「ああ。」
「なんだった。」
「1000系だった・・・。」
高架橋から目をそらし、自分の帰るべき方向に歩きだした。萌がその後ろをおってくる。
「そう言えば、もう一個の方答えてなかったね。」
「もう一個って。」
とぼけたわけじゃない。
「おいおい。ナガシィ頭大丈夫か・・・。」
「大丈夫だよ。」
そう答えると、
「精神科医、行ってくれば。」
と言われてしまった。
「さっきのだけど、私がナガシィの進路知ってるのは・・・。」
(まさか、あのメールもそれで・・・。)
6月28日。いつものように学校に行った。今日はやらなくてはいけないことが一つある。そこだけがいつもと違っていた。
「木ノ本、ありがと。」
木ノ本が来るなり頭を下げた。
「ありがとって。何か感謝されるようなことしたっけ。」
とぼけているのかそうでないのか。
「昨日、萌から聞いたよ。全部・・・。萌が進路のことああいう風に思ってったってことも、俺と進路合わせるために木ノ本が萌と精通して情報を流していたことも・・・。」
「ようやっと話したのかぁ。」
荷物を置きに行った。
「萌、なんて言ってた。」
「んっ。分かってる人ほど、話さなきゃ分からないものってあるんだなぁって言ってた。」
昨日の言葉をそのまま返した。
夢を追う人。僕は好きです。