142列車 筒抜けの決定
携帯が鳴った。
「もしもし。安曇川です。」
「あっ、アド先生。箕島です。」
「どうしたんだ。」
「臨地研修の行き先のことなんですけど・・・。」
「行き先・・・。それなら潮ノ谷君が四国の方になったから四国でいいんじゃないかな。」
「・・・。」
しばらく黙った。
「その行き先ですけど、今年の行き先は・・・。」
6月23日。今日、今年の臨地研修の行き先が決まる。
(僕の出した案は通るんだろうか。)
そんな心配ばかりをしていた。今の状況では、高い確率で四国になるのは確定的だからだ。
「自信持ってくださいよ。僕だってあの案は悪くないと思いますから。」
僕の心でも読めるのだろうか。朝熊が励ましてくれた。
「あっ、言うの忘れてましたけど、あの案部長に送っときました。」
「そう。それでなんか言ってた。やっぱり21時に新潟に着くのは問題だとか・・・。」
「それは言ってませんでした。でも、北陸がただ通っているだけになってるから、そこだけ変えればどうにかなるんじゃないんですか。」
(ただ通っているだけ・・・。)
確かに。あのプランは行き先である北陸をただ通過しているだけである。大阪で行動を止めてしまっているからしょうがないのだが・・・。
「そうか・・・。」
なにも返事しないよりはましだろう。
放課後、3年4組。
「永島君。昨日送ってきたプランだけど、あれで決定でいいのかな。」
「まだ決定しないでください。箕島にも意見聞きましたけど、あのプランでは北陸をただ通過しているだけになっているから、そこを変えろと・・・。そこを変えれば、北陸の方はあれで決定でいいです。」
(箕島君からは何も聞いていないのか。)
その後、僕から話すことはない。柊木達を巻き込んで雑談に耽った。
この間、僕はアド先生と箕島が何を話しているのかは分からなかった。
(四国も最終の詰めか・・・。)
と思いながら聞き耳を立てていた。だが、ほとんど聞くことはできなかった。唯一聞きとれたのは、
「分かりました。じゃあ、このプランで明日計画書を作ってきます。」
「お願いします。」
という言葉だけだった。箕島の顔が少し笑っていた。
(こりゃ、天地がひっくり返っても北陸になることはないな・・・。)
心の中にそれだけが広がり、思考回路をさえぎった。
6月24日。今日もまた部活である。
昼休み。いつものことで部室に向かう。
「今日、アド先生が計画書作ってくるって言ってたけど、どっちに行くことに決まったのかな。」
「計画って言ってもどうせ四国だろう。」
木ノ本が横から話に入ってくる。
「あっ、言ってなかったね。」
箕島が今の会話で思い出したように言った。
「行き先は北陸だよ。」
自分の耳を疑った。
心の中にこだまするこの声は何なんだろうか。今のことを僕は信じることができなかった。
「なんで・・・。」
すぐに出た言葉はこれだった。
「だって、決まんないだろ。ここまで割れてて・・・。」
(割れてる・・・。そんなことはない。潮ノ谷が四国の方を支持して、四国票は11。北陸票は10。僅差だけど、これは北陸じゃなくて四国に決まったってことじゃ・・・。)
「だから、ここはみんなが行きたいって思ってる北陸の方がいいかなって思って・・・。」
(そんなつもりはない。いや、こうなることを望んでいたわけじゃない。お互いのプランをぶつけて、それでも四国っていうなら、四国にしよう。こういう風になること前提であのプランは作ったはずだ。)
心の中で思っているだけで、言葉にはならなかった。箕島もこのことには、これしか言わなかった。決まり方があっさりしすぎている。胸がカラッポになった。そこにあるという感覚が失せた・・・。
昼を食べ終えて、僕はすぐに部室から飛び出した。この頃はいつもこうである。もちろん、僕が部室を去った後にどういう話をしているのかは知らない。
13時10分。昼休み終了。その鐘を聞いて箕島たちは部室を出た。
「箕島・・・。なんで四国じゃなくて、北陸なんだ。」
木ノ本が自分の疑問をぶつけた。
「なんでって・・・。あいつに楽しんでほしいからだよ。」
それだけ言った。部室に鍵をかけ、階段を下る。
「それだけ・・・。それだけかよ。」
去っていく箕島の肩を掴みそうになった。
「俺、永島の作ったプラン見てみた。なんか、どうしても北陸に行きたいっていう気持ちがそのプランから読み取れた・・・。俺も、あのプランならみんな満足できる。そう確信したよ。だから、行き先を北陸にしたんだ。」
(でも・・・。)
「もちろん、留萌達にも北陸でいいかって聞いたよ。そしたら、全員からOKが出た。それもあるから、問題はないよ。」
「そりゃいいけどさぁ・・・。」
「大丈夫。四国には暇ができた時に一人で行ってくるから・・・。」
笑って見せた。
(本当は行きたいんだろうなぁ。でも、なんでだろう・・・。)
そう思えた。
放課後。話し合いをする3年4組に向かった。アド先生が来るまではどういうプランになってくるのか楽しみだった。昼休みはあんな風に思っていたけど、内心は飛び上がりたくなるほどうれしかった。たぶん、今の僕にはなんで行き先が北陸になったかなんてどうでもいいのだろう。
アド先生が扉を開けた。
「はい、皆さん。これをもらってください。」
鉄道研究部員全員2枚組の紙をもらった。1枚は集金用の紙。そしてもう1枚はこの臨地研修の計画表である。
計画の全容はこうだ。
まず、浜松を7時06分に出る、普通豊橋行きに乗車する。これに乗ると終点豊橋には前述した通り7時42分に到着する。豊橋で7時45分発、特別快速米原行きに乗り換える。この列車で行くと終点米原到着は9時47分だ。ここ米原からは北陸本線にかじをきる。この列車で一番最初に乗れる北陸本線の列車は10時03分発、新快速近江塩津行き。この列車で近江塩津に行き、近江塩津からは敦賀まで足を延ばす新快速に乗車。これで敦賀到着は11時15分。ここ敦賀に到着すると少し時間がある。11時43分敦賀発、普通福井行きで終点福井まで乗車する。ここ福井までくれば、団体行動から、自由行動に移行する。ここから先はゆっくり集合場所の富山までいくもいいし、北陸本線から外れていくローカル線に乗るもいい。そんな感じで自由行動を満喫しながら、富山集合19時00分に間に合うように移動する。これが1日目の行程だ。
2日目は完全に自由行動である。班ごとでいろんな場所に行っていい。
3日目は9時49分に富山を発つ。ここでこの臨地研修一番の目玉「特急はくたか」のお出ましである。この「特急はくたか7号」で越後湯沢まで出る。終点越後湯沢には11時53分の到着。7分の乗り換えを経て12時00分発普通水上行きに乗車。終点水上到着は12時39分。昼時ではあるがまだ先にコマを進める。12時46分発普通高崎行きに乗車する。終点高崎到着は13時51分だ。ここでようやく昼ごはんである。この時間を経て15時17分高崎発、湘南新宿ライン経由特別快速小田原行きに乗車し、終点小田原到着は3時間後の18時18分。ここ小田原でまた乗り換えを行い、18時27分発、普通熱海行きで終点熱海に18時51分。3分乗り換えで18時54分発、普通島田行きに途中の沼津まで揺られる。そして、ここ沼津からは20時00分発、ホームライナーに乗り、終点浜松には21時37分着である。
(これじゃあ、僕が一番最初に考えたのと、あんま変わんないなぁ。)
正直そう思ったが、不満があるわけではなかった。臨地研修はこれで決まりだ。
水上。水上なんて読まないでね。このレでは。