123列車 ぶつかり
部室のドアの前にしばらくそのままでいた。鍵がかかった扉は開くことはなく。僕は何もすることがない。いや、何もできなかった。眼鏡はカバンが飛んでくる前に手でガードしたから無事。叫んだ時に払ったかばんは階段のほうに。踊り場に転がっている。それを拾い上げて、僕は教室に帰った。
教室に戻ると僕は机に持たれた。こんな体勢久しぶりにとった。これが僕が萌に話しかけられる前の状態。その時は何もかもがただ暇なだけだった。みんなはアニメとかいろんな話をしていた。僕にはそんな持ちネタないし、アニメになんて興味がなかった。それでも僕が全部の内容を分かっていたのは「ヒカリアン」くらいだった。
「永島大丈夫か。」
木ノ本が心配して聞いてきてくれた。
「ああ。大丈夫だよ・・・。」
「そうなのか。とてもそんな風には見えないけど・・・。」
木ノ本はそう言った。だけど、木ノ本の声は最後になればなるほど聞き取りづらくなった。目を口のほうに向けると何か言っているという感じもない。だが、引っかかることが一つあった。この体勢をして元気がないと感じることはおそらくないはずだ。どちらかと言えば眠っているというほうに考えが回るだろう。何で眠っているというほうに考えが回らなかったか知らないが、この体勢で僕が落ち込んでいたりするというのを見抜けるのは・・・。僕の過去でも知っているのだろうか。いや、木ノ本が知るはずはない。なぜなら僕がそれを隠しているからだ。
「お前さぁ、佐久間のカラオケの案。本当にあれでいいって思ってるのかよ。」
僕はそのままの姿勢で木ノ本に聞いた。
「思ってるわけないでしょ。確かに。全員で楽しめるならそっちでもいいって感じはするよ。・・・。ねぇ、このごろ佐久間って一人で突っ走ってる気がしない。」
「・・・。そうだな。」
(・・・。また永島が黙ったままの状態に陥らなきゃいいけど。今は安心していいのか・・・。)
「佐久間はカラオケのほうがいいって感じてるけどさぁ、別にカラオケである必要がないと思うんだ。カラオケだったらいつでも行ける。全員が受かった後にそういうことするのもいいかもしれない。でも、いま特別にやることじゃない。」
「・・・。」
「はぁ。こんなんで大丈夫なのかなぁ・・・。」
(・・・。あんたのほうも心配だよ。)
また一日日が経つ。佐久間は相変わらずカラオケのほうの進行をどうするのか進めていった。どうやらこのことは箕島からアド先生に伝わったらしく、アド先生もいい顔はしていない。
「中学生をカラオケに連れてくって。そういうことはしてほしくないんだけどねぇ。大体中学生じゃダメだろ。」
「別に、そんなことないですよ。」
この二人の論戦は平行線だ。いつまでだっても決着はつきそうにない。なんでだ。この鉄研に入って、最初は心から楽しいといえた。でも今はそんなこと言えない。周りがそうさせているんだ。僕はそうしている周りを責めたくなる。でも、責めても仕方がない。だから、さらにこれが楽しくなくなる。
「僕たちが引率すればいいだけの話じゃないですか。」
「そう簡単じゃないの。中学生を夜遅くまで出して、親に迷惑がかかるだろ。ちゃんとそういうことを考えなさい。それに普段部活にもろくにこないで、そういう勝手は許されないんです。そういうことはちゃんと部活にも参加してから聞きます。今この段階で許すわけにはいきません。それ今予約でもかけてあるならキャンセルしなさい。」
「・・・。」
この説得にもアド先生は疲れたみたいだ。結局話し合いで決着はつかなかった。このまま佐久間がカラオケ行きを強行すれば・・・。一人が完全に分離してしまうことになる。アド先生の言うことのほうが通っていた。佐久間の言っていることは部活に来ている人から取ればメチャクチャだったところも多かった。
翌日。
「アド先生はあんなこと言ってたけど、楽しくないのは決まりきってるからさぁ、俺たちだけでどんどん進めちゃおうぜ。」
「どうしてだよ。どうしてそう決めつけるんだよ。」
また箕島が食ってかかった。
「お前なぁ、アド先生も言ってたけど、どうしてそういう風に言うんだ。楽しくないなんてそれはやってからの感想だろ。やってもいないうちから言うな。」
「言ってどこが悪いっていうんだよ。俺は事実言ってるだけじゃねぇか。」
「そうだとしても、つまんないことでも楽しいって思ってやってる人もいるんだ。」
(箕島・・・。)
「二人ともやめてよ。」
木ノ本が大声を出した。それで一時箕島と佐久間が言い合うのを辞める。
「どうして。この頃ケンカしかしてないじゃん。佐久間。箕島の言ってることのほうが100倍通ってるよ。」
「なんでこんな古い奴らの言うこと聞かなきゃいけないんだよ。もっと新しいこと・・・。」
「古い奴らって・・・。そりゃ聞いててウザいとかそういうことも思うけど。」
「そう思うんだったら従う必要なんてねぇだろ。」
こう来られると木ノ本には言い返す言葉がなくなってしまったようである。
「もういいよ。」
木ノ本はそう言い残すと部室から出て行ってしまった。留萌は木ノ本が忘れていったバッグを持って、そのあとを追うようにして部室から出て行った。
「確かに古い奴の言うことはウザい。そういう考えが今の高校生とかそういうところのことかもしれない。でも、古いからなんだよ。古いっていうのは事態っていうものを知ってる。それを俺たちが聞かなくてどうする。聞きたくなくても少しは聞く耳持てよ。そういうことくらいできないのか。」
残念ながら僕はそういう考えを持っている。僕には反抗期らしい反抗期はなかった。もちろん第二次のほうだ。僕は先生とかそういう人の言うことはちゃんと聞いておこうと思い続けていた。反抗したところで何かが変わるわけではない。意味がないから。
「・・・。」
「前お前が言ってたよなぁ。」
(なんのことだ・・・。)
「分かってるけど、分かりたくもないって。俺だって言ってやるよ。そんなこと分かりたくもない。」
頭にきた。こんなやつを話していたら、いつかこっちがダメになると悟った。僕はすぐに荷物をまとめて、部室を出た。それについてくる形で、箕島と醒ヶ井も出てきた。もう耐えられなかったのだろう。
「永島。俺。あいつのこと見捨てることにする。」
箕島からそんな言葉が発せられた。
「見捨てる。」
「ああ。あれじゃあ部活自体ままならねぇ。今思ってることはおそらくお前と同じだ。あいつはもうだめだ。これからは自分で気づかせていかなきゃいけない時になったって言ったら言い過ぎかもしれないけど、そういうときになったんだ。」
「見捨てるって箕島。それでも部長かよ。」
醒ヶ井はステージで大きな声を出した。体育館中には聞こえなくても、近くにバスケットをしに来ていた下級生には聞こえたみたいで、こちらを向いていた。
「部長だからなんだよ。人の言うこと聞けない時点で、いらないだろ。」
「そうだよ・・・。やってけないのが見えてる。」
「お前は止めるのか。」
「別に。止めるなんて気も起きないけど、本当にお前らがそう思ってるのかっていうのが疑わしかった。部員だったら、部員なりに何とかしてやるもんだろ。」
「そうかもなぁ。でも、引っ張り上げる必要がなくなったら部員でも何でもないと思う。」
僕は箕島の言葉に納得した。
「・・・。」
「早く行こう。あいつとはかかわらないほうがいい。」
(そこまで・・・。)
これには疑問を持った。別に僕はかかわってもいいと思った。もちろんこちらがダメになると思ったらこっちから離れる。その程度だと思っていた。
「・・・。」
僕は先に歩いていく箕島の背中を見送った。箕島は何を言わないで去っていく。まるで、何かに脱力して、何もやる気が出なくなった人を見ている感じでもあった。
4月28日。今日集まれる人だけ部室に集まった。集まったのは箕島、僕、木ノ本、留萌、柊木、隼、朝熊、己斐、朝風、大嵐、青海川、牟岐。ちょっとこの人数ではこの部室は少し狭い。女の子はこの部屋の中にはいたくないと思うかもしれない。
「ちょっとみんなに聞きたいことがあるんだけど。」
箕島はそういうと、
「新入部員の歓迎会。どこかに旅行するのがいいか、それともカラオケで行くのがいいか。どっちがいいと思う。」
これには意外だった。前箕島はこんなこと言えるかと言っていたからだ。柊木たちはあっけにとられたような顔で箕島を見つめている。
「どっちなんだ。答えてくれ。」
「あ・・・あたしはみんなと一緒にどこかに旅行する方がいいなぁ。」
言いづらそうだったが、牟岐が先陣を切った。それから3年生以外からは回答を得た。
「ありがとう。じゃあ、ちょっと行先の候補って考えてる熱海でどう。詳しいことはすぐに決めて、全員に報告する。」
「そこでいいです。」
やる日は5月のゴールデンウィーク中。3月11日の東北関東大震災で今年は浜松祭りが開催されないことが決定したからだ。ちょうどここがオフである。
行先が決まった時点で、3年生を残して全員を返した。熱海のどこで何をするかは箕島が全員にメールを送るまで内緒である。話として、熱海のリゾート温泉みたいなところに行くという案が上がって、それに決定することになった。
「佐久間君。僕が思うにそういうことはしてくれないほうがいいんですよ。」
シナ先生は今佐久間から聞かされたことを自分の考えで話している。
「佐久間君のほうはそれをやってもっと新入生と先輩を近づけようって考えてるわけだよねぇ・・・。でもそれって、カラオケ以外でもできるよねぇ。ボーリングだっていいし、他に鉄研だったら鉄研らしく旅行することだってそういうことにつながるじゃないか。それにカラオケなんていつでも行けるじゃない。そのいつでも行けるっていうものに今こうやっていく必要はないと思うんだ。」
「・・・。」
佐久間はしばらく黙っていた。このことが佐久間にちゃんと通じたのかどうかは分からない。今は通じたということと佐久間を信じてやることしかできない。
「分かりました。シナ先生がそこまで言うなら、カラオケに行くことはやめます。」
(僕がそこまで言うなら・・・。)
「僕が言わなくても、同じことだよ。」
「・・・。」
佐久間は黙ったまま職員室を出た。シナ先生にはこのことがどうも引っかかった。
説明文の中で「例 4号車(クモハ223形)」という表記はルビではありませんよ。