122列車 変心
今日一日で進んだ量なんてたかが知れてる。アド先生は最大6枚までと言った。この6枚の中で納めなければならないというのが僕にはある。そんなことはっきり言って聞きたくないというのが本音だ。
「なんで聞かなきゃいけないんだ・・・。」
睨むような目で前を見つめる。前は走っていく車の流れしか見えない。時折、イヤホンをつけたまま自転車をこいで行く人の姿を見る。僕にはそこまで音楽に没頭できる理由は分からない。僕には好きなバンドもなにもいない。何かでことを紛らわそうとしてもなかなかその気持ちが薄れることはなかった。
翌日。4月24日。今日も部活動がある。今日は行く気になれないでいた。その頃、
「永島。今年は新入生の歓迎旅行やろうと思ってるんだけど・・・。」
箕島が作っている模型に手を加えながら僕に言ってきた。
「新入生歓迎旅行かぁ。去年やってなかったね。」
「まぁ実際にはやる暇がなかっただけどな。去年も去年で忙しかったもんなぁ。5月からクリエイト展。その次はJR貨物。臨地研修があって、篠山図書館で展示があって、遠州鉄道の展示にも行って・・・。」
「俺がキラキラ展の時に入院して・・・。いろいろあったなぁ。」
4か月前にあったことがちょっと懐かしく思えた。あの時は萌の顔が近くにあったものだ。
「って話それたな。歓迎旅行に行くとして、どこに行きたい。できれば、朝熊たちに気付かれないように秘密にしてやっていきたいんだけどねぇ。」
「絶対どっかで気付かれる。汐留とかは気付かないかもしれないけど己斐は絶対気づくって。」
「ハハ。だよねぇ。己斐君すごすぎるからねぇ。」
「俺さぁ、小倉から東京だったら行けるんだけどねぇ。入院してる時に暇だったからその時覚えた。」
「へぇ。お前もやたらいらない能力使ってるな。」
「・・・。そういや近々テストもあるなぁ。まだ1か月くらい先だからいいかぁ・・・。」
「1位奪還しないのか。」
「一度しちゃった。もう1位はいいって。はっきり俺にこんな頭必要ないんだけねぇ。足し算さえできれば問題ないところに行くから。」
「・・・。」
「その前に卒業できるか否かだろ。そこまでは足し算だけじゃあやってけないぞ。」
「そうだな。」
しばらく間をおいてから、
「どこ行きたいって言われてもなぁ。前行ったときは熱海だったな。西へは行きづらいな。フリーパスだって実質二川からだろ。」
「あっ。お前名古屋の「リニア館」行った。」
「ああ。行ってきた。」
「どんな感じだった。」
「・・・。どことなく鉄道博物館に似てるっていうのかなぁ。確かに楽しめるかもしれないけど、それって俺たちだけだろ。いや、たちっていうのもおかしいか・・・。それに全員で押しかけるとなるとやっぱり熱海が妥当じゃないのか。」
「そうなるのかなぁ・・・。」
お互い何の考えも浮かばないという感じだった。僕は昼までずっとこんな感じだと思っていた。だが、そうでもなかった。11時ぐらいになって諫早が来た。
「夢前来てないんですか。」
「来てないけど、どうかしたの。」
「あいつ・・・。いや、浜松駅作るの手伝ってくれって頼まれてるんですけど。」
(やっぱり頼んでたんだ。)
「それどこにあるか知ってますか。」
「浜松駅だったら、昨日夢前がそこら辺にしまってたはず。」
僕がその場所を指差した。諫早はそれを見つけると運ぶのを手伝ってと申し出てきた。まぁ、この両だ。引き受けて、下にモジュールを運んだ。
「えっと。これはいったいどうなってるんだ。」
「あの。・・・。全部忠実じゃなくていいですよね。」
諫早は確認するみたいに聞いてきた。
「ああ。それでいいよ。ちょっと詰め込みすぎてるって感じは俺でもわかる。」
「・・・。」
しばらく諫早はモジュールのほうも見つめていた。昨日夢前は線路配置までしか終わらせていない。それもそこまで完成もしていない。これが完成していないとなるとこれからまだ手を加える方法はいくらでもある。どうにか待避線がないという形で線路を組んでみるが、待避線がなくても5枚分になってしまう。これではちょっと大きすぎるのだ。そして、いちばんの問題はこれをどうやって高架橋にするか。KATOから出ている高架橋にするためのレール。もしくは高架橋の橋脚を使えばなんら難しくない。だが、それでは高さが合わないことになって他のモジュールとの互換性がなくなる。ここがワンマンで作るのと違うところだ。
「ああ。夢前が言ってたけど、線路の下にはちゃんと駐車場とか作るって。」
「はっ。困難にもほどがあるでしょ。そんなことできない。高さが足りなさすぎます。」
「・・・。俺はそういうところは妥協しても構わないと思う。自分が信じたほうでどんどん進めてくれればいいだろう。」
というと諫早はため息をついた。
「こんなことなら引き受けなかった方がよかったと思います。バカにもほどがある。」
「・・・。頼まれてるんだから、少しは手伝えよ。」
「やれることはします。でもやれないことのほうが多いっていうのはこの3年間で身に染みましたよ。」
諫早はそう言ったが本当なのかはわからない。諫早は夢前と違って表だってどんどん先に進むようなタイプの人ではない。これは僕が見ていた印象だ。
(本人がいないんじゃ進めようがないじゃないか・・・。)
内心そう思った時アド先生がステージに上がってきた。
「おはよう。夢前君は。」
「今日は来てません。」
「何。夢前君来てないの。とに人にはあれ買ってきて、これ買ってきてってうるさいから買ってきたのに。」
「なんですかそれ。」
アド先生が持っていた袋が気になった。どこかの店の袋だ。中から深緑に身を包んだ細長い箱が出てくる。二人の心の中ではハモったかもしれない。KATOのホームだ。
「・・・。これは黄色い点字ブロックがあるものとは違いますね。」
諫早はその箱を手にとって独り言を言った。いったいどんな違いがあるのかは分からない。まず家にあるものと違うからだ。内はTOMIXの線路を使っているから自動的にコントローラーはTOMIXのものになる。しかし、学校のほうはKATO。建物のほうも一部は混ぜて使うことが不可能なのだ。
「本当はこっちじゃないほうがよかったですけど・・・。ありがとうございます。」
アド先生はそれを聞くともうすぐお昼だからと言ってどこかに行ってしまった。
「永島さん。プラノコとこれの頭端式(先に行っても幅が変わらない)のホーム4つあるか調べてもらいませんか。僕も探します。」
「分かったよ。」
僕はそう返事をすると部室にほうにいって見た。この中で探すものは頭をスパンと切られた木の幹状態になっているホームとプラスチックを切るためののこぎり。それを探すためにこの中に分け入ったのだ。ホームは北西のところにある引出しの中にいっぱい入っているところがある。その中を探してみた。この中には屋根がないホームと終端式(先に行けばいくほど幅が狭くなる)のホーム。作られたホーム。島式(両側を線路に挟まれる形)を対向式(複線の線路の両側にホームがある形)に改造したホーム。目的の頭端式のホームはなかなか見つからなかった。
「おーい。いたら返事しろ。」
「いなかったら殺す。」
「・・・。おいおい。ものに対してそう言ったってしょうがないぜ。」
「分かってるけどさぁ・・・。」
こんな感じのものさがしなんて、こういうときは日常茶飯事。よくあること。しかし、全員がこういう感じでものを探しているわけではない。何とか作業再開までにプラノコは見つかったものの頭端式ホーム4つは見つからなかった。見つかったのは2つ。あと2つ足りない。
諫早は今はこれだけでもいいですと行って何か作業に取り掛かった。何を始めるのかと思ったが、始めたのは無情にも切り刻むということだ。もともと頭端式のホームには屋根を支える柱が入る穴が開いていない。これを穴が開いているものに移植し、屋根を取り付ける。そこまではいいのだが、その先が問題になる。これだけでは長すぎるのだ。それを適当な長さに切り落とし、頭端式のホームの終端まで屋根を持たせるというのだ。諫早は慣れた手つきでそれを改造していく。あっという間にその二つは終わった。
「僕はこれで退散します。当事者がいないなら話にならない。」
諫早は近くに置いてあった荷物を持ち、出口のほうへ歩いていこうとした。
「あっ。もしこの後夢前が来たら言っといてください。そこまで自分が思うようにいかないなら作るなって。これにはもう僕は手を加えません。」
僕は小さくうなづいた。それを見たら諫早はすぐに帰っていった。その日夢前は来なかった。
4月25日。昼。
「なぁ、全員で新入生の歓迎会でもしようぜ。」
佐久間がそう提案した。
「例えば。どんなことするんだよ。」
「中学生とか全員引き連れてカラオケに行くの。そのほうがよくない。楽しいし。」
(俺としてはそっちは楽しくないけど・・・。そんなこと言ったら・・・。)
「いや。新入生の歓迎会は俺たちが入った時みたいに歓迎旅行でいいだろう。カラオケは改めて行けばいいし、そんなに行く機会がないのは・・・。」
「無いとでもいうのかよ。まだ文化祭まで2か月無いけど結構あるじゃないか。そんなに時間がないとも取れないが。」
箕島の言葉を遮るようにして佐久間が言う。
「大体1年生に聞いてみればいいじゃん。カラオケか旅行かどっちに行きたいって。俺らが熱海に行ったときなんて何もなかったんじゃん。」
(それを言ったら・・・。)
「そんなこと聞けるか。」
箕島が珍しく強い口調になった。その眼は完全に佐久間に対し敵意を示している。
「新入生を驚かせるっていうのが歓迎旅行でもあるだろ。そんなことこっちから聞けるはずない。」
(箕島・・・。)
「カラオケなんていつだって行けるじゃないか。その時に行けばいい。ましてゴールデンウィーク中に行くようなことでもないだろ。」
佐久間は僕たちのほうを向いて、
「お前らは。お前らはどう思ってるんだよ。」
と聞いてきた。この前みたいな目はしてないけど、何となく思い出してしまう。
「俺はカラオケより、旅行のほうがいいと思う。」
まずそう言ったのは僕だった。
「箕島の言うとおりカラオケにはいつでも行ける。でも、旅行は行きだそうとしなかったら行けない。だったら行き出さないといけないほうに行くべきだ。」
「他は・・・。」
留萌たちは黙ったままだった。
「お前らも旅行のほうがいいって思ってるのか。」
佐久間がそう聞いてしばらくたつとため息をついた。
「なんで全員あんなジジイのいるほうにつこうとするんだよ。あれに従ってて何が面白いっていうんだよ。」
「そんな言い方があるか。俺だってつまんないなぁって感じたことはある。でも、アド先生はどこがどうなっても鉄研の顧問だぞ。」
「顧問だからなんだよ。ずっと言いなりになってたらつぶれるだけだろ。大体俺たちの部活はさぁ、上下関係なんてないフレンドリーは部活なんだろ。だったらそういう考えでいくほうがいいに決まってる。」
それは善知鳥先輩の考え方だ。この部活に上下関係はない。この部活に入って一番最初に教えられたことだ。
「上下関係がないっていうのもいいかもしれない。だけど、それこそいつかつぶれるだけだ。」
「二人ともやめなよ。どうやって新入生を喜ばせるか考えてるのに、喧嘩なんかしないでよ。」
木ノ本がその間に入る。すると箕島と佐久間はいがみ合うだけになった。そして、箕島が先に部室から出て行った。留萌がそれを追っていこうとすると、
「いいんだよ。俺たちだけでカラオケのほうを進めようぜ。あんなに古い考え方持ってちゃダメだ。・・・。日程だけどさぁ、いつにする。」
「佐久間・・・。」
僕は一言そうつぶやいた。
「永島まで。気持ちは分からなくはないけど、やめろって。」
木ノ本は僕の肩に手を乗せて、僕は横にはけた。
「確かに。箕島の考え方は古いかもしれない。でも、この部活のことを一番考えて思い悩んでるのはあいつだろ。あいつに勝手で、こっちが箕島が反対していることを進めることなんて、できるはずがないだろ。」
「お前らは気合っていうもんが足んないんだよ。気合があればなんだってできる。」
(クッ。)
カチンときた。もうこんなの・・・。
「気合ねぇ・・・。気合だけでどうにかなるんだったらとおの昔に誰もやってる。この世は気合だけでどうにかなることなんでコレッポッチもないんだよ。」
「・・・。」
「お前と話してもしょうがねぇよ。出てけよ。」
「出て行けるか・・・。」
そう言うと佐久間は座っていた椅子から立って僕のほうに歩いてきた。すると僕の胸ぐらをつかみそのまま部室のドアのところまで来た。そこまで来ると佐久間は僕を放った。尻もちをついて、起き上がろうとした時に僕のカバンが顔面に飛んでくる。視界をほぼ鞄にとられたけど、そこの視界で部室のドアが閉まることは確認できた。
「佐久間ーっ。」
寒気が全身を包んだ。
列車番号の話。JRで話をします。
タイトルの通りの○列車というのは客車、もしくは貨物列車の番号です。
△M。これは基本電車の列車番号。Mはモーターのことです。
□D。これは気動車の列車番号。Dはディーゼルのことです。
他にもこれ以外のアルファベットを使った列車が多数設定されています。詳しくは時刻表の列車番号の項を参照するとよいでしょう。