12列車 原則
翌日。4月27日。
「・・・。永島。今日めちゃくちゃ疲れてるな。」
「いや、そうでもないよ。確かに休日なかったけどさぁ、意外と楽しいから。」
「へぇ。先輩とはもうなじんだの。」
「うーん。なじむというか。部活の先輩「もう鉄研色に染まってきた。」とかって言ってたからなぁ。」
「本当にその順応性には感心するよ。」
あきれたのと関心とが入り混じった顔だ。そういう顔をしているのは宿毛である。
「ところで、静岡まで何円かかるか知りたいんだけど。」
僕はこの手のものには詳しくない。というか知らない。
「1280円。」
佐久間が口をはさんだ。いいところに助け舟がいたものである。
「1280円かぁ。ありがとう。」
「ていうか、そんなこと聞いてどうすんの。遊びにでも行くの。」
「まぁね。」
「それよりも、もっと安く静岡に行く方法があるぜ。」
佐久間がそのあとなんといったかというと、
「それ、法律的にダメだろ。立派な犯罪だぞ。」
これがその言葉に対する宿毛の答えだった。何を言ったかというところは想像に任せるとしよう。もちろん、いま言ったことは実行してほしくない。
その日の放課後。同じように部室に赴いた。部室の前には醒ヶ井がいた。もう一つカバンがあったが誰のものかはわからなかった。しばらくすると、サヤ先輩と箕島が来て部室を解放した。
中に入って、製作途中のモジュールを眺めてみる。この2日でだいぶ進んだものだ。今日はこれの製作をちょっと進めて終了した。
一方。宗谷学園に入学した萌のほうはというと、今日は友達と街に出ていた。今は帰り列車の中である。ロングシートに肩を並べて、ちょっと前のほうを見てみた。そこは行き止まりになっていて、一人男の子が前を見てはしゃいでいる。
「萌、さっきから笑ってるけど、なんかあったのか。」
ずっとニヤニヤしてたのが気になったらしい。
「えっ、なんでもない。ただ、昔のこと思い出してただけ。」
黒崎も萌の見ていた方向を見てみる。何を見ていたかはすぐに分かった。
「にしても、電車の前ではしゃいでる子供を見て思い出し笑いするとはなぁ。」
「だって、なんか笑えない。ああいうところ見てると。」
「よくわからんなぁ。少なくともあたしはあれを見ても笑えない。」
「じゃあ、私だけかなぁ。昔の友達みたいだなぁって思うの。」
「へぇ。萌の友達って電車好きなのか。」
(それだから萌は電車に詳しいのか。)
「うん。幼稚園の時からずっと電車のことが好きでさぁ。浜松によく新幹線見に行ったり、家で模型で遊んでたり、インターネットで動画をあさったりとかね。中でも新幹線の100系が一番好きでさぁ、連れてかれたときはダダこねて「帰りたくない。」って言ったり、小学校の修学旅行じゃ自分の座る席に座らずに16号車のドアまで行って東京に着く直前までそこにいたりとかしてたからね。」
「それ、先生に叱られたよなぁ。」
「うん。でも、怒られた後も100系見たらすぐに復活したりするから。」
「あたし電車のことは全くわかんないけど、その人にとっては特効薬なんだな。だから、ああいう風にしてる人を見ると過去のその人みたいに見えてくるのか。」
「過去のっていう意味じゃないんだけどねぇ。今もそういうところがあるから。」
「その人って成長してるのか。」
「ぜんぜん。大きな子供だよ。でも、そういうところがかわいいんだけどね。」
会話は一呼吸置いたらまた始まった。
「そういえば、宗谷に入学したとき私驚いたわ。世界には同じ顔つきした人が3人いるとかっていうけどさぁ、マジでその人に会うとは思わなかった。」
「誰かと、その人似てるのか。」
「うん、鳥峨家大希君だったかなぁ。顔つきもそうだけど、声までそっくりだったんだもん。」
「・・・萌。まさかそれで鳥峨家のこと好きになったとかって言わないよなぁ。」
「いわないよ。・・・なに、梓、鳥峨家君のこと好きなの。」
顔が赤くなった。
「いや、そういう意味じゃないけど・・・。」
「へぇ。」
「な・・・何か疑わしいことでもあるのかよ。」
「ううん。別に。」
といったとき外を対向列車が通り過ぎた。すると頭を抱えて、
「はぁ。ここからだとパンタ見えないからダメだよなぁ。」
「何。パンタとかっていうやつ見ただけで車両の判別つくの。」
「うん。遠江急行なら菱形だったら1000系。シングルアームだったら2000系っていう風に決まってるから。ちょっと複雑っていえば遠州鉄道のほう。あれは基本1000形は菱形で2000形はシングルだけど、1000形のうちの1001がシングルアームになってるから。モーターしか違わないから紛らわしいんだよねぇ。」
自分の手で菱形とくの字を作ってパンタグラフを再現する。
「遠州鉄道って全部同じ車両だろ。あん中にも違いあるのかよ。」
「梓。マニアの前でそう言ったら殺されるよ。全然違うんだから。2000形はVVVFインバーターっていう高い音の出るやつだけど1000形はそんなのじゃないもん。それに乗り心地で言ったら1000形より2000形のほうが上。同じことは遠江急行の2000系と1000系にも言えることだから。」
「あたしには、そんなこと言われても何もわからん。」
「とりあえず、聞けば分かるって。どんなバカでも。」
「それってさぁ。もしわからなかったら、萌があたしを馬鹿にする材料になるよなぁ。」
「そのつもりはないから安心して、梓。」
この後列車はすぐに駅に停車した。その時になる音に少し耳を傾けていたが、やはり梓には違いは分からなかった。
「何がどう違うの。あたしには全部同じように聞こえるんだけど。」
「逆にあたしにはなんでみんな同じに聞こえるかわかんない。どういう聴覚してるか・・・ああ、あとこれもあるか。そう思うこと。」
梓が少し首を傾けた。
「遠州鉄道って結構古い車両も持ってるじゃん。」
「持ってるじゃんって言われてもあたしにはわかんないって言ってるじゃん。」
「あれ。一番モーター音うるさいんだよ。あの中でよく寝れるなぁって思う。」
「へぇ、うるさいんだ。」
「本当にうるさいよ。時折その電車に乗ってくるんだけどさぁ、満員になった状態でも西鹿島側のところまでモーター音が聞こえてくるくらいだに。」
「いや、だからあたしに・・・。」
「あの中で寝れる神経がおかしいよねぇ。一度精神科医とか耳でも直してくればって思うくらいよ。」
「何。電車の中で寝ちゃダメなの。」
「梓。電車の中で寝て何が面白いの。電車に乗ったら根気でも起きてることでしょ。」
「その考え方あたしには理解できない。」
「えっ、何で。これってふつうのことだと・・・。」
「いや、ふつうじゃない。ふつうじゃない。」
「そうかなぁ。」
「おい、自分。その考え方ふつうじゃないって思ったことないのかよ。」
「ないよ。だって、電車乗ったら携帯いじらない。音楽聞かない。あんまり人と話さない。寝ない。前ずっと見てるは鉄則じゃないの。」
(どんな五原則だよ。)
ふと前にまた目を向けてみるとさっきの男の子の姿はなかった。今止まっている小楠で降りたのだろう。ずっと普通に乗っている萌たちにとっては関係のないことだが、ここでは急行と普通の接続が行われている。ここで終点まで用がない人は急行に、途中駅に用がある人は普通に流れてくる。しかし、寝過ごして急行に終点の鹿島まで連れてかれるといった客はよく見る。自分も4日前にやってしまったことだ。
「そういえば、あたしたち浜松から急行に乗ってこなかったけど、何で急行じゃダメなんだ。急行なら結構早く家につけるじゃん。」
「急行はダメ。寝過ごすと痛い目に合う。」
「痛い目って。もしかして、自分もやっちゃったのか。」
「うん。やっちゃったよ。目を開けたらなんか知らないところ走ってるなぁって思ってたらさぁ、間もなく終点鹿島ですって言ってたんだよ。でも2000系に2連ちゃんで乗れたから結果オーライなんだけどねぇ。」
(転んでもただじゃおきないやつ。)
4月28日。昼休み。
「ねぇ、永島。N700系の喫煙ルームでバーベキュウとかやっちゃダメかねぇ。」
佐久間がネタを振った。思わずふいてしまう内容だ。
「やっちゃダメだろ。」
「でもやっちゃいけないとも書いて無いよねぇ。」
「確かに書いてないけど、そういうことするやつがいないからじゃねぇ。」
「なぁ、永島何。喫煙ルームって。」
木ノ本から質問が出た。ちょっと予想外だ。
「喫煙ルームって、N700系についてるやつだよ。そこ専用で喫煙ができるんだ。」
すると頭を抱えて、
「ダメだ。この頃離れすぎてたから私の中の情報が古い。なんかいろいろなのとごっちゃになってる。」
「そのうち思い出すって。今はいわば我慢の時かなぁ。」
その頃先輩たちはというと、
「行先ってATMでいいんじゃない。」
「うーん。なんか思いつかないもんなぁ。じゃあそこにするか。」
「ATMに行って戻ってくるだけかよ。それだけじゃ能がないな。」
アヤケン先輩が口をはさんだ。
「だから、それだけじゃだめだからKODまで行って放物線に乗ってグルって帰ってくればいいんだよ。NMDまで。そうすれば時間がそんなにないだろ。」
「それだとまだ時間が余るだろ。大体何時の「ホームライナー」に乗ってくんだよ。って言っても1本しかないけど。」
ナヨロン先輩は時刻表を取り出して、ざっと目を通した。
「ふつうに無理だな。どっかで暇つぶさないと。」
「じゃあ、SMZのエスパルスドリームプラザとかどう。あそこ正直言ってみたいって思ってたし。」
「果たして、それに1年生が乗るかだな。」
「1年生が乗るか。そるかかぁ。鉄道好きには少々きついところもあるかもな。移動意外。」
「そんなこと言ってたら旅行なんかできないじゃん。」
「確かにそうだけど。」
「まぁ、いまそんな話するのよそうぜ。乗るかどうかは別として、乗らないことはないだろ。初めての旅行なんだし。」
「そうだな。後は俺たちがどう味付けするかだもんな。」
「時間は俺に任せろ。善知鳥じゃだめだし、アヤケンじゃこいつの読み方知らないだろ。」
「なんで俺じゃダメなんだよ。」
「サヤは間違えずにこれ読めるのか。」
「うっ。そ・・・それは。」
「だろ。だから俺に任せろ。えーと、全員昼抜きでいいよなぁ。」
「いいわけないだろ。」
さてさて、いったいどういう旅行になるのだろうか。
今回からの登場人物
黒崎梓 誕生日 1993年12月12日 血液型 B型 身長 157cm
こんな5原則ふつう守れない。