116列車 カラオケ
2月12日。今日僕はいつものように家にはいない。外に出ている。
「永島。こっちこっち。」
佐久間が手を高く上げ、ここだと示している。
「本当に来たんだな。明日雨が降るかも。」
醒ヶ井がそうつぶやいた。
「何。俺がカラオケに来るっていうのがそんなに珍しい。」
「珍しいじゃん。だっていつも誘っても来ないじゃん。」
「・・・。」
「そんな話はどうでもいいで、早く行こうぜ。」
佐久間がここにいる仲間を促す。今ここにきているのは鉄研部員の北石、諫早、空河、新発田、大嵐以外の人たち。結構な大人数でカラオケをしようというものだった。家にある模型遊びに飽きたわけではないが、それ以外することがないし、たまにはこういうのもいいかという感じで来た。
「そのカラオケボックスみたいなのどこにあるんだよ。」
僕は遠州鉄道の第一通りから近いということ以外は聞いていない。佐久間がこれからわかるよと言って先に進んでいく。みんなそれについていく形で、佐久間の後に続いた。
その場所に到着する。してもまだ10時になったわけではない。店は当然だが開いていない。
「あくまでそこのゲーセンで待ってるか。」
と佐久間が言う。
「・・・。」
僕はゲーセンに入るのも初めてだ。いったいこの16年間何をやって来たかというと家で模型いじり。やっていなかったらじいちゃんや父さんと遊んでいたり。また、駿兄ちゃんに連れられて、浜松駅まで新幹線を見に来たり。また萌と一緒に遊んでいたり、萌にいじられていたり・・・。テレビドラマを見ていたり、電車でGO!に没頭していたり。毛布に包まって温まっていたり。そういうことをしていた。
ゲーセンの中はただでさえ熱い。夏場は最悪だろう。音はガンガン。冬でも最悪の場所かぁ・・・。こういうところにあまり長くいたいとは思わない。僕はうるさいところは嫌いだ。周りからうるさいといわれるのも嫌だが、自分がはしゃいでいるときは全くもって気にならない。変と言われるかもしれないが、僕はそういう人だ。
「佐久間まだか・・・。」
こういう時になるといつもの関係が逆転する。遊びのことに関しては僕のほうがせっかちなのだろう。他の人はいつものことだからそんなに苦にはならない。しかし、僕にはこの時間が苦になる。電車を待つときは極端に長くなければそうは思わない。
「おい。永島。ちょっと来いよ。」
「えっ。」
呼ばれていくとそこにはプリクラ。・・・。何をするかと思えば・・・。くだらない。
それが終わるときにはもうすでに10時過ぎになっていた。すぐにさっきのカラオケ店に行って手続きを済ませる。駿兄ちゃんと街に来た時もここに来たことはない。その間僕は店の中を見回していた。こんなものがあるんだという新鮮さが今の僕にはある。でも、やっぱり僕にはカラオケは似合わない。スーパーフリーのカラオケが一番僕にはあっている気がした。
「永島。行くぞ。」
木ノ本に呼ばれて、木ノ本が歩いていく方向についていった。
その部屋は大部屋だった。よくアニメに出てくるカラオケボックスはこんなに大きいものではない。カラオケに一度もきたことがない僕にはカラオケボックスイコール小さいという先入観がある。それはとんだ偏見だったようだ。みんな所定に位置に着くとそれぞれ曲を入れ始める。当然だが、その中に僕が知っている曲名は一つもなかった。
「永島もなんか入れれば。」
木ノ本から曲を予約するらしき機械を受け取る。しかし、僕にはこれの操作方法なんて分かるはずがない。
「木ノ本。これどうやって使うんだ。」
「えっ。まず、自分が知ってる曲名かグループ名入れて、それがどれですかっていう候補が出てくるから、その中から歌いたい曲を選んで、転送ってところを押せばいいだけだよ。」
「・・・。」
だいたいは理解できた。それにしても僕には・・・。迷っているうちにトップバッターの隼が歌い始めた。音楽専門だしネタは多いのだろう。
(そういえば・・・。)
やっぱり僕に歌える曲は「あずさ2号」ぐらいかなぁ・・・。そう思って転送した。
順番通りに来るものかと思ってもなかなかそういうわけにもいかないという感じであった。大体割り込みというものがあるからだ。時にはいいかもしれないけど、順番が回ってこないとなると厄介なものになる。ようやっと自分の順番が回ってきた。
「次、あずさ2号。永島。」
佐久間からマイクを受け取る。結構ずっしり来るものだ。初めて握ったものだけどこんなに重いものを持って歌っている。これだけでも筋トレに・・・なるはずはないか。それでは軽すぎる。気づいた時にはもうすでに伴奏が始まっていた。
「明日私は、旅に出まーす。」
「・・・。」
(何。メチャクチャうまいじゃん。)
(なんなんだよ。このどうでもいい潜在能力。)
(萌ちゃん。この歌声聞いたことあるんだろうなぁ・・・。)
(普段歌ってるところなんて見たことないのに。)
1番が終わると佐久間がいい感じだよと話しかけてきた。いい感じ。どういう意味だろう。ふつうにうまいということなのだろう。それはないはずだ。僕は音痴だと思っている。恐らくかばって言っているだけだろう。全曲終るとそれはそうでもないらしい。
「永島。歌ウマ。」
木ノ本がそう言った。
「そうか・・・。音痴なんだけど。」
「えっ。どこが音痴なんだよ。音痴のおの字もなかったぞ。」
「・・・。」
「点数出る。」
佐久間が全員に言うと全員の目線が液晶に集中する。人生初めてのカラオケだ。何点が出るかなんて、僕にはどうでもいい。だんだん画面に点数が実体化してくる。浮かび上がってきた点数は88だった。
「人生最初とは思えないなぁ。」
「そうなのか。」
「いや。一発目で88点が出るなんてそうそうないよ。せいぜい70点ぐらいだと思うから。」
「・・・。」
自分ではすごいのかすごくないのかわからない。でも周りの反応からしてすごいのだろう。
「永島。お前これ行ける。」
佐久間が曲名を見せてくる。曲名だけ見せられてもなにがなんだかわかるはずはない。下の歌詞を見せてもらってようやっと自分が聞いたことのある曲だというのが分かった。
「別にいいけど・・・。誰が歌うの。」
「お前。」
「・・・。」
声を発しようとした時にはもうすでに転送済み。それも次の曲にされてしまった。すぐに順番が回ってきて、その曲を歌う。得点は87点。
「おいおい。本物だな。歌手にでもなれるんじゃないか。」
「なりたくねぇよ。そんなもん。」
「そうだな。」
そのあとも結構うたわされた。のどがつぶれたということはない。昔から、大声を出すことには慣れている。しゃべる量は萌と話しているときはほぼしゃべったままの状態になることが多いからだろうか。全員のどがつぶれたといってもなかなか僕にはそれを覚えるときは来なかった。
時間が7時になる時まで遊び倒していた。中学生は6時に返し、高校生で残り時間を歌い倒した。全員自分の曲を一回歌って最後のしめとなった。
「・・・。」
外に出ると暗い。当然だ。こんな時間まで外にいたことは学校で部活をやっている以外ない。初めて遊びだけでこの時間までいた。みんなと別れて、第一通りのほうに足を運んだ。
「・・・。」
時間を見ると次の西鹿島行きは19時25分となっている。新浜松行きは19時19分。まだ向こうに入っていない。
(あれが1000だったら、1000かぁ。来たとき1002だったからなぁ・・・。)
こうなってはほしくないというほうを思い描いた。だが、そうならないだろう。階段を上った。
階段を上るとチャイムが鳴る。すぐに列車が来るのだ。向こうからヘッドライトを照らした車両がやってくる。こんなに暗くては視認性だけで車両を区別することは不可能だ。音だけで判断するしかない。
「ファァァァァァァァァァァァァ。」
2000形だ。これ以外は分からない。だんだん近づいてきて、車番が僕の見えるところまでやってくる。車番は2002だった。これが新浜松に19時20分着。4分待って19時24分に発車。ここを19時25分だ。ということは次に乗る列車はこれで決定だ。寒い駅で6分待って列車がやってくる。土曜日だし、そんなに車内は混んでいない。乗りこんだ。動力車の車輪の上に立って下から聞こえてくるモーター音を聞く。
「・・・。」
遠州病院に到着。ここでまた客が乗り込んでくる。顔を上げて、乗り込んでくる顔を確認する。まぁ中に知っている顔があるかと聞かれればあるわけがないと答える。ふつうならそうだ。
「ナガシィ君。」
僕も気づいていたし、相手も気づいていた。そこにいたのは磯部だった。
「磯部。」
「今日も萌と一緒じゃないのかぁ・・・。遊んであげなくていいのか。」
「冷やかしだったらするな。」
「分かった。冷やかしはしない。ところでナガシィ君なんでこんな時間にここにいるの。」
「えっ。友達とカラオケに行ってた。」
すると磯部にも意外だったようで、
「えっ。ウソ。ナガシィ君だったら絶対どっかに行ってその帰りとしか思えない。」
「みんなそういうけどさぁ、そんなに珍しいこと。」
「珍しいことって。明日天変地異が起きるくらい珍しいことだよ。電車以外興味ないナガシィ君がカラオケに行ったって。これは大事件ものだよ。」
「大げさすぎだって。」
「いや。大げさすぎるぐらいのほうがいいって。たとえ話だけど。」
「・・・。磯部は。やっぱり遊んできた帰りか。」
「うん。そうだよ。それがどうかした。」
「なんでもない。」
「・・・ていうかナガシィ君歌える歌あるの。」
「ああ。意外とあった。」
「何歌ったわけ。」
「えっ。・・・。あずさ2号とAMBITIOUSJAPANと・・・なんだったっけ。忘れた。」
「大体想像ついてた。」
一方、木ノ本のほうは・・・、
「永島ってあんなに歌うまいんだね。初めて知った。」
と萌にメールを打った。すると萌からは、
「えっ。ナガシィカラオケ行ったの。」
となっていた。それには「うん。今日行ってきたんだけど・・・。」と返信する。
「おい。なんで誘ってくれなかったんだよ。冗談は別として、ナガシィってどんな声で歌うの。」
「えっ。どんな・・・。難しいけど、一言で言えば男子とは思えない声だった。永島ところどころに歌う癖があるし、歌声も透き通っていすぎてた。」
「へぇ、ナガシィそんな声出るんだ。」
これは明らかに萌は永島の歌声は聞いたことがないという証だ。
「ねぇ、聞くけどさぁ、もしかして、永島が歌うところ見たことないわけ。」
「見たことないよ。ナガシィってあたしの前で歌ってくれないもん。ナガシィ結構歌うまいのは知ってたけど、気づくとすぐにボリューム下げて歌わなくなっちゃうから。だから、ナガシィの歌声聞けるっていうのはあたしも多分10回くらいしかないと思う。」
(永島の歌声ってそんなにレアなのか・・・。ていうか、私はそれを今日7回も聞いたのか。)
と思いながら下に読み進めていくと、5列ぐらい改行した後に「ナガシィって今日「地上の星」とかうたった」と書いてあった。
「へぇ。そうなのか。「地上の星」は歌わなかったけど「AMBITIOUSJAPAN」とか歌ったよ。永島って古いの歌うね。」
(いや。それはナガシィが知ってるのがそれぐらいしかないからで・・・。)
それも永島は全部知っているわけではない。ほとんど知らないというのが本当。恐らくふつうの人を100だとして、永島は1にもなっていないだろう。それぐらいなのだ。
「へぇ。」
メールの返信はそれだけになった。何となく、自分もナガシィが歌っているところが気になった。普段は私がいることに気付くとすぐに歌うのをやめてしまう。一気に音を絞られたスピーカーのように聞こえなくなってしまうのだ。だから、ナガシィの歌声を聞くためには気づかれないということが絶対条件である。こんなことをしてまでナガシィの歌を聞くということはしたくないが、そうでもしない限り聞くことはできない。普段からどこかに出かけようという習慣がないからだ。ましてカラオケなんて10回のうち1回行けばいい方だろう。
(萌ちゃんでも知らない永島の顔があるんだ・・・。)
黒い空を見て思った。これまで萌ちゃんは永島のいろんなことを知っていて、知らないことがないのではないかと思っていた。さすがに萌ちゃんも永島ではないので、知らないことがあって当然という結果が今回明らかになった。やっぱり好きでも知らないことがあるのがふつうだ。
永島が見せた今日の顔。それは今後萌以外見ることはないだろう。
誤字の数が多すぎる気がする。とよく感じます。