114列車 言えますか
それから数日。いつものように醒ヶ井の特訓は続いていた。
「えーと。駅だろ。」
醒ヶ井は僕たちに確認してくる。それに木ノ本が答えた。
「東京、品川、新横浜、小田原、熱海、三島、新富士、静岡、掛川、浜松、豊橋、三河安城、名古屋、岐阜、米原・・・。」
「あっ。」
僕と木ノ本は同時に声を上げた。理由は間違えたからだ。こんな簡単な間違いするものだろうか。
「岐阜じゃなくて、岐阜羽島だよ。」
「あれ。今俺岐阜って言った。・・・。くそっ。」
と言って岐阜羽島からまた始める。
「岐阜羽島、米原、京都、新大阪、新神戸、西明石、姫路、相生、岡山、新倉敷、福山、新尾道、三原、広島・・・。」
「一つ飛ばした。三原と広島の間に東広島があるだろ。」
「あー。またやり直しかぁ・・・。えっ。三原、東広島、広島、新岩国、徳山、新山口、厚狭、新下関、小倉、博多。」
「また違う。小倉じゃないって。どこどう読んだら、小倉って読めるんだよ。これは小倉だろ。」
「はっ。ややこしいなぁ。これは小倉だろ。どこからどう見ても。」
「どこが小倉なんだよ。新幹線のこれは小倉としか読まないぞ。」
「じゃあ、またやり直し。」
「当然。」
「東京、品川、新横浜、小田原、熱海、三島、新富士、静岡、掛川、浜松、豊橋、三河安城、名古屋、岐阜羽島、米原、・・・京都、新大阪・・・新神戸、西明石、姫路、相生、岡山、新倉敷、福山、新尾道、三原、東広島、広島、新岩国、徳山、新山口、厚狭、新下関、小倉で博多かぁ・・・。長いなぁ。」
「これぐらいふつうだろ。35駅しかないんだからこれはまだ簡単。在来線のほうがもっと多いから。」
「簡単とか言ってるけどさぁお前らこれよりもっと長い在来線のほう覚えたのかよ。」
「私は覚えてないけど。」
「俺は覚えた。」
「お前ら、相当暇人だな。」
「まぁ、私は暇人じゃないけどねぇ。列車の撮影行くのに忙しくて。」
「いや、そういう暇があるんだろ。お前ら。俺にはバイトで全部その時間持っていかれてるんだから。」
「じゃあ、バイト辞めれば。」
「お前と違って小遣いでどうにかできるような人じゃないの。」
「だらしないなぁ。それぐらい何とかしろよ。俺は基本使わないだけだから、どんどんタンス貯金がたまる一方。」
「タンスに貯めるなよ。」
「話戻るけど、このごろ醒ヶ井も上達してきたよなぁ。これで形式と駅名は新幹線に限ってはクリアしたぞ。」
「よし、じゃあ次は地元の遠州鉄道と遠江急行かなぁ。」
「えっ。東海じゃなくて。」
「ここで東海いったら醒ヶ井の頭の中がパンクするだけだろ。」
こう言ったら木ノ本も理解したみたいで、それでいいよと言っていた。
それから今度は遠州鉄道と遠江急行の車両形式を覚えさせることにした。これは特徴を見ないと分からないので、木ノ本に撮ってきてもらった写真を使った。最初はパンタグラフしか外見の違いがない形式はどっちがどっちという状態であったが、遠州鉄道のほうだけは覚えが速かった。恐らく、写真に車番がうつっていたりしたからだろう。
遠江急行のほうはパンタグラフだけの違いを見分けられるようになってからは苦労していなかった。
また数日たって、
「よし、次は東海だな。」
「まだ、あるの。」
醒ヶ井のほうはもうよしてくれという顔をしている。もう覚えたくないのだろうか。これは学校の勉強とは違うし、面白く覚えられる方法がある。
「醒ヶ井。まずこれ聞け。」
醒ヶ井にイヤホンを貸してもらい自分のPFPにつけ、醒ヶ井に聞かせる。醒ヶ井は聞いている途中に、
「これなら覚えられるかも。」
と独り言を言っていた。
何度か聞かせた後に駅名を順に言わせてみる。
「米原、醒ヶ井・・・。うーんとなんだったっけ。えーと。大垣だったかなぁ。」
身体が吹き飛びそうな回答だ。
「違うって。醒ヶ井の後は近江長岡。」
「知るか。醒ヶ井しか覚えられねぇよ。」
「だらしないなぁ。俺なら全部言えるぞ。」
「よし。言ってみろよ。」
「米原、醒ヶ井、近江長岡。柏原、関ケ原、垂井、大垣、穂積、西岐阜、岐阜、木曽川、尾張一宮、稲沢、清洲、枇杷島、名古屋。尾頭橋、金山、熱田、笠寺、大高、南大高、共和、大府、逢妻、刈谷、野田新町。東刈谷、三河安城、安城、西岡崎、岡崎、幸田、三ヶ根、三河塩津、蒲郡、ハイ。三河三谷、三河大塚、愛知御津、西小坂井、豊橋、二川、新所原、鷲津、新居町、弁天島、舞阪、高塚、浜松。ドヤ。」
文中のハイというところは覚えた歌に入っていたものだから、いつも癖で言ってしまう。すべて音楽に乗せて歌った。
「こんなことでドヤ顔されてもこっちが困る。」
「知るか。悔しかったら言ってみろ。」
「別に言えなくても悔しくないし・・・。」
まぁ、当然の反応だろう。僕にもここまで言えるから何というレベルでしかないことは分かっている。だけど、少しは自慢したい。こういう機会が来るとは思わなかった。
「はぁ。お前らって相変わらずすごいよ。よくこんなに覚えられるもんだな。なんかコツとかでもあるのか。」
「あるよ。例えば、少ないけど、ギャグにするとか。」
「ギャグ。」
おうむ返しに返ってくる。
「そう。例えば、千葉県の銚子を覚えたかったら「調子にのんな」とか。」
「寒いおやじギャグだな。」
「他には埼京線。「完全、無敵、埼京線」とか。」
「・・・。今俺の中で想像した漢字が違った。・・・。」
「なんで漢字が違うんだよ。」
「いや。それはお前らからの感覚であって、俺の感覚じゃない。」
醒ヶ井の言うことはあっている。確かに、僕たちからの視点からすればこれの漢字はふつうに変換される。だか、人は十人十色。十人いたら全員が想像する漢字が違うということは考えられる。
「そうだな。」
「他に言い覚え方はないの。」
「もう一つ覚える方法はあるよ。」
今度は木ノ本が口を開いた。それにどんな覚え方と聞き返す。
「例えば、これからテストするって時にテスト範囲で恐らく出るであろう単語を言って覚える。見て覚える。指差して覚える。っていう方法。」
「指さして覚えるまではしなくていいんじゃないか。」
「まぁ、そうだけどさぁ。これは運転士とか車掌がやってることで、喚呼か指さし確認のどちらかは怠っちゃいけないんだって。お母さんがそう言ってた。」
「へぇ。」
「ああ。いるいる。遠江急行の運転手は帰りとかに見てるけど、指さし確認だけする人と両方する人といる。」
僕の見た経験を話す。
「でしょ。あれってまず、指さしてその先の標識を確認するでしょ。これってつまり、その先にある標識のことを覚えるためだよね。それで口でもいうから頭の中に入りやすい。それに目でも確認するから、視覚的にその先の標識を覚えるってことじゃない。」
「・・・。じゃあ木ノ本がテストの前に催眠術にかかった人みたいにぶつぶつ何か言っているはそれを反映したってことか。」
醒ヶ井が口を開く。
「今そんなの関係ない。でも、やってみたら。今までよりも上達が早くなるかも。」
醒ヶ井からはしばらく反応がなかった。どうするか考えているのだろう。
「それってさぁ、さっきの歌を歌って覚えろってことだよなぁ。」
「そうだよ。俺も歌いながら全部覚えた。」
「おいおい。原曲と同じリズムで原曲歌ってなかったら変な人って思われるじゃないのか。俺。」
「大丈夫。心配ないよ。だってもとから変な人だし。」
「おい、今なんか言ったか。」
「言った。」
「二人とも。今そんなこと関係ないでしょ。」
木ノ本が僕たちの間に入って、いい愛を止める。それから、醒ヶ井はまた少し考えた後、覚える方法をそれに切り替えることにしていた。
ただ。これには個人差があって当然だった。僕はこれで結構な情報量を得ることができたが、醒ヶ井には無理なようだった。駅名の順番はあっているのが米原から岐阜の間だけ。それ以降は尾張一宮に飛んだり、飛ばなかったとして、尾張一宮から名古屋に飛んだりしていた。
これでは上達も何もないため、教える内容を切り替えた。今度は簡単に車両形式の覚え方。前ちょっと触れたが、あやふやになっていた。
「えーと。これが313系で、これが・・・なんだったっけ。」
「・・・。」
僕と木ノ本は顔を見合わせた。こんなバカでも313系だけは覚えていたらしい。なぜだろう。理由を聞いてみればよく走らせるのがこれだからだそうだ。よく走らせるから・・・。まぁ、そうか。これを考えた時僕の頭の中は家の時とごっちゃになった。
「313系が分かるだけでも結構いいところまで行くかも。」
木ノ本はそうつぶやいた。
「よし。えーとまず、これが211系。」
木ノ本が写真を見せる。
「211系ね。うん。」
醒ヶ井はそれに復唱して答えた。
これを何度か繰り返して、一度テストをしてみた。JR東海の車両すべてを醒ヶ井に見せて検証する。もちろんこの中に313系は含まれていない。必ず1点は入る。しかし、覚えたものをいつまでも出し続けても結果が同じで意味がない。
木ノ本は1枚目に383系の写真を見せた。これはまだ覚えられてないとのことで回答なし。次は371系。これも回答なし。次はキハ11系。回答なし。キハ40形。回答なし。311系。回答はあったものの不正解。答案は211系。211系。正解。キハ85系。不正解。答案は85系。という感じであった。
この中で進歩があったのは211系だけ。どうにか1形式は覚えられたようだった。
それからも醒ヶ井の特訓は続いたのだが、なかなか進歩せず。覚えられたのは新幹線の形式と東海道・山陽新幹線の駅名。それと313系だった。
ネットの駅を歌っていく動画。たいへん重宝してます。少し前の後書きにもこれぐらいは覚えたと書きましたが、リズムが分かれば後は簡単です。歌を覚える要領で覚えられるというのがいいですね。