113列車 雪化粧
1月17日。
朝カーテンを開けるとそこはうっすらと白く積もった雪景色が広がっていた。
(うわぁ・・・。)
心の中でそう言う声がする。
(萌も見てるかなぁ・・・。)
ふとそんな考えも起こったが、すぐに朝ご飯を食べることにした。今日は和田山さんが駅まで送ってくれると言ってきた。6時40分に家を出るくらいでも間に合う。
朝お母さんに起こされて、下の部屋までやってくる。外を見ると庭が白くなっているのが眠たい頭で感じ取る。
「萌。自転車で行くなら早いところ食べないと間に合わないぞ。」
お父さんが目の死んでいる私に言ってくる。
「はーい。」
寝ぼけているから、寝ぼけた返事。寒いから口が開くのも小さい。小さな口でパンをほおばり、食べ終わるころには目は覚めた。
芝本まで来る間に車の外を流れる雪景色を楽しんだ。
「よーす。宿毛。」
宿毛には改札口のところであった。
「オース。永島今日遅くない。」
時計を見てみたら6時49分。発車まで1分無い。
「早いところ行こう。」
「おい。滑っても知らないぞ。」
ホームまで来ると運よく列車が来た。運がいいと思って列車の中に乗り込む。乗りこむと同時に車内に入っている左足が滑った。
すかさず近くのポールをつかんで倒れないようにする。そして、ポールと吊り革をつかみながら、所定に位置に行った。
いつもみたいに自転車を飛ばして行くとそのまま転んでしまいそうな気がした。ゆっくりゆっくり運転しているといつもより2分延着。まぁ、いつも乗るところはあいていたからいいか・・・。
「萌、おはよう。」
後ろから声をかけてきたのは薗田だった。黒崎も一緒だ。
「おはよう。」
カード読み取り機にナイスパスを当てて、ホームに行く。ホームも普段雨でぬれるところは雪に覆われている。そこに靴の跡がついて、下地が少し顔をのぞかせているところもある。バラストにもうっすら雪が積もっている。
「萌。こういう日の電車ってめったにないと思わない。」
「思わないんじゃなくて、ふつう思う。よく雑誌とかで雪かぶってる写真見たことあるけど、ついてたりするかなぁ・・・。」
「・・・。あるんじゃない。」
携帯を制服のポケットから出して、カメラ機能を起動する。チャンスは一回。駅舎と呼べるほどの建物ではないが、この陰から現れる車両をとることになる。しばらくすると踏切が鳴りだして、遮断機が下りる。
「1006。」
声に出した瞬間では遅い。踏切に電車が差し掛かったところでシャッターを切った。うまく列車は真ん中に入ってくれたけど、動きがあることが分かった。これは仕方がない。1006号の車両がホームに入りきりそうになるころにモーターの音が変わった。後ろは2000形だ。でもどれだろう。扉が開いているか開いていないかを示すランプは丸い点一つではないのがすぐに分かった。2001以外なのは当然だ。車番の2003というのが見えた。
列車に乗っている間僕は宿毛とあまり話さなかった。いつも話さないからそんなに変わらないか・・・。でも今日は一段と口をつぐんだ。列車が走っていくとその風圧で巻き上げられた雪が雪煙となって列車の後に続いてく。こんな光景生で見るのは初めてだ。子供みたいにテンションが上がる。
(・・・。雪巻き上げてる。帰りもそのまま残ってくれないかなぁ・・・。)
意味のない期待だろう。そんなことあるはずがない。降ることだけでも珍しいところで、帰りまで雪がそのまま残ってくれることはないだろう。そんなの分かっていてもそうなってほしいと思う。こんな量の雪を見たのは今日が初めてだ。スキー教室とか人工雪でゲレンデを作っている遊園地に入ったことがないのか。その通りだ。僕はスキーなんて興味はない。まして遊園地なんて興味がない。家で模型をいじっているほうが移動している時間の長いお出かけより楽しいから。
電車を降りると、
「ねぇ、鹿島行く急行が通過するまでここにいていい。」
「えっ。」
そりゃあ「え」だろうなぁ。急行が通過するのは僕たちが乗ってきた普通の9分後。その間に鹿島から来る急行が一本、普通が一本停車する。
「いいけど。なんでだ。」
「さっき雪巻き上げてったからさぁ、もしかしたら急行には急行なりの雪煙でもあるのかなぁと思って。」
「お前はガキか。」
「ガキですよー。」
停車する列車の中から同じ岸川の人が数人降りていくことを確認する。全員入口の近い方に集中しているのが、見て分かること。入口より遠いところが一番敬遠されるのだから、そのほうが賢い選択ではないかということを毎回思う。ふつうが発車してすぐに携帯を構えて、列車の通過を待つ。
「こんなことしてるのお前と萌だけだと思うぜ。」
(・・・。確かに。)
列車はうっすら積もった雪を巻き上げて走っていった。北海道や北陸の列車ほどの雪煙ではなかったけど、これはレア度100%だ。
列車を降りると後ろの2003のほうもカメラに撮った。これでよし。2103のほうも雪がついて凍った顔になっている。車掌がアナウンスしてドアが閉まる。
「さ、行こう。」
小声で2003に声をかける。実質運転する方は1006だから、2003に言ってもしょうがないところはあるか。でも、そんなこと関係ない。
薗田たちはもう先に行って屋根のあるところまで言っている。私が今いるところは2103の真ん中のドア付近。ここからは30メートルくらい離れているところにいる。合流すると、
「満足したのか。」
「うん。まぁね。」
(これでナガシィに送り付けたらどういうかなぁ・・・。)
永島の反応を頭の中で考えてみる。今日はどこも雪が積もっているからそんなにうらやましい目では見ないだろう。すぐにそれは想像がついた。
(向こうに行ったのは1003と1005か・・・。16レは1001と1002って言ってたし、今乗ってきたのが1006と2003。上島で入れ替えたのが1004だったから・・・動くのが1000形しかないのか。)
無線を聞きとって得られた情報と目で得た情報をまとめる。今日は16時28分ごろまでまたないと2000形は来ない。そこまで待つ気もないし、2000形には乗ったことだし、今日はあきらめて1004で帰るかと決めた。
学校に行く途中路肩に積もった雪にわざと靴を突っ込んで歩いた。
「だから、お前はガキかつうの。」
「さっき言ったじゃん。俺はガキだって。」
(坂口のやつこいつのどこが好きなんだよ。やっぱり子供なとこか。前そういうところがかわいいとかって言ってたけど。)
これは言うまでもないだろう。どうせ永島はそういうことは聞いているはずだ。しかし、坂口がこれを言っていたのは永島がちょうど休んでいた時。本当に伝わっているかどうかは不明だ。
(前雪が積もったのは幼稚園の時だったなぁ・・・。もし幼稚園の時もあいつと一緒だったら、何してたかなぁ・・・。)
自分でその時の空想を思い描いてみた。確か、その時は母さんが小さい雪だるまを作って、見せてくれたっけ。それ以外はよく覚えていない。
学校に着いたら、クラスの同じ女子が一人来ていた。永原さんだ。
「な・・・永島君。それに宿毛君も。早っ。」
永原は驚いたようだ。こんなに早く来ているとは思ってなかったからだろう。
「何。教室開けてないの。」
「いやぁ。あたしが来てから最初の人に開けてもらおうかなぁと思って。」
(まさか永島君がその最初になるなんて・・・。)
「・・・。じゃ行ってくるか。」
「あっ。俺が行ってくるからいいよ。宿毛荷物見てて。」
「あっ。はいはい。」
僕はバッグを宿毛に渡して、職員室に向かった。
「永島君って優しいよね。」
「えっ。」
「いやっ。なんでもない。」
これに宿毛は首をかしげた。でもすぐに察した。しかし、ここで行ってしまうのは彼女にとって失礼だろう。時期がくるまではこの話題は封印することにした。
学校に着く間に靴の中が冷たくなった。学校のスリッパに履き替えるとすぐに教室に行って、手で足の先を包んだ。ここが一番冷たくなっている。
(萌は彼氏がほかの学校にいるんだったなぁ・・・。)
薗田はふとそんなことを思う。そうなると逆の立場にいる黒崎に矛先が定まる。
「ねぇ、梓もあんなことしてもらったら。鳥峨家君に。」
「なんで鳥峨家が出てくるのよ。」
「簡単じゃん。梓の彼氏だもん。」
「彼氏って簡単に決めつけるなよ。まだ付き合ったこともないんだから。」
「まだってことはこれから付き合うんだ。」
「・・・。」
自分がやってしまったミスだ。今更変更のしようもない。
(昔はナガシィの首とかに手を当てて、暖めてたっけ。ナガシィあったかかったからなぁ・・・。)
冬場にナガシィに私が勝手につけたあだ名は「動くホッカイロ」。普段動くホッカイロとは呼んでなかったので、ナガシィよりも浸透しなかった。ナガシィというあだ名はクラスの女子のほとんどが使うくらいになっていたが、動くホッカイロのほうは自分と綾くらいだった。
2年9組のお転婆な男子が3階の廊下の前にある屋根にたまって雪を取って中に持ち込むということをやっていた。教室に集まったのは大体半分くらい。授業は3時間目からスタートということなので、2時間は自由だ。
7組のほうに行って留萌と話していたが、7組の野球部あたりのメンツもそれに参加していた。しまいにはちりとりとゴミ袋を持ち出して、何をするのかと思ったら、そこの雪を除雪車みたいに救い上げて、ゴミ袋の中に入れ、雪だるまを作っていた。作らなかったら手に乗るだけの雪をかき集めた雪玉を作って、廊下にいる野球部・お転婆組で雪合戦。僕よりもガキな人がここにいた。
「何やってるんだかなぁ・・・。」
留萌がそれを見て呆れていた。
「楽しんでるんじゃないの。」
「そうだな。ところで、醒ヶ井のほうはなんか進展あったのか。」
「ああ。醒ヶ井は新幹線の形式は全部言えるようになって次の段階。次は新幹線の駅名ってところかなぁ。」
「まぁ、この機会に覚えさせるのもいいか。」
「俺もこの機会に覚えるかなぁ。」
とつぶやくと留萌は勘違いしたみたいで、
「えっ。お前新幹線の駅名全部言えないのか。在来線は小倉から東京まで全部言えるのに。」
「いえるけど、順番怪しいだけ。」
「なるほどなぁ・・・。」
というのが聞こえてから、僕は教室のほうに戻った。教室に戻るとさっきまでなかった木ノ本の姿があった。
「おお。永島。これ撮ってきた。」
カメラを出して、僕のほうによってきた。
「これ。雪でヘッドマークが隠れちゃってる「出雲」と「瀬戸」と「あさかぜ」。」
「いつ撮ってきたんだよ。」
「今日。徹夜して撮ってきた。「さくら」まで撮ったら案の定遅刻した。」
「お前もよくやるよなぁ・・・。」
(これを萌が見たらなんていうだろう・・・。)
そんなことを考えた。ここを走っている寝台特急はほとんどが深夜に通過していく。そんなのを見ていたら、こっちの身体が持たない。そういう理由で見に行けないのだ。
「よかったら、今日取ってきたやつ3枚ずつ現像して、1枚ずつやるけど。」
「えっ。」
人にやるなら2枚だろう。なぜ3枚なのだろうか。聞こうとすると訂正した。ただ言い間違えただけのようだ。
(危ない。萌と私がつながってることがばれるところだった・・・。こういう時バカな永島が助かるよ。)
ここは天才ボケに感謝することにした。
学校が終わるころには道はいつもの道に変わっていた。雪は全部溶けて、ところどころ残っていたという痕跡を残しているだけになった。
芝本で1004から降りると気が付いたことが一つあった。バラストがまだ白に色づいているところがあったのだ。
(あれ。雪でも残ってるのかなぁ・・・。)
と思って近づいてみたが、そういうところはなかった。その代りに開いてなかった大穴が階段の両隅に開いていることも発見した。
これはいったい何に使うのだろう。しかし、いずれわかることだ。これは何か作るというものだろう。いったいここに何ができるのかは今知らなくてもこちらには影響はない。
1月16日から17日にかけて、浜松は純縛の白に身を包んだ。
この中で雪をかき集めているという陳述がありますが、その通りのことをやっていた人たちがいました。