109列車 ハードル
3日目。12月25日。
「醒ヶ井。あんたに言われてだいたい問題作ってきたけどさぁ、こんなんでいいのか。」
留萌は醒ヶ井に木ノ本が作ってきた問題のリストを見せる。
「・・・。」
問題の内容はほとんど寝台特急のことだった。それだけ木ノ本が詳しいものがこれだということの証明だろう。
「おい。醒ヶ井、私も考えてはきたけど・・・。」
留萌からもメモがくる。その中身は・・・、
「まぁ、留萌。これ難しすぎないか。」
「そうか。これのどこが難しいんだよ。逆に記号にしたらすぐにこたえられて面白くなくなると思うけどなぁ。」
「・・・。」
「さすがさくらだね。「クモユニ」、「キロハ」、「デハニ」、「クモロハ」。これって何が実在しないの。」
「存在しないだろ。「デハニ」とかないんじゃない。」
醒ヶ井が言うと、後ろから北石の声がした。
「バカにもほどがありますね。「デハニ」だったらごろごろいる感じしますけど。いないってなるとなぁ・・・。ここは「クモロハ」でしょ。「クモユニ」は同じようなので「キハユニ」があるから。」
「で、正解どれなわけ。」
「北石。でも、これももうすぐ問題にできなくなるのよねぇ・・・。」
留萌はため息をついていたが、なぜそうなのかという真意は分からなかった。問題にできなくなる。恐らくそのままなのだろうが・・・。
「北石は何か考えてきたの。」
「えっ。今考えるとなるとパッと思いつくのは・・・「ディーゼルカーを動かすのに最も使われている動力伝達方式はなんですか」とか「日本全国にディーゼル特急を発達させた気動車の形式」とかですか。」
前者の答えは「液体式」。後者の答えは「キハ82形」である。
(十分マニアックじゃん・・。)
「まぁ、これぐらい基本ですけど。」
「・・・。」
「基本というかふつうだよなぁ。」
「お前らラインが違いすぎるぞ。ここはあくまで俺の視点から・・・。」
「そんなこと言ってたら問題出来ないつうの。」
留萌にツッコまれる。
「・・・。じゃあ、今度は簡単な問題お願いします。」
「そこにあるじゃん。簡単な問題。」
「・・・。」
留萌は携帯電話を取り出して、木ノ本にメールを打った。木ノ本は萌にメールを転送してみた。ちょっと萌にも協力してもらおうと思ったのだ。
その返信は・・・、
「えーと、永島の友達が作った問題は「次のうち存在する軌間(線路と線路の間の幅)はどれでしょう。1番1435m。2番1676m。3番1372m。4番1067m」。」
「えっ・・・。」
留萌と北石は同時にこうつぶやいた。
「それって・・・。」
北石が言いかけようとした時留萌は
「答えないでよ。」
と口止めした。メールの一番最後に書かれている文章からだ。
「醒ヶ井。答えて。」
「えっ。4番じゃないの。」
「・・・。」
それから・・・、
「まともに考えるなつうの。」
留萌と北石の声が揃ってこちらにやってきた。
これの答えは存在しないが正解。1番は新幹線などで使われている軌間。一般に世界標準軌と呼ばれる。2番はインドの鉄道で使われている軌間。3番は大手私鉄の京王電鉄。または地方の私鉄で使われている軌間。4番は在来線。またはJRと相互乗り入れをしたりする私鉄と日本のほとんどの地方鉄道会社が使っている軌間である。
なおこれは余談だが、日本の鉄道の軌間はなぜ世界標準軌ではないのかと言うと当初明治政府は日本の国土が狭いという理由で標準軌は日本の国土に適さないとの判断を下したからだ。その結果在来線は1067mで統一されたのだ。
しかし、標準軌は日本に入ってこなかったわけではない。新幹線もそうであるが、関西にある大手私鉄ではこの標準軌を使っている例は多い。会社としては阪急電鉄、阪神電鉄、京阪電鉄、近畿日本鉄道がそうだ。もちろんこれ以外にもある。
一方・・・、
今大変重苦しい空気になっている。
人が一人部屋の中から出てくる。
「先生・・・。」
「心配しなくても大丈夫です。無事完了いたしました。」
「・・・。」
気づくと少しお腹のあたりがいたんだ。
「・・・。」
「ナガシィ・・・。」
視界がはっきりしてくると萌の顔が僕の顔の近くに来ていた。
「大丈夫だよ。そんな顔近づけなくても。」
「だって心配だもん。ナガシィのこと。」
「・・・。ありがと。」
僕はそう答えた。
「智君。お母さんたち帰るけど、大丈夫ね。」
「あっ。うん。」
「萌ちゃん。智君のことよろしくね。」
「あっ。はい。」
母さんはなんか居づらいみたいな感じで足早に病室から出ていった。結局病室はいつもと同じ。僕と萌だけになった。
そのあとしばらく起きてはいたと思う。
「・・・。」
「・・・。」
お互いあまり話さなかった。萌もこの日は鉄道の話は振ってこなかった。恐らく迷惑がかかるからだろう。そういう配慮をしているのだ。
ナガシィはいつもと違ってすごく眠そうだった。そのまま寝かせてやろうと思って今日は鉄道のことは振らないことにした。
それでしばらくすると永島は寝入って、萌は永島のベッドによさりかかるような感じで寝てしまっていた。
一方・・・、
「それではクイズを行いたいと思います。「こんなの簡単じゃん」と思う方はどうぞ競ってご参加ください。」
はっきりそんな問題はないのだが・・・。
「それではまずは簡単なところから行きたいと思います。」
今日は隼スタート。いったいどういう問題なのか。
「みなさん電車に乗ったことはあると思います。その中で音に注意して乗ったことはないと思います。この頃の電車はよく走っている間に「ウィィィィィン」という音がしていますが、それはどこから出ているものでしょうか。」
(簡単って言えば簡単だな。超が付くほど・・・。)
これの答えは「モーター」だ。
「第2問.JR北海道が開発を進めているDMVは線路を走るときは鉄道。では道路を走るときはどういう性格を持っていますか。」
北石にバトンタッチする。
これの答えは「バス」だ。
「第3問。山梨県で実験が進められているリニアモーターカーが打ち出した高速鉄道の最高速度は581km/h。ではフランスのTGVが出した世界で初めて500km/hを超えたときに打ち出された最高速度は時速なんkm/hでしょう。」
留萌にバトンタッチ。
これの答えは「時速515.3km/h」だ。
「第4問。「はるか」、「ひかり」、「あずさ」、「ゆきの」。実在しない列車名はどれですか。」
これはもはやなめているとしか思われないものだろうという勢いで出した。答えは当然「ゆきの」。この名前の列車は見たことがない。自分でもよくこんなふざけた問題考えたものだと思う。
「第5問。東海道山陽新幹線を走っている車両の中で一番新しいのは・・・。」
と言いかけたところで、
「N700系。」
という声がした。
「ですが、それは曲線区間で車体を傾けるということをやって「のぞみ」のスピードアップに貢献しています。では実際に何度傾けているでしょうか。」
はっきりこれも世間に走られていることだ。出してもすぐに答えが出た。
「1度。」
(やっぱりこういうことじゃあすぐに答えられて当然かぁ・・・。)
出している問題には不備がないのは分かっていてもこうポンポン答えられては出す側としてもハードルを上げたくなる。
「ねぇ。問題もっと難しくしていい。」
「いいんじゃない。」
バックの音がうるさい中で顔を近づけて話をする。
「難しくするって言ってもどんな感じに。」
「うーん。例えばEF200の定格出力。」
「それ簡単すぎない。だってそれって確か狭軌最大でしょ。」
「やっぱり簡単すぎるかぁ。なら、「桃太郎」の由来とかどう。」
「由来って。それは確か岡山に配置されたからそうなったんだよねぇ。」
「そうだけど。」
「やっぱり簡単じゃない。」
「・・・。」
(ダメだ。どれが難しいかわからなくなってきた。)
一方・・・、
布団の中にしまっている手を出して、この中でできる最大の伸びをする。すぐに布団が前より重くなっていることに気付く。だが、それはすぐに解消した。
「・・・あれ。寝ちゃった・・・。」
萌は目をこすりながら僕にそう聞いた。
「知らねぇよ。俺も寝てたから。」
「ナガシィ。今何時かわかる。」
「分かると思う。」
「いや、思ってないけどさぁ・・・。」
「別にそんなこと気にしなくていいじゃん。」
「・・・。確かに気にしなかったけど、なんか気になる。」
「変なの。ナガシィが時間気にするのは電車見に行く時だけだと思ってたよ。」
「・・・。」
過去の自分の事実だ。言い返せない。まぁ、言い返すなんてこともない。今萌に言われたのは言い返しようがない。
「バカにされるとなんか腹立つ。」
「そう。だってナガシィバカだし、マヌケだし。」
「・・・。そうだけどさぁ・・・。」
素直に認める。
しばらく何も話さない状態が続いた。今日はお互いオフなのだろうか。昨日までと違ってガンガン話すようなことはしていない。
「ねぇ、ナガシィ。こういうときに言うのもなんだけどさぁ。」
萌が口を開いた。いったい何を話すのかと思えば、
「バカ。そんな早死にできないよ。」
「ごめん。でも、なんかいつかまたこういうときが来るような気がして・・・。」
「・・・。こないほうも来ないほうだろうなぁ。」
「・・・。ナガシィ。もし、私が先走ったら、どうする。」
「・・・。どうもこうも。困る。でも、もし、お前が死んでくときに俺の生きる気力も一緒に吸いっとってくれるみたいに死ねたら、俺はそのほうがいいなぁ・・・。」
「結構ロマンチックなんだね。」
「うるさいな。いいだろ。」
「でも、それは私も同じ。ナガシィが死んでく時に生きる気力も一緒に吸い取ってくれたら、いいなぁ。」
「・・・。今話す内容じゃないね。」
「そうだね・・・。」
と言ってからはまた沈黙。
「ナガシィ。私たちってなんかすごいと思わない。」
「えっ。」
「だって、人が違うのに何で考えることがこんなに似てるのかって。」
「・・・。」
「私にはちょっと信じられないってところもある。」
「そりゃそうだ。」
僕はこう返答した。
確かに。僕たちの考え方はここまで似ているなんて。ふつうなら考えられないだろう。似た考えを持っている人はいてもここまではない。
一つの考え方として夫婦の考え方は同じようになることが多いらしい。これもその表れだとすれば・・・。あれは当たっているのか。
今は「クモロハ286」がありますね。
TGVは世界で初めて時速500km/h以上のスピード記録を打ち立てることができましたが、それまで鉄道は時速500km/h以上を出すことはできないと思われていたというのが常識でした。