虹の果て
竜の角を剣に差して、鯨の皮革をまとう男。
大鷲の背に乗って、海を越えるその冒険家は、その行いによって祖国の誇りであった。
男は英雄の誉れを拝し、それを誇りに抱きながら、今日も前人未踏の地を求めていた。
雲より高く、鯨より深く。風より早く、炎より猛々しく。
男は満ち足りていた。自分の踏みしめる一歩一歩には意味と情熱がこもっていると信じていた。
ある時、そんな男を試練が襲う。
自由気ままに尖峰を制し、空の頂きを究めた時だった。
雲海を見渡す絶言の景色の中に、男は悲劇を見た。
祖なる王国から上る戦火の煙。
それは、英雄の膝を折るのに十分な光景だった。
王国は戦のただ中にあった。緑を豊かに湛え、心優しき人々に支えられたその国は、大国の影に押しつぶされそうになっていた。
男は憂えた。
男たちの恐怖を。女たちの悲しみを。子供たちの明日を。
英雄と讃えられながら、祖国を救えぬままでよいものか。
雷雲をくぐり、火山を跨ぎ、英雄は求めた。
祖国に笑顔を運ぶ術を。
祖国の明日を照らす光を。
そして、英雄は見つけだす。
断崖の遙か下。渡り鳥すら知らぬ未踏の島の奥の奥。千歳を生きた大樹の陰に。またしても英雄は膝を折る。
その目には感涙が溢れていた。
それは魔法。それは奇跡。それは希望。
誰もが息を飲む奇岩にして巨岩。
七色の光に包まれたその岩は、世界を染める虹の源。
絶望すらもかき消す光と色の奔流。
それは、祖国を勇気づけるのに十分すぎる、英雄の功績だった。
英雄は祖国に奇跡を持ち帰った。
男たちを癒し、女たちを慰め、子供たちを笑わせるために。
しかし、奇跡の光はその明るさ故、人間の醜さを浮かび上がらせる。
戦に疲弊していた国王が奇跡を前に放った一言は、英雄の心を引き裂いた。
「これだけの魔法の力があれば、あの大国をも打ち負かせる」
英雄は三度膝を折った。
涙を涸らし、声を涸らし、さけぶ。
魔法は、奇跡は、そんなことの為にあるのではないと。
やがて、時がたち、大国の首都で、虹の華が咲いた。
三つ海を越えた地ですら、確かに目に映った、その巨大な華を見たものは口をそろえてこう言う。
「言葉が出ない」と。それほどまでに虹は美しかった。
奇跡の巨岩は虹の華を以てして大国を灼いた。
四つの街と二つの河と十六の村。十八の砦と三つの要塞。二十六の街道と、そして一つの宮殿。そして数え切れない人間。
その全てを、奇跡は、灼いた。この世の物とは思えない、美しい幻想を以ってして灼いた。
その光を正面から受け止め、英雄は両の眼の光を失った。
多くの人から英雄と讃えられた男。
そしてそれより遙かに多くの人間から悪魔と罵られた男。
彼は盲いた眼で、命の潰えた大地を見つめながら、涙を流したまま、その地で果てた。
今際の瞬間まで灼け野原に立ち続けた男は、終ぞ、七色の涙を涸らすことはなかった。
なんだか、書いててクロノトリガーを思い出しました。
読んだ皆様にはそういった方は居られましたでしょうか。
自分の中で「虹の源」とか「虹の出づる場所」ってものになんだか惹かれるものがあります。
どこかで、見聞きしたキーワードなんでしょうけど、はてさて、なんだったかなぁ。