照照傘下
気づけば雨が降っていた。時に風が吹き、頬を打つこともある冷たい雨。
一度何かに気が付くと、今度はそれに気づく前の状態に戻れなくなるものだ。天から地へ、絶え間なく落ちていく雨粒。たくさんの雨粒が幕となって視界を埋める。
この雨は何時から降っていたのだろうと、視線を上げると傘があった。小さな、所々穴が空き、骨の歪んだ傘。
そこで、上を見る度に眼前に広がっていたはずの空が、太陽が、見当たらないことに気づいた。おかしいな、と思って記憶を辿る。
僕の目線をどこまでも呑み込んで行くような高い蒼穹の姿を。雄大な姿で泰然と空に浮かび倦むことなく輝く太陽の姿を。
そうして改めて思い返してみて、その姿はいつも変わらぬ物だったと気が付いた。
「そうか、あれは」
僕がいつも見ていた空と太陽。あれは傘の内側に描かれたものだったのかもしれない。僕はそう気が付いた。
「でも、じゃあ、何で」
もう一度、僕は自分の持つ傘を見上げた。広い空も、力強い太陽も描かれていない傘。
そういえば、何時から僕はこの傘をさしているのだろう。雨だって、何時から降っているのか。
灰色の天幕から降り注ぐ雨と雨の狭間に影を見た。地面を叩く水音の向こう側に声が響く。
僕は、無数の小さな王冠を作りながら跳ね踊る水滴が、足元を濡らしていくのを見守りながら、その声に耳を傾ける。
曰く、大きな傘は壊れてしまった。
曰く、新しい傘が必要だ。
絶え間ない雨音にかき消されていく言の葉を集めて、ぼんやりと気づいていく。
雨は、最初からずっと降っていたのだ。雨を気づかせない位大きな傘に守られて、僕は雨が降っていることすら知らないまま居たのだと。
傘の穴を抜けた水滴が肩を叩く。濡れた肩を風が撫でると、体の熱が奪われて消えていくのを感じた。
「寒いな」
声が響く。
曰く、頑張って雨を乗り切るべきだ。
曰く、強く大きな傘を持つ為に努力すべきだ。
雨音を破り、耳朶を打つ強い声。
僕はその声を聞いて悟った。もう、青い空も、太陽も、この眼に写すことは出来ないのかもしれない、と。
止むことを知らない雨に、一粒、涙が混じった。