涙と笑顔の壁
その建物はいくつかの部屋に分かれていました。
ただ、扉も窓もないので、部屋の中に居る人は互いを知りません。どうやら、自分が居る部屋以外にも部屋があるかもしれない、誰か居るかもしれない。でもわかりません。
ウサギはそのいくつもの部屋の中の一つに居ました。
その部屋は真っ暗でした。
光がないから、色も形もありません。光がないから、熱もありません。寒々しくて、寒くて。風もないからどんよりと空気は淀んでいて、嫌な臭いが立ち込めてます。
ウサギは泣いていました。
なぜか。
ウサギは悲しいからです。
なぜか。
暗いからです。寒いからです。気持ち悪いからです。
ウサギの居る部屋は悲しみを閉じ込めたところでした。そこに居るからウサギは悲しみしか知りません。泣いてばかりいます。
自分の流した涙で溺れながら、それでもウサギは泣く事しか知りません。
ある日、ウサギが泣き止んでいる時。泣きつかれた、涙と涙の合間。
声が聞こえました。
ウサギは初めて聞く、自分の泣き声以外の声に驚き、壁に耳を当ててみます。
もしかしたら、本当に別の部屋があるのだろうか。もしかしたら、本当に別の誰かが居るのだろうか。
そうやって壁の向こうに聞いた音は、笑い声でした。
ウサギはまた泣いてしまいました。自分は泣いた事しかないのに、壁の向こうの奴は笑っている。
悔しくて、憎くて、悲しくて、ウサギは泣いてしまいます。
ウサギはひとしきり泣いた後、壁を壊す事を決めました。
壁は固く、前歯が削れました。前脚の爪も割れ、欠け、真っ暗でわからなかったけど、それらは真っ赤に染まっていました。
壁を壊すのに疲れては泣いて、泣くのに疲れては壁を壊しました。
どれほどの時が経ったでしょう。ようやく固い壁が壊れました。
ウサギが作った小さな小さな穴から光が漏れたのです。その光を励みに、壁を壊し続け、とうとうウサギは、隣の部屋へたどり着きました。
そこは暖かな光と、心地よい音楽と、気持ちの良い香りと。そこは嬉しさと楽しさが詰まっていました。
そこには白いウサギが居て、けらけらけらと笑っていました。
灯りに照らされて、その白いウサギを見て、ウサギは初めて自分の体が真っ暗な事を知りました。
泣いた事しかない黒いウサギは、笑ったことしかない白いウサギをたおしました。
白いウサギは、黒いウサギにたおされるときもけらけらけらと笑っていました。
こうして黒いウサギは、暗く寒く気持ち悪い部屋から出ました。
たどり着いたのは素晴らしいところでした。
それでも、黒いウサギは嬉しい気持ちになりませんでした。光も音も香りも、心地よいはずの部屋で、黒いウサギは幸せになれませんでした。
黒いウサギは気づきました。自分は幸せになる方法を知らないのだと。
折角幸せな場所に居るのに、自分は幸せを感じる事ができないのだと。
暖かい部屋で、真っ白な部屋で、黒いウサギは泣きました。
黒いウサギは泣く事しか知らないからです。