かいじゅうの爪
卵を割って生まれてきたのは、小さなかいじゅうでした。
周りを見渡せば怪獣がいっぱい居ます。
鋭い牙や、尖った角。大きな翼に長いしっぽ。色んな怪獣がいました。
中には火を吐くものや、大地を揺らす物まで、それはもう色々です。
皆、自慢の牙や角で戦い合います。血が出て、涙が流れて。
小さなかいじゅうは立派な爪を持っていたのですが、戦いはしませんでした。
傷つけるのも、傷つけられるのも怖くてしょうがないからです。
大きい爪の小さなかいじゅうは、心の優しいかいじゅうなのです。
「なんで、傷つけあうんだろう」
「なんで、自分の強さを自慢するのだろう」
小さなかいじゅうは戦いが嫌いで、森の奥のほうに住んでいました。
たわわに実った林檎を食べて。葉と葉の間の小さな空に浮かぶ雲とおしゃべりをして。
小さなかいじゅうを「弱虫」といじめる怪獣も居ました。
でも、小さなかいじゅうは決して爪を振るいません。お空に向かって泣いてしまうだけです。
やがて小さなかいじゅうは、大きなかいじゅうになりました。
大きな体で、狭い森には住めません。かいじゅうは怖がりながら、仕方なく森を出ました。
外の世界。皆が皆で傷つけ合っていて、怖い、外の世界。
でも、そんな世界はありませんでした。
何度も何度も戦ったからでしょうか。自慢の牙は欠け、角は折れてなくなり。翼は折れて、傷つけあった体は丸くなり。
そこに怪獣達は居ませんでした。誰かを傷つける武器を失くしたヒトがそこにはたくさん居ました。
かいじゅうは困ってしまいました。外の世界のことなんか全然わからなかったのです。
みんなと違う自分に戸惑っていたかいじゅうの事を、一人が見つけました。
忘れもしません。そいつは「弱虫」と、かいじゅうをいじめていた奴でした。
かいじゅうを傷つけたトゲもすでに磨耗したそいつは、かいじゅうの大きな爪を見て、大きな声を上げます。
「皆! こいつ大きな爪を持ってるぞ! 怪獣だ!」
その声に、皆が怪獣を見、爪に目をやると一様に悲鳴を上げます。
「怪獣だ! 怪獣だ!」
怪獣は慌てて爪を隠し、言いました。「僕は誰かを傷つけたりなんかしないよ」と。
でも、皆の恐怖は止みません。
「怪獣だ! 大きな爪を持ってる怪獣だ! 狂暴に違いない! 見ろ、あの醜い顔を!」
怪獣は今度は慌てて顔を隠し、言いました。「ごめんよ。皆の目に触れないようにするから」と。
それでも、皆の恐怖は収まりませんでした。
怪獣はもう、どうしていいかわからずに困ってしまいます。
仕方ない。森へ帰ろう。狭くて寂しいけど外には居られないから。怪獣がそう思った時でした。
誰かが悲鳴交じりの言葉を発しました。
「あんな、何考えてるか分からない奴、逃がしちゃだめだ! 今やっつけよう」
怪獣はその言葉に目の前が真っ暗になったようになってしまいました。
「僕は何もしていないのに」
「ただ、自分が傷つきたくなくて」
「ただ、誰かを傷つけたくなくて」
人々は、皆手に手に武器を持ち、怪獣をやっつけようと戦いました。
怪獣をやっつけなければ、私達が食べられてしまう。皆、心の底からそう思って戦いました。
結局、怪獣は、かいじゅうは、その大きく強い爪を使うことはありませんでした。
「僕は何もしていないのに」
「僕は何もするつもりもないのに」
そう心の中で叫びながら、かいじゅうはやられてしまいました。
一人ぼっちの優しいかいじゅうは、やられてしまいました。
なんとなく正しさをぼやかしてみた寓話。
最近気になったトピックの自分なりの解釈をベースにくみ上げてみたり。