愛玩魚の王
初投稿です。温かく見守ってくださるとうれしいです
「いやぁー!!」
後ろを見るとギラギラと光る赤い目がすぐそこまで迫っていた。薬草を取りに来ただけなのに何がこの魔物を怒らせてしまったのだろう。
「うわっ」
恐怖で足がすくんでしまい、ナティーシャはその場で転んでしまった。
振り返ると魔物は鋭い爪のついた前足を振り上げていた。
ナティーシャはギュッと目を瞑った。
でもいつまで経っても痛みがこない。
どす、と音がしたので恐る恐る目を開けて振り返ってみた。
すると魔物は倒れていて、ナティーシャの前には金髪の男の人が立っていた。
彼は振り返って言った。
「大丈夫?」
金髪碧眼でまるで王子様みたいだとナティーシャは思った。
彼の視線に気づいてナティーシャは慌てて返事をした。
「あ、はい、大丈夫です」
すると彼はニッコリと笑った。
「良かった。危機一髪だったね」
「はい、本当にありがとうございます!」
ナティーシャはなんだか恥ずかしくなって顔を下げた。
すると、彼が鞭を持っていることに気づいた。
「鞭であの魔物を倒したんですか?」
「うん、そうだよ。鞭が一番使いやすくて」
「そうなんですね。すごいです!」
「ありがとう」
彼はにっこり笑顔をキープしたままだ。
「あ、私はナティーシャっていいます」
「私はドミニク」
「ドミニクさんって言うんですね!あ、王子殿下と同じお名前だ」
「本人だからね」
「え……ご本人?…大変失礼いたしました!」
ナティーシャは一度思考が停止したが、慌てて土下座をした。
「いいよ、言わなかった私が悪いから。ほら、顔を上げて?」
ドミニクにそう言われナティーシャは顔を上げた。
王子様みたい、じゃなくて王子様だったんだ。
「王子殿下に助けていただいたなんて…本来なら私が盾になってでもお守りするべきお方なのに…」
「守ったのは私の判断だ。それで私が死んでしまったら、すべて私の責任だろう?」
なんて優しい方なんだろう。
でも、ドミニクは変わらず笑顔のままだ。ナティーシャにはその笑顔が少し不気味だった。
目が笑ってない気がして、本心なのかが分からない。
「あの、王子殿下」
「なんだい?」
「王子というのは常に笑顔でいないといけない立場なのですか?」
彼は一瞬ピタッと止まったがすぐに言葉を返してきた。
「どうして、そんなことを聞くのかな?」
「えっと、殿下の笑顔は目が笑っていない気がして…無理に笑顔を保っているのではと思いまして…」
ドミニクは一瞬虚を突かれた顔をした。
だけど、すぐ笑顔に戻しかけて、真顔になった。そして、じーっとナティーシャを見た。
「えっと、王子殿下?」
「ドミニク」
「え?」
「ドミニクと呼んでほしい」
「ド、ドミニク様?」
するとドミニクは満足そうに頷いた。
「ナティーシャ、またこうやって話してくれる?」
「私は構いませんが…おう…ドミニク様は大丈夫なのですか?」
「問題ないよ」
「わかりました。あ、でも、魔物に追いかけられるのはもうこりごりですね」
ナティーシャは真顔で言った。
ドミニクは思わず吹き出した。
「ふはっ…うん、そうだね」
「やっとドミニク様の笑ってる顔、見れました」
「…不本意ながらね」
ドミニクは少し照れているようだ。
それから彼はちらっと森の奥の方を見た。
「そろそろ行かなきゃいけない。じゃあ、ナティーシャ、また明日」
「あ、はい。でも、どうやってドミニク様を見つければいいですか」
「大丈夫。僕がナティーシャを見つけるから」
そう行って彼は颯爽と森の奥へ消えていった。
一人残されたナティーシャはポツリとつぶやいた。
「あれ、一人称が"僕"になってた?」
✩✩✩
次の日ナティーシャはそわそわしていた。
いつドミニクが来るのだろうと朝から落ち着かなかった。
つぶした薬草を入れる壺を落としかけたり、火傷用の薬を作ろうとしてなぜかのど飴になっていたり。
いつもは間違えたら怒る母が心配するほどだった。結局、「あんたは休んでなさい」と外へ行くように言われた。
うろうろ歩いていたら海が見える丘に着いた。ナティーシャはそこで腰を下ろした。
寝っ転がって空を眺めていたらいつの間にか寝てしまっていたらしい。
目が覚めると青かった空がオレンジに染まっていた。ごろんと寝返りをうつと、目の前にドミニクのきれいな顔があった。ドミニクはすうすうと寝ていた。
「え、え?」
ナティーシャはびっくりして慌てて距離をとった。
するとドミニクはぱちっと目を開いた。
「おはよう、ナティーシャ」
その顔には昨日の笑ってない笑顔はどこにもなく、爽やかな笑顔が浮かんでいた。
「お、お、おはようございます、ドミニク様。ごめんなさい、寝てしまって」
「なかなか可愛い寝顔だったよ」
ドミニクにそう言われ、ナティーシャの顔は真っ赤になった。
「からかわないでください〜」
「ふふ、からかってないよ」
「もう、時間遅くなっちゃいましたね」
「そうだね。今日はもうお開きかな」
「はい」
「じゃあ、また明日来るから。そのときは寝てないでね?」
「やっぱりからかってますよね!?」
ドミニクはふっと笑って手を振りながら去って行った。
あれからドミニクは毎日のように来た。日が空いてもせいぜい1、2日くらいだ。
そして一緒に時間を重ね、ナティーシャとドミニクはお互いに思いを寄せるようになった。
だけど、2人は王子と平民。
身分の差は明確だった。
そして、しばらく経ったある日、ドミニクに婚約者ができた。
王によって決められたもので相手は公爵令嬢。
ナティーシャが勝てるはずもなかった。
2人でよく会う丘でナティーシャはドミニクのすぐ横に座っていた。
ドミニクの横にはガラスのボウルが置いてある。深めで金魚鉢みたいだ。
今日ドミニクが町の市場で買ったものだった。なにに使うのかは教えてもらえなかった。
明日から実際に政務をやってみるらしく、会えるのは今日で最後と告げられた。
「ナティ、僕はどうすれば…」
「…仕方ないことです」
ナティーシャは感情を押し殺して呟いた。
するとドミニクは苦しそうな顔をした。
「ナティは僕と離れ離れになっても平気なの?」
ナティーシャはドミニクの顔がさらに暗くなったのがわかって慌てて言葉を返した。
「平気なわけないじゃないですか!本当はずっとお側にいたいです。でも……
どうしようもないことなんですよ」
すると、ドミニクは懐から瓶を取り出した。
「じゃあ、ナティ、これ飲んで」
「ドミニク様、なんですか?これ」
渡されたガラス瓶のなかには青緑色の液体が入っていた。
「いいから飲んで」
「わかりました…?」
ナティーシャが瓶の中身を飲み干すと、体に鱗が現れ始めた。
ナティーシャは恐怖でいっぱいになった。
「ドミニク様…?これは何ですか…?」
ドミニクは何かを決心したような顔で何も言わなかった。
ナティーシャの視界がチカチカし始めた。
「ドミニク、様…」
薄れていく意識のなかでナティーシャが見たのは少し悲しそうな、
でも、どこか嬉しそうなドミニクだった。
✩✩✩
ナティーシャが目を覚ますと、あたりがひんやりしてて気持ちいいと感じた。
その後、自分が水中にいることに気づいた。
ナティーシャは慌てて息を止めようとして気づいた。
問題なく呼吸ができている。
周りを観察すると、どうやら水槽のなかにいるみたいだ。そして水槽の前のソファーにはドミニクが座っていた。ナティーシャが泳ぎ回ってみるとドミニクが気づいてぱっと顔を上げた。
「ナティ、調子はどう?ごめんね、こうすれば一緒にいられると思ったんだ。あ、君はちゃんと人間の寿命を生きれるし、僕がしっかり世話するから大丈夫だよ。僕の婚約者の令嬢も結婚してからも部屋は別々だから、安心してね」
これを聞いてナティーシャは喜んだ。
(これから、ずっとドミニク様と一緒にいられるんだね。話せないけど、ドミニク様はずっと私にかまってくれる!)
そして、ドミニクは公爵令嬢と結婚し、王になった。そして、「愛玩魚の王」という異名がついた。彼は最低限の公務以外、王城の最奥の部屋で魚を愛でていたという。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!




