似たもの夫婦の幸せ
勢いで書き殴ったハッピーエンド短編
私、ライラ・ベルフォードは王宮に務める文官の夫、アルフォンス・ベルフォード子爵の妻であり、王妃宮に務める女官である。
ちなみに現在25才。
仕事はさまざまで、仕事に応じた人手が割り振られるものの、王国の祭典や式典、国王主催の夜会から王妃主催の茶会まで、あらゆる準備と当日の進行を担う役職にいる。
一つの行事が終われば通常業務として王妃宮の経理や人事に携わり、再び行事の打ち合わせに忙殺されるため、素敵な出会いなんて物語だけだと思っていたが、運よく打ち合わせでよく話すようになった優しく理知的な夫と心を交わすことができた。
3年前の結婚式は王妃殿下から私への祝辞と、宰相から夫への祝辞と花束まで添えられて幸せいっぱいだった。
が、幸せはそこまでだった
王宮の部署全体で悪質な横領がなされていたと判明したため、王宮は多大な人手不足となり、夫の家に入ろうとしての退職願は却下され、辞められなくなった。
『…残念だけれど仕方がないわね』『そうだね』と初夜の翌日に届いた王宮からの手紙を夫とともに読みながら苦笑したのは良い思い出だ。
1番健全だったらしい王妃宮のベテランが辞めたら行事が回らなくなると予想できた上に、人材が育つまでには時間がかかるのは分かりきっていたこと。
夫のいる宰相補佐室兼、政務部も大勢が去ったから忙しさは王妃宮の比ではない。
それでも1年あれば人手不足は解消できると思うじゃないか。誰でも。
「ライラ、あなた、そろそろ子どもを作ってくれなきゃ困るわ」
ある日、突然、王妃殿下から直々に呼び出されて彼女の部屋に訪れた。
そして挨拶の最初である臣下の礼から頭を上げた瞬間、そう言われた。
思わず『はあ』と出たのは王妃殿下から言われる意味が分からないといった戸惑いと、3年間も部下を振り回してきた王族が言うのか、という怒りが込められている。
「何ですか、その間の抜けた返事は」
「、………失礼しました」
もう一度『はあ』と言いかけた言葉を飲み込み表情を隠すために顔を伏せて謝罪すれば、満足そうに深く頷いた王妃殿下がゆったりと紅茶に口をつけながら勝手な要望を並べていった。
古参のあなたの働きには感謝しているけれど、自分の子をもうけて王太子妃か降嫁した王女の乳母になって欲しい、とか。
夫君の活躍が聞こえてきては、真っ当な家庭を築けていない事実に胸を痛める。王妃宮の所属ながら情けない、とか。
そもそも結婚も遅かったのに仕事に専念して、めったに家にも帰らないのはどうなの、とか。
あらかた言い切ったらしい王妃殿下からの『指示』は、わかったら下がってよろしいの一言で終わった。
パタン、と閉めた扉から一歩、二歩離れて大きく息を吸い込み、これから王妃殿下の話し相手になるんであろう若い侍女たちの足音が聞こえて、吸った息を静かに、細く、誰にも分からないように吐き出した。
なぜか私の口から『ふしゅう』という音が聞こえるが知ったことではない。
すれ違った若い侍女たちはそんな私とすれ違う時に丁寧に端に寄って礼をしたが、その口から『石女が偉そうに』と言ったのが聞こえた。
(………誰のせいで、)
自分の事務机に座り、一枚の上等な紙を引っ張り出して羽ペンにインクをつける。
書き殴る勢いで紙に触れたインクが飛び散ったが、書かれていく文章は一寸のブレもなく、いっそ芸術品のような『退職届』の内容だった。
(誰のせいで妊活できなかったと思っとんじゃオラァ!!!!!!!!!!)
『王宮の大掃除なら仕方がない』と夫と互いの肩を叩き合って鼓舞し合えたのは最初の2週間だけだったことを、今さら思い出した。
◾️
夫婦お互いの仕事が多忙になりすぎて、妊娠する暇がなかった
家に帰れても夫はいないか。
家に帰れても徹夜明けの夫がベッドに倒れ込むのを見るか。
私が徹夜明けでフラフラしているか。
王宮で顔を合わせても仕事の話をして、体調を気遣う一言を投げるだけ。
人手がカットされたのだからその分だけ忙しくなり、散々『人手を増やしてくれ』と要望をだしているのに『また不正をされては敵わないから厳粛に精査するため時間がかかる』を理由に、事実上の却下をくらった。
そんなの目の前の仕事で手いっぱいになるじゃないか。
同じ夜会にいるのに、夫は宰相の代わりに王太子の側で補佐をしつつ隣国の大使の接待をし、私は翌日の茶会に気を取られながら夜会の進行を確認しつつ裏方に向かって静かに指示を飛ばす。
失敗したら国の恥、イコール夫の恥。夫の姿を見ても好き勝手動けるはずもなければ手を抜けるはずもないじゃないか。
祭典も式典も茶会も一時が万事こうだったから、いつしか夫婦にしか分からないハンドサインまで生まれる始末である。
いつからか、満足に言葉を交わせない仕事上、手と仕草で遠距離でも分かる『お疲れ様』『体調に気をつけて』『今日は帰る』『今日は泊まり込み』の4つが生まれたのだ。
ただでさえ忙しいのに、初夜の半年後に王太子の結婚式があり、さらに半年後には隣の隣の国にあるハーレムに側室として嫁いだ王女が、ハーレムの解体と共にわが国へ出戻ってきた。
出戻り自体は別に王女が悪いわけじゃなく、正当な理由による出戻りなので問題ない。
ない、が。
生来、社交能力の高い王女はハーレムで人脈を作りまくったらしく、あちこちの国から『訪問したい』だ『貿易したい』だ『自国の貴族とそちらの貴族の縁談を組みたい』だと外交から新入り記録官まで、ありとあらゆる王宮中の『仕え人』をさらに忙しくさせたのである。
さらには、王女が独身のまま王族に残るか降嫁するか、ほんの数ヶ月前まで定まらなかったのだ。
恋愛に目覚めた王女が『運命』とやらを追いかけ始めたのと、それを許してしまった国王と王妃によって、若い娘がきゃっきゃとはしゃぐ恋愛物語に発展したためである。
ようやっと王女が運命である辺境伯の次男を射止めて結婚までこぎつけたが、結婚まではもちろん私たち夫婦もさらに忙しくなった。
持参金だ王族の結婚式の準備だ以前に、恋愛物語には嫉妬からくるすれ違いや、刃傷沙汰なんかが付き物なもので。
今となっては宰相補佐にまでなった夫と、王妃宮の女官なのに筆頭侍女の役割まですることなった私は、会えば進行中の案件の意識のすり合わせや情報交換、仕事の愚痴を交えたやけ食いをするのが常である。
互いに定時上がりなんてできず、家に帰れる日も分からず、いつ余暇ができるか分からない私たちは『仕事に生きるために契約結婚をした仮面夫婦』とまことしやかに噂され、私はといえば王妃宮の使用人たちからさえ『石女』と揶揄される毎日だ。
(ふざけんなよ!!私だって、私だって愛しの旦那様との子が欲しいに決まってるのに!!!)
自分が体を休めたかったのもあったが、疲れ果てて目の下に隈を作り、食事より睡眠を優先する夫を少しでも休ませたかった。
裏を読まなければならない甘く優雅な会話をするより、リスのように頬を膨らませながら日々の愚痴を吐き出す夫から少しでも暗い気持ちを消したかった。
夫も私に対して同じように気遣ってくれたから耐えられた。
そりゃあ喧嘩もしたが、本音で話して正面からぶつかって、最後には仲直りをしたから耐えられた。
親族からの産め産め攻撃に耐えられたのは、夫も私の多忙さに耐えてくれたからだ。
だというのに。
今日、王妃が、夫婦二人を忙しくさせてきた張本人側の人が『早く子どもを産め』なんて偉そうに言ってきたのだ。
実際偉いが。
今日、来週の建国式典の準備が滞りなく進んでいることを確認でき、ようやく家に帰って夫のための差し入れを手作りできるとスキップしていた時に、上から目線で『困るわ』と言ってきたのだ。
実際上だが。
すべての立場を置いておいて、産みたいのも困るのもこっちのセリフである。
(もういいでしょう!!!)
私がいなくてもきっと仕事は回る。大丈夫。
だって『妊娠する』ってことは『最低半年は満足に働けない』ってことだ。それを『早く』って言うんだから私が抜けても問題ないと言ったも同然。
ならば抜けさせてもらおう。
初夜からこの3年。楽しいことも嬉しいこともあったが、疲れまくっていたし気持ちが乾いていく時間の方が長かった。
もとよりプライベートも充実させたい性格である。少なくとも私が退職すれば、夫を労われる時間が増えるだろう。
決意は固く、一気に退職届を書き上げて人事部に提出し、さっさと王宮の女官寮の荷物をまとめて自宅に帰った。
受理されたかどうかは分からないが、てんやわんやしていた各部署が落ち着いたので通常業務に割り当てられる『退職届』はのんびり処理されるだろう。
私は女官。直属の上司が王妃である【侍女】ではない。
それに、王妃に話が行くのはかなり後だろう。
なんせ最近は王女と王太子妃の話題についていくために若い侍女を側に置きがちで、面倒な事務仕事がある時にしか私は呼ばれなくなったんだから。
残してきた同僚たちが心配だったが、採用された時点で計算と経理はできるし、この3年でできる限り気を配るポイントを教えたし、決まっている仕入れや茶会準備の手順はマニュアル化した。
むしろ私が居座る方が同僚の出世的に悪い方まである。きっとそう。
うんうん、と帰りの馬車の中で頷いていれば自宅に着いた。
出迎えた執事とメイド長に明るい気持ちで「ただいま!」を告げた瞬間、一階のサロンからバタバタと足音がして…
「おかえり、ライラ!」
「アルフォンス!?えっ、なんで、今日は泊まり込みじゃあ」
「王宮の仕事はなし!なくなった!辞めてきたよ!」
「え、ええ!?」
ゴールデンと名前がつく大型犬もかくやというほどニコニコ顔をしている夫は、今日も金の短髪を跳ねさせている。
もともと猫毛気味で、整髪剤が言うことを聞かない彼の頭はいつもふわふわで、抱きしめられるたび頬がくすぐったいのだけれど、今日はそこから甘いクリームの匂いまでするから幸せの権化状態であった。
うっかりその幸せにひたりそうになったが、いやいや、と彼の背を叩いて辞めた事情を聞く。
そうしたらなんと、夫は夫で『子どもも産めない妻とは離婚して新しい妻を。うちの姪っ子なんてどう?』と国王の執務室にいた宰相に言われたそうだ。
しかも国王も『名案!仮面夫婦なんでしょ?』と乗り気だったらしい。
夫は本気で怒ったら黙って行動に移すタイプである。
今までの多忙の原因を作ってきた側に『今の奥さん嫌でしょ?離婚しない?』を言われて怒り狂った夫は、無言のまま退職届を書いて直接叩きつけ、唖然とする二人を尻目に王宮を出てきたそう。
それを聞いて私も王妃から言われたことと退職届を出したことを伝えたら、まずは甘いもの、とサロンに導かれた。
一口二口、2ピース、流行りのイチゴのタルトを食べて紅茶を飲んで、ひと心地つく。
「ちゃんと後任は育ててきたし大丈夫だよ、お互いにね」
「そうね。二人とも無職だけどこれまでの貯金もあるし、十分生きていけるわ。お互いに」
「そうだね。退職金も出るし余裕があるぐらいだ。そう無職といえば。実家の伯爵領、僕が受け継ぐことになったよ。だから職に関しては大丈夫」
「あら、あなたのお兄様が継承したんじゃ…?」
「最近、鉱山とわかった山があるだろう?そこの視察中に鉱山毒に当たって療養することになってね。死ぬような症状じゃないんだけど、もうあの山のある領地にいたくないと怖がってしまって爵位ごと僕に…ね…。王宮勤めを辞めることになるから迷っていたんだが、あんなことを言われては…。相談しなくてごめんね。あ!治療のお金は我が家が出すけど君に苦労は絶対させないから」
「相談できる時間がなかったんだもの。私も突然辞めてごめんなさい。それに領地もきっと大丈夫よ。あなたがいるなら苦労の山一つや二つ、乗り越えられるわ」
「うぅん…素晴らしい気概だけど、一般的にはここは怒るか喜ぶところだと思うな」
「ふふっ」
隣に座る肩を抱き寄せられて頭をもたれさせたアルフォンスは、はあ、と深く息を吐いて再び深く息を吸った。
「ライラ、仮面夫婦だなんて冗談じゃないよ。いつだって君と話していたいしそばにいたいのに。仕事が好きだから家に帰らないんじゃなくて、忙しすぎて帰れないだけだったんだ」
「私もよ、アルフォンス。仕事は楽しいけれど子どもだって欲しい。その暇を与えなかったのは誰のせいか」
「辞めて正解だな、お互い」
「似たもの夫婦ね、私たち」
「……上司含めて?」
「1番似てほしくないところが似たわね…」
ぶふっ、ふふっ、あはははは!
笑いに満ちたサロンは話を聞いていた執事と使用人たちは『ようやく夫婦の生活が来た』と安堵し、この後早速、領地に引っ込むであろう主人たちを支えるべく、いそいそと動き出した。
優秀な商人と執事のおかげでタウンハウスごと引き払えた私たちが、王宮から『なんで!?なんで辞めたの!?』の手紙が来たのは、王都から馬車で15日の国の端っこの領地に移り住んで2週間後。
アルフォンスが『領地を受け継ぎ、伯爵になることになったため、とてもじゃないが宰相補佐をしながら遠い領地は管理できません。ライラも僕も、互いの愛情でできた子どもが是が非でも欲しいと思っておりますので、先んじて暇をいただきます。妊婦は働けませんからね』と丁寧に丁寧に認めたため、それ以降、王宮から手紙は来なかった。
私たちが辞めてちょっとした不手際が起きたり、王妃が若い子の話に疲れて私と話したがっていたり、夫に恋していた令嬢から『嘘つき!』と宰相が怒られたり、貴族の婚姻に口を出したことが知られた王の肩身が狭そうだったり、王太子妃の御子の乳母が中々決まらなかったりと元職場はほんのちょっと乱れた、と元同僚が手紙で知らせてくれたが、外交に問題もなければ今は落ち着いたし人手も増えた、と締めくくられていたので、きっと問題なかったんだろう。
「今になって人手が増えたのね…『最初は恨みましたが、今となっては、あんなに忙しい時に色々教えていただきありがとうございます』ですって。よかったわ、頑張ったかいがある」
「僕の方も部下たちを定時上がりできるよう頑張ってよかったよ…どうやら部下たちの細君と離婚の危機だったらしい。今は家庭円満だと」
「あら、あなた、そんなことをしていらしたの?」
「王宮にいる方が君と会える確率が高いから出来たことだ。でもこんなに愛おしい娘と会えるならもっと早く退職すればよかったな…いや、あの時期に王都にいたら君は乳母になって、我が子も王族に巻き込まれるわけで…領地を継ぐ僕は単身でここに…?ああ、いやだ、それはものすごくいやだ」
地味な私の茶髪を『チョコレートのように甘い匂いがする』と表現した夫が、やはり大型犬みたいにグリグリと私の髪へ鼻を押し付けてくるのでくすくすと笑う。
年に1度王都に行く以外は領地を治め、社交も最低限の私たち夫婦は娘が成人するあと15年は平和に過ごせるだろうか。
今の幸せは永遠に続かないことを覚悟して、今を全力で楽しむことは夫と常々話していることだが、幸せは続いている。
鉱山の運営も上々。領地もこれといって税収に困ることもない。領民からの評判も、失礼ながら夫の兄の時より良いと思うし、屋敷のみんなも明るく親切だ。
多少行き遅れたが、こんなに素晴らしい夫と巡り会えたのだから女官をしていてよかったと思う。あの怒涛の苦節3年に対する言葉は忘れていないが。
「この子にも良い人が見つかるかしら。王宮以外で」
「王宮以外で見つかって欲しいな。是が非でも」
穏やかな昼下がりの庭園で互いにそう言い合った私たち夫婦は5年後、我が娘に拗らせ初恋をして娘をいじめ始めた王子に『我が家の娘は王家の好き勝手にはさせません』と宣言することになるが、今はただ、娘が幸せになりますよう、とふくふくのほっぺにキスを落とした。
沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。
とても励みにさせていただいています。




