|エア・ボーン
夜の郊外は、どの家も同じように灯りを落とし、
静かな箱のように並んでいた。
街灯は低く、舗装された歩道に淡い円を落としている。私はその円から円へと移動しながら、住所を確かめた。
頭に深く刻まれた数字と、門柱の金属板に刻まれた数字が一致する。
——間違いない。ここだ。
私は背筋を伸ばした。軍服の襟を整えたつもりだったが、満足感は得られなかった。代わりに、冷たい空気が指をすり抜ける。癖のように行った動作だった。
——もうこんな仕事は、これで最後にしよう。
玄関灯は点いていない。窓の奥にだけ、テレビの青白い光が瞬いている。私は呼吸を整え、ノックをした。
コンコンコンコン。
しばらくして、扉が開いた。中年の女性が立っている。
戦場をいくつも越えたような顔だった。私を一瞥すると、はっとした表情を見せた。
取り繕うように、彼女は一度だけ外を確かめ、扉を閉めようとした。
「どうか」と私は言いかけた。
「帰っておくれ」
女性は、それだけ言った。
懇願したつもりだった。だが、女性はまるで風でも通ったかのように興味を示さない。
彼女は開けた扉もそのままに、テレビの前に戻って行った。
「……失礼します」
私は一歩、敷居の内側へ足を運んだ。
この家に張り詰めた空気を、私は知っていた。
居間ではテレビが流れている。音量は小さい。ニュースキャスターが遠い国のテロリズムを、平坦な声で読み上げていた。
女性はソファに座り、画面を見ているわけでもなく、ただそこにいた。テーブルの上には、開かれたままのアルバムがある。ページの中央に、若い兵士の写真が貼られていた。
私は女性の側に立った。
「陸軍長官を代表して」
「誠に残念ですが」
「ご子息は——」
言葉は届かなかった。女性は湯を沸かし、湯呑みに茶を注いだ。湯気がゆっくりと立ち上る。彼女はその一つを、自分の席にだけ置いた。
「今夜は、風がうるさいわね」
女性は小さく呟いた。独り言のように。
私の言葉を、どこ吹く風と聞き流してゆく。
ただただ、立っている。
夜は長かった。
茶の湯気だけが、私の輪郭を揺らした。
女性は時折アルバムを閉じ、また開き、台所へ立ち、窓の外を見た。私はそのすべてに付き添った。一兵士の死を伝える者として、遺族のそばに留まる。それだけだった。
時計が三度、時刻を告げた。
やがて夜明けが近づき、空が薄く白み始めた頃、玄関のチャイムが鳴った。
女性が立ち上がる。私は彼女の後ろに並んだ。
扉の向こうには、軍服を着た二人の男が立っていた。整えられた襟、磨かれた靴、そして静かな表情。彼らの一人が帽子を外し、名乗った。
女性の肩が震えた。
言葉は聞こえなかった。だが、女性はゆっくりと崩れ落ちるように膝を折り、声を失ったまま泣いた。もう一人の男がそっと支える。旗で覆われた静かな箱が、車から降ろされるのが見えた。
私は彼女の背に寄り添っていた。
「最期に、会えてよかった。母さん」
私の死亡通告が、完了した。
亡骸が、届いた。




